42:異世界滞在13日目-4
旅行者、心がゆれる(後編)。の巻
私が、2年前に祖母を亡くしていらい自分には近しい身内がいないこと、会社が倒産して無職なことを話すとノアさんが目に見えて不機嫌になっていた。
「ノア、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろう。ミオは異世界に戻ったら一人ではないか。何かあったときにはどうするのだ」
「そ、それは・・・でも今まで何もなかったし」
「“今まで”と“これから”は違うと思わないのか?」
「大丈夫だよ~。ノアは心配性なんだから。戻ったら、部屋を掃除して、お墓参り行って、就職しなくちゃ。ここの生活を思い出すと寂しくなるかもしれないけどさ、だけどそれは・・・」
しょうがない、と言おうとしたときノアさんが私を抱きしめた。
「ノ、ノア?」
「・・・・私がこんなに心配するのはミオだけだ」
ノアさんはそうつぶやくと、腕をほどいて今度は私の顔に手がふれる。ノアさんの手は骨っぽくて指にペンだこがある。
スカイブルーの瞳が私をじっと見つめてる・・・
「あ、の・・・ノア、私だけ心配って」
恥ずかしくてノアさんを見ることができない私はうつむいた。顔がほてっているのは自分でも分かってる。ノアさんのちょっとひんやりした手が気持ちいいなあ~・・・って、おい私!!
「ミオ、顔が熱いな」
ノアさんの声が甘く聞こえるのは私の気のせいだよね?誰か(って誰だよ)気のせいだと言って。
「そ、それは、だって・・・ノ、ノアが私の顔に、手」
「私の手が触れているだけで熱くなるのか・・・それではこの先が大変だな」
「は、先??」
すいませんノアさん、先ってなんですか・・・そう言いたいけど、でも顔を上げてノアさんと目があってしまう。
「ミオ、異世界に戻らないという選択肢はないのか?」
「へっ?!」
思わぬノアさんの言葉に、私は思わず顔を上げた。顔に手が触れていて、しかも結構距離が近いことにますます顔が赤くなってしまう。
「私から目をそらすな。こっちを見て答えてくれないか」
偉そうな言いかたなのに、なぜかとてもお願いされてるように聞こえてしまって私は目をそらせなくなる。
「確かに王国でよくしてもらって感謝してる。でも、私がこれからも生きていくのは、やっぱり本来の世界だと思う・・・あ、あの。ノアはどうしてそんなこと聞くの・・・って、ノア?」
ノアさんの手が顔から離れたと思ったら、腕を引き寄せられてまた抱きしめられてしまった。しかもさっきより背中にまわった腕の力が強い。
「・・・・私が戻るなと言ったらどうする」
「も、戻るなと言われても。オディロンさんはわざわざそのために戻ってきたんだし」
私の言葉をノアさんは気に入らなかったようで、それはそれは深いため息をついた。
「ミオがにぶいということは分かっていたが・・・ここまでとは」
「は?!ノア、失礼だよ!!私がにぶいだなんて」
腕の中で私は思わずむっとして顔を上げてしまう。そしてこの状況は顔が至近距離だということに今さら気づいて焦るけど・・・・思わずノアさんの顔をまじまじと見てしまった。
ノアさんが・・・やれやれって顔してちょっとだけ笑ってる。うわあ、普段無表情なだけに、すごいギャップ・・・。
「確かに先生が戻ってきたのはミオを異世界に連れて行くためだからな。即答しないのも想定内だ・・・やはり長期戦か。ふん、私の言うことが分かってない、という顔をしているな。まあいい・・・だが、ちょっと予約だけしておきたい」
「は?予約って・・・えええっ?!」
ノアさんの顔が近づいてくる。でもがっちり抱きしめられているから逃げられない。思わず目を閉じると、それを合図にしたかのように唇に柔らかいものがそっとふれて離れた。
ほんの一瞬だったのに、すごく長く感じた。
「予約のキスだ。これで私のことを忘れないだろう?
実は明日は急な仕事が入って見送りに行けそうになくてな、すまない。・・・部屋まで送ってやる。行くぞ」
部屋に戻っても、動揺がおさまらない。
ノアさんにキスされてしまった・・・予約のキスって何。私のファーストキスの相手がノアさんだとは・・・・予想外すぎるだろう。
そういえば、想定内とか長期戦とか言ってたのも意味が分からない。そして指が無意識に唇にふれてしまう。
ほんとに忘れられないじゃない・・・ノアさんの馬鹿。




