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39:異世界滞在12日目-4

旅行者と公爵、赤面する。の巻

長文になります。ご了承ください。

 高価なお菓子や特別なときに食べるお菓子を売っているエリアは、屋台ではなくイートインつきの簡易店舗が並んでいる。

 ノアさんは「セルマの菓子工房」と書かれた店に連れてきてくれた。店内はいろいろなチョコレートが宝石のように並び、甘い匂いがただよっている。ケーキらしきものも置いているようだ。

「店主のセルマは、我が家で菓子職人として働いていたのだ。結婚してこの店を開いたのだが、それ以来我が家で出す菓子はこの店に任せている」

 さすが公爵家、お抱えパティシエがいたのか。今でもお菓子を任せているということは、よほどセルマさんのお菓子を気に入っているんだろう。

 それにしても、トリュフチョコにしたってフルーツ入りとかキャラメル、プレーンにビター、ナッツ・・・美味しそう~。値段を見ると好きなトリュフ6個を1箱として売っているらしい。

「どれも美味しそう」

「それを聞いたらセルマも喜ぶな。それからこれが、あ、愛の告白に使うチョコだ」

 ノアさんが教えてくれた「愛の告白をするときのお菓子」というのは、陶器の器に入ったシンプルなチョコレートケーキだった。ケーキの表面には板チョコのプレートがついている。

「そのプレートに、告白の言葉を書いてもらうのだ」

「そうなんだ」

「いらっしゃいませ、ノア様。何かプレートに書きましょうか?」

 私たちに声をかけてきたのは、人のよさそうな年配の女性だった。


「い、いや・・・メッセージはいらないから、このケーキを一つくれないか?それにしてもセルマ、どうして品評会にいるのだ。いつもは店のほうにいて、こっちは若手に任せているくせに」

 この人がお抱えパティシエだったセルマさんか~。お、ノアさんが無表情ながらちょっと焦っているのが分かる。私も成長したなあ。

「たまには私も品評会に顔を出してもいいかと思いましてね。それよりノア様、そちらのお嬢様を私には紹介してくださらないのですか?」

 セルマさんは私のほうをみてにっこり笑いかけた。人好きのする笑顔に私もつられて笑顔になる。

「す、すまない。彼女はミオ・オダジマ・・・アンナレーナの友人でこちらに旅行に来ている」

「まあ、そうなんですか。初めましてミオ様。私はセルマと申します。王都で菓子店を経営しておりましてね、ノア様の家にも菓子を納めております」

「初めまして、ミオ・オダジマです。どのチョコレートもとっても美味しそうですね」

「ありがとうございます。ノア様は昔から甘いものが苦手でしてね、まだ小さい頃に・・・」

「セルマ。余計なことを言うな。早くチョコケーキを一つくれないか?ミオも好きなチョコを選ぶといい」

「はいはい、ミオ様の前ですものね。私は何も申しません」

 セルマさんは、これ見よがしなため息をつきながら店の奥に行ってしまった。

 いったい子供の頃に何をやったんだ・・・思わず彼のほうをちらっとみると、ノアさんが「聞くな」という顔(推測)をして私を見た。

「さ、さーて、どのチョコにしようかな。ノアのオススメってある?」

「・・・私は甘いものが苦手だから、セルマの作った菓子をあまり食べない・・・ああ、でもこれは美味しかったな」

 そう言ってノアさんが指し示したのは球形に赤いラインが引かれたトリュフチョコ。

「中にスパイシーなチョコクリームが隠れていてな。酒にあう」

「へえ~」

 甘くないチョコって聞いたことはあるけど、見たのは初めてだ。じゃあ、これも選んでみよう。6個選び終わったところで、セルマさんがケーキとお茶を一緒に持ってきてくれた。


 そのチョコケーキは見た目こそシンプルだけど、なめらかで濃厚な味わいのチョコレートクリームにしっとりとしたチョコスポンジケーキが絶妙のバランスで、一口食べれば全部食べずにはいられない味だ。

 この味って、自分の世界でよく食べてた「初恋ショコラ」に似てる。クリスマス限定品は予約して買ったなあ・・・キスの予定はなかったけどさ。

「どうだ、美味しいか?」

「うん、とっても!私の国にもこれと似てるケーキがあるんだよ。“初恋ショコラ”って名前のチョコケーキなんだけど、味はもちろんCMとコピー・・・広告と宣伝文句がすごい話題になってね~」

「ほう。どのような宣伝だったのだ?」

 思わず言葉に詰まってしまう。イケメンがたくさん出てくるのはさらっと言えるけど、コピーをノアさんにさらっと言える自信がないぞ。

「美形の男性がたくさん出てきて、いろんな状況で宣伝文句を言うんだよ」

「それで、どんな宣伝文句なのだ。私に教えてくれないのか?」

「そ、それは・・・わすれちゃったな~。ははははっ」

  “ケーキとぼくのキス、どっちがすき?”なんて言ったら、きっとノアさんの眉間にシワが!!顔がますます怖くなりそうで言えない!!

 でも、ノアさんは私の答えを待っている。恐らくここで言わなくても後で聞かれる・・・怒られたら謝ればいいか・・・。

「・・・“ケーキとぼくのキス、どっちがすき?”っていうんだよ」

「・・・・そ、それはまた大胆な宣伝文句だな。・・・それでミオは、どっちだ?」

「は?!どっちって・・・」

「だ、だから、ケーキとキスだ」

「・・・そ、それはキスの予定がないから分からないよ。ノ、ノアは?」

「私は・・・」

 私とノアさんの視線がぶつかった。ノアさんの手が私の顔に近づく・・・・


 店の奥からこちらに向かってくる足音がして、あわててノアさんが手を引っ込めた。私も思わず下を向いてケーキに専念してるふりをした。

「ノア様、お茶のおかわりはいかがですか。まあ、顔が赤いですよ?」

「な、なんでもない。今日はちょっと暑いから、そのせいだろう」

「そうですか?今日は過ごしやすい日和じゃございませんか」

「そうなんだが、歩き回っていたから暑いのだ。な、ミオ?」

「は、はいっ。そうですね」

「まあ・・・ミオ様も顔が赤いですね。それでは冷たいお茶をお持ちしますね」

 私はそこからは本当にケーキを食べることに専念した。心のなかで「落ち着け、私」と念じながら。



 たがいにぎこちない態度のまま王宮に戻ると、声をかけられた。

「久しぶりですな、ミオさん。ノアとも仲良くなったようで私もうれしいですよ」

「オディロンさん!」

「オディロン先生」

 オディロンさんが、にこにこと私たちを出迎えてくれた。

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