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銀の翼 金の瞳 -アルラの門2-  作者: 弓削 結
銀の翼 金の瞳 -アルラの門2-
7/21

第七話

 辺りが暗くなると同時に人の流れが激しくなってくる。

 都は駅前広場の植え込みの端に腰掛け、ぼんやりとその流れを見つめていた。

 カバンと、コギンを入れたカメラバッグを持って家を出たのは、夕刻近くなった頃だった。学校から帰って着替えていなかったことに気づいて、けれど着替える気力もないまま飛び出してきたのだ。あてがあったわけでなく、気付けばここでぼんやりしていたのは通いなれた通学路だからだろう。

 膝の上に乗せたカメラバッグをきゅっと抱きしめる。

 本当はフリューゲルに行って竜杜に会いたかった。いつものように大丈夫、と言ってもらえれば全部が上手く行く気がした。けれどそれが見つかれば冴は彼を責めるだろう。そんな迷惑はかけたくない。そうでなくても都は彼に迷惑ばかりかけている事を自覚している。それに都の立場をひどく気遣ってくれていることも。

「しばらく…そっちの生活が元に戻るまではこちらからの連絡は控えておく。」

 冴が帰国した翌日、前日のことを詫びようと電話をした都に竜杜は言ったのだ。

「今日店で会った様子じゃ、また何を言われるか判らない。もうしばらくして落ち着いてから、ちゃんと話してみる。今は俺が連絡すれば気が休まらないだろうし、何より(あるじ)が不安定なのは銀竜も感じるから。」

「ごめん。」

「都が謝ることじゃない。」

「だって…」

「あまり落ち込むとコギンが心配する。」

 思い出して、涙が溢れそうになるのをこらえて目を閉じる。

 と、不意に人の気配を感じて顔を上げた。

 目の前に私服姿の男子が二人。反射的に身構える都に、馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。

「君さぁ、さっきからずっとここにいるよね。」

「友達、今日はもう来ないんじゃん?」

「あ、あの…わたしそういうの…」

「その制服、駅向こうのガッコでしょ。おれらの友達も行ってんだよね。」

 だからさ、と言う声に混じって、

「ごめんよ、木島さん。待たせちゃったね。」

「へ?」と見上げた先にはジーンズに薄手のショートコートを羽織った、髪の長い中年女性の姿。美人というよりハンサムと呼びたい顔立ち。

 都の前にいた男子二人が、曖昧な顔でさっとその場を離れる。

「軟弱そーな顔してるよな。それとも実はああいうのが好き?」

 聞き覚えのあるハスキーボイス。どこで会ったっけ?と考えて、次の彼女の言葉で思い出した。

「ってことないか。竜杜くんのほうがよっぽどいい男だもんな。」

「あ、病院の先生。」

 相手がにっこり笑う。

 以前、竜杜が怪我をして一晩だけ入院した時に、病室まで案内してくれた女医だった。白衣じゃないのと髪を下ろしているので印象が違うが、笑った顔は記憶がある。

「覚えててくれたんだ。」

「マスター…早瀬さんの同級生…ですよね。」

「宮原だよ。宮原笙子(みやはらしょうこ)。ちなみに専門は小児科だ。」喋りながら都の隣に腰掛ける。

「宮原ってあの病院の名前…」

「一族の経営だからね。病院って程たいそうでもないけど…ええと木島さんで合ってるよね。」

「木島…都です。」

「それで都ちゃんはこんな時間にこんな所で、何してるんだい?待ち合わせにしちゃ遅いだろう?」

 けれど都は俯いて答えない。

 ふと膝の上に置いたカメラバッグから何か聞こえた気がして、笙子は首をかしげる。

 かさ、と何かが動く音。思わず指先でつつくと、喉を鳴らすような低い音が一瞬だけした。

「まさかと思うが…それチビ竜かい?」

 都は驚いて顔を上げる。

「銀竜のこと…知ってるんですか?」 

 やっぱり、と笙子は笑顔になる。

「早瀬とは付き合いが長いんだ。あいつがどんだけ妙なものを今まで持ち込んだか。もっとも非常識すぎて、他の人には言えないけどね。」唇の前で人差し指を立てる。

「んで、そいつを連れてこんな時間にそんな格好でいるということは、ひょっとして家出?」

「…」

「ありゃ。当たりか。」

 笙子はバッグから携帯を出すと「ちょっと待ってて」と言い置いて、離れたところで電話をかけた。戻って来ると、「さぁ行こう」と都を促す。

「え?」

「さして広くないが、うちに泊まってきな。」

「でも…」

「ダンナと二人だから気兼ねはなし。それに早瀬くんに恩が売れるってもんだ。」にっこりと笑った。


栄一郎(えいいちろう)くんの料理は上手いだろう。」

「あ、はい。」

 照明を落とし気味にした食卓で、都は夕食をご馳走になっていた。

 笙子の住まいは駅に程近いマンションの、眺めのいい階にあった。開け放したカーテンの向こうには街並みの灯りと暗くなった空が広がる。

「それにしても可愛いなぁ。本当に竜なんだね。」

 笙子の夫、栄一郎がコギンを膝の上に乗せてそっと背をなでている。

 どうしようかと迷ったが、笙子が事情を知っていることに甘えてコギンもバッグから出したのだ。知らない相手に最初警戒していたコギンも、都と同じように食事をもらって落ち着いたのか、今は彼の膝の上で大人しくしている。

 何より異質な生き物をすんなり受け入れているこの夫婦が、都には不思議だった。

「あっさり納得できちゃうんですか?」

「空想が現実になるって、そうそうないでしょ。」

「でも…」

「私は昔から見てたからな。でもあの家の竜はもう少し大きかった気がする。」

「ぼくはそういう話を聞いてたから。」

「そして栄一郎くんは絵本作家なんだ。」

「半分主夫だけど。」にっこりと宮原栄一郎(みやはらえいいちろう)は笑った。

 眼鏡に少し長めの髪、物静かな雰囲気は笙子と対照的でさえある。四十五というから冴より少し年上になるが、もう少し若く見える。

 料理も一手に引き受けていると聞いて驚いた。

「さすがにオーバー四十の家だから、さっぱり和食でごめんね。」

「わたしゃオーバー五十だよ。」

「笙子さんは若く見えるから、いくつになっても大丈夫。」

「年下の旦那の言葉は信用しないことにしてるんだ。」

 くすくす笑いながら、都は箸を進める。

「和食好きだから。それにどれも美味しいです。これちゃんと出汁(だし)取ってるんですか?」

「そんなに大変じゃないよ。都ちゃんも料理するんだ。」

「料理ってほどじゃないけど…お弁当は作らなきゃいけないし…」

「自分で作ってるのなら十分、料理人だよ。」

「でも習ったことないし…」

「ぼくもないよ。でも作らないと笙子さん、平気で食事抜いちゃうから。」

「それは昔の話だろう。今はちゃんと三食食べてる。」

「高校生に自慢してどうするの。」

 コギンがうな?と顔を上げた。

「ごめんごめん、動いちゃいけなかったね。よかったら、後でこの子スケッチしてもいいかな?」

「スケッチ…ですか?コギン、大人しくできるかな?」

「竜の絵本でも描くのかい?」と笙子。

「その時は早瀬さんに断らないといけないね。でもそういうのも面白いかな。」

 食事を終え、片づけの手伝いも終えると、予告どおり栄一郎はコギンを連れて仕事部屋へ行った。

 都は笙子に促されてリビングに移動する。

「さてと、竜の相手は栄一郎くんに任せて、オネーサンと話をしよう。」

 都がソファーに座ると、照明を落としてCDを小さい音量でかける。栄一郎の用意してくれたハーブティーを都に勧め、自分はショットグラスを手に腰を下ろした。

「単刀直入に聞いいてもいいかな?」

 都は頷く。

「都ちゃんは早瀬の家とどういう関係なんだい?」

「命を助けてもらいました。」

「そういや悪霊退治とか言ってたけど、一般人を巻き込むなんて珍しいな。」

「えと、巻き込まれたんじゃなくて狙われたというか…」

 都は竜杜と出会ったいきさつを話す。冴に説明したのと同じ内容なので、さすがに二度目ともなると話しやすい。それに普通だったら信じられないような話にもかかわらず、笙子はじっと聞いていた。口を挟んだのは、竜杜との契約のことを口にした時。

「つまり、都ちゃんの命をつなぐために契約をした。そしてそれが成立した。」なるほどね、と納得する。

「契約のことも知ってるんですか?」

「まぁ早瀬の例があるからね。それにしても彼女ってのは本当だったのか。ご両親は早瀬の家のこと知ってるのかい?」

「親は…いません。父親はいないし、母は二年前に亡くなりました。」

「んじゃ家出って…」

「わたしの…保護者が反対してるんです。」都は自分の境遇を説明する。

 子供の頃から面倒を見てくれている母の親友である冴と、母親の死後も一緒に暮らしていること。ここ何ヶ月か仕事で不在だったが一週間前に帰国して、竜杜に良い印象を持っていなかったこと。そしてそれがコギンの件で完全に都と決裂したこと。

「そりゃあ、心配になるよな。血のつながりはなくても、都ちゃんの家族なんだろ?」

「えと…そうです。」

 あっさり「家族」と言われて都は拍子抜けする。冴との関係を説明しても、そう言ってくれる人は少ない。

「それが竜だの異世界だの言われたら、勘ぐるのが当たり前だろう。頭のおかしいのに騙されてるんじゃないかとか」

「笙子先生はどうして冷静なんですか?」

「言っただろ。早瀬とは付き合いが長いんだ。中学高校と一緒で、大学に入っても適度に交流はあったから。ま、色々とね。」

「色々…ですか。」

「言うなれば共犯者ってところかな。銀竜も門番の意味も、それに竜杜くんの母親も知ってる。」

 え?と都は目を丸くする。

「リュートのお母さんって…」

「エミリアにはまだ会ったことないんだよな。」

 都は頷いた。

「綺麗な人だよ。」にっこり笑う。

「それに気風(きっぷ)がいい。普通の人は受け入れがたいことではあるが、そんなわけで私は受け入れざるを得なかった。竜杜くんも赤ん坊の時から知ってる。でも去年会ったときは随分久しぶりだったな。十四年ぶりか…いい男に育ったけど、ちょいとひねくれたか…まぁ、それなりに苦労もしたんだろうね。」

「十四年…っていうと、お祖父さんが亡くなった時…ですか?」

「うん。早瀬のおじさんが亡くなったのも、うちの医院。結局早瀬は間に合わなくて、私が臨終に立ち会ったんだ。あの時は急だったし、奴もいろいろ考えるところがあったんだろうなぁ。まさかこっちに戻ってくるとは思わなかった。」そこまで言って腕組みをしたまま都のほうに身を乗り出す。

「逆に聞くが、どうして都ちゃんは契約を受け入れたんだい?」

 え?と首を傾ける。

「話を聞いてる限りだと、いささか強引さも感じられる。だったら拒否するとか、冗談でしょう、と笑って済ますことだってできたんじゃないか?」

「契約は絶対だって。でもリュートは、わたしが望まないなら別の道を歩んでも構わないって言ってくれました。」

「だったら…」

「だから…」

 それ以上どういう言葉で説明していいかわからず、都は俯く。

 その様子に笙子はくすっと笑った。次の瞬間、都の頭をぎゅっと抱き寄せる。

 いきなり抱きつかれた都はじたばたもがいた。

「し、笙子先生?」

「もぉ可愛いなぁ!要するに竜杜くんに惚れたわけだ。」

「え…?」動きが止まる。

 笙子は身体(からだ)を離すと、真っ直ぐに都の顔を覗き込んだ。

「だから契約を受け入れたんだろう?竜杜くんのことが好きだから。だから反対されて(いきどお)ってるんだろ?」

「ええと…そうです。」消え入りそうな声で都は言った。

 はっきり言葉にされると恥ずかしくて顔が熱い。

 そんな都の頭を、まるで小さい子供のようによしよしと笙子はなでる。

「そんなに照れることないのに。」

「だって…」

「竜杜くんはいい男だろ?背も高いし、声もいいし、気遣いもちゃんとできる紳士だ。まぁ、都ちゃんが好きなのは外見だけじゃないんだろうけど。」

 だけど、と笙子は言葉を継ぐ。

「確かに非常識には違いない。都ちゃんは向こうの世界に対して恐れとか不安はないのかい?」

 思ってもみなかった質問に都は目をぱちくりさせる。不安がないわけではないが、そこまで考えたことはない。

「まだ先のことまで考えられないけど…でも怖いとかそういう風に思ったことはないです。どっちかっていうとリュートやマスターが見ていた空を見たいかな…って。」

 あれ?と笙子は何か思い出す。

「ひょっとして店に飾ってある写真…」

 以前都が撮影した、フリューゲルの店内写真の事だと気付く。思いのほかよく撮れたので早瀬に進呈したら、店に飾ってくれたのだ。

「あ、はい。わたしが撮りました。」写真部なのでと小声で付け足す。

「そうか。今の一言で印象が重なった。」

「印象?」

「うん。なんていうか都ちゃんらしい写真だったんだなと。」

「わたしらしい…?」

「あー説明はパスね。感覚的なものを言葉にするの苦手なんだよ。でも一つだけ。」笙子は都を見据えた。

「いい写真だと思う。」

「あ、ありがとうございます。」まっすぐ褒められたことが素直に嬉しくて、思わず頭を下げる。でも…と躊躇(ためら)う言葉が続く。

「あれを撮ったカメラ、壊れちゃって。」

「襲われた時に壊れたって奴かい?」

「母の形見だったんです。ずっと一緒で…だからまだ捨てられなくて。でも命がこうしてあるのは身代わりになってくれたのかなって。そう思ったら、契約なんて小さなことかもしれないって思えて。それにリュートが、失敗したら受け止めるって言ってくれたから気が楽になって。何でもできそうな気持ちになって…」言ってから都はハッとなる。

「す、すみません。」

「いやいや。なるほどねぇ。そういう文句で口説いたのか、竜杜くんは。」

「そ、そういうわけじゃ…」

「いいじゃないか。」

「わたしが言ったって言わないでください。」

「さてね。」

「なんで意地悪なんですかぁ?」

 冗談だよと、笙子は笑う。

 もう、とむくれながらも、都は心のうちにあった(おり)を少しだけ吐き出した気がした。

予告どおり、前作最後に出てきた笙子先生の登場。

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