第八話
「都ちゃん、帰ったのかい?」
「随分時間がかかったな。」
「ご近所付き合いもいろいろあってね。」
「クッキーは渡した。」
ありがとう、と早瀬は微笑む。
「あれは残ったんじゃなくて、どう見ても残るように作ったんだろう?」
「店も休みに入るし、材料残しておくわけにもいかないからね。」言いながら、ビニール袋をテーブルの上に置き、自分は椅子に腰掛ける。
「冴さんの事務所に寄ると言っていたから…」
「皆で愉しんでもらえれば、それでよし。あそこのスタッフもお得意さんだ。しかし、残念だな。でも竜杜くんに、って言われたものだから…」いいか、と言いながらビニールからプラスティックの容器を取り出す。
テーブルに置かれたそれを見て、竜杜は思わず額を押さえた。
「パン屋さんのプリン、嫌いじゃないだろう?」
「それは…何年前の竜杜くんに、だ?」
「仕方ないさ。ご近所さんは、お前がおじいちゃんの後ろにくっついて歩いてた頃の印象が強いんだから。それに…おじいちゃんのお通夜の時…」
「それは言わなくていい!」
間髪いれず返ってきた言葉に、早瀬はおかしそうに笑う。
「随分なトラウマだねぇ。」
「もしかして…俺は四十とか五十になってもそれを言われるのか?」はぁと肩で息をつく。
「そうだねぇ。僕も子供の頃に屋根から落ちた話を、未だに持ち出されることがあるから…うん?」
テーブルの上に置かれた、見慣れない小さな平たい箱に気付く。
「これは?」
「都が…母さんに渡してくれって。」
帰り際、「お願いがあるんだけど」と手渡されたものである。
早瀬は竜杜の了解をもらうと、ボール紙の箱を開いた。
「ああ…」と、思わず笑顔になる。
アンティーク調の写真立てに収まっていたのは、制服姿でカメラを手に、考えるような仕草の少女の姿。撮られていることを意識していないのだろう。一心に何かを見据える姿は撮影している時の都の姿に他ならない。
「警戒心がないってことは…」
「大地が撮ったらしい。」
「いいね。凄く都ちゃんらしさが出てる。」
「知らないうちに撮られたから、本人は気に入らないらしいが。」
「でも、他に一人だけの写真ってないから…」そう言いながら、遠慮がちに渡すのも彼女らしいと言えば彼女らしい。
「いいのかい?自分の写真、好きじゃないって言ってたけど。」
「訓練のつもりだそうだ。」
「エミリアも喜ぶよ。それに…うちの奥さんを気遣ってくれる気持ちが嬉しいじゃないか。」
竜杜も同意する。
それでいて、あそこまで自分のふがいなさに落ち込むのもどうかと思うのだが。
そう言う竜杜に、父親は苦笑した。
「冴さんもそうだけど、お母さんと言う人もよほどしっかりした人だったんだろうね。」
「それは…都を見れば判る。」
ほぉと早瀬は、目を細めた。
「お前もそういう台詞を言うようになったか。」
「だから、いつの時代が基準になってるんだ?」
眉をひそめる息子に、早瀬は冗談だよと手を振る。
「色々あったけど…いい相手と巡り会えたね。」
「まだ…途上だ。」
「それはお前次第だろう。」
「さらっと厳しいこと言ってくれるな。」
「それで折れるほど、柔に育てたつもりはないよ。」
「この年齢で教育されるとはね。」溜息。
さてね、と早瀬は肩を竦めた。
壁の時計に目を向け、
「もうひと頑張りできるかな。日付が変わる前には、ラグレスの家に着きたいから。」
「まだやるのか?だったら掃除なんて別の日にすれば…」
「大掃除は日本の年末行事だよ。ほら、仏壇も綺麗にしておいで。」
「それ、間違って教えてないだろうな。」有無を言わせず雑巾を持たされ、納得が行かない。
しぶしぶ和室に向かうその後姿に、早瀬は苦笑した。
今はまだ判らずとも、いつか彼もこの場所の意味を理解する日が来るのだろうか。あるいは・・・
写真の中の少女に目を向け、そっと首を左右に振る。
「僕の決めることじゃない。」
和室から竜杜の声が聞こえた。
やれやれ、と溜息をつきながら写真立てを箱にしまう。
「その時はその時、か・・・」
それはこの場所が決めること。自分がそうであったように、その時になれば彼らも道を選ぶのだろう。
もう一度呼ぶ声に促され、早瀬は腰を上げた。
「今行くよ!」
【ポートレート -アルラの門2.5- 完】
お付き合いくださり、ありがとうございました。幕間話「ポートレート」も含めて完結でございます。
自分としては、何とか地固めが出来上がった感じですかね。
それでも投稿を始めたのが八月なので、まぁ、時間のかかることかかること(^^;
そして次ですが・・・一ヶ月半ほど間があけて、年明け一月に「白き翼の盟友 -アルラの門3-」と題して新しく話を立ち上げる予定。
予告をしてしまうと次回は「冒険」です!
登場人物もがんがん増えます!
何より早瀬さんの愛妻・エミリアさんようやく登場!
でもなんだろうなぁ。きっとファンタジーらしくはならないような気がする・・・。
立ち上げるまでの間も「活動報告」の方は適時書き込みをすると思います。
でも基本的にひっそりこっそり立ち上げると思うので、発見した折に読んでいただければ幸いです。
ここまで読んでくださった方、お気に入り登録くださった方々、ありがとうございます!




