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銀の翼 金の瞳 -アルラの門2-  作者: 弓削 結
ポートレート -アルラの門2.5-
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第七話

 十二時きっかりに、都は古めかしい呼び鈴を押した。

 迎え入れてくれた竜杜が荷物を受け取る。

 玄関扉が閉まると、都は斜め掛けにしていたカメラバッグを開けて小さな竜を抱き上げた。

 全身を覆う(うろこ)は白く、光に当たると銀竜の名の通り本当に銀色に見える。けれど感触はサテンのようにするりとしていて、背中に生えている羽はもっとしなやかな布を張ったようにも見える。

 金色の瞳が辺りをきょろきょろと見回す。

 頭の上でぎゃう!と声がした。

 どこにいたのか、もう一匹の銀竜が都の目の高さまで降りてくる。都が抱いている竜よりも一回り大きく、色も少しグレーがかっている。

「フェス、久しぶりだね。」

 都の言葉に、竜杜の相棒は口を大きく開けて応えた。

「コギンも大きくなったな。」

 竜杜になでられて、都の腕の中の生き物は嬉しそうに目を細める。

「いっぱい食べるもん。」

「とりあえず家の中なら勝手に飛んでていいぞ。」

 そう言われて、白い小さい竜は都の腕の中から舞い上がる。

「お邪魔します。」と言って、都も二匹の銀竜を追いかけた。

 店と同じ敷地に建つ早瀬家の母屋(おもや)は、昭和初期に建てられた木造の建物である。洋風建築の色が濃い店と違って、こちらは縁側(えんがわ)のある和風住宅といった(おもむき)。中に入ればサンルームのような、縁側を延長したような板敷きの食堂と居間に、(ふすま)で間仕切られた和室が内包されている不思議な作りである。そしてガラスの引き戸の向こうに目を向ければ、昨今では珍しい芝の庭と店の建物が見える。店と同様年月を重ねた柱や床に触れていると不思議なほど心が落ち着く。しかも今の季節はカーテン越しに差し込んだ冬の低い日差しが気持ちよく、暖房も不要なほど暖かくて一層眠気を誘う。

「マスターは?」

 年代物らしい黒光りするテーブルにプラスティック容器を並べながら、都は辺りを見回す。

「銀行と昼飯ついでに、近所を一周してくるそうだ。」

 頼まれて皿を出してきた竜杜が答える。

「お昼、持っていくから。」と都から電話をもらったのは昨夜だった。後ろで同居人の声がしたので、彼女が関わってるだろうと予想はしていたが…

「これは?」

 比較的大きな容器の半分を占める三角の物体を、竜杜は指差す。

「冴さんの作ったおにぎり。」

「大きすぎだろう。」

 明らかに標準サイズの三倍の大きさはある。

「男子サイズはこれくらいだって、言い張るんだもん。」

「使い勝手を考慮(こうりょ)するのが、あの人の仕事だろうが。」

「遊び心も大切だって。他にも色々作ってくれたから…」

 無意識に眉をひそめる。

「あ。疑ってる。冴さん料理上手いんだよ。普段は忙しいから作らないけど。」用意された大皿に、手際よく冴の作った惣菜(そうざい)を盛り付けていく。

「冴さんがいたから、わたしもお母さんも飢え死にしないで済んだんだもん。ある意味お袋の味かも。」

「これは?」

 傍らにパッケージのまま置いてあったものに気付く。

「コギンのおやつ。冴さんがあげてたら、いつの間にか好物になっちゃって。」

 名前を呼ばれたと思ったのか、コギンが都の肩に舞い降りた。

「そういえば子供の頃、この家の冷蔵庫にもあった、な。多分。」

「そんなに敬遠するものじゃないと思うけど…ねぇ。」

 都は袋を開けて、中の一本をコギンに渡す。

 その様子に興味を示したのか、フェスも椅子の背に舞い降りた。不思議そうに首を傾けコギンの様子を見守る。

「フェスも食べるかな。」

「魚は食べるから支障ないと思うが…」そう言いつつも、どうだろうと唸る。

 しかしコギンはそんな竜杜の様子に構うことなく端をかじって穴を空け、それから器用に皮を剥いて両手でしっかり持つと、「はぐっ」と噛み付く。

 フェスが小さく鳴いた。

「お前も食べたいのか?」

 竜杜の言葉に同意するように、フェスは都が差し出すそれを両手で受け取る。

 絶対に向こうの世界ではありえない光景に、竜杜はそっと溜息をついた。

「銀竜が魚肉ソーセージ喰うってのは…」まぁいいのか、と呟く。


 冴が持たせてくれた昼食も、都の言うとおり安心できる美味しさだった。

 食後のお茶を飲みながら、竜杜はコギンを膝に乗せて羽や身体を点検する。

「ちゃんと育ってるし、飛ぶのも支障はないようだな。」

「二階に飛んできたの?」

 都が問いかければ、コギンはぎゃう!と自慢げに応える。

「完全な大人になるまではもうしばらくかかるが、訓練するのに支障はないだろう。」

「色んなことができるって聞いたけど…説明書とか…」

「論文はあるが…」そう言って父親の蔵書を都に渡す。

 渡された都は思い切り目を丸くした。

「これ…文字?」

 ざらリとしたベージュ色の紙に印刷された記号は、当然だが見たことのない形のものばかりだった。右から読むのか左から読むのかも判読できない。

「リュート…読めるんだよね?」

「そりゃあ…」

「マスターも?」

「最終的には向こうの言語で本も書いてる。」

「本?」

「言っただろう。父親は銀竜の研究者だったと。」

「でも最初から、言葉が使えたわけじゃないよね。」

「いや。門番は向こうから来た人々の末裔(まつえい)だから、会話の問題はなかったはずだ。」

「そうなの?」

「文字の読み書きは向こうに行ってから覚えたんだと思う。」

 そう言われても、今の自分には明らかに無理な話である。

「えーと、翻訳したものとか…」

「時間を見てまとめておくが、今は説明することを覚えてくれ。」

「お、覚えるって…」

 それも無理だと判断して、慌ててカバンからメモ帳を引っ張り出す。そうして必死でメモしていると、竜杜が覗き込み所々補足してくれる。

 それだけではない。コギンと向き合って実際に教えられたことを練習する。それが思った以上に大変で、立ち上がってメモを覗き込みながら銀竜に命令を下すが、思うように動いてくれない。小一時間ほど頑張って、方法だけ何とか理解したところで都は大きく息をついた。

「コギンにも馬鹿にされてる?」

「都に甘えてるだけだ。今日はフェスもいるから遊びたいんだろう。」

 窓際の安楽椅子で様子を見守っていた竜杜の言葉に、コギンが、うな!と甘えた声を出して飛んでいく。

「それにちゃんと飛んだことがないから、自分の役割もまだ判ってない。」 

 それは何となく感じていた。

 マンションの部屋では飛ぶ範囲がひどく限られるし、時々こうして早瀬家で遊ばせることはあっても本当の空を飛んだことは一度もない。

「銀竜は門に関わる人間には必要な相棒だ。長くいればいるほど、一緒にいる相手に応える。都が門を使う時が来れば、コギンも理解するだろう。」

 言いながら膝に降り立った小さな竜の背をなでる。

「リュートって、銀竜に好かれる体質?」

「扱い慣れてるだけだ。家にはずっと銀竜がいたし、フェスとはもう二十年も一緒にいる。それにラグレスの家は代々銀竜を守ってきたらしい。」

「守る?」

「言葉どおり。時には保護したり、生息地を確認したりしていたらしい。そのせいか、今でも引き取り手がいない銀竜が時々ラグレスの家に送られてくる。」

 はぁ、と目をぱちくりさせる。

 また新しい話が出てきた。

 コギンが飛び上がり、鴨居(かもい)から様子を眺めていたフェスの隣に止まる。そうして喉の奥を鳴らし、フェスに何か話しかける仕草をする。

 竜杜との契約を受け入れた時から、そしてコギンを手渡された時から予想していたが、一見何気ないこんな光景だって非日常的であることに違いない。それでも都にとっては現実で、しかも冴や早瀬の友人の宮原(みやはら)夫妻を含めた「共犯者」と密かに呼んでいる一部の人もこの状況を受け入れているのだから、それはそれで凄いことだと感心してしまう。

 二匹の竜をぼんやり眺めていると、不意に名前を呼ばれた。

 え?と振り返るより先に、ぐいっと引っ張られて思わず声を上げる。

「な、な…」

 竜杜の顔が近い。

 半ば強引に彼の膝の上に引っ張りこまれたのだと気付いて、一気に心拍数が上がった。

「都の気が揺らいでる。」

「え?気?」

「都の不安はすぐ判る。」

「ふ、不安なんて…」

 真っ直ぐに覗き込まれて、けれどあまりの近さに直視できず思わず(うつむ)く。

 まったく、と軽い溜息。

「俺はそんなに頼りないか?」

「そんなこと…ない。」

 ただ、どう言葉にしていいのか判らないだけ。

「二人でいる時は俺には甘えていいし、少しくらい我侭(わがまま)になっていい。」

「だって…慣れてない…」

 忙しかった母親や冴との生活では、遠慮があったのは()して(はか)るべし。彼女にとって自分を前面に出すことも甘えることも勇気のいることなのだと、改めて知る。

「そういうことを言うのも、都らしいな。」

 優しい笑みに都はごめん、と呟く。

「いつか慣れてくれればいい。」

 そっと顔を上げる。

 そうして見れば、漆黒色の瞳が優しく受け止めてくれる。

「わたし…」

「うん?」

「大丈夫かな。」

「コギンのこと、か?」

「色々。」

「どうして?」

「できないこと、いっぱいあるから。」

「誰だって最初はそうだ。」

「それに、どんどんリュートの知らないことが出てくる。仕事とか、家のこととか…」

「それは都だって同じだ。」

「わたし…別に…」

「友達が一緒だと、俺には見せない表情(かお)する。」

「そ、そんなの…知らない。」

「そりゃ無意識だろうから…」

「っていうか、怒ってる?」

「少し()いてるだけだ。」

 えっ、と声を漏らす。

「や、妬いてるって…だって友達って女子…」

「だから、だ。」

 こつん、と都の額に自分の額を押し付ける。

「女同士だから安心するんだろう。そういう意味で、俺は都と同じ立場にはなれないし、それに都が学校でどう過ごしているのかも知らない。」

「それは…わたしだって…」

 竜杜が向こうでどう過ごしているのか、まったく知らないし想像もつかない。

「だから…こうして会って色んな都を知るのは、俺にとって楽しいし嬉しい。都には負担かもしれないが。」

「負担じゃ…ない。」都はゆっくり口を開く。

「だってリュートはちゃんと説明してくれるし…ただ、色々ありすぎて…ついていけないって言うか…」

「ゆっくりでいい、と言ったはずだ。」

 それは判っている。だから、なかなか前進できない自分がもどかしいのだ。だから、どうしていいのか悩んでしまうのだ。

「ごめん。」

「謝るな。」

「だって他の言葉…見つからない。」

「だったら余計なこと、喋らなくていい。」

 そう言って頭を抱き寄せる。

「なんか…もっとダメ人間になりそう。」

「案外、負けず嫌いだな。」

「だって…」

「でも、それも都らしい。」

 耳元に軽くキスを落とす。

 そう言って自分を受け止めてくれるのが、くすぐったくも嬉しい。こうして彼の腕の中にいると、目に見えない優しいものが自分の中に流れ込んで来る気がする。

 こんな風に誰かと一緒にいて、満ち足りた時間が過ごせるなんて思ってもみなかった。

「年明けたら…また会えるよね。」顔を埋めたまま、問いかける。

「なるべく早く戻るようにする。」

「無理…しなくていいよ。」

「俺がそうしたいんだ。」

 うん、と頷きながら都は竜杜の胸に顔を押し付ける。そうして心地よい暖かさを享受しながら、そっと目を閉じた。

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