第十二話
「トカゲ、持った?」
「トカゲじゃなくて銀竜。」
カメラバッグを抱えた都は頬を膨らませる。
時間はすでに深夜帯に近い。
放っておけばずっと眠っていそうだった都を起こしたのはコギンだった。耳元で聞こえる銀竜の声に、最初は夢かと思った。けれど起き上がってみれば、目元を冷やしていたタオルと共に、白いものがうぎゃ、と鳴きながら膝の上に転がり落ちてきたのだ。ぺたんとお尻で着地して、目の覚めた都を嬉しそうに見上げよじ登ってくる。
「コギン…なんで?」
きゅ、と鳴いて小さな指でしがみつく感触に本物だと驚きつつ、嬉しくなる。
「栄一郎さんが連れてきてくれたのよ。」
襖が開いて、入ってきた冴が言った。
他の荷物と一緒に車で運んでくれたと聞いて恐縮する。
でも…と上目遣いに見上げる都に、冴は溜息をついた。
「名付け親の言うことが絶対だっていうんだから、都ちゃんが面倒見るしかないでしょ。」
「マンション動物禁止…」
「金魚やカエルなら、近所の小学生だって飼ってるわよ。」
え?と都はコギンを見下ろす。
「カエル…?」
ぎゃお、とコギンが嬉しそうに鳴く。
「そ、そういう解釈でいいのかな?」
「じゃあどういう解釈するのよ。」
そう言われれば返す言葉がない。
冴の持ってきてくれた私服に着替え、早瀬の用意してくれた軽食をコギンと一緒につまむと、ようやく体温が戻って動けるまで復活した。
その後車で送ろうと言う早瀬の申し出を断って、冴はタクシーを呼んだ。
「とりあえず、都ちゃんの命を助けてくれたこと感謝するわ。そうでなかったら今頃あたしのほうが後悔したでしょうからね。」
「とりあえず、ね。」
玄関の外まで見送りに出た竜杜は、呆れたように息をつく。
なによう、と冴は顔を突き出した。
「譲歩してるんじゃない。」
「正当な評価ってのはどこにあるんだ?」
「評価って、あとからついてくるもんでしょ。」
ま、せいぜいがんばんなさい、と他人事のように言って冴はタクシーに乗り込んだ。
「戦い甲斐のある相手だねぇ。」
二人の乗った車を見送りながら早瀬が面白そうに言う。
まったく、と竜杜は呟いた。
「けど、最後のあれは何だったんだ?」
帰り際、冴は思いついたように振り返り訊ねたのだ。
「フリューゲル、休業していた時期がありませんでした?」
答えながら、早瀬は同じような質問を都から受けたことを思い出していた。冴と都の中で、きっと何か思い当たることがあるのだろうと推測する。
「そのうち…話のついでに聞くこともあるんじゃないかな。」
納得が行かない様子の息子に、そっと笑みを向けた。
「都ちゃん、あの家、好き?」
「家?」
不意に言われて都は首をかしげた。
音量を絞ったラジオから流れる映画音楽が、適度なBGMになっている。
「そう家。それとお店。」
こくんと都は頷く。
「なんだか懐かしいって言うか、包まれてるみたいで…凄くほっとするから。」
そっかと、冴は呟く。
「でもどうして?」
冴は軽く目を閉じる。
さぁちゃん…舌足らずに自分を呼んでいた女の子の、小さかった手の感触を思い出す。あれからどれだけ経ったんだっけ?と考える。
そうして答えを待っている都に顔を向けた。
「思い出したの。覚えてないかもしれないけど都ちゃんが保育園の時、あの前が通り道だった。都ちゃんいっつも閉まってる門から中をのぞこうとして…」
「覚えてるよ。」
「ホント?」
「だから初めてフリューゲルに行ったとき、門が開いてたの見て、嬉しかった。」
そっか、と冴は目を細める。
「あたしじゃ支えきれないはずよね…」そっと呟いた。
「何か言った?」
「なんでもない。とりあえず明日は学校休みなさい。」
ええー!と抗議する都に、冴は溜息をつく。
「試験近いんだから当たり前でしょ。それに、体調戻してお世話になった人達にお礼言わないと。」
言い返す言葉がない。
「はぁい。」と答えるとコギンの入ったバッグを抱きしめた。
「おや、リカーハタノの四代目にフリューゲルの三代目が朝から揃ってトレーニングとは。若い人が頑張ってるのはいいねぇ、うんうん。」
「あ、おはようございます。」
「って、なに爽やかに挨拶してるんですかぁ!ちょ!たんま!」
「挨拶は基本だろ。」
「てか、これ柔軟じゃなくて技かけてるでしょ!とりあえず収まったんならいいじゃないですかぁっ!」
「とりあえずじゃない!どれだけ大変だったと思ってる!」
「竜杜さん、木島が絡むと無茶苦茶っすよ!」
「安心しろ。ちゃんと自覚してる。」
「それ理由になってない!マジでギブギブ!」




