異世界タクシー
思いつきの超スピード短編。とにかくテンポが早いです。
駅前のロータリー、タクシー会社毎に定められた縄張り、その一角に自慢の相棒を休ませながら、男は運転席のドアにもたれかかり、一服した。
「雨でも降らねえもんかね」
ふっと白い煙を吐き、そんな願望も吐く男。雨はタクシー運転手の友である。特に夕暮れ時の一振り、予報もないのが望ましい。傘も持たないお客が競うように転がり込むからだ。
しかしそう都合の良い事もなく、煙草を蒸かす時間が過ぎる。今の御時世、タクシーはお高く止まった人間の乗り物なのだろうかと男は苦笑した。
「ならもっと儲かれや」
下らない愚痴である。
そんな言葉を漏らした時、男の横から声が掛かった。
「あの……空いてます?」
声の主は子供だった。
「空いてますよ」
男は後部座席の扉を開き、子供はそこに滑り込む。
携帯灰皿に吸い殻をぐいと押し込み(今はお客がうるさいのだ)、男は相棒のコクピットに乗り込んだ。
「どこまで?」
子供は答える。
「異世界『アザーグラウンド』まで」
男は目を丸くした。そして、バックミラー越しに子供を見ながら尋ねる。
「……アザーグラウンドのどこだい?」
「クリムト王国王宮前まで」
「あいよ」
男はエンジンを唸らせる。
「こりゃあいい長距離だ」
タクシーは走り出す。
ロータリーを周り、駅前から脱出する。通りを真っ直ぐ進み、やがて見えてきた人気のなさそうな道に曲がり込む。そこで男はかちりとハンドル脇のレバーを入れた。
そして無線に呼び掛ける。
「座標調整よろしく。アザーグラウンド」
『了解でーす』
「ちょっと揺れるんで。シートベルトしました?」
子供は「はい」と短く返事をする。
「じゃ行くかね」
男はぐんとアクセルを踏み込んだ。
ゴウ!
タクシーが異世界を繋ぐ世界の狭間に転がり込む。ガタンと一回強く揺れ、辺りは紫色の歪んだ景色に包まれた。
『しばらく直進でーす』
突入も成功し、走行も安定する。ふいーっと深く息をついて、男は子供に尋ねた。
「おたく勇者さん?」
「はい」
「だよなぁ。アザーの王様は相も変わらず勇者召喚かあ」
男は溜め息混じりに呟いた。
まあ、その常連さんのお陰で食いっぱぐれないんだが。
世の中は複雑である。
緊張の面持ちで座る勇者。その後別段会話もなく、タクシーは変わらない景色を進む。
「不安かい?」
「……はい」
「だろうなあ」
男はふふんと笑った。
『そこの黒いゲート前で右折です。そこから真っ直ぐ三番目のゲートでーす』
「ああ、もう覚えたよ」
男は無線をぷつりと切って、ハンドルを切る。そして真っ直ぐ再び進み、三番目のゲートに飛び込んだ。
ゴウ!
ガクンとタクシーが揺れる。そして、景色はがらりと変わった。
巨大な門が横に広がる。その前には、王冠を被った王様が待っていた。
「おお!鉄の馬車!勇者様!よくぞいらした!」
男は運転席の窓を開く。
「お支払いは?」
「うむ。ご苦労」
王様に金貨を握らされ、男はそれをポケットにねじ込んだ。
バタンと後部座席のドアを開く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
勇者はゆっくりとタクシーから降りる。緊張の面持ちで。
「ささ、勇者様!勇者の装備は用意しております!魔王退治の準備を!」
勇者は王様に手を引かれ、王宮の中へと連れ込まれる。
気の毒なこった。
男は煙草をくわえて鼻で笑った。
異世界の召喚に応じて、命懸けで戦わされる。召喚魔法の縛りによって、逆らう事も許されない。
勇者とは名ばかり。まるで奴隷だ。
しかし男は笑う。
ま、タクシーの運ちゃんの俺には関係ないわな。
そして一服。男は王宮を横目に眺めて、一時の休息に身を預けた。
やがて、王宮の門は再び開いた。そこから出て来たのは勇者の装備に身を包んだ子供。勇者は目を丸くした。
「どうして……まだ居るんです?」
男はニヤリと笑った。
「仕事のあるところにあたしは居ますよ」
勇者の瞳がぐらりと揺れた。
「乗りますかい?」
「…………危ないですよ」
男は笑う。
「安全運転がうちのモットー。危ない筈がないでしょうに」
勇者の少女は目を潤ませた。
「……魔王の城まで」
「魔王の城の?魔王の間で構わないかい?」
「……はい」
勇者の少女の目の前で、後部座席の扉が開いた。
疾走するタクシーに、無数の狼モンスターが飛びかかる。しかし、ちっぽけな狼が、鉄の馬車にかなう筈もなく、ガツンという音と共に、宙を舞う。
「ああ、なんかひいちまった。ま、お巡りもいないからノーカンな」
ラジオから流れる洋楽を、鼻歌混じりに楽しみながら、男が笑う。
「運転手さん前っ!」
次は人の五倍はあるトロルが前に立ち塞がる。しかし男は焦る事なく、ハンドル脇のレバーを倒す。
トロルが棍棒を振り上げる。
「運転手さんっ!」
「安全運転って言ったろ」
男はクラクションをパン、と叩く。
ププー!
そんな音の替わりに
ボウン!
そんな音が飛び出て、黒煙に包まれながら、トロルはばたりと後方に倒れた。
「な、なんですか今の!?」
「クラクションだよ。どけって合図だ」
男のタクシーは、群がる魔物を蹴散らしながら、グングンスピードを上げていく。
「そろそろ行けっか?」
『オーケーでーす』
無線の返事に男は笑う。そしてレバーをガタンと倒し、アクセルをぐいと踏み込んだ。
ゴウ!
飛び込んだのは世界の狭間。途端に、無線の声が響く。
『そこ右です!』
「掴まんな勇者さん!」
勇者がぐっと身構える。男が勢いよくハンドルを切る。そしてゲートをくぐったタクシーは……
ゴッ!
玉座にて待つ魔王を跳ねた。
ぽかんと男を見つめる勇者。
「さてついたが……」
男は振り向きニヤリと笑った。
「やっぱり目的地、変えとくかい?」
少女の手の甲から、ぽわりと呪いの勇者印が消えた。
「……はい!」
「どこまで?」
少女は涙を拭って言う。
「元の世界へ」
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『まーた、勇者の代わりに魔王をやっちゃったんですか?』
「安全運転の邪魔を排除しただけだ」
『素直じゃないなー』
煙草を蒸かす男がいるのは、最初にいた駅のロータリー。今度は車内で一服する。
『あ!臭いが残るから外で吸って!』
「あいあい」
男は煙草を携帯灰皿にねじ込む。
「あとで王様に請求よろしく」
『はいはい。……ってか、もうあなたが勇者でいいと思うな』
「おいおい勘弁してくれ」
それは『異世界タクシー』。どんな世界にも、安全運転でお客を届けるタクシー会社。
「俺はただの運ちゃんだっての」
それはそこでは珍しくもない、日常のお話。
「あの……空いてますか?」
今日もタクシーは安全運転で行く。
「どちらまで?」
主人公は運ちゃんのおっさん。
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