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「傭 兵 と 撃 剣」撃剣シリーズ第五話。

 撃剣シリーズは、タイトル「平成の撃剣」として、日本古流の剣術を、細々と、しかし、脈々と現代に受け継がれている様を、一話完結の形で短編にし、著したものです。

 古くから親交のある、古武道仲間の先生からの紹介で、外国人が稽古見学に来た。通訳は同流派の門弟でもある某国立大学の教員で、古市という。古市氏は居合いの熱心な研究者でもある。午前中の稽古が終わった頃、古市氏に連れられ見学者の外人が道場に現れた。




「や~、古市先生遠路ご苦労様です。話は伺ってます」通訳をかって出た古市先生とは、顔見知りだ。見学に来た外人を交え握手し、挨拶を交わす。




「カービーさんです」古市先生が、外人を促し紹介した。




「カービー、ト、モウシマス、ドウゾ、ヨロシクオネガイシマス」稽古中の門人数人も座して、挨拶を返す。カービーは腰を折るようにして全員に挨拶した。




「まあ、しばらく、見学してて下さい、後で先生も久しぶりでしょうから、竹斬ってもらいましょうか?」




「やっぱり、現役さんやな~、ガ体が違う」握手したときの手の感触がゴツイ。古市先生は当流の稽古を良くご存じなので、形技のツボは心得ている。竹が飛んでこない、道場出入り口付近の下座に、見学者の外人と古市先生が、並んで、座った。二人は、刀剣袋から本身(真剣)を取り出し、お行儀よく正座していた。門人連中に緊張が、、。そんな空気に構わず。




「英語はわからん、先生に解説の方は、お任せやな」正座している古市先生の側へ行き、その旨耳打ちした。頷く先生に。声をかけた。




「古市先生、どうぞ、足崩してくださいよ」胡坐をかくのは、古流ではごく普通で、無礼にはならない。




「あっ、先生ところはそうでしたね、何時ものクセで、じゃ、ご遠慮なく」と、足を崩し、隣のカービーにも胡坐を勧めた。




「オウ!、イイノデスカ~?」と初めて、カービーは頬を緩めて親しげな声をあげた。道場内の空気が一変し、和んだ。190センチ近い体躯に、二尺八寸(刃長約85センチ)はあると見える刀剣を脇に横たえている。この道場で、一番長い刀でも、二尺三寸七分(刃長約72センチ)止まりだ。刃長に10センチ以上もの差がある。外人の見学者は特段に珍しい分けではない。が、来るのは物見遊山の観光客ばかりだ。門人連中も、そういう手合には慣れている。竹を斬ったら、喜ぶのだ。何故、竹を斬るのかは、彼等にはどうでも良いことである。




「もうちょっと、引きこまな、あかん」声をかける。二段の門人が、座位からの技で右袈裟に失敗した。竹に刀身を当てに行った為に、六分ほどの切り込みが入って、そのまま、道場の防護畳にドスンと衝突。





「はい!」と、門人は切り込みの入った竹を、もう一度、同じ技で。




「イエーイッ」切り込みの入った所を狙った。




「パシーッ」と、音がして、竹が撥ね転がった。寸分違わず、狙い通りに刀身を打ち込んだのだ。




「ウオウ~!、おう!、お見事です、同じところですな~」二人の客が声をあげ、拍手する。入れ替わり、立ち代わり、門人連中が形技をこなして行く。カービーは、上座や左右に斬り飛び、転げ回る竹を観ながら、その都度、古市先生から解説を受けているようだった。頷き、自身からも、何やら聞いている風だ。




「先生、表の形終わりました」師範代が声をかけた。形技が一回りして、小休止となった。古市先生が立ち上り、上座に一礼し、道場の中央に出てきた。




「〇〇先生、胴着に着替えさせて、頂きます」




「どうぞ、着替え室でやって下さい」カービーを連れ、着替え室へ消えた。




「ごっつい人ですね~、先生!」門人の一人が着替え室へ目を投げ、声を漏らした。今日、稽古が始まる前に、門人連中には、古市先生と現役の外人の兵隊さんが、見学に来ることを伝えてあった。物見遊山の観光客ではない。数ヶ月前まで、戦場にいたのだ。門人連中も興味津々だったのである。




「うん、ごっついな!、空手もやってる言うとったね~、巻き藁試斬もやってるやろう」刀剣を携行してきている。次の稽古に備え、門人連中は刀の手入れをしながら、カービーの話題を互いの感想を交えて、言い合った。




「失礼します、シツレイイタシマス」と、着替えた二人が、道場に入って来た。




「はい、どうぞ、こちらえ」一人の門人が、二人を上座へ誘う。




「先生は、もういけるでしょう、じゃー、先にやりますか?」古市先生に声をかけ、竹を用意させた。




「そうですね!、お願いします」と古市先生が。





「はい、有り難う御座います、では。久しぶりですから、斬れないかも知れませんが、、、」言いながら、道場の中央に進み出た。そーっと置かれた試斬竹(高さ約1メートル)から、間合いを計りながら、一間(約2メートル)ほどの位置で立ち止まった。




「ソゥーウリャー!!」独特の気合いを発し、抜刀、抜きつけから、刀身を右に小さく旋回させ、右袈裟懸けに打ち込んだ。刀速も見切りも充分である。引き手も強い。竹は難なく、上部10センチほどが斬り飛ばされていた。




「おう~、うおう~、キレイな切り口や~」門人連中が声を上げる。カービーも、手を叩く。続けて数本の置き竹を試斬。左右の袈裟懸けを、一つの斬り損じもなくこなした。二足一刀である。二歩で、試斬竹に近づき、一刀振るい、斬る。基本の技だが、現代人と昔の人では、歩行方法が異なるので、なかなか、上手くいかないのだ。古市先生は、その基本技を忠実にこなした。人によるが、これが、出来るようになるまで、何年もかかるのだ。




「よう~、斬りはる、腕上げましたな~」正直な感想を投げた。




「いえ、いえ、お恥ずかしい、両袈裟斬るのが精一杯です。有り難うございました」





「その、両袈裟が難しいんですわ、よう稽古したはりますな。え~切り口や!、いや、お見事でした」斬り飛ばされた、竹を手にして、試斬の感想を評した。




「先生、カービーの居合いを見ていただけますか?」古市先生が。




「ほう~、どうぞ、やって下さい、拝見しましょう」下座で座っていたカービーが、古市先生の耳打ちで、立ち上がり、こちらに向かって一礼した。道場の中央に進み、正座。刀礼も様になっている。座位のまま、含み気合を発し、右足を立て抜刀、一歩大きく踏み込み、抜きつけた。立ち上がり数本の形を華麗にこなした。真っ向に振りかぶり打ち下ろすと、刃鳴りがする。逆袈裟、横薙ぎでも震えるような刃鳴りをさせた。大柄で、見栄えがするだけではなかった。(うん、え~居合いや!)。




「念流か?、珍しいな~」呟きを漏らした。門人達もから拍手が起こった。




「どうぞ、竹斬って下さい」新米の門人が、青竹を1本、立てた。と、古市先生が、足早にやってきて。




「〇〇先生!ちょっと、手ほどき、お願いします」巻き藁を斬るのと、青竹では斬り様が異なる。刀の状態にもよるが、刃筋を狂わせ、竹の節にまともに刃が当たると、刀は簡単に刃が欠ける。古市先生の懸念を察した。




「分かりました、藁とはちゃうんでね」自身も帯刀し、手招きして、カービーを呼んだ。足を運ぶ動作を。




「ショウ、ミイー。ワン、ツウー、ゴー!。ユー、ノウー」怪しげな英語とゼスチャーを交え二,三回ゆっくり見せた。通じたらしく。




「OK、センセイ、ワカリマシタ、アタシ、ヤラセテクダサイ」カービーは頷き。




「ワン、ツウ、ゴー」と、二足一刀を見たまま、何度も何度も繰り返した。(うん、様になってきたな~)。カービーに、竹を指差し、耳打ちをした。通じたのか、カービーは何度も首を振り、頷いた。




「よっしゃー、カービーさん、いきましょかー」カービーに、ゼスチャーで伝えた。カービーは射抜くような眼を向け。




「ハイ、イキマス」正眼に構えをとらせたままにして。カービーに背を向けた。




「ワン!」と、声を発し、カービーが上段に振りかぶったのを確かめて、後ろ向きになり、二、三歩離れた。




「ツウー!」一間ほど遠ざかり。




「ゴー!!」と、大声をかけ、振り向いた。




「フューゥー!」刃音が聞こえ、剣線の軌道が描いた輪が、西日を浴びて光っている残像を見た。同時に。




「ポン!」と、小さな音が。カービーが、真っ赤な顔をして、床を転げ回っている竹を、眼で追いかけている姿が見えた。




「うおーう!、やったー!、うまい!、キレイな切り口や~」息を呑んで見ていた門人連中や古市先生らが、それぞれに歓声を上げた。カービーを中心に輪ができた。輪の中で、頭一つ抜きん出たカービーが、あっちこっちボディタッチされながら「ドモ、アリガトー」を連発し、溶け込んでいる。(うん、ようやりよった、怪我のうて、よかった)。




「笑い斬りですよ~」竹の切り口をカービーに見せながら、ニコニコしながら、古市先生が説明している。




「先生!、有り難う御座いました」輪から古市先生が出てきて。




「や~、お見事でしたわ、キレイに抜けましたね(刃筋が通ったこと)!」




「はい、本人が一番驚いてました。何の手ごたえも無く斬れていました、って。先生に言われた通りにしたら、斬れたって、興奮して、不思議そうに言うてました。先生、カービーに何を言ったんですか?」




「うん、そうですか~、まぁ、竹をね!親の敵や思うて、やりなさいって、言うただけですわ」今度は、古市先生が、不思議そうな表情を見せた。


 それから、数ヵ月後、古市先生から手紙がきた。礼状と写真が一枚入っていた。写真の裏には「カービー、ポール、ベルモン」とフルネームが記されていた。迷彩服を着た9人の兵士達が写っており、真ん中に、カービーがいた。迷彩服で、見ずらかったが、カービーが両手で包み込むように「笑った竹」を持っていた。追伸として、中東の戦場にて、傭兵より、と記されていた。(傭兵!やったんか~)。

 

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