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第58話【上げて落として、それから……】

 どうも獅子舞です。


 今回も遅れまして、本当にごめんなさい(^ ^;


 お待たせした分を埋める気持ちのボリュームをお届けします。


「くっ、そぉぉ……けっきょく一口も食えなかったぜ……」


 せめて一口。

 そう思って10人前はあった料理を狙ったダンであったが、すべて霊に阻まれ、ついにその口に運ぶことは叶わなかった。


「冷蔵庫にみかんが入ってるから、ダン兄さん食べていいよ」

「おまっ! ふざけんなよ?! 可愛い()の手料理だから食べる価値があるんだよ!! 腹が減ってるから食いてぇんじゃねぇんだよ!!」


「こころ、ダン兄さんにみかんを出してあげて」

「おいぃぃぃいい?! 可愛い()に出されりゃあ良いってもんじゃねよ?! いや、それはそれで嬉しいんだけどな?! でもそういう事じゃねぇんだよぉぉおおお!!」


 絶叫。あるいは慟哭か。


 実はダン、沖ノ大鳥島からここに来るまで、まともな食事をしてない。海を泳いでいるときは生魚を(たまにイカとか海藻とかあった)、上陸してからは野生の獣もしくは木の実、果ては雑草など。

 久しぶりにまともな飯にありつけると思ったらこの仕打ち。色々と酷い状況だった。


 ちなみに、例によって例のごとく、生で食べても桁外れの【心力】で強引に消化。食当たりも皆無である。


「あの……とりあえず、どうぞ」

「お、これはご丁寧にサンキュ。お嬢さんも律義だねぇ~。霊、すっかり亭主関白かよ?」


 こころからみかんを受け取り、皮を剥いて一口。

 せめてもの仕返しとばかりに、からかうように言うが、言われた霊はどこ吹く風。


「ダン兄さんが食べたいって言ったんじゃないですか」

「いや、だからぁっ!! ……はぁ。ループしそうだから、もういいぜ」


 言いたい事は色々あった。

 だが、霊に何を言っても素で返されるのがオチだというのは知っている。面白味のない性格、とは少し違うが似たようなものだろう。

 ただ、時々突拍子もないことをするし、それを普通のことでしょ、と言わんばかりの行動と言動がたまにある。


 読めない性格。そう評したほうがいいだろうか。


「もぐもぐ……。んでよ、とりあえずオレがキュリオテスと遭遇したところから話すか?」

「はい。お願いします」


 とはいえ、もともと固執していた訳ではない。

 昨夜、すでに霊からいくらかの生活費を受け取っていたため、簡単な弁当を購入してとりあえず腹は満たされている。


 ダンはみかんを口に運び、キュリオテスと遭遇してここまでやってきた経緯を話し始めた。


「むぐむぐ……。まあ、もったいぶるような事はなんも無かったんだがなぁ。沖ノ大鳥島でバッタリ遭遇~」


 軽い口調で切り出したダンに、霊は疑わしげな視線を向ける。


「……本当ですか?」


「疑うなよぉ、霊。そりゃあ、同じ序列のロードクラスは引き合う関係にある。キュリオテスはオレの……いや、もう準の【殺神器】か……に反応するからな」


「それは本来であれば、です。しかし【心蝕獣】が現れてから200年もの間、【殺神者】はキュリオテスと戦った記録がありません。なのに、今になってたまたま遭遇したなんて、有り得るんですか?」


 【殺神者】が天使と戦いはじめたのは、何も霊たちの世代になってからではない。

 意外にも、【心蝕獣】が現れてから早々に【殺神者】は何人かの天使と戦っている。だが、キュリオテスとだけは、戦ったことがない。

 200年間も遭遇したことのない敵と、今になって出会った。疑うのも当然だろう。


 だが、疑いをもたれたダンの方も、気になっていた。


「そこだよ。オレも気になってるのは。他の天使とは、直接の戦闘こそしてない奴がいたとしても、発見したことはあるからなぁ……」


「そうですね……戦闘記録があるのは、すでに倒した能天使エクスィア、力天使デュナメイス、主天使キュリオテス、智天使ケルビムの4体。

 まだ倒していなくとも記録が残っているのは、座天使スローネのみ。

 戦ったことはなくとも、存在が確認されているのは権天使アルケー……そして、熾天使セラフィムです」


「最後の2体は、200年前……【心蝕獣】が本格的に増え始めてから目撃すらされなくなったらしいよな? んで、キュリオテスもそうだったわけだが……いきなり遭遇して倒しちまったって訳か。ドラマチックもなにもあったもんじゃねぇよなぁ」


「表舞台に現れなかったキュリオテスが、なぜここを……閃羽を目指していたのか……謎ですね」


 何か裏があって、ここに現れたのか。

 いや、それは分かっている。閃羽を目指していたのは、戦闘中の様子から明らかだった。


 では、なぜ?


 一つ考えられるのは、熾天使セラフィムに関係すること。

 セラフィムは閃羽で生まれ、そして次に現れるとすれば、閃羽だという。


 なぜかは、わからない。わからないからこそ、キュリオテスの動向がきになった。


「しくったよなぁ~。オマエら嬉々として殺し過ぎっ。情報吐かせろよ~。せっかく言語を話してたんだからさぁ~」

「そういうダン兄さんこそ、最初っから殺すことしか考えてなかったですよね?」

「え~? オレは~? 別にぃ~? そんな~? 浅はかなこと~? 考えてなかったと思うぜ~?」

「図星ですね分かります」


 とはいえ、やることなど変わらない。

 ロードクラス全員を抹殺し、神を引き摺り出す。キュリオテスから情報を引き出し損ねたからといえ、結果が変わらないのなら固執する必要など無い。


 そう思うからこそ、お互いにおどけて、ふざけ合えた。


「クスクスクス……お二人は仲が良いんですね。本当の兄弟みたいです」


 普段は見せない、霊の一面。

 話している内容は酷いものだが、おどけている霊という光景は、なかなかのレア。感情の起伏がない、とまでは言わずとも、同年代に比べると落ち着いた雰囲気を持つ霊のこの姿は、微笑ましかった。


「だろだろ?! 本当の兄弟より仲いいだろ?!」

「そういえば、霊くんはダンさんのことを兄さん、と呼んでいますが……」


「こいつが弦斎さんに連れられて【殺神者】と合流してからは、オレが面倒見てやってたからなぁ~。懐かれてたんだよ!」

「兄さんって呼べって言ったから、そう呼んでるだけだけどね」


「グフゥ?! ちょ、おまっ! それ衝撃的発言じゃね?! てっきり懐いてたからそう呼んでくれてたのかと思ってたんだけど?!」


 何気にグサりと来た霊の一言。

 手で胸を押さえながら、ダンは霊に詰め寄った。


「呼び捨てにしたら『兄さんと呼びやがれっ!』ってしつこく言ってきたんじゃないですか」

「呼び捨てにしてたからだろうがよ!! 年上敬えよ?!」


「だから兄さんと呼んでいるんじゃないですか」

「敬うよりも懐かれたいっ!! フランクにっ!! ブラザーとっ!! さぁ!! コールミー!! さん、ハイっ!!」


「とっとと帰ってくださいねダン兄さん」

「ごふぅっ!? あ、あれ……? なんか、違う、気が……」


 床に手と膝を突き、ガクリと項垂れるダン。

 どんよりした空気を醸し出していて、相当なショックを受けたことが伺える。


 ノリでやっているのが分かるから、演技だということはバレバレだが。


「まあ冗談っぽいことは置いときましょう」

「ぽいのか?! 冗談じゃないのか?!」

「話を進めましょうよダン兄さん」

「どの口がそんなこと言ってる?!」


 おふざけ終了。

 と思わせておいてからの不意打ちに、ダンは今度こそショックを受けたようだ。


「で、なんでダン兄さんは、沖ノ大鳥島にいたんですか?」

「無視かよ……。まあ、いいぜ。話を進めよう。

 霊、その様子だとたぶん、定期的に発してた情報を受け取れなかったか?」

「ええ……。やはり、地下深くに埋められた中継施設では、なかなか……。受け取れる情報もあれば、受け取れない情報もあります」


 旧時代の文明が残した、地下深くに埋設された中継基地。

 しかし、有線で結ばれたわけではないため、情報の発信・受信は不確定。例え受信できたとしても、その情報が必ずしも新鮮なものとは限らない。


 【殺神者】から離れても定期的に情報の収集に努めてはいたが、やはり大陸から隔絶された島国に来た以上、情報の鮮度は必ずしもいいものだとは限らず、受け取れないものもあった。


「そっか……。じゃあ、オレから改めて説明する」


 今度こそ真面目に、それも居住まいを正して、ダンは口を開いた。


「1年くらい前、だな……。オレ達は、シュトゥットガルトの奪還に成功した」

「っ!?」


 霊の表情が、硬くなった。

 目を見開き、何かを言おうとしているのか、口を開けたり閉じたりを繰り返す。しかし声は出ない。


 そんな霊の様子に気付いたこころは、聞き慣れない単語が重要なものであると認識した。


「シュトゥット、ガルト……?」

「ああ。旧時代、ドイツと呼ばれた国の工業都市でな。技術力では世界でもトップを争うほどだった」

「旧時代の、ですか……。それでその、奪還、というのは?」

「シュトゥットガルトは、【心蝕獣】に占領されていて手が出せなかったんだがな……さっきも言ったように、1年ほど前に【心蝕獣】を一掃し、奪還に成功。【殺神者】は旧時代のすぐれた技術の獲得に成功したんだ」


 ドイツ。

 旧文明のなかでも優れた工業技術を有していた国。

 シュトゥットガルトとは、同国の工業都市であり、最先端技術の宝庫でもあった場所だ。


 その最先端技術の宝庫は、1年前まで【心蝕獣】が占領していた。ある存在が中心となって。


「ダン兄さん。シュトゥットガルトをどうやって奪還したんですか? あそこは、座天使スローネの【神域】によって、まったく手が出せなかったはずです」

「ああ。座天使スローネの【神域】は、絶対防御の結界。どんな攻撃でも破れなかった……」


 座天使スローネ。

 神から与えられた力は【神域】。


 何ものも通さず、何ものも破壊することができない、絶対防御能力を持つ特殊な結界。その結界がシュトゥットガルトを覆い、【殺神者】は潜入すらできなかった。



「弦斎さんでも、破れなかったよな……」

「ええ。当時のロードクラス全員での攻撃すら、破れませんでした」

「そんなっ……」


 その【神域】は、それほどに強固なものだった。

 ロードクラスですら破れない結界。こころは、あまりにも次元が違う話しに、言葉を失った。


「だが1年前、突然その【神域】が消えた。どうやら、座天使スローネがシュトゥットガルトから居なくなったらしいんだ」

「スローネの追跡は……できなかったんですね……」

「ああ。突然のことだったからな。足取りも掴めてない。現在のところ、【老師】が本隊と別行動をして、座天使スローネの行方を捜索している」

「そうですか……【老師】が……。それもまた、妙ですね」


 顎に手をやり、何かを考え込む霊。


「妙、ですか?」

「うん。座天使の同列存在こそ、【殺神者】の序列三位【挫天使】である【老師】。つまり、【老師】の持つ【殺神器】に、座天使スローネは反応するはずなんだ。【老師】が近くにいたからこそ、シュトゥットガルトに居たのかとも思ったけど……キュリオテスのことといい、何が起きてるんだろうか……」


 霊が【老師】と呼ぶ人物。

 動向が分かっていた最後の天使として、【殺神者】の戦力はシュトゥットガルトに集中するようになっていた。

 だが座天使スローネは【神域】から出て来ず、膠着状態となっていたのだが……。


「ともかく、シュトゥットガルトを押さえることは出来たんですね?」

「ああ。これでオレ達の装備……【殺衣】がまた作れるようになったわけだ」


 ダンがニヤリと笑い、霊も心なしか喜んでいるように見える。


「殺意……?」

「あ、字はこっちのほうね」


 霊が指先から【心力】の糸を放出し、【衣】の字を作って説明する。


「ロードクラスの【心力】にも耐えられる【心装】って言えばいいかな? 【殺神器】と同じように、ぼくらの全力を活かせる装備だよ」

「ストックがいくつかあったんだが、それも底をついてきたからなぁ。けっこう死活問題だったんだよ。【殺衣】があれば、オレ達の戦闘能力は飛躍的に上がる。

 この【殺衣】を作れる唯一の施設が、シュトゥットガルトにあるってわけだ。ただ、なぁ……」


 誇らしげに語っていたダンだが、最後にそれは溜息をつくほどに落ち込んだ様子となる。


 その変化に、こころはおろか霊までもが首を傾げ、ダンの次の言葉に耳を傾けた。


「【殺衣】を作るためのデータがなかった。というか破損していて作れない」

「……そうか。だから、ここに来たんですね」


 ダンの言葉を聞いた霊は、皆までいわずとも理解したらしく、彼がここまで来た理由を納得した。


 その納得を、ダンは確認の意味を込めて言葉にする。


「そうだ。かつて技術大国と呼ばれながら、狂信的な平和主義者と売国奴一派の手によって、軍事技術のほとんどの利用を禁じられたこの島国に、【殺衣】の製造に必要なデータがある。

 ここでは作れなくても、同盟国だったドイツでなら作れたからな」


 技術大国。

 旧文明のことについてほとんど知らないこころは、自分の住んでいる場所がそんなにすごいところだったのかと思い、詳細を二人に聞いてみることにした。


「あの、私たちのいる場所って、そんなにすごい所だったんですか?」

「技術力は世界一と言っても過言では無かったそうだよ。世界規模の戦争で敗戦したことがあっても、わずか50年足らずで盛り返したくらいだし」


「ただ、敗戦したから軍隊を持つことを禁止されていた。それに近い自衛戦力の保持は認められていたけどな。それでも、どの国の軍隊よりも優秀な成績を残してたらしい。それで、それに嫉妬した、自称世界の中心に位置する大国(笑)とその金魚のフン的な国々から、結構な圧力をかけられてたみたいだけどな」


「その圧力やら賄賂やら誘惑やらにヤられちゃった人や、この国が世界規模の戦争時に非道な行いをしたっていうデマを鵜呑みにしちゃった無学な人とか、あと戦争はいけないことだから軍事力を持っちゃいけないっていう無抵抗主義者が台頭してきちゃって、領土問題とかで随分やられちゃったことがあるみたいだよ」


「まあ今の状況に当てはめれば、戦うことはいけないことだから武器を持たずに【心蝕獣】と話しあいで平和を掴み取りましょう、って言ってるようなもんだな。ぷっ……話が通じないから戦いになるっちゅうに。

 んで、大抵はこの国を腐らせようと暗躍する奴らから、金とか女とかもらった売国奴の仕業だろうけどよ、なかには本気で、武力を持たなければ平和が訪れるって狂信している奴も居たっていうから驚きだよな」


 率直な意見を述べる二人は、身を持って体験しているからこそ容赦ない評価を下すことができた。


 すなわち、武力は平和を破壊するものであると同時に、平和を作り出し維持する手段でもあるということを。


 平和を望むなら常に戦の準備をせよ。


 霊が同年代に比べ、冷静かつ達観したような雰囲気を持っている根本が、この言葉にある。


「武力無しでどうやって平和を守るつもりだったんだろう? って、今でも不思議。武力を持たない事が、一番の戦争の切っ掛けになるんだけれど……。

 まあ人類同士の戦いには、どんな綺麗事も通じないし、非道なことがされたこともあるんだろうっていうことで、戦争と武力を忌避するのは分かる。でも非道な行いだけしていたわけじゃないってことも、ちゃんと理解しないとね」


 そう言う霊は、日本と呼ばれていたこの島国の戦争の目的の一つが【植民地の解放】だということを知っている。

 ただ奪うだけではなく、植民地化されていた地域を解放し、独立させることが目的であり、そして日本は実際にそれを成した。敗戦したにも関わらず、だ。


「非道なことしか考えていないなら、なぜ植民地の人達に教育を施したんだろう? なぜ自国に留学させて学ばせたんだろう? 自分達も貧しかったのに、どうして国家予算の2割以上も、植民地を発展させるために割いたんだろう?

 世界でも稀にみる、お人好しな国だったんだろうね……。無論、発展した国々から利益を取ろうっていう目論みも、あったにはあったんだろうけど」


 国というものは、決してボランティアで動かない。

 自国の利益のため、大義という衣を纏って動くもの。


 だが日本は、少なくとも戦った英霊たちは、そういった利益とは無関係に、ただ独立と解放のために戦争に身を投じた。そして、それは実った。

 【殺神者】は、そういった歴史の資料を大切にしている。同時にそれが【殺神者】の活動理念にもなっていた。


 すなわち、神という絶対強者にして一方的な正義を押しつける存在からの独立、だ。


「話が逸れちゃったけど、技術的な資料がこの島国にある。ということですよね? ダン兄さん」

「そそ。オレはそれを回収しにこの島国に来たってわけだ。閃羽に向かっていたのは、そこに行けば霊に会えると思ったからだよ。最終目標はな……【平等都市】祭和。旧時代の技術を一番利用している都市だ」

「っ……」


 祭和。

 反応せずにはいられない、その名前。霊はわずかに、目を細めた。


「祭和……? あの、私は聞いたことがないんですけど……」

「祭和は、その成り立ちから特殊な環境にあってね。他の都市と一切の交流がないんだ」


「霊は行ったことがあるんだよな?」

「ええ。実はダン兄さん、どうやら祭和は、大陸の奴隷商人の支部的な扱いになっているみたいなんです」


 奴隷商人。

 その単語は、こころも聞いたことがある。


「奴隷商人って、霊くん、まさか……」

「そう。【ジェネラルメーカー】を持ちこんだ人達だよ」


 閃羽に【心蝕獣】の群れを呼び寄せ、その混乱に乗じて人攫いを行おうとしていた集団。

 だが霊によってその目論みの(ことごと)くを阻止され、全員が霊に殺されるという末路を辿った。その際、霊は奴隷商人がどこを拠点にしているのか聞き出し、挙がった名前が祭和だった。


 その内容を掻い摘んでダンに話す。


「へぇ~。そんなことが……。あいつら、ここでもそんなことしてんのかぁ~。じゃあ、霊は……?」

「ええ。近々、祭和に行こうとは思ってました。いつまでも受け身ってわけにはいきませんからね」


 笑顔でそう答える霊。

 口には出さなかったが、その目的は……奴隷商人の皆殺しに他ならなかった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 一通りの話が終わったあと、ダンはこの場から出ていった。

 飯が食えなかったから外で食べてくるとのこと。


 こころは残り、今は霊と二人で洗い物。


「霊くんは、休まなくてもいいんですか?」

「もうすっかり元気だよ。こころの料理は美味しかったからね。それに、さすがにこの量の洗い物を、こころ一人に押し付けられないよ」


 洗い場には、溢れんばかりの食器が積み重なっていた。

 それもそのはず。10人前の料理を彩った食器の痕跡なのだから。


「こころは洗い終わった食器を並べてね」


 そういうと霊は、両手の指から【心力】の糸を出し、器用に食器を洗っていった。


「すごい……そんなことも出来るんですね……」

「いい訓練になるよ? 糸の扱いのね」


 食器とスポンジを糸で絡め取り、器用に擦り合わせて汚れを落とす。

 食器を傷付けない繊細な力加減と、複数の糸を用いる精密な操作が要求されるため、訓練になるという霊の言は間違いではない。


「……こんなに洗い物ができるのに、どうして料理はしないんですか」

「うっ……」


 痛いところを突かれ、霊の動きの一切が止まる。


 だがすぐに気を取り直し、洗い物を再開させた。


「いや、ほら……それとこれとは別っていうか……」

「……はぁ」


 なにやら溜息をつかれたが、洗い物は続く。


 そうしてしばらくすると、すべての食器の洗浄完了。

 時間にして5分も掛からなかった。素早く、かつ完璧な洗浄。ペースが早過ぎて食器の整理が間に合わず、途中から糸の何本かも、こころの手伝いに回っていたくらいだ。


「お疲れ様です。お茶、淹れますね」

「うん。お願い」


 霊は一足先にリビングに戻り、腰を落ち着ける。


 それからほどなくして、こころがお茶を持ってやって来た。


 丁寧に淹れられたお茶を口にし、一息。

 熱過ぎないお茶は飲みごろで、とても美味しく、非常に和む心地だった。


「ふぅ……。美味し」


 もう一口飲み、静かにコップをテーブルに置く。


 そうしている間に、こころは自分の分のお茶も淹れ、それから……霊の隣に座った。


「……腕、本当に大丈夫ですよね?」


 スっ、と霊の腕に触れ、優しく撫でる。

 今は長袖だから、切断の痕を見ることはできない。

 霊に言わせれば、その痕すら綺麗さっぱり治してしまったので、長袖でなくても見ることはできないのだが。


「大丈夫だよ。ちゃんと治ってる。ほら」


 袖を巻くって、地肌を晒す。

 確かに傷痕はない。切断したとは思えないほど、綺麗なものだ。


「……」


 こころは、霊の腕に直に触れ、そして徐に……抱きしめた。


「こころ?」

「……ちゃんと治っているのか、不安なんです。私、何も知らないから……。本当に全部、元通りになっているのか、わからないから」


 常識的に考えれば、完全に切断された腕を繋げたとしても、障害は残る。

 いくら常識外れの力と技術力を有しているとはいえ、到底信じられないのが本音だ。


「そっか……。そうだよね……。でも安心して。嘘は付いてないし、ちゃんと元通りだよ。以前と変わらず、ぼくの腕は正常に機能してるからさ。さっきも話した、【ナノ心器】のおかげでね。その効力はこころも体験したでしょ?」


 誤解を与えないよう言葉を重ね、自分の状態を告げる。

 神経、血管、骨、皮膚、すべて元通り。無理をしていることなど、何もない。


 その理由こそが【ナノ心器】。

 霊の体内に宿る、ナノサイズの【心器】。【ナノ心器】によって、切断された腕は細胞レベルで修復された。

 そしてその効力は、こころも理解している。

 キュリオテスに折られた腕を、霊から【とある方法】によって譲渡された【ナノ心器】で、一瞬にして治してもらったからだ。


「そうですか……なら……」


 ぎゅうっ、と一層、霊の腕を抱きしめるこころ。


 そこで気付く。

 自分の腕の状態を……今の状態を……谷間に埋もれているという、自分の腕の状態をっ!!


「こ、こころ?」

「ちゃんと、治ってますよね? いえ、分かってるんですよ。私も霊くんに【あんな方法】で渡された【ナノ心器】で治してもらいましたから。でもどこまで治せるかは知らないんですよ。繋がったとしても、ちゃんと動いたとしても、何かしらの障害が発生しているんじゃないかな、と。例えば、触覚とかですね」


 制服すらも押し上げる、こころの豊かな双丘。

 その間に埋もれる自身の腕は、この双丘が絶妙な弾力性を持っていることを告げてくる。


 触覚は正常だ。【ナノ心器】は良い働きをしてくれた。こころの腕を治してくれたことも称賛する。


 なんだろうか。それを伝えればいいのだろうか? それともこの弾力性の感想を告げれば、彼女は満足してくれるというのか?


 それにしては声に棘がある。

 その所為で色気も何もあったものじゃない。なんだか怒っているようにも思える。何故?


「あ、あの……こころ? どうした、の……? ぼく、何か気に障るようなこと、した?」

「別にどうもしませんよ。むしろ感謝しているくらいですから。折れた腕をあっという間に治してくれたんですから。その方法があんな【ファーストキス】であっても、全然気になりませんからね」

「っ!?」


 気にしてるっ! 絶対気にしてるっ!!

 霊は心底震えた。心の底から震えた。大事なことなので同じ意味の言葉を並べた。


 それはともかく。


「え、っと……あれは、その……【ナノ心器】の譲渡には、体液を通さないとダメで……その……」


 霊の体のなかを流れる【ナノ心器】を他人に譲渡させる場合、方法は体液の接触しかない。

 あのとき、切断された腕から流れる血を振り掛けるなり飲ませるなりすれば、それで事足りた。だが、そんなグロいことをこころにさせるわけにはいかなかった。


「血を掛けたり飲ませたりなんて出来ないし、ちょっと無粋かとも思ったけど、あの方法しか思いつかなくて……ほ、ほらっ! 人工呼吸みたいなものだよ!!」


 我ながら上手い言い回し。

 そう思い、自信をもって言った霊だったが、悲しいかな……。女心をまったく理解していない彼は、それが最悪の返答だということに、気付けなかった。


「そうですか。私の【ファーストキス】は人工呼吸扱いですか」

「え、いや、そんな……扱いって……」


「私たち、付き合ってるんですよね?」

「そ、その通り、だとぼくは思ってるけど……」


「彼氏からの【ファーストキス】は、人工呼吸扱いでしたか」

「いや、それは、その……」


 ここに来てようやく悟る。

 非常時だったから仕方がなかった。言い訳はいくらでも出来る。だがフォローがいけなかった。せめて彼女を助けるためという理由に、+αで気の利いた言葉でも掛けれればよかったのだが……。


 だが霊にそんなことを期待するのは間違いだ。


「随分と慣れた様子でしたよねぇ? ああいうことは、よくやる事だったんでしょうねぇ~」

「いや、そんなことはないよ? 【殺神者】のみんなは【ナノ心器】を体内に持ってるし、改めて譲渡するような事態って、それって普通は即死だし……」


 しどろもどろになりながら、こころの機嫌を損ねないよう言葉を並べる。


 ぶっちゃけ、こころの機嫌が悪くなった理由は、霊があまりに躊躇いなくキスをしたことにある。


 それでこころは疑ってしまったのだ。ああいう事を普通にやってきたのではないか、と。

 それに非常時とはいえ、こころだって女の子。【ファーストキス】というものにそれなりの憧れがあったわけで、それがあんな形で、さらっと済ませられてしまえば機嫌も悪くなろうというものだ。


 ようやくその事を理解した霊は、さらに言葉を重ねる。


「ああいう事したの、ぼくも初めてだったし……こころが泣いているのを見たら、急いで治してあげて、それですぐにキュリオテスを殺してやるって、頭に血が上ってたんだよ……」

「っ……」


 実はというか、お察しの通りというか、こころが傷付けられた瞬間に、霊はブチ切れていた。冷静に見えて、沈着に見えて、その精神は煮え滾るマグマをも蒸発させかねないほど加熱された。


 こころの腕をすぐにでも治すため、唇を奪い。

 こころの腕を折ったキュリオテスを、一刻も早く殺したかったから、自らの腕を切断し。

 こころを泣かせたキュリオテスを許せなくて、問答無用で殺害し。


 ロードクラスを殺せるという以上に、怒りに任せて殺したというのが真実。

 先ほどダンと話したような、嬉々とした感情など一切皆無だった、というのが本当のところだ。


「そ、そうですか……」


 ともかく、こころが傷付いたから我を失った。その事を知って、嬉しいやら恥ずかしいやら。


 嬉しいのは、それだけ自分を想ってくれたからか。

 恥ずかしいのは、疑っていた自分に対してか。


「あの、じゃあ……ちゃんと、しませんか?」

「……へ?」

「ちゃんと、キス、しませんか……?」


 さらに体を密着させ、潤んだ瞳を近づけるこころ。

 何やら、普段からは考えられないほど積極的。相変わらず霊の腕は、双丘にがっちりとホールドされたままで、逃げることができない。


「ちゃんとキスしてくれたら、許してあげます……」


 徐々に近づいて来る、こころの瞳。

 それはゆっくりと閉じられ、そしてさらに近づいてくる。


「ぅ……」


 吝かでは無いのだが……密室で二人っきりという状況で、果たしてこのまま事態を進行させていいものか。

 キスだけで済ませられるものなのか。それがとても心配だ。


 とはいえ、こころの願いに出来るだけ沿うことをしたい霊は、こころからの行為を受け入れようとして……。


 ケータイの着信音が鳴って、二人は慌てて離れた。


「きゃっ!? あ、う、えっと……私のケータイっ……朗ちゃん?」


 着信音の原因は、こころのケータイ。

 発信者は、親友の朗。


「も、もしもし……?」

『ヤホッー! こころちん、御神くんの様子はどうかな? 憤激くんに聞いて、今日は御神くんに付いて休むって聞いたんだど?』


「あ、うん。さっきお昼を食べて、もうすっかり元気になったよ」

『そっか。まあ大丈夫そうだっていうのは憤激くんから聞いてたからね~! 明日は来れそう?』


「う、うん……たぶん……」

『そっかそっか! それじゃあ御神くんにもよろしくねっ!! また明日っ!!』


 そして途切れる通信。

 よく言えば朗らか、悪く言えば能天気な親友の声音に、どっと疲れてしまったこころ。


「うぅ……朗ちゃんの、ばかぁ~……」


 せっかくのチャンスだったというのに、なんと間の悪い。


 確かに、学校を半ばサボっての逢瀬だから後ろめたさもあったが、せめて数分あとに掛けてきて欲しかったのは、言うまでも無いだろう。


「今の、戯陽さんから?」

「はい……明日は来れるか、と……」


「そっか。みんなにも心配かけたからね。とはいえ、今から行っても大して授業に参加できないだろうし、これからどうしようか」

「っ……」


 地面に項垂れるこころの手を取って立たせ、そんなことを言う霊。


 これから……そんな言葉に反応して、こころは淡い期待を込めた眼差しで霊を見た。


「食材が無くなっちゃったから、買い物でも行こうか?」

「……あぅ」


 期待が大きかっただけに、この返しはキツかった。すごく気落ちした。上げて落とされた。

 お預けをくらった犬の気分だ。この昂ぶった気持ちをどうすればいいのか。


 せめて二人っきりに……そう思うも、霊はいつの間に着替えたのか、すでに寝巻姿ではなくなっていた。


「はぁ……」


 もう、すっかり諦めた。

 またの機会にしよう。そう思い、こころはお茶を片づけ始める。


「あ、そうだ……」


 財布を用意し、外出のために戸締り確認をしていた霊は、思い出したように声をあげた。


 台所でコップを洗うこころに、背後から近づき……。


「今はこれで、許して……」


 後ろから抱きしめ、こころの頬に口付け。


「っ?!」


 固まるこころ。

 コップを洗う手は止まり、蛇口から水の流れる音だけが響く。


 その音に混じって聞こえる心臓の音は、果たして自分のものか。それとも背中に感じる、霊の鼓動の音か。


「じゃあ、外で待ってるから……」


 こころから離れ、やや足早に去っていく霊。


 ドアの閉まる音がして、こころの手はようやく動き出す。

 だが、それは半ば無意識的で、表情は真っ赤、かつ呆けたまま。


「あ……上げて落として、また上げるなんて……ず、ずるいです……」


 思わぬ不意打ちに、すっかり動転するこころなのであった。


 どうも獅子舞です。


 今回の話の伏線は、11話~12話あたりにありましたでしょうか。

 奴隷商人と祭和。

 次のエピソードの肝になるキーワードかと思います。


 とはいえ、まだしばらくは今回の調子が続くんですけどね(^ ^;


 では、またのご来場をお待ちしております<(_ _)>

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