第6話【ぼくが許さないっ】
ダナン自ら製作した【心器】の状態を計測する専用モニターは、異常な数値を瞬間的に記録していた。
守鎖之の剣が、霊の刀とぶつかる。
その瞬間だけ、【心器】に出力された【心力】の値が計測不能になる。
計測機が自作品とはいえ、ナイトクラス5人の【心力】を合わせてもまだ計測できる性能を持つ。
つまり霊は、少なくともナイトクラス5人以上の【心力】を持っていることになる。
「す、凄過ぎて悪夢なんだな……これじゃあ、【心器】がもたないんだな……」
事実、【心器】の状態を示すステータスは、すべてが異常を訴えていた。
膨大【心力】を処理しきれないために、【コア】が異常加熱。
【心力】を刀身に伝達するための【心経回路】も同様。
たった一瞬……十数手すべてを合わせても5秒に満たないわずかな時間だけで、霊の【心器】はボロボロの状態だった。
そしてとうとう……霊の【心器】は大破。
異常な【心力】の過負荷を掛けられ、ガタが来ていたところに守鎖之の一撃。受け止めきれずに折れたのだ。
「これで終わりだなっ! Fランク!!」
勝利を確信しているが故の、宣言。
「だめっ! 守鎖之くんっ!! やめてぇぇえええ!!」
こころの悲鳴が響き渡る。
決闘で相手を殺しても罪にはならない。
だからこそ守鎖之は霊を殺す気でいた。
なにより、愛しい幼馴染の前で自らの力を誇示すれば、必ずその心を自分のものにできると信じているからだ。
もっとも、それは妄想で終わることになるのだが。
「す、すごいんだなぁ……真剣白刃取りなんて初めて見たんだなぁ……」
ダナンの呟きが、すべての結果を言い表していた。
振り下ろされた守鎖之の剣は、霊の両手に挟まれて止められていた。
その両手は青い【心力】を纏っており、守鎖之の剣が纏っていた白い【心力】を完全に散らしている。
青い光は霊の【心力】。膨大かつ高密度の【心力】が、守鎖之の【心力】を押し退けているのだ。
「そ、そんなバカな……」
守鎖之は自分の心の力が……【心力】が強いものだと自負している。
だからこそ最年少ナイトクラスとして閃羽に君臨しているのだし、それをランクが裏付けしていると考えていた。
だから信じられなかった。Fランクの卑しい心に、自分の精強なる心が負けているなどと。
「君は……一体何がしたいの?」
霊に止められている剣は、まったく微動だにしない。そんななかで、霊は静かに問う。
「な、何を言って……」
「こころは、仲のいい友達とチームを組めて喜んでる。なのに彼女たちを離してどうするつもり?」
「はっ。低ランクの人間と組んでも、こころが危険に晒されるだけだ。Fランクのおまえとなら、尚更だろ」
「そのFランクの【心力】に負けている君の心は……なんなのかな?」
霊に表情はない。無表情。
しかし守鎖之は、霊が嘲笑しているように見えた。ゴミにゴミとして見られている。
それが守鎖之の自尊心を大いに傷つけた。
「っ!! ふざけるのもいい加減にしろよ? おまえはこころに相応しくないっ」
そもそも守鎖之は納得できなかった。
なぜ彼女はこんな卑しい心しか持たない人間のクズと、チームを組めるのか。
それ以上に、なぜこんなクズを庇おうとするのか。
彼女に相応しい人間はこんなFランクのクズじゃない。彼女に相応しい唯一無二の人間は……自分。
「こころはオレと組むべき女だ。こころは―――オレのものだっ!!」
場内の人間に聞こえるよう、守鎖之は高らかと宣言した。
言えば、言葉にすれば、それが現実となる。事実、霊の【心器】は守鎖之による鶴の一声ですぐに用意された。
だから今回も……しかしと言うべきか、やはりと言うべきか、それは虚しい妄想に終わる。
「こころは……人間だっ」
カタカタ……と霊が震える。
穏やかな声音のはずなのに、その声の雰囲気が場内を静まり返らせた。
やがて霊の【心力】が剣を受け止めている腕だけでなく、全身からも放出される。
「こころはモノじゃないっ。 一人の人間だっ。こころをモノ扱いするなら―――」
そして守鎖之の白い剣が……砕けた。
霊の両手の圧力で圧壊したのだ。
「ぼくが許さないっ」
「ぅぉ――――――」
剣を砕くと同時に放たれた、霊の蹴り。
【心力】を纏っていた蹴りは容易く守鎖之を吹き飛ばし、そのまま観客席へと突入。
激突音と観客の悲鳴が木霊する。
砕けた建材が粉塵となって舞い上がり、吹き飛ばされた守鎖之やその周りの観客席を覆った。
「あ~~~……御神? 殺したのか?」
審判を務めていた篤情教官が恐る恐る口にした。
「いいえ。殺すつもりは最初からありません。ただ……許せなかっただけです」
「……大人しい顔して中身はとんだ鬼子じゃねぇか」
「そんなことは……それより教官。大和は気絶しているはずです。判断を」
「ん。そうだな」
篤情教官は吹っ飛ばされた守鎖之のもとへ歩き出し、彼の容態を診る。
さすがはナイトクラスとも呼ぶべきか、それとも霊の力加減が絶妙だったのか、観客席に激突しても生きてはいた。
蹴られた衝撃で血を吐きだしたらしく、口の周りには血が付着していた。
「こりゃ決まりだな。大和守鎖之、戦闘続行不可能とみなし、この決闘の勝者を御神霊とする!!」
場内がしんっと静まり返る。
勝者を称える歓喜の叫びはなく、誰も彼もが信じられないという面持ちで呆然としていた。
敗者はエリートであり、勝者はゴミにも等しい落ちこぼれ。
「霊くんっ!!」
しかしその落ちこぼれを祝福する女神がいた。
彼女は霊に駆け寄り、その抱擁をもって祝福。
続いて第7チームのメンバー二人も駆け寄り、勝利を称えたのだった。
「霊くん! 大丈夫ですか?! 手が……」
「ん? ああ……さすがに【心力】を纏っていても、素手で刃物を壊すといくらか切れるね」
こころは霊の両手を取り、その手の平を見て絶句した。
砕けた剣の破片が霊の手の平に突き刺さっており、ダラダラと出血している。
あわててハンカチを宛がって血を拭こうとするが、霊は手を引いて止めさせた。
「だめだよこころ。汚れちゃう」
「何を言ってるんですか!! 止血しないと……ああ、それより破片を取り除かないと……早く医務室へ!!」
「わわっ?! ちょ、ちょっと待ってよこころ!!」
両腕を抱きかかえられ、霊はこころに引き摺られるようにしてその場を去った。
「わぁお。こころちんったら大胆」
朗は興奮気味に呟いた。
何しろ、こころは霊の両腕を抱えているのである。
霊の慌てたような表情は若干赤みが差しており、どうやらこころの女性の象徴部分をご堪能のようだ。
「さっそく迫ってるねぇ~。御神くんは私の言ったことが本当であると実感してるよ~~~きっと」
「ほう。何を言ったんだ?」
「そりゃもちろん、槍姫ちゃんよりこころちんの方が断然大きいっていう―――って、イタタタタ?!
冗談! 冗談だよ槍姫ちゃん~~~! ぐりぐりはやめてぇえええ!!」
コンプレックスを刺激された槍姫は、朗の両こめかみをグーで挟み、あらん限りの力で圧迫した。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
守鎖之の剣が霊の真剣白刃取りによって止められた。
そればかりか守鎖之が【心器】に纏わせていた自身の【心力】が、霊の【心力】によって散らされた。
「守鎖之くんの【心力】が【心蝕】……いえ、掃われている?!」
「それほどに圧倒的だということだ。霊くんの心の力……【心力】はな」
理知子にとってそれは信じ難い現象だった。
閃羽のナイトクラスに選ばれるということは、最高にして至高なる心の強さを持っていると認められたということだ。
いくら守鎖之が一番下っ端のNo.5ナイトクラスだとしても、心の強さで負けるなどあり得ないはず。少なくとも、最低で卑しい人間のゴミとまで呼ばれる心の弱さを持つFランクの人間に負けるはずがない。
「純愛大佐……上層部が隠していることってなんですか? FランクがSランクに勝ってしまうことと、何か関係が……?」
「ふむ……そうだな……それを教える前に、霊くんの人と成りを知って欲しいと思う」
「え?」
「ふっ……その話はまた後日だ。決まるぞ」
誠の言葉通り、霊が守鎖之を蹴り飛ばし、場外へ吹っ飛ばした。
観客席へと衝突し、煙が巻き上がる。
「っ?! まさか……死んだ……?」
「いいや。冴澄中尉には見えなかったか? 霊くんは蹴りを入れたあと、吹っ飛んで離れる刹那の瞬間に自らの【心力】を大和に纏わせて保護していた。ダメージは霊くんの蹴り以外に与えられていないだろうよ」
全身に【心力】を纏わせた霊の蹴り。
蹴りを入れ、吹っ飛ぶ守鎖之。その吹っ飛ぶ間際、霊は己の【心力】を守鎖之に纏わせ、観客席へ激突するダメージを無効化させた。
つまり守鎖之は、霊に蹴り飛ばされた時点ですでに気絶していたのだ。
「そ、そんな……自分のみならず、他人にも【心力】を纏わせるなんて……」
信じられない出来事を立て続けに見せられ、理知子は戦々恐々という心理に追い込まれた。
もし彼が敵に回ったら……? 考えるだけで震えが止まらない。
「彼は……彼の目的はなんでしょうか? ここに帰って来たという目的は……」
「中尉、心配せずとも彼は、この都市の不利益になるようなことはしない」
確信を持っているかのように、誠は言いきった。
「何故、そのようなことを断言できるのですか……?」
「私は彼の目的を知っているからだ。それ故に喜ばしく、そしておもしろくない、といった心境でな」
「え?」
見ると、誠の視線がある一点を凝視している。
つられて自分もその方向を見ると、一人の女子生徒が……純愛大佐の娘、純愛こころが霊を抱擁しているところだった。
「えっと……まさか? 彼は、大佐の娘さんと……?」
「そういうことだ。まあ、どこの馬の骨ともしれない奴よりはマシだがな」
やがてこころが霊の両腕を抱え退場……おそらく怪我をしたのだろう。医療室のある方へと連れ出していた。
それを見届ける誠の目がさらに険しくなったのを、理知子は見逃さなかった。
「娘は、外の世界へ旅立った霊くんが帰ってくるのを、口には出していなかったが待ち続けていた。
互いに憎からず思っている間柄……しかしなぁ、こころはまだ15歳……父親としては寂しいぞ?」
「……親馬鹿だったんですね。大佐は」
普段規律に厳しい歴戦の猛者といった風格を表していた上司の、意外過ぎる一面を知った理知子だった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
医療室へ連れて行かれる間、霊はどうにも落ち着けなかった。
両腕をこころに抱えられ、歩き辛かったのもある。
だがそれ以上に、両腕に押しつけられる二つの柔らかい膨らみが気になって仕方が無かった。抵抗したり逃げ出そうとしたりすると、余計に押しつけられるので諦めた。
そりゃあ、【心力】を全身に纏えばこころを振り切ることは簡単だ。しかし強過ぎる力はこころを傷つけかねない。
それが怖くて、霊は【心力】を纏えなかった。
「ね、ねぇ……こころ。逃げやしないから、そろそろ離してくれないかな?」
「だめです! そういって霊くんは、昔っから無理をして傷を悪化させていたじゃないですか!!」
「子供のころの話だよ……。今はちゃんと―――」
「非常識な人が何を言っても、説得力ありません!!」
「っ――――――」
非常識、と言われて心をへし折られた霊。
何気に普通を装うことを努力していた彼にとって、その一言はあまりにも痛かったのだ。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●針村槍姫――――背の高いクールな少女。こころの親友。
●戯陽朗―――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。
●篤情竹馬――――霊たちの担当教官。ズボラな性格だが閃羽のNo.2ナイトクラス。
●ダナン・デナン―心理工学科のぽっちゃり系3年生。【心器】に関する技術はなかなかのもの。
●純愛誠―――――閃羽のNo.1ナイトクラス。こころの父親。
●冴澄理知子―――閃羽のNo.4ナイトクラス。秘書然としたメガネの女性。