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第55話【神速の絶望】

 長いです……。

 たぶん20ページ越え。文字数は1万2000字越え。


 分割することも考えましたが、一先ずうpです。




 キュリオテスの右手が、霊を捉える。


 瞬間、(くしび)は糸刀で構築した刀身を正面に構え、襲いかかる【神速】のエネルギー弾を防いだ。


「ほう……これはこれは。ただの人間がなんと不遜な。悔い改めなさい」


 キュリオテスは、まだ気付いていない。霊がロードクラスであることを。

 霊がその証である翼を見せていないし、何より【殺神器】を持っていないから。


 霊はそれに気付いていて、だからこそ敢えて隠したままにしている。油断を誘っているのだ。


「昂っ!」

「分かってんだよゴラァ!」


 キュリオテスは、空中から攻撃を仕掛けている。

 同じく空から迫っている昂を、左手から放つエネルギー弾で相手を。

 地上から迫る霊には、右手から放つエネルギー弾で。


 キュリオテスにとって(りょく)天使である昂は、有利に戦える相手。だが油断ならないため、左手を全力で使っている。

 では右手はというと……今しがた離脱した狩天使がいなくなり、これで人間どもを容易く殲滅できると踏んでいたのだが……予想外の事態になっていた。一人の人間の少年が、【神速】のエネルギー弾を防ぎつつ迫っているのだ。


「悔いなさい。改めなさい。悔い改めなさい」

「嫌だね」


 不遜な物言いに合わせて、笑みを浮かべる霊。

 それがキュリオテスの癪にさわる。不愉快だ。ただの人間ごときが。


 キュリオテスは、右手から放つ【神速】のエネルギー弾を、すべて霊に注ぎ込む。


(狙い通り……これでキュリオテスは、ぼくと昂に集中する)


 【神速】のエネルギー弾が閃羽の兵士たちに行かないよう、自分達に集中させるのが霊の狙いだった。

 とはいえ、本気で来られたら糸刀では長くはもたない。


 いや、もうもたないというべきか。

 刀の形態を維持することが、できなくなった。


「悔い改めなさい!」


 その一撃が刀身に当たったとき、刀身を構築していた糸は解れて霧散。


「っ! (くしび)くん!!」


 他の閃羽の兵士たちと一緒に撤退中だったこころは、上空に待機させていたビットを通して、霊の戦いを見ていた。

 そして今、霊の糸刀は破れた。

 気付いて、ビットを向かわせて霊を守ろうとする。しかしビットと霊の距離が遠い。間に合わない。


 心臓が止まりそうになるほど、霊の危機に絶望するこころ。


 だが霊を脅かす一撃は、いつまで経っても訪れなかった。


「……え?」


 奇妙に思ってキュリオテスを見る。

 キュリオテスの動きは、完全に止まっていた。まるで何かに雁字搦めにされているかのように、両腕を封じられ棒立ち状態になっていた。


「よくやったぜ(くしび)ぃぃいいいっ!!」


 当然、【神速】による攻撃は止んでいる。

 その隙を突いて、昂は一直線にキュリオテスへ飛ぶ。


「これは……いつの間に……」


 キュリオテスが己の体を……己の体に纏わり付いている、細い糸に気がついて呟いた。


 糸刀は1万本の糸を生成する。

 だがさっき霊が刀を構築するのに割いた糸は、9999本。残り1本は、気付かれないよう密かにキュリオテスへ忍び寄らせていた。そして絶対に捕縛できる距離に達したとき、わざと刀身の形態を維持できなくなったように見せかけて油断を誘い、1本の糸で捕えたのだ。


「愚かな……このような細い糸一本で、この私を―――」

「 殺 す ぜ ゴ ラ ァ ! ! 」


 キュリオテスの頬に、衝撃。


 瞬時に近づいた昂が、キュリオテスを殴り飛ばした。

 膨大な【心力】を込められたガントレット型【殺神器】が、余すことなく全てのエネルギーをキュリオテスへ伝える。殴った衝撃波が暴風を生み、眼下の木々を揺らし、地震と錯覚させるほど地面を震わせた。


 そして、その衝撃の中心となったキュリオテスは、抵抗の余地もなく吹き飛ばされ、山の斜面に激突。どころか、反対側の斜面から飛び出し、また別の山へ。

 昂の殴打は、山一つで受け止めきれるものではなかったのだ。


「やっと一発……殴ってやれたぜゴラァ」


 凶悪な笑みを浮かべ、満足そうに呟く昂。

 それに呼応するように、羽先が不揃いな緑色の翼が、さらに輝きを増した。


「こころ、今のうちに撤退を急いで! 【ガルドブレッド】で援護するから!!」

「は、はいっ!!」


 キュリオテスから逃げるなら、今しかない。

 霊は閃羽の兵士たちを襲っていた【心蝕獣】を、防壁にまわしていた【ガルドブレッド】を使って排除し、撤退を援護する。


 ロードクラスにとって、キュリオテスに比べればナイトクラス以下の【心蝕獣】など歯牙にもかけない存在。

 【ガルドブレッド】から射出された糸が、瞬く間に【心蝕獣】を駆逐していく。


「よし、撤退急げ! 負傷者には手を貸してやれ!! もたもたするな!! ―――っ?!」


 誠が味方を叱咤し、撤退を急がせる。

 が、彼の動きは止まった。いや、誠だけではない。守鎖之やこころ、閃羽の兵士全員の動きが止まった。


 恐怖を、感じたからだ。絶対強者の気配を。


「キュリオテス……」

「上か糞天使がぁぁあああっ!!」


 霊と昂が、同時に上空を見上げる。


 視線の先には、白く輝く翼を背中から生やした、主天使キュリオテスの姿が。


 昂に殴られた跡はなく、ピンピンしている様。

 だが、その貌、その眼には、先ほどから見せていた穏やかな雰囲気は皆無であり、憤怒の色に染まっていた。


「不遜、不遜、不遜なり(りょく)天使。そしてそこの人間。悔い改めなさい」


 両手を地面に向け、【心力】を集中するキュリオテス。

 霊と昂、二人と同格の力が、正真正銘ロードクラスとしての全力が、両手に集中していく。


 何かを、する気だ。


「させるかゴラァ!!」


 キュリオテスへ向けて飛翔する昂。


 だが、遅かった。


「悔い改めなさぁぁぁあああいぃぃぃっ!!」


 【神速】のエネルギー弾。その連射。


 まずその洗礼を受けたのは、昂。目にも止まらぬ速さで撃ち出されたエネルギー弾が昂に当たって弾け、オレンジ色の粒子を飛び散らせる。


「こ―――このヤロ――――――おおおぉぉぉっ!!」


 踏ん張れたのは一瞬。

 【神速】のエネルギー弾の雨に、昂はそのまま押され、地面に叩き潰される。


 だが、それだけでは終わらない。


 昂を地面に追いやってなお追撃を掛ける【神速】のエネルギー弾は、その速さに起因するエネルギーを持って、周囲に衝撃波を撒き散らして抉って行く。

 地面が砕かれ、衝撃波が地面を舐めるように広がる。


 まるで、地面が津波になったかのような、そんな光景。


「っ?! 【ガルドブレッド】!!」


 咄嗟に、霊は悟る。

 これは極小の隕石が落ちて来たに等しい甚大な被害が生まれると。

 そしてこの衝撃波は、確実にこころ達の命を奪うものであると。


 霊は自身も後退しながらこころ達のもとへ。そして【ガルドブレッド】を使い、こころや閃羽の兵士たち全員を糸で捕え、一か所に集めた。


「うおっ?! な、何をするFランクっ!! は、離せっ! この糸を解け!! このままではっ」

「待て、大和っ!! 霊くんはおそらく―――」


 早く逃げなければ、あの衝撃波に呑まれる。

 守鎖之は、自棄になったFランク(ゴミ)が自分達を道連れにしようと乱心したのかと疑った。


 反対に誠は、このまま逃げても迫りくる衝撃波から逃げ切るのは不可能だと理解し、そして霊が自分達を助けるために何かをしようとしている、と感じて守鎖之を制した。


「霊くん、何を?!」


 驚いて問うも、霊はこころ達に背を向けたまま。


 その間にも、一か所に集められたこころ達の周囲を、【ガルドブレッド】が糸で覆う。

 球体状に形成されたそれは、こころ達を守る繭のよう。


「まさか、霊くん!? 待って、待ってくださいっ!! 霊くんは、どうする―――きゃっ?!」


 完全に繭のなかに閉じ込められたこころ達。


 続いて、凄まじい震動と揺れ。

 衝撃波が繭に到達し、激しく揺らす。


 だが、誰一人バランスを崩すことは無い。

 繭から伸びる糸が、彼らを固定し安定させているからだ。


 だからこそ、冷静に、この衝撃がどれほどの威力をもって、繭の外を蹂躙しているのか理解した。


「霊くんっ!! 霊くんっ!! そんなっ、ダメっ! ダメですっ!! 私達を守るために、霊くんが犠牲になるなんて、そんな、そんなのっ―――!!」


 糸の繭の中、こころは外の様子をビットを通して見ている。


 山すら更地に変えられていく光景は、まさにこの世の終焉という言葉を容易に想像させるもの。


 その終焉のなかに、霊が呑まれていく様子を、こころはビットを通して見ることしかできなかった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 戦線から一時離脱したダンは、準を伴って戦場から離れた山林へ降り立った。


 訳も分からず無理矢理連れられた準は、ダンに喰ってかかる。


「こんなところに連れて来て、一体何のつもりなんですかっ!!」

「言ったろ? おまえにアレを……【主天使】を殺すための力を【継承】してやるってよ」

「力って……一体、どうやって……」


 呆然と返す準に、ダンは己のライフル型【殺神器】を差し出し、持たせる。


「ロードクラスはロードクラス……もしくはそれ以上の存在である神にしか殺せねぇ。お前にはその素質があると、霊が言ったんだ。

 オレは片腕を失くして、もうコイツの力を最大限に引き出すのは無理だ。だからおまえに、託す」


 黒塗りのライフル。

 両手で持つも重く感じる。それは、その内に秘めているであろう力が、そう感じさせるのか。


「僕が、これ……【殺神器】を……?」

「つっても、この状態じゃあ、おまえには扱えない。まずは【殺神器】をおまえに【最適化】させる」


 準に持たせたライフル型【殺神器】に、ダンが触れる。

 彼の【心力】の色である、オレンジ色の光が、ライフルから放たれる。


 淡いオレンジ色の光は徐々に光量を増し、やがて光の形が変わる。


 気が付くと、ライフルそのものも姿を変え、2つに分割。2丁拳銃になっていた。


「これ……僕が使ってる【心器】と同じ……」

「やっぱ素質はあるってことだな。【殺神器】がおまえを認めた。あとは……おまえが狩天使に足る器かどうか……それだけが問題だ」


 そしてダンは【心力】を集中。

 敵意がないのに、その圧倒的な【心力】を感じて準は恐怖した。


 霊や昂がキレたとき……全力を出すときと同じものを感じたからだ。


 ダンから放たれるオレンジ色の【心力】は、やがて背中に一対の翼を形成した。

 その翼は、まるで戦闘機の翼のように、機械的かつ鋭角的なフォルムをしていた。霊や昂の翼と比べれば、生物的な要素を何一つ感じない、無機質な形の翼だった。


「翼……?」

「【継承】は【天使モード】じゃねぇと出来ねぇからな。

 いいか、よく聞け。オレ達ロードクラスは、はっきり言って大多数の人間から逸脱した存在だ。だが人を超えた存在ってわけじゃない。どういう事かわかるか?」


「え、えっと……どんなに強くても、人でしかない、ってことですか?」

「ああ、そうだ。よく理解してるじゃねぇか」


「み、御神くんを見ていると、そそ、そう思えるんです。あ、あんなに強いのに、【戦える】理由が、好きな人のため、とと、とか……」


 霊が戦うのは、こころのため。

 たったそれだけの理由で、人類の天敵である【心蝕獣】と、その頂点に立つ神さえ殺そうとしている。普通の人では考えもしない妄想の類を、本気で実行しようと……否、すでに実行している狂気の精神。


 世界を救うとか、そんな大義名分すら、霊の前ではゴミにも等しい些事だという。


「ははっ……だからこそ、神を殺そうとするのさ。人を超えてしまったら、その時点で人を人と思わなくなる。人だからこそ人を守ろうとする。守りたい人を脅かす神さえも、殺そうとする。

 照討(てらうち)、って言ったか? おまえさんには、誰か守りたい人、いるんだろ?」

「は、はい……引き取り手のいないぼくを、ここまで育ててくれて、一緒に居てくれる、孤児院のみんなです」


 孤児院。

 それは照討準(てらうち じゅん)にとって全てと言っても過言ではない場所。そしてその孤児院に暮らす仲間もまた、全てだ。

 孤児院とその仲間たちがいるからこそ、今の自分がある。それを失うことは、準には世界が滅ぶよりも許せないこと。


「ビンゴだな。それでキュリオテスに対抗できる【心力】を持っているわけね。

 じゃあ、今から【狩天使】の力を【継承】する。今度はおまえが、【殺神器】が認めそして求める存在に【最適化】するんだ」

「え? そそ、それって……どういうことですか?」


 問うも、ダンは答えず、準の頭に手を置く。

 それと同時に、ダンの翼は徐々に消えていった。


 そして目線を準に合わせ、真剣な表情で語り掛ける。


「死ぬほど痛いぞ。オレも昂も、そして霊も、歴代の天使たちは耐えた。耐えた抜いたとき、天使になれるんだ。

 神を殺す、人間の心を持った天使にな」


 瞬間、準の全身に激痛が奔る。


「ぃっ?! ぃぎぃぁあああああああああああっ!!」


 断末魔。

 そう表現してもおかしくない悲鳴を、おおよそ人間が出せるとも思えない、身の毛もよだつ様な咆哮が、準の口から放たれた。

 脳が、眼球が、舌が、喉が、肺が、心臓が、胃が、肝臓が、性器が、膝が、爪先が、血管が、骨が、全身のありとあらゆる器官が、破裂するような感覚。


 血は出ていないのに、自分が破壊されていく。


「ヤ、メ―――ヤメろぉぉぉ、おおおっっっ!!」


 それどころか、幻覚まで見る始末。

 孤児院の仲間たちが、【心蝕獣】に貪られ命を落とす幻覚だ。


 だが、その幻覚は確実に準の精神を壊していく。それだけ幻覚はリアルで、準に耐え難い精神的な苦痛を与えてくる。


「耐えろっ! 【殺神器】はおまえを試してる。認めたうえで試してるんだ!! 肉体と精神の両方を責め苦に染め上げ、それでもなお戦おうとする意志を要求してくるっ!!」


 ダンの言葉は、準の耳には入っていないだろう。


 分かっていても、ダンは呼びかけ続ける。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアあああああああああああああああああああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAあああああああああああああああああaあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――」


 身体が痛い。心も痛い。


 身体が破壊される。

 大切な者が目の前で殺されていく。


 物理的、精神的な破壊が、文字通り準のすべてに対して行われている。


「忘れるなっ! おまえの【戦える】理由を!! 恐れろっ! 【戦える】理由を失うことを!!」


 やがて、準の全身からオレンジ色に光る【心力】が放出され、弾けるように光が散った。

 同時に、準は完全に沈黙。

 白眼を剥いた彼はその場に倒れる……ところを、ダンが受け止めた。


「……身体が飛び散ることはなかったな。あとはどれくらいで目覚めるか、か」


 第一段階は成功した。

 あとは、準が目覚めれば【継承】は成功したことになる。

 目覚めた時、準は次世代の【狩天使】として、その力を存分に振るうだろう。


 ダンがようやく一息付こうとしたとき、地響きが鳴った。


「……ぉいぉいおいおいっ! ヤベぇぜ畜生っ!!」


 先ほどまでいた戦場を中心に、衝撃波が広がる。

 それは周囲の山々すら吹き飛ばし、みるみるうちに更地へと変えていく。


 ダンは【心力】で身体能力を強化し、準を担いだまま、山から山へと跳んで衝撃波から離れる。


「ちぃ……【同列存在】なだけあって、オレ達がやろうとしていた事と同じことしやがったかよ」


 苦々しく口に出すその声には、焦りが混じっている。

 すでに【継承】の第一段階を済ませたため、もう【心力】の翼は展開できない。


 準が目覚めれば……しかしいつ目覚めるだろうか。早く目覚めてくれと切に願う。


 そう思って退避行動を続けるダン。

 彼に担がれている準は、白眼を剥いたまま気絶している。


 が、その指が、わずかにピクリと動いた。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 激しい揺れ。

 糸の繭のなかで、どれだけの時間が過ぎ去っただろうか。


 しばらくして揺れが止み、静寂だけが訪れる。


「霊くん……霊くん……」


 上空に残したビットを使い、霊を探す。


 しかし、繭の外は無残な光景。

 山々だった場所は、地肌が剥き出しとなった更地に。絨毯爆撃を受けたかのような有り様。山林の緑が生い茂っていた土地など、見る影もない。


「こころ、外の様子はどなっている?」

「お、おとう、さん……どうし、よう……霊くんが、見つからない……見つからないのぉ……」


 ビットに集中するため目を瞑っているこころ。

 だがその瞼からは、涙が溢れて零れ落ちている。肩も震わせ、かなり動揺していることは、誰の目にも明らかだった。


「しっかりしろ、こころ。この糸が消えていないということは、霊くんはまだ生きているという証拠だ」


 【ガルドブレッド】の糸は、霊の【心力】によって生成されたもの。

 であれば、糸が消えない限りは霊がまだ生きている、あるいは意識を保った状態でいるということだ。


 父である誠の言うことはまさにその通りで、こころは再び、ビットへ意識を集中する。


 そう、気を取り直した直後だった……。

 閃羽の兵士の誰かが、弾けたように叫んだのは。


「糸がっ!? 消えていくっ?!」

「っ?! え……そ、そんな……まさか……」


 こころ達を守っていた糸の繭は、空気に溶けるように消えていった。

 まるで、命の灯が消えたかのような、そんな光景。


 そして、繭が消え去ったあとに残るのは、無残にも荒れ果てた大地の姿。

 山々は消え、捲れた土ばかりが目に付く、不毛の大地。


 空には、巻き上げられた砂塵が雲のような役目を果たし、日光を遮って辺りを暗くしていた。


「嘘……嘘よ……霊くん、どこ……どこですか……」


 こころの顔面は蒼白。

 それでいて目は大きく見開かれ、口をぱくぱくと動かすも、出てくる声は掠れたもの。


 それでも、周囲をビットが飛びまわり捜索しているのは、霊がまだ生きていると信じているからか。


「っ?! 霊くんっ!!」


 そして見つけた。霊を。

 正確には、地面から伸びている、糸刀を握ったままの霊の右腕を。


 今いる場所から、然程遠くはない、むしろ目視できるところに、その右腕は生えていた。


 こころは慌てて駆け寄り、その右腕を引っ張り上げる。


「霊くんっ! 待っててください!! 今、今すぐに、助けますから―――きゃっ?!」


 右腕は、思いのほか簡単に引き出せた。

 何分、人一人の重さでは無かったから。


 そう。人一人の重さでは無かったのだ。


 文字通り、右腕……肘までしかない右腕だけが、引き抜けたのだ。


「え……え……? 霊くんの……腕……?」


 呆然と、抱えた霊の右腕の一部を見つめる。

 握られていた糸刀が、地面に落ちた。


「ぅ……うそ……ぃゃ……いやぁ……霊くん……そんな……」


 こころは、感情を爆発させて悲鳴を上げそうになるのを、必死で堪えた。

 そうなってしまえば、今見ている光景を現実として認めなければならなくなるから。


 だがそうしている間にも、状況に変化は起こる。


 こころ達の頭上で、爆発音。


「っ?! 霊くん?!」


 天を仰ぎみれば、破損した一対の【ガルドブレッド】。そして3対6枚の翼を生やした霊が墜落してくるところだった。


 そのまま、霊は態勢を立て直すことも無く、こころから少し離れた場所の地面に激突。

 土塊が舞い上がり、バラバラとこころに振り掛かった。


「霊……くん……?」


 恐る恐る、声を掛ける。

 だが……返事は無い。


 土煙が晴れて来たとき、ようやく霊の姿が見えて来た。


 右腕の欠損した、傷だらけで仰向けに倒れる、霊の姿が。


「っ!? 霊くんっ!!」


「ふっふっふっ……まさか、こんなところで【死天使】に会えるとは……」


 駆け寄ろうとしたこころは、しかし霊のそばに一瞬で現れた老司祭……の姿をした【主天使】を見て、止まった。


 キュリオテスの1対の白い翼。

 霊や昂の翼も威圧的だった。そしてこのキュリオテスの翼も、同じくらい威圧的だ。

 触れるものすべてを消し飛ばしてしまいそうな、凄まじい力の凝縮体。


「驚きました。序列一位とはいえ、人間でしかないあなたが【殺神器】を持たずに、この私に挑んでこようとは」


 キュリオテスは、霊の周囲をゆっくり歩きながら呟く。


「私は確かに、あなたと同じ序列の【熾天使】に比べれば、低い序列です。しかしだからといって、それが実力差であるという考え方は古い。

 今や半数近くまで減ってしまった我等兄弟。だからこそ、失われた役割を兼任する、優秀な者が必要。

 わかりますか? 私は、死んでいった兄弟達の役割をも兼任しているのですよ。わたしはただの序列四位ではありません。

 そう……いずれは私が、全ての天使の役割、そして能力を担う、神に次ぐ存在となるのです」


 キュリオテスの手の平が、霊に向けられる。


「その私に対し、【殺神器】を持たずに挑んだのは、愚の骨頂です。

 悔いなさい。

 改めなさい。

 悔い改めなさい」


 【神速】のエネルギー弾が、近距離で霊を襲う。


 エネルギー弾が霊に当たる度、オレンジ色の光が弾け、そして霊の身体を(いびつ)に揺らす。糸の切れた人形を痛めつけるかの如く所業。


「嫌ぁあああっ!! 霊くんっ!! 霊くんっ!!」

「待てっ! こころ! 行くなっ!!」


 痛めつけらる……というよりは壊されていくという表現が適切だろう。

 無残な姿になりつつある霊を見て、絶叫するこころ。


 跳び出していくのを、守鎖之がこころの腕を捕まえて止める。


「離してっ! 霊くんが、霊くんがぁっ!!」

「こころ、おまえが行ったってどうしようもないっ!! あのFランクが囮になっているうちに、閃羽へ撤退するんだ! そして全兵力をもってアレを倒すしかない!!」

「ダメぇ! 霊くんも、霊くんも一緒に連れていかないと死んじゃう!! 霊くんが死んじゃう!!」


 振り解けないと悟るや、こころは上空に待機させていたビットを、キュリオテスに殺到させる。


「やめろ、こころっ!!」


 キュリオテスの注意がこちらに向いたら、今度こそ終わる。

 守鎖之とて、あの老司祭の姿をした化け物が、到底自分達だけで敵う相手ではないことを悟っている。それだけに、こころの、この行動が死に直結するものだと思えてならない。


 ビットが、一斉に【心力弾】を放つ。


 だがキュリオテスは、霊の首根っこを掴むと、弾雨を掻い潜って上昇。こころを見下ろした。


「おやおや……これだけの差を見せつけられてなお、私に歯向かってきますか」

「霊くんを、離してっ!!」


 ビットを上昇させ、追跡させる。


 残っているビットは10機。縦横無尽に動きながら、キュリオテスを包囲する。


「愚かな……愚か過ぎます……悔い改めなさい」


 キュリオテスは余裕の表情でもって、ビットに手の平を向け、【神速】のエネルギー弾を放つ。

 手の平を向けられたビットは、その瞬間に爆散。


 1機、2機と落とされていく。

 そして3機目……それは、キュリオテスの至近距離で撃墜された。


 その瞬間、死角から突っ込んで来たビットが霊を突き飛ばした。


「む?」

「霊くんっ!!」


 こころは、4機のビットを一つにまとめ、その上に乗って飛翔。空中で霊を受け止め、そのまま後退していく。


「ほほう……ロードクラスでもないのに、なかなかにやりますな。

 しかし、逃げられはしませんよ……私が悔い改めさせるのですから」


 感心したようにこころを見つめるキュリオテス。

 だが見逃す気はまったくない。


 【神速】のエネルギー弾を射出。


 気付いたこころは、ギリギリでビットを集めることに成功。


「あっ!?」


 盾にすることで直撃は避けたが、爆散した破片が背中に当たり、バランスを崩して4機編成のビットの上から落ちてしまう。


「こころっ!」

「逃げろ、こころ!!」


 誠と守鎖之が、同時に駆け出す。

 その間にも、下降してきたキュリオテスが、こころと霊に迫る。


「まずは忌まわしき【死天使】からです」


 狙いは霊。

 手の平を霊に向け、【心力】を集中する。


 その射線上に、こころが立ちはだかった。


「させないっ! 霊くんは―――」

「邪魔です」


 だがキュリオテスは意に介さず、実にあっさりとエネルギー弾を放った。


「っ?!」


 【神速】のエネルギー弾は、こころの右腕に当たった。

 常日頃から【心力】を身体能力強化にも回すよう言われていたおかげで、千切られることこそなかったが、確実に骨が折れた。


「うぅ……うぁぁあああ……」


 あまりの衝撃にこころは立っていられず、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 折れた右腕を庇うも、初めて経験する骨折の痛みは尋常では無く、悲鳴を上げないようにするだけで精いっぱいだった。

 顔は苦痛に歪み、痛さのあまり涙があふれ出す。


「ふむ……今の一撃で千切れなかったのですか……面妖なことです。しかし……」


 そう。ダンや霊にしたように、千切るつもりでいた一撃は、骨折程度で終わった。

 霊を守るという気持ちが、こころの【心力】を強くした結果だったのだが、キュリオテスにはそれを知る由もない。


 とはいえ、防げたのは一度きり。二度目は不可能。

 再び手の平に【心力】を集中するキュリオテス。こころに止めを刺す気だ。


「クソっ!! こころっ!!」

「待て大和っ!! くっ……!!」


 こころの危機を悟り、ついに守鎖之が駆け出す。

 それは無謀以外の何ものでもないことを知っている誠は、止めようとするも、自身も刀型【心器】を構えて守鎖之の後を追う。


「まだ邪魔が入りますか……」


 狙いを、守鎖之と誠の二人に変える。


 両者とも霊たちの戦いを見ていたから、武器を正面……キュリオテスの射線上に重なる様に構え、【神速】の攻撃に備えた。


「ぐあっ!?」

「くぉっ……」


 が、【心器】はいとも容易く破壊される。

 ナイトクラスの【心力】をすべて注いでも、耐えられなかったのだ。


 凄まじい衝撃に、二人は成す術も無くふっ飛ばされ、地面を転がる。


 キュリオテスは、ダメ押しとばかりに追撃を掛けようとして―――


「終わりです……―――っ?!」


 その場から跳び退いた。

 別に、攻撃されると感知したわけではない。


 では、何故跳び退いた?


 原因は明確。殺気が、恐怖せざるを得ないほどの殺気が向けられたからだ。


「ぁぅ……ぁぁ……? く、霊くん……?」


 足音。

 それが自分のすぐ近くから聞こえて、気付いた。


「【死天使】……まだ動けたのですか。しぶとい。実にしぶとい」


 キュリオテスは冷や汗を流しながらも、冷静に殺気の正体……右腕を失くした霊を見やった。


 霊はキュリオテスの言葉に、しかし黙したまま、こころの傍に膝を突く。


「霊くん……逃げて、ください……」


 痛みを堪えて逃げるよう諭すこころ。

 だが霊は構わず、こころを左腕で抱き上げると―――


「霊、く―――んんっ?!」


 その唇を、何の躊躇も無く、自身の唇で塞いだ。


 誰もが、場違いな行動をする霊に、呆気に取られている。

 キュリオテスも、誠も、そして守鎖之も。


 こころは最初こそ抵抗した。

 ただ唇を塞がれただけではなく、口内にまで霊の舌が侵入してきたのだ。

 かなり乱暴なキス。それも深い深い、ディープなキス。しかも、それと分かるほどの唾液が流し込まれ、こころは咄嗟に、零すまいと飲んでしまった。


 喉を鳴らして霊の唾液を飲む。舌から喉へ、そして食道から胃へ……。あまりの出来事にそんな感触をしっかりと意識してしまうほどだった。


 それからすぐに、霊は唇を離した。


「―――はぁ……霊、くん……」

「もう痛くないよね?」

「へ……? あ、あっ。そういえば、腕が……治ってる……」


 言われて、折れたはずの腕が治っていることに気付いた。


 霊はそれだけ確認すると立ちあがり、キュリオテスへ向きなおる。


「ここを動かないで」

「っ?! 霊くんっ―――」

「大丈夫。すぐ終わるよ」


 歩き出す霊。

 その背には、青く輝く3対6枚の翼が、眩く光っている。


「【死天使】……【殺神器】を持たないあなたが、これ以上何をしようというのです?」

「……」


 キュリオテスの問いかけに、霊は相変わらず応えない。


 その表情は無。

 その瞳は深淵を彷彿とさせる暗さ。


「悪足掻きなどよしなさい。見苦しいだけです」

「……」


 視線はキュリオテスを固定したまま。霊は瞬きすらせずに、ただただキュリオテスを見ている。


「っ……返答はないのですかっ!?」

「……」


 怒鳴りつけても、何の反応も無い。


「不遜、不遜、不遜なり【死天使】。まるで【熾天使】と同じだ。私を見下すようなその目……さすがは【同列存在】と言ったところですかな」


 頬をヒクつかせたのは、キュリオテスの怒りの表れか。


 だがすぐにそれを引っ込めることになる。

 冷たい声が、聞こえたから。


「……ぃろ」

「ん……?」


 それは誰が発した声だったのか。

 考えるまでも無く目の前の【死天使】なのだが……あまりにも無機質な声音に、誰が発しているのか一瞬理解が遅れた。


「悔いろ。改めなくていい。ただ悔いろ。こころを傷付けたことを」


 怒りに震えた声、などではない。

 ほとんど棒読みで、感情をまるで感じさせない声音。


 だが内容を理解すると、キュリオテスは黙ってはいられなかった。


「私に悔いろと? 悔いるのはあなただっ!!」


 【悔い改めさせる】という、自分が自分に課した一方的な役割。


 その弁説を模した不遜な態度は、キュリオテスにとって許容できるものではなかった。


「そうか……。序列四位の【主天使】風情が―――」


 そこではじめて、霊の声に色が出た。

 怒りという名の、怒気のこもった色が。


「武器がなければ何もできないと思って―――」


 霊は左手の甲をキュリオテスに見せるように挙げ、指先から【心力】の糸を出す。


 それを自分の腕に……ちょうど右腕が欠損した部分と同じ位置になるところに巻き付けた。


 そして糸の締め付けを強くする。

 極細の糸は腕の肉に深く沈み―――


「―――調子にのるなよ」


 その一言が終わると同時に、左腕が飛んだ。

 血飛沫が溢れ、一瞬だけ天高く噴き上がる。


 霊は、自らの糸で左腕を切断したのだった。


「なっ……?!」

「霊……くん……!?」

「……まさか」


 絶句する守鎖之とこころ。

 だが誠だけは、何か心当たりがあるのか、驚愕の色は二人に比べて少ない。


 そしてその心当たりは、正しく的を射ていた。


 両腕の切断面をキュリオテスに向け、【心力】を集中する


「―――死ね」


 その一言が放たれると同時に、青く光る無数の糸が、腕の切断面から伸びていく。

 その数は、どうみても糸刀や【ガルドブレッド】を遥かに超えている。


 おおよそ、百万本以上はあるだろうか。そんな数の【心力】の糸が、キュリオテスに殺到した。




 どうも獅子舞です(^ ^)


 主天使の本領発揮。

 狩天使の力がついに準へ【継承】。

 そして霊、両腕欠損。(片腕は自ら切断)


 霊くん……色々とキレる。


 そんなお話でした。

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