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第54話【主天使キュリオテス】




 ダンのライフル型【殺神器】から放たれた、【心力】の弾丸。

 彼の【心力】の色……オレンジ色の光を放つその弾丸は、凄まじい威力を感じさせた。ダンが込めた【心力】は、間違いなく霊や昂と同格。


 こころはおろか、この場にいる誰もが、その弾丸に当たれば死は免れないと思った。


 死を予感せずにはいられないオレンジ色の弾丸は、真っすぐに主天使キュリオテスへと向かう。


「悔い改めなさい」


 キュリオテスが、手を前にかざす。


 次の瞬間、放たれた弾丸が散った。


「え? い、今、一体なにが?!」


 こころの言葉は、心衛軍の一同が思ったことだ。

 司教の出で立ちをした老人。人間の姿をしているが、【心蝕獣】であるという。しかも、ロードクラス。


 霊たちと同レベル……【同列存在】であるキュリオテス。


 そのキュリオテスが、ダンの放った攻撃を防いだ……らしい。

 だがその過程が分からない。ただ手をかざしただけで、あの強力な【心力】が込められた弾丸を消したのか。

 それとも、自分たちが感じた【心力】は、何かの勘違いだったのだろうか。


「わかったかよ、オメェら。あれがキュリオテスの力だ」


 誰もが戸惑うなか、銃弾を放った本人は動じていない。防がれるのを分かっていた様な素振りだ。


 ダンが問いかけているのは、霊と昂。

 この二人は、真っすぐキュリオテスに視線を固定し、睨みつけていた。


「キュリオテス……神から与えられた力は、【神速】というわけですか」


 ぽつりと呟いたのは、霊。

 その言いようは、キュリオテスが何をしたのか、分かったような口ぶり。


「そうだ。【殺神者】が今まで戦った経験のないロードクラスだからな。先に知っておいてほしかった」

「ダン兄さんが左腕を失った最大の理由が……キュリオテスの【神速】ですか」

「まあ、な。油断してた訳じゃなかったけどよ、やられちまった」


 腕を失った方の肩を動かしながら、ダンは静かに立つキュリオテスに、視線を固定していた。


 その目に、絶望は無い。

 片腕を失ってなお、ダンはキュリオテスを倒すつもりでいた。彼はまだ、戦うことを諦めてはいない。


 そうやって、分かっている3人は話を進めていくが、その他の人間にはさっぱりだった。

 霊と手を繋いだままのこころは、状況を把握するために霊に問う。


「霊くん、【神速】って、一体どういうことですか?」

「前に話したよね? ロードクラスそれぞれが、役割を持っているって。役割というか、特別な力とも言い換えられるけど……」


 以前に話した、天使たちの役割。

 あのときは詳細なことを話さなかったが、今はその情報が必要。知っててもらって損はない。


 霊は、佇むキュリオテスに注意を向けながら、説明する。


「ぼくらがすでに倒した【(りき)天使デュナメイス】は、凄まじい膂力……【神力】を持っていた。

 【能天使エクスィア】であれば、【心蝕獣】全体の動きを統率し行動させる力……【神統】。

 そして今、目の前にいるキュリオテスの力……ぼくらでも捉えきれない超高速の攻撃……それこそが【神速】」

「御明察。手の平に【心力】を集中させエネルギー弾とし、それを【神速】の速さで放ったのがさっきの結果だ。

 ま、左腕犠牲にして得た情報だ。しっかり役立ててくれよ?」


 ウィンクしながら言うダン。

 冗談めかしていて、片腕を失ったという事実が悲壮に感じられない。それが彼の性格と性質なのだろう。


「情報なんざ関係ねぇよ……」


 もっとも、そんな空気をまったく読まないのが、彼らロードクラス。


 特に、目の前に復讐対象……神を引きずり出すための要素の一つが居て、居ても立ってもいられないのが、昂だ。

 どんな能力を持っていようが、躊躇いはしない。一刻も早く殺す。それしか、昂の頭にはない。


「昂、抑えなよ。近接特化の君じゃあ、【神速】の遠距離攻撃は、単独では酷だよ」

「関係ねぇって言ってんだろうが! 【心蝕獣】のくせに上から目線で、人間の言語で説教垂れて、オレ達を完全否定してくる奴だっ! 今すぐぶっ殺す!! じゃねぇと気が済まねぇぜゴラァ!!」


 憎悪の対象から、上から目線ですべてを否定される。それは、とても耐えられたものではない。復讐の炎をさらに燃やすのに、十分以上の油が注がれるも同然。


 昂は、霊の制止を振り切り、キュリオテスのもとへ跳んだ。


「昂っ!!」


 霊が再度呼びかけるも、昂は背中から緑色の翼を展開し、空へ。

 毟られたかの如く不揃いな羽先の翼。それが風にたなびくように揺れると、血が噴き出して見える……そんな、緑色の翼。

 天使モードになった昂は、完全に本気だ。

 このモードになった以上、止められるのは同じロードクラスの、【殺神器】を持った者のみ。


 膨大な【心力】を拳に集中しながら、昂はキュリオテス目がけて飛ぶ。

 キュリオテスも、翼こそ出さないものの宙に浮き、空へ飛んで昂を迎え撃った。


「死ぃぃねぇぇえええっ!!」


 復讐を遂げることしか考えていない、鬼のような形相に顔を変形させ、肉薄していく昂。


(りょく)天使……我が弟、(りき)天使デュナメイスの(かたき)です。悔い改めなさい」


 対して、キュリオテスの顔は穏やか。

 老司祭のごとき様相の主天使は、手を昂に向けて掲げる。


 【神速】の攻撃が襲う―――まえに、昂は掲げられた手の射線上からズレた。

エネルギー弾は見えずとも、その撃ちだされる手は見える。だから手の平から己の位置をズラせば避けられる。昂はキュリオテスの能力に対処する方法を、瞬間的に見出したのだ。


「けっ! どんだけ速かろうが手の動きでわかんだよ!! 速いだけなら―――っ!?」


 だが次の瞬間、昂の顔面に衝撃が走る。

 それも、正面からではない。やや斜めからの、衝撃。


 凄まじい衝撃に顔は歪み、姿勢が崩れてもんどりうつ。それでも飛んだままなのはさすがと言えよう。


 一方、キュリオテスの手の平は、昂の位置から微妙にズレている。昂は、ちゃんと避けられたはず。


 昂の戦い方を理解し、上手いと思っていたこころは、その予想を裏切る結末に、悲鳴に近い疑問の声をあげた。


「ど、どうして?! 一体、どんな攻撃を?! 憤激くんは確かにを射線上からズレていたはずです! どうやって別方向からの攻撃を?!」

「ダン兄さん。キュリオテスは弾道まで制御できるんですか……?」

「いや、わかんねぇ。前に戦ったときは、あんな攻撃してこなかった。奴の能力がわかってからは、オレも昂と同じように考えてたんだが……」


 手の平の向きに注意すればいい、というのはダンも思ったことだ。


 だが今、昂は【神速】の攻撃を受け続けている。

 キュリオテスの手の平の向きは、昂から微妙にズレているのに、だ。


 仕掛けがわからないなか、準がぽつりと呟く。


「撃ってる……あのキュリオテス、確かに撃ってるよ」


 準の眼は、確信に満ちている。ちゃんと物事の本質を捉えている眼だ。


「照討くん……見えるの?」

「え? う、ううん。だ、弾道は見えないけど、う、撃ってる瞬間と当たってる瞬間はみみ、見えてるよ」


 霊の問いに、つっかえながらも準は答え、言葉を続ける。


「で、でね、撃ったエネルギー弾は、びび、微妙に憤激くんを外している物が、あ、あったんだ。その外したエネルギー弾が、憤激くんに当たった、っていうか……」

「外したのに、当たってる? まさか……外した弾丸は、星を一周して再び昂に当たった?」


 要領を得ない準の説明に、しかし霊はすぐにその意味を理解する。


 外れたエネルギー弾は、【神速】の速さで飛び続ける。

 飛び続ければどうなるか?

 それが、霊が言った、星を一周する、というものだ。


 霊の出した答えに、ダンが己の考えを述べる。


「【神速】ならではの使い方か。実際には、微妙に外したエネルギー弾は星を何周もして、タイムラグ……この場合は【神速のタイムラグ】でもって当ててるわけかよ……。

 だとしても、昂の動きの先を読まねぇと無理だろ……」

「いえ……【神速】だからこそ、多少外しても当たるんでしょう。星を一周するスピードが光の速さだと仮定して、1秒間に7周半。一周するのに約……0.133秒。二週目でも0.266秒。外しても、次の瞬間には星を一周して来たエネルギー弾が当たってる。無論、自分には当たらないよう計算して……。こう考えれば説明が付きます」


 霊の補足説明は、正しくキュリオテスの【神速】の本質を捉えていた。

 昂はキュリオテスの手の平を向けられる前に、その射線上から移動している。なのに当たっている。先読みで当てられたエネルギー弾もあれば、星を【神速】の速さで何周もしてきたエネルギー弾に……この場合は流れ弾に当たったものもある、というべきだろう。


 感知できないほどの速さで星を何周もしていれば、いずれ当たる。


「それにしても坊主、よく分かったなぁ」

「照討くんは目が良い。ぼくの糸の動きも、指先の微妙な筋力の収縮で先読みしてきますから」

「そいつはすげぇっ! って、感心してる場合じゃねぇな。昂一人じゃ分が悪い。オレたちも行くぜっ!!」


 仕掛けが分かって、改めて【神速】の厄介さがわかる。

 近接戦闘に特化した昂では、近づかなければキュリオテスに有効な攻撃ができない。一応、遠距離攻撃を修得しているが、ザコならともかく、同格の相手には焼け石に水だ。


 攻撃を喰らい続けているのがその証拠。

 キュリオテスの放ったエネルギー弾が昂に当たる(たび)、そのエネルギーが弾けて光の粒子を散らせている。それはオレンジ色の光で、ダンや準の【心力】の色と同じものだった。


 いくら昂でも、同格の相手の攻撃を一方的に喰らい続けるのはマズい。

 ダンは空中に浮かぶキュリオテスに、ライフルの銃口を向けて撃ちつつ、接近する。


 だが、キュリオテスは片方の手の平をダンに向け、【心力弾】を相殺してきた。


「まだ悔い改めませんか、狩天使」

「悪ぃがオレは悔いるのも改めるのも大っ嫌いな性分でね!!」


 相殺されると分かっていても、牽制のために撃ち続ける。


 そのうち、昂の方に余裕が出て来たのか、前進を再開してキュリオテスに接近していく。


 接近できれば昂にも勝機が出てくる。

 そう思ってライフルを連射するダン。だが、キュリオテスの手の平が、微妙にブレた。


 次の瞬間、閃羽の兵士の一人……その頭部が、消し飛んだ。


「うわっ!!」


 すぐそばにいた味方の一人が、突然のことに驚き悲鳴をあげる。

 頭部を失くした戦友の胴体が転がり、地面に血だまりを作っていく。


 キュリオテスは【神速】の攻撃をもって、ダンを攻撃しつつも他の人間達を攻撃していた。


「キュリオテス!! テメェっ!!」


「私は全ての人間を悔い改めさせます。

 存在していることを。

 生きていることを。

 生まれて来たことを」


 ダンと昂の二人を相手にしつつ、閃羽の兵士たちの命を奪っていくキュリオテス。


 昂は未だ自身の攻撃範囲に捉えられず、ダンはすべての攻撃を相殺されて決定打を与えられず。

 両者ともに手詰まりだった。


「【心力】を防御に回してください! 即死します!!」


 【ガルドブレッド】の10万本の糸。

 霊はそれらを総動員して壁を作りつつ、閃羽の兵士たちに呼びかけた。防御に集中すれば幾分かマシになると、儚い希望を抱いての呼びかけ。

 しかし【神速】のエネルギー弾が、壁を構築中に次々と兵士の命を奪い取り、何人かが間に合わず絶命。


 壁を構築し終えても、キュリオテスの放つエネルギー弾が、糸と糸の結びつきを強引に解きほぐし、穴を開けてくる。

 貫通こそしないものの、所々に穴の開いたボロ壁のようになってしまう。無論、修復はするがキュリオテスの攻撃が強力過ぎる。


 【ガルドブレッド】はすでに最大稼働。いや、少しオーバーワーク気味か。

 このままではオーバーヒートして使えなくなってしまう。


「くっ……」

「おいFランク!! 視界を塞ぐなっ!! オレ達を殺すつもりか?!」


 霊は必死に糸の壁を修復している。

 だが傍目にはボロ壁にしか見えなく、故に守鎖之は、霊が不完全な構築で余計なことをしているようにしか見えなかった。


 もっとも、霊はそれどころではない。

 いつもの落ち着いた雰囲気は無く、苦しいとはっきり分かる表情をしている。


 その理由の一つは、自分と同格の敵であるキュリオテスが原因。

 だがもう一つ、苦しい理由がある。


「正面は、ぼくが防ぐ!! 背後から来る【心蝕獣】にだけ集中して!!」

「は?」


 言われたことを理解したのは、背後から続々と姿を現した【心蝕獣】を見てからだった。


 今まで山林の合間に潜んでいたのか、ポーンクラスからナイトクラスまで、様々なタイプの【心蝕獣】が、一斉にこちらへ向かって来ていた。


 霊は、キュリオテスの攻撃を防ぐので手一杯。ザコとはいえ、気を配る余裕などない。一瞬でも気を抜けば、たちまちのうちに糸の壁は崩壊するだろう。

 酷なようだが、ここは自力で何とかしてもらわないといけない。


 否が応でも閃羽の兵士たちは、背後から襲ってきた【心蝕獣】に集中するしかなかった。こいつらを倒さねば、撤退することもできないのだから。


 だが、事はそう単純ではなかった。


 閃羽の兵士たちが、次々と【心蝕獣】の餌食になる。

 普段から戦い慣れているはずの彼らは、ポーンアイズにすら、その触手に捉えられ命と心を食われていった。


「こいつら、連携が上手いっ!? 突出はするな! 互いをフォローしあえ!!」


 いつもと違う敵に浮足立つ味方を、誠が一喝してまとめる。


 【心蝕獣】は群れで行動しても、基本的に得物を狙う時は個々で動く。


 だが、今襲って来ているこの【心蝕獣】たちは、互いが互いを助け合い、時にはどれかの個体が囮になって気を引き、別の個体が隙を突いてくる。


 集団戦。

 それも人間と同等の連携度。まるで知能を持っているかのように、こちらのして欲しくないことをして攻め立てて来ていた。


(これは……どういうことだ? ジェネラルはいないし、いたとしても連携させるなんて出来ないはず。それが出来るのは、否、それが出来()のは、【能天使エクスィア】だけだったはず……)


 ジェネラルクラスは群れを率いることはできても、連携させるまでには至らない。

 人間と同じように連携させることができたのは、すでに倒した【能天使エクスィア】だけだった。だからこそ【心蝕獣】の弱体化のため、【殺神者】は最優先でエクスィアを屠ったのだ。


 疑問が霊の心中を凍らせようとしたとき、それを氷解させるダンの回答が飛んできた。


「霊! キュリオテスは、エクスィアみたいに【心蝕獣】を統率してるっぽいんだ! 閃羽の奴らに伝えろ! 連携されたら、アンタらじゃルーククラスにも敵わないってよ!!」

「っ?!」


 何故? という疑問はこの際置いておく。

 そもそもエクスィアがどうやって、それこそ遠く離れた【心蝕獣】にすら連携させていたのか、未だに原理が解明されていないのだから。

 とにかく、敵は連携してくる、してきているという認識を確たるものにすればいい。考えるのはあとだ。ダンの言ったことと現実は乖離(かいり)していないのだから。


 とはいえ、統率された【心蝕獣】の恐ろしさは、激戦区から離れた島国の人間にはわからない。

 故にダンの、ともすれば見下しているとも取れる発言は、守鎖之以下、閃羽の兵士全員の誰もが舐められている思うことだった。


「あの【腕無し】は、何を言っている? オレ達が、オレが、ルーククラスにも敵わない、だと―――っ?!」


 守鎖之はバカにされたと思い憤慨するも、すぐにティラノビショップが迫っていることに気付いて剣を振るう。しかし今度は、左右からルークウルフが挟撃してくる。絶対に防げないタイミング。


 だが守鎖之は助かった。ビショップもルークも、その場でバラバラに引き裂かれたからだ。


 霊が糸刀から糸を射出して守ったのだ。

 守鎖之だけではない、他の閃羽の兵士たちもだ。


 【ガルドブレッド】は防御に全力を注いでいるが、糸刀は残している。

 それでも、防御に集中している所為で武器の構築までには至らない。十分な殺傷力を持つとはいえ、統率されている【心蝕獣】に対しては心もとない。

 その証拠に、【心蝕獣】たちは戦力を霊に偏らせてきた。それも、ただ突っ込むだけではない。ポーンアイズは目から光線を、ルークウルフやティラノビショップ口から光弾を吐き出し、遠距離から霊を追い詰めてくる。


 霊には脅威にならない攻撃でも、傍らにはこころがいる。だから防御しなければならない。必然、他者へのフォローなどできようはずもなく、被害が拡大していった。


 結果として、閃羽の兵士たちはルークはおろか、ポーンアイズにすら苦戦する始末となる。


 霊はそれを苦々しく思いつつも、同時に何か、ヌルいとも表現できる感覚に囚われた。


 その理由はすぐにわかった。

 以前の方が……エクスィアに統率されていた頃の方が、もっと厳しく感じていたのだ。


 その霊の感覚を理解してか、ダンは続けて叫んだ。


「ヤバい状況だが活路はある! 戦えば分かるだろうが、統率力はエクスィアほどじゃねぇ! そこの奴らを全員撤退させて、オレ達3人が全力出しゃあ、この辺の山々一帯を更地にするだけで済む!! 撤退させろっ!!」


 その通りだ。

 昂は相性が悪い。

 ダンは片腕を失ってライフルをまともに使えない。

 霊はそもそも【殺神器】が無い。


 個々で戦っていては厳しいが、3人で一斉に全力を出せば、あるいは……。


「無駄です……ここで撤退しても、結局彼らは悔い改めることになる……私と、私が率いる兄弟たちによって」


 閃羽の兵士たちへの攻撃が、一層激しくなる。

 キュリオテスは少し手の平をブレさせるだけで、エネルギー弾を打ち出して目標を捉えることができる。手の平を向けられた瞬間に、向けられた相手は死んでいるのだ。

 今は霊が【ガルドブレッド】で作った糸の壁で防がれているが、修復の間に合っていないところに狙いを定め、閃羽の兵士たちを威嚇。そして怯んだ者は、その隙を突かれて【心蝕獣】に喰われていった。


「コイツぁ……閃羽が狙いってか?!」


 ロードクラスの【心蝕獣】は、同じ序列のロードクラスが持つ【殺神器】に引かれ、襲ってくる傾向がある、ということが知られていた。

 それは過去に倒した【能天使エクスィア】と【力天使デュナメイス】、そして【智天使ケルビム】の3体で証明されている。


 だというのに、目の前のキュリオテスは、【同列存在】である狩天使の【殺神器】を目の前にしても、ロードクラス以外をも狙い、そして閃羽に向かおうとしている。


 何故?

 閃羽が特別な場所だというのは、先代死天使である御神弦斎から聞いて知ってはいた。

 だがどういう意味で特別なのかは知らない。精々が【熾天使セラフィム】の生まれた場所であり、現れるとしたら閃羽に、という程度。


 それとて、何故そこで生まれたのか、どうして閃羽に現れるのか、具体的なことは何も教えてはくれなかった。


「まあでも……オレ達を倒せなきゃ、閃羽には行けねぇよっ!!」


 だが、どんな理由があろうと、目の前の主天使を殺すことに変わりはない。こいつを殺さなければ、神を引きずり出すことができないから。


 ダンは片腕でライフルを構え、今撃てる最大限の【心力】を注ぐ。


 圧縮された【心力】は弾丸状になり、引き金を引くと同時に撃ち出される。

 一際強い【心力】の弾丸が、キュリオテスに向かって飛ぶ。


 キュリオテスが手の平を向け、【神速】の速さでエネルギー弾を撃ち出す。


 だが先ほどとは違い、一撃で相殺することはできなかった。


 ダンが【ジェネラルミスト】のコアを撃ち抜いたとき、彼の弾丸は山をも貫通した。膨大な【心力】を込め、それを圧縮して撃ち出した弾丸は、そう簡単に消せはしないのだ。


 だが、キュリオテスはエネルギー弾を連射したらしく、オレンジ色の弾丸が到達するまえに消した。


「おおいっ! ダンのクソ野郎がぁ!! 本気出せやゴラァ!!」

「片腕じゃこれが限界だっての! オレの【殺神器】は両腕用だぜ!?」


 両腕であればしっかりとライフルを構え、キュリオテスにも届く弾丸を撃ち出せただろう。

 如何に膨大な【心力】を持ち、それに耐えられる【殺神器】を持っているとはいっても、それを最大限に使いこなす体は、もうダンにはない。


「片腕でも、惜しいところまで行ったから……昂っ!」

「分かってんだよ!! だがとどめはオレがもらうぜゴラァ!!」


 もう少し距離を縮めなければ。

 射程距離が長い分、昂よりもダンを主軸にした方が良い。そう判断しての声かけだったが、昂は完全に頭に血が上っていて、話半分にしか霊の声を聞いていなかった。


「ち―――ちぃっ!!」


 【神速】の弾幕が、昂の行く手を阻む。

 昂だけではない。ダンのライフルも、霊の守りも、すべてを崩そうと、捉えられない速さの弾幕を張っている。


 そのなごりなのか、キュリオテスのエネルギー弾が散った光の粒が、辺り一帯に舞っていた。


(くっ……こころ達を守るのに精一杯で、二人の援護に回れないっ……糸の出力本数があと10倍は欲しいっ)


 技術で誤魔化すにも限界がある。

 どんな神技的なドライビングテクニックを持っていても、運転するマシンが貧弱では話にならない。今まさに霊の状況はそれだ。


 形勢はキュリオテス有利。

 そしてキュリオテス自身もそれを理解しており、穏やかな表情を崩さず語り掛けてくる。


「フフフッ……無駄だと言っています。あなた方も、あなた方の巣も、我々が悔い改めさせます。

 閃羽……忌まわしき場所。

 閃羽……そこに住まう人間は悔い改めるべきです。

 存在していることを。

 生きていることを。

 生まれて来たことを―――っ?!」


 キュリオテスの手の平で、光が弾けた。


 一体なにが起きたのか。

 答えとしては簡単で、【神速】のエネルギー弾が、発射と同時に相殺されたのだ。


 だが、なぜそんな現象が起こったのか? 誰がやったのか?


「っ?! 照討くんっ?!」


 霊の直感は、瞬時にある人物……いつも気弱でビクビクとした態度の同級生、照討準(てらうち じゅん)がやった事だと告げた。

 それは正しく、準は2丁拳銃の銃口をキュリオテスに向け、静かに佇んでいた。


「……させない。おまえを閃羽には……行かせないよ?」


 狂気の瞳。

 光を失い、ただ盲目的に敵を排除しようとする意識しか残っていない暗い瞳が、キュリオテスを捉えていた。


「っ? 悔い改めなさ―――」


 キュリオテスは狙いを準に定め、撃とうとして―――エネルギー弾を撃った瞬間にまた相殺された。


「むっ……悔い―――?!」


 このとき、初めてキュリオテスの表情が崩れた。理解できない、そして不快だという表情を表わさせた。

 まただ。また相殺。

 偶然ではない。準は狙って、キュリオテスが撃つ瞬間に合わせて銃弾を撃ち込んできている。


「キュリオテスが撃つ瞬間に合わせて弾丸を撃ち込み、【神速】の弾丸を相殺している?」

「はぁ?! オレでも無理なのに、有り得んのかよ!?」


 霊の呟きに、ダンは驚愕の声をあげた。

 ダンも自身の眼の良さには自信がある。視力、動体視力、遠近感、すべてにおいて人類最高クラスであると自負している。

 それは霊も認めるところで、実際ダンの眼には敵わないと思っている。


 だというのに、準の眼の良さ。いや、これは異常さともいうべきか。


「……ダン兄さんっ! 照討くんは十分な素質を持っています! この状況でキュリオテスに勝つためには、【継承】させるしかないっ!!」


 だがその異常さは、この場では有利に働く。


 準は閃羽を……そこに住む孤児院の仲間を守ることに執着している。そのためならば、どんなことでもするし、何者であろうとも許さない。

 その強い想いは、準の生来の才能を……圧倒的な動体視力と先読み能力を、さらなる高みへと昇華させる。


「……本気かよ?」

「彼の力が必要ですっ。彼の生まれついての才能は【狩天使】に相応しい能力です」


「【継承】が成功する保証は無ぇぞ? 成功するにしても、すぐに済むとは思えない」

「このまま戦い続けるよりはマシです」


 準の2丁拳銃は、すでに悲鳴を上げている。

 我を失い、ただ盲目的に敵を殺すことしか考えなくなった準に、手加減という選択肢は無い。この状態の彼は冷静に見えて、実は一種の恐慌状態であることを、霊は学んでいた。


 今ここで準が攻撃手段を失えば、それはそのまま、キュリオテスに対抗する手段を失うということ。


 準の力は、今でさえキュリオテスと相性が良いことを証明している。

 では【殺神器】を譲り、その力を最大限に発揮させたとしたら、どうなるのか?


「わかった。交代だ、霊!!」


 リスクは、ある。しかも高い。

 だが霊が……序列1位のロードクラスがそこまで推す人物ならば、あるいは……。


 ダンは戦線を離れ、入れ替わりに霊がキュリオテスに向かう。


「霊くん?!」

「こころ達は撤退を急いで! 時間くらいは稼ぐ!!」


 【ガルドブレッド】の糸は、キュリオテスの攻撃から守るための壁を構築したまま。

 糸刀のみで、ロードクラスと戦うつもりだ。


 それがどれだけ無謀なことなのかわかっている。わかっていて、準に【継承】をさせなければ、事態はもっと深刻になる。

 そうなる前に……。


「坊主! オレと来い!!」

「やだ……アレを、ここで殺さないと、孤児院のみんなが……」


 頑なに拳銃を撃ち続ける準。

 妄執という言葉すら生易しく感じる準の雰囲気は、しかしダンが【孤児院】というキーワードを聞いたことで、それがカギになると理解して言葉を続けさせた。


「その孤児院を守りたいのならオレと来い! アレを殺すための力を、おまえに【継承】してやる!!」

「え……? うわっ―――」


 強引に準を引っ張り、戦線から離脱。

 【心力】で身体能力を強化したダンは、準を担いで山間部に消えた。


(大丈夫……照討くんなら、必ず【継承】を成功させてくる。だからそれまで……)


 キュリオテスの手の平が、霊に向けられる。

 強大なエネルギーが、その手の平に収束されていくのが、死を予感させるものとして感じられた。


 それでも、霊は死に抗う。


「それまで、ぼくの相手をしてもらうよ、キュリオテス。おまえを殺せば、残る天使はあと3体なんだからね」


 死に抗うのは、神を殺すため。

 神を殺すのは、こころを守るため。

 大切な人が、【自分と同じように】殺されることを防ぐために。


 霊は糸刀の糸を刀状に構築し、キュリオテスへ走り出した。



心力の色は人によって違います。

意味があるかどうかは……orz


霊…………青

こころ……黄

昴…………緑

準・ダン…オレンジ


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