第53話【狩天使参戦】
「ぬぉぉおおお~~~! 納得いかん!! 納得いかんぞぉぉおおお~~~!!」
霊たちが【心蝕獣】の作り出す霧に包まれた頃。
心皇学園、探索部の部室で、輝角凱が雄叫びをあげていた。
彼は、消息不明になった偵察部隊の救援に行くことを許された無かった。というか霊に止められた。
「仕方無かろう、輝角よ。視界が悪いなかで、おまえのバズーカによる広範囲攻撃は、味方を巻き込む恐れがある。次の出番を待つことだ」
凱と向かい合う形で座り、静かに本を読んでいた火村瀬名。
苦笑を浮かべつつ、凱が救援部隊から外された理由を指摘した。
「しかし、しかしだ! 閃羽を遠く離れ、世界の姿をこの目で見るチャンスだったのだぞ?!」
「心配しなくとも、同じような機会はあるだろうよ。御神くんと一緒にいればな……」
今行きたいのだっ!
と、駄々をこねる凱だが、しかし瀬名は静かに笑うのみ。チームメイトの性分を知っているから、ここはスルーするのが得策だと分かっている。
騒ぐ凱とは対照的に、瀬名は静かに読書を続ける。
しかし……中身はほとんど読んではいない。別のことを考えているからだ。
(さて……そろそろ戦闘が始まった頃合いか。
キュリオテス……貴様は思い知るだろう。貴様は決して、自身に与えられた役割以上のことを……エクスィアの役割を兼任することなど出来ないのだ、と……)
笑みが、深くなる。
読書を再会したときから笑みを浮かべていたため、顕著な変化ではなかった。だから、凱はその変化に気付かなかった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
一方、【心蝕獣】が作り出した霧のなかでは、一方的な虐殺が行われていた。
「つぅぎぃはぁどぉいぃつぅだぁぁあ~~~?」
虐殺されているのは、霧から現れる【心蝕獣】。
虐殺しているのは、憤激昂。
戦闘が開始されて僅か5分。すでに昂の全身は、血まみれ。すべて【心蝕獣】の返り血だ。
「そこかぁあああっ!!」
狼タイプの【心蝕獣】……ルークウルフが、一人の兵士の背後に突如出現。
鋭い牙で頭から齧り付こうとした瞬間、反応した昂がルークウルフの背後に、一瞬にして移動。片手で首を鷲掴みにして捕えた。
襲われかけていた兵士は、それら一連の出来事が終わってようやく気付き、次いで危機的状況であったことを理解し、腰を抜かした。
「うわっ!? ……ひっ!!」
だが、恐怖はこれだけで終わらない。それが、昂の戦い方。
首は鷲掴みにしたまま、ルークウルフの後ろ脚をもう片方の手で掴み、引っ張る。
「ぉぉぉぉ……おおおらぁぁあああ!!」
強引にルークウルフの身体を、半分に引き千切った。
「ひっ、ひぃぃいいい?!」
体を二つに引き裂かれたルークウルフから、大量の血が噴出。
さらには内蔵物までぶち撒かれる。
そばに居た昂と、襲われかけて腰を抜かしている兵士に、大量の血が雨のように降りかかった。
昂は邪悪な笑みを浮かべて悦に浸る。
腰を抜かしている兵士は、その恐ろしい光景を目の前にして、更なる悲鳴をあげる。
「Fランクがっ! なんて酷い戦い方をするっ」
味方の戦意をも喪失させる。
そんな戦い方に、吐き気を覚えた大和守鎖之。
やはりFランクという人種は、常軌を逸している。人の姿をした人ならざるモノ。精神的異常者。
あの異常な戦い方が、異常な精神性が、いまは人に向いていないから良いものの、もし人に向けられたらと思うと……今すぐにでも【処分】しなければいけないのでは。
そう思えてならない。
しかし現状では、この霧と、その霧の中から奇襲を仕掛けてくる【心蝕獣】を殲滅しなければならない。
今もまた、目の前の霧に影が映る。
もう……見抜いたっ。
霧の中から奇襲されるまえに、返り討ちにする。
「っ! そこかっ!!」
霧の中の影に向け、白い両刃剣を上段から振り下ろす。
自身の剣が、その影を真っ二つにする……ことは、出来なかった。
銃声と同時に、剣に衝撃がはしる。
その所為で、剣の軌道が逸らされ、影を切ることが出来なかった。
「なっ?!」
「味方だよ!! 大和くんの右にもいる!! 敵は左から!! ―――?! そっちの人、その人は大和君ですよ!!」
照討準が、二丁の拳銃を同時に発砲。
一発は、守鎖之を【心蝕獣】と誤認して襲い掛かっていた、味方兵士の剣に。
もう一発は、守鎖之を襲おうとしていたティラノサウルス型【心蝕獣】……ティラノビショップに。
「なっ……」
「まだ来るっ! そこっ!!」
霧の中にできる影。
そのいくつかは味方の影だが、準が撃った弾丸は、すべて【心蝕獣】のみを撃ち抜いていた。
例え味方に撃っていたとしても、それは同仕打ちを防ぐための威嚇だったり、武器を弾いたりするだけ。その後の味方のフォローも、準はしっかりやっていた。
「全部隊! 無闇に攻撃するな!!
くっ……霧の濃さを操作をして、こちらを撹乱しているのかっ」
誠は部隊の惨状を理解し、早々に攻めに転じるのを止めさせることにした。
霧が濃すぎる。
視界は最悪で、1m先から霞んで見える。
そんな視界の悪さで、確実にこちらを狙ってくる【心蝕獣】。どこからか突然現れ、奇襲を仕掛けられ続けている所為で、味方は混乱の極みに達していた。
一部を除いて……。
「だというのに、霊くんたち3人は、霧から【心蝕獣】が出現する瞬間を見抜いて攻撃に転じている……こうも実力に差があるとは……」
ロードクラスが見せる、普通の人間には到底できない戦い。
昂と準、そして、こころと一緒にビットを使い、この霧を操っているはずの【ジェネラルミスト】のコアを探している霊でさえ、片手間で【心蝕獣】を倒している。
霊の両肩の機器から伸びる【心力】の糸。
その糸の先には人一人分にも等しいほど大きな黒い2機の【心器】……【ガルドブレッド】が、先端の射出口から数万本の糸を出し、武器を構築し、確実に敵だけを屠って行く。
有線式誘導兵器である【ガルドブレッド】で、離れている味方を援護。
【ガルドブレッド】は左右合わせて10万本の糸を射出できる。1万本の糸で一つの武器を構築し、10組に分けて味方を守っていた。
自分達の守り……至近に出現する【心蝕獣】に対しては、こころの手を握っている左手とは逆……右手に持つ【糸刀】で刀身を構築し、一瞬で切り伏せていた。
「おぉぉい霊ぃ!! もうちっとコアの発見は遅くていいぞぉ!! もっともっと【心蝕獣】を出させて、オレがぶっ殺しまくってやりてぇからよぉ!!」
大声で吠える昂。
霧の所為でその姿を確認することはできないが、肉を潰す音、漂う血の臭いが、昂の戦果……惨状とも言う……を物語っていた。
「なんて言ってるけれど、すぐに見つけるよ」
「はいっ」
二人で心を合わせ、【心力】を強化する【心合】。
そのおかげで、周辺一帯を探索するビットからの情報を、こころと霊は共有している。
(やっぱり霊くんはすごい。私と一緒にコアを探しながら、戦闘までこなすなんてっ)
本来なら、ビットの操作に集中する所為で、自身の守りが疎かになる。
それは【心合】によって、探索に集中している霊も同じことのはず。
しかし霊は、16機のビットの操作、10万本の糸の操作、そして自分達の守り、すべてを同時にこなしている。
凄まじい処理能力。
だが負担は感じない。霊が感じていないということは、【心合】の最中であるこころもまた、感じないという事だから。
(本当に……すごい……)
だからこそ、改めて感心する。
霊の視野の広さと集中力。なにより、この混戦のなかでも落ち着いている彼の心に。
安心。
それが、ビットの操作をさらに精密なものにしていく。
今、ビットの1機を高高度で飛ばし、霧の範囲を確認。
残りのビットを螺旋状に移動させ、捜索の範囲を縮める。無論、外と内、両方からだ。
だが、一機のビットが突然撃墜された。
「っ?! え、なに、いまの……」
何も、感知できなかった。
何かにぶつかったわけでもない。撃墜された理由が全く分からない。攻撃されたことにすら気付けなかった。
「落ち着いて。大丈夫……全滅させられたわけじゃないから」
ざわめくこころの精神。
しかし霊の落ち着きが【心合】によって伝播し、すぐに落ち着きを取り戻してビットの操作に集中する。
意識を切り替え、撃墜された範囲を重点的に捜索するが……また突然、ビットが落とされた。。
「っ!? また落とされました!!」
「攻撃が、見えなかった……?」
2度目の異変。
しっかりと警戒していたにも関わらず、攻撃を察知できなかった。
「射角、は……そんなに無い……空からとかじゃない……」
「はい……でも、一体どんな攻撃をされたのか分かりません……」
ビットから得られる情報が少なすぎる。
それは、こころの所為でも、ビットの所為でもない。
敵の攻撃が感知できないほど、速いのだということだ。
そしてその謎の攻撃は、ビットだけに及ばない。
突然、味方兵士の一人……その頭部が四散。絶命。
残った首から下の身体が、地面に倒れ、首から濁流のように血を流し、地面を染めていった。
「な、何だ?!」
殺された兵士の近くにいた守鎖之が、突然の味方の死に慄く。
近くに居ながら、まったく攻撃を察知できなかった。驚愕に動きを止めてしまうほどに。
「こころ、わかった?」
「撃って来てる方向は、おそらく同じです! でも、だとしたら、こんな長距離の攻撃を、まったく感知できないなんて……」
「霧を晴らせれば、少しはマシになるかもしれない……」
もしかしたら、こちらの【心力】に干渉してきているのだろうか。
【心合】で強化されているから考え難いが、最悪の可能性を想定しておかなければならない。
悠長に時間は割けない。速攻でやるしかない。
「だから、ここで壊す!!」
撃たれた方向は2度目の撃墜でわかっていた。
その方向に向けてビットを集中。
すると、ビットの索敵範囲に、コアの存在を感知。破壊しようとビットを殺到させる。
だが待ちかねていたかのように、数機のビットがたて続けに撃墜された。
「そ、そんなっ……」
「まだ残ってる。敵は移動しているから、逃げられるまえに決めるよ」
山の木々を利用し、なるべく宙に晒す時間を抑えながら接近させる。
(とはいえ、こんな攻撃が出来る【心蝕獣】がいるのか……。また更新された個体か?)
少し、不利だと感じた。
もっと霊の【心力】をあげれば、撃墜されずに耐えられるだろうが……ビットと、こころが耐えられるかが問題だった。
何か手を打たないと……。
「くぅ~~~しぃ~~~びぃ~~~!!」
別の案を考えていたとき、真上から何者かの声が降り注いできた。
「え? 誰?!」
「ああん? この声……まさか……」
戦闘の爆音のなかですら聞こえる、男の声に、準が声の主を探そうと見まわす。。
対して昂は、この声に聞き覚えがあった。
それは霊も同じで、何故ここに? という疑問が先行したが……この声の主が次に打つであろう行動を補佐するべく、すぐに切り替えた。
「場所を教えろっ! オレが撃ち抜いてやるぜっ!!」
空から降りて来たのは、隻腕の男。
彼は霊に向けて叫び、敵の位置を教えろという。
これは、予想通りだ。
霊はこの隻腕の男を知っている。だからこそ、打つべき手がすぐに打てた。
「こころ、ゴメン。一機壊すよ」
「え? あ、んあぁんっ!!」
霊が【心力】の出力をあげる。
同調しているため、その膨大な力に驚き声を上げてしまうこころ。若干艶めかしい声音だったのは、拒絶故では無いからか。
そうしているうちにも、ビットの限界を超えた【心力】が流され、一機が爆発。
相変わらずコアに近づけない。
なら……現れた隻腕の男と、発見したコアの射線上で、ビットを爆発させる。
「弾けなっ!!」
戦場は、山間部。
射線上には当然、山林はおろか山そのものが障害物として立ちはだかっている。
だが隻腕の男は、感じ取れた【心力】の方へ、ライフル型【心器】の銃口を向け、引き金を引いた。
(え? コアを……障害になってる山ごと、撃ち抜いた?)
ビットで得た情報。
それは、隻腕の男が撃った一撃が、コアを撃ち抜いたというもの。
普通なら、山……斜面に邪魔されるから、撃っても無駄なはず。
だというのに、打ち抜いた【心力】の弾丸は、射線上の障害となっている山を貫通して飛び出し、コアを撃破したのだ。
霧が、晴れていく。
それととともに、【心蝕獣】も姿を現さなくなった。【ジェネラルミスト】を、倒した証拠だ。
「いっよう! 霊ぃ!! それに昂!! ひっさしぶりだな!!」
霧が晴れて、隻腕の男の姿がよく見えるようになった。
ライフル型【心器】を振りながら、陽気な笑顔でこちらに歩いてくる。
「ダン兄さん……」
ぽつり、と呟いたのは、霊。
さっきは咄嗟に、声の主がこの人物だと断定して行動したが……やはりちゃんと認識するとなれば、驚きが出てくるものだった。
霊たちのもとに来たダンは、霊と昂を見ながら、屈託のない笑みを見せて話しかけて来た。
「お~お~お~。昂、オメェさん随分でっかくなったな~。バカだから背ぇ伸びるって、オレが言った通りだろ?」
「あ? 誰がバカだ誰が。ぶっ殺すぞ」
「お~お~威勢が良いのも相変わらずだ。んで、霊は……あんまり伸びなかったのな」
「余計なお世話ですよ。それより、どうしてダン兄さんがここに?」
「そりゃあ主天使を追ってきたからに決まってんだろ~」
軽いノリで言われた。
だが言われた方は、その軽いノリを、重く受け止めた。重く受け止めざるを得なかった。
「おい……どういうことだゴラァ? まさか、あの霧を発生させてた奴は、【ジェネラルミスト】じゃねぇってのか?」
「いやいや。それで間違いないぜ。ただ、【ジェネラルミスト】を含めたこの辺の【心蝕獣】を率いている奴が、【主天使キュリオテス】ってことだ。
あ、そうそう。なんか先に襲われてた閃羽の兵隊さんたちも、オレが助けてやったから心配すんなよ? 今は離れたところに避難させてるから安心しな」
そう言って、霊たちが助けようとしていたであろう、偵察部隊のいる方向をライフルで示す。
「あの、霊くん……この人は……?」
「ああ、紹介するよ。この人はダン・バレッタ。【殺神者】のロードクラス序列4位の【狩天使】だよ」
「よろぴくっ」
霊の紹介に、ダンは笑顔で挨拶。
ピースサインを作り、二本の指を閉じたり開いたりして、存在を主張した。
「それより、ダン兄さん……その腕……」
霊が指差す、ダンの失われた左腕。
彼は隻腕の戦士ではなかった。両腕でライフルを構え、狙った敵を必ず撃ち抜く。遠距離からの攻撃では、霊でさえ手を焼くような、そんな実力を持っていた。
そんな男が、何故隻腕になったのか……。
「ああ。沖ノ大鳥島で主天使と対峙したんだけどな……不覚ったぜぇ~……左腕を飛ばされて、海の底に沈められちまったのよぉ」
「じゃあ、沖ノ大鳥島が落とされたとき、そこに?」
「ああ。参ったぜ……島民は全滅して、船とか動かせなくなっちまってよ、霧を追ってここまでスイミング、なんつってな!」
片腕を失ったというのに、ダンは明るく振る舞っている。
それでいて、少しふざけたように笑みを作り、霊たちから視線を逸らしてライフルを別の方向に向けた。
「ま、過ぎた事はしゃあ~ない。お出ましだぜ、主天使さんのよぉ」
ダンが向けるライフルの向こう。
晴れてきた霧の中から、人影が現れた。
「え……? 人……?」
こころの呟きが、その姿を表している。
人の姿をしている。
司教が着るような儀礼的な服……所謂、祭服を着ており、その色は赤をベースに金の装飾が施されたもの。
外見的には眼鏡を掛けた柔和な老司祭そのものだ。笑みを絶やさず、優しく霊たちに微笑んでいる。
「人間たちよ……」
その柔和な笑みのまま、両腕を広げ、教えを説くように語りかけてきた。
「悔いなさい。
改めなさい。
悔い改めなさい。
存在していることを。
生きていることを。
生まれて来たことを」
内容はともかく、語る様はまさに司教。
これが、本当に【心蝕獣】なのだろうか。あまりにも神々しいその出で立ちは、普通の人間の戦意を削ぐに十分な物であった。
だが……3人の天使は、そうはいかなかった。
相手は、こちらの存在を全否定している。しかも上から目線で。
それが、霊と昂、そしてダンの3人には、吐き気すら覚えるほど不快なものだった。
「外見が人だからって油断すんなよ? あいつは正真正銘、【心蝕獣】のロードクラス。序列4位【主天使キュリオテス】だからな」
そう言って、ダンはライフルの銃口をキュリオテスに向け、問答無用で引き金を引いた。
どうも獅子舞です。
とうとう姿を現した【心蝕獣】のロードクラス。どんな怪物かと思えば、まさかの……。
次回ですが、たぶん相当にグロい描写を多用するかもしれません。もしかしたら次の次くらいかもしれませんが。
それと、再びレビューを書いていただいたようです。書いて下さった方、この場を借りて御礼申し上げます。
それでは、またのご来場をお待ちしております<(_ _)>