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第51話【ガルドブレッド】

 【黒いアイツ】が苦手な人は、今回の話を食べながら読むのをお勧めしません。


 ご注意を(^ ^;

 屋上で昼飯を済ませた(こう)(ほがら)

 午後は座学以外の科目であり、今日は【心理工学】関連の授業で、実験棟に来ていた。


 実験棟には先客……第7チームのメンバーと、ぽっちゃり系3年生のダナン・デナンがいる。


「やはりもう少し―――なので、増やして―――」

「でもこれ以上は―――だなぁ~。だから制御用のデータ収集を―――」


 そのダナンは、(くしび)と何やら話し込んでいた。


「お? まだ出来上がってねえのか? 新しい【心器】はよぉ」


 午前の授業をサボってまで取り組んでいたはずなのだが、様子を見る限り終わっていないようだ。


 昼休みが始まって真っ先にここへ来ていたであろうこころへ、昂は問いかけた。


「ええ。色々と手を尽くしているんですけど、霊くんの動きについて来れなくて……」

「動き……? ねえねえ、こころちん。それってどういう意味?」


 霊の【心力】について行けない、という意味ならわかる。しかし動きについてこれない、というのは妙な言い回しだ。

 朗の疑問に、こころはどう答えたものか悩む。どうやら説明が難しいようだ。


「説明するより、実際に見てもらった方が分かりやすいかもしれないな……」


 助け船を出したのは槍姫(そうき)だった。


 槍姫がある場所を指差す。そこには作業用の台座があり、その上には大きな黒い塊が2つあった。


「なに……? これ? まるで台所とかに出てくる、黒いアイツの羽みたいな……」


 朗の呟き通り……とは厳密には違う。しかしこの黒い塊は、2つ揃うとまるでソレだ。


「黒いアイツって、ゴキブリのことかよ?」

「ちょっ! 何のために人がオブラートに包んだと思ってるの?!」


「はぁ? 名前出しただけでそこまで反応すんのかよ?」

「デリカシーが無いって言ってるのっ!!」


「なんでゴキブリの名前口にしただけでそうなるんだよ?

はは~ん……ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリ―――」

「いぃぃぃやぁぁあああ!! それ以上口にしないでよぉぉおおお!!」


 問答無用で拒否反応示し、耳を塞いで昂から離れようとする朗。


 そんな様子がおもしろいのか、昂はさらに黒いアイツの名前を連呼する。

 もっとも、霊がこっちを睨んできたのですぐに止めたが。


「まったく! ホントにデリカシー無さ過ぎだし!

 ……それで、これが新しい【心器】なの? なんだか随分大きいね~」


 近くに寄り、新しい【心器】らしきものを眺める朗。

 それから、黒い塊に触れ、持ち上げようとして……動かなかった。


「あれ? これって今、台座に固定してるの?」

「いや、していない」


 槍姫が答える。

 その顔と声には、僅かな呆れが含まれていた。


「え? でも全然動かないんだけど?!」

「朗ちゃん、実はこれ一個で100kgは超えてるの……」

「え? ひゃ、ひゃくぅぅぅううう?!」


 こころが教えてくれた、新しい【心器】の重さ。


 【心器】は人がその手に持って初めて使えるもの。どんなに大きく重くても、人が持ち運べる程度のものが普通だ。

 だというのに、この【心器】はその常識をブチ破っている。


「みんな、こんにちはなんだなぁ~」


 話が一段落したのか、霊とダナンがこちらへ向かって来た。


 さっそく朗は、この黒い塊である【心器】について、質問を浴びせた。


「だ、ダナン先輩、それに御神くん……これ……ひゃ、ひゃっきろはあるって……」

「そうなんだなぁ~。名前は【ガルドブレッド】。両肩に取り付けるタイプの【心器】で、片側だけで5万本の糸を射出できるんだなぁ~」


 黒いアイツの羽のようなもの……それは、肩に取り付けるバインダーのようなもの。

 そのバインダーの先から、【糸刀】と同じく【心力】の糸を射出する、立派な【心器】だ。


「ど、どうしてこんなに大きく、重くなっちゃったんですか?」

「う~ん、本来、刀の柄のサイズで1万本の糸を出力するっていうのは、すっごく大変で無茶なことをしてるんだなぁ~。だから無理のない範囲で、かつ糸の上限を増やそうとしたら、このくらいのサイズになっちゃったんだなぁ~」


 頭を掻きながら、ダナンは少し恥ずかしそうに言った。


 製作者本人ですら、これは規格外過ぎると思っているのだろう。


「御神くんの【心力】は強大すぎるから、【心器】の冷却機構を強化しようとしたら、冷蔵庫サイズになっちゃったんだなぁ~。でも、それでも壊れるし、何よりこれだけ重いと……御神くんは平気でもジョイント部分が耐えられないんだなぁ~」

「え?! っていうか御神くん、これ持てるの?!」

「うん。まあ、【心力】で身体能力を強化すれば、全然問題ないしね」


 片側だけで100kg超え。それを両肩に付ければ200kg。


「うっそ……」


 だというのに、サラッと問題無いと言える霊。

 常識外れは相変わらずの平常運転だ。


 そして、問題無いという言葉通り、霊は黒い塊……【ガルドブレッド】を軽々と持ち上げ、自身の肩に取り付けた。


 今、霊は黒いバトルスーツを着ていて、その両肩には【ガルドブレッド】を取り付けるためのジョイントがある。

 このジョイントは、霊の脳波に追従する形で、【ガルドブレッド】を操作する。


 霊は実際に付けて見せ、解説を続けた。


「こうやって取り付けるんだけど……射出するだけなら問題ないんだ。でも動き回る時に姿勢を制御しようとすると、どうしてもジョイント部分に大きな負担が掛かって、折れちゃうんだよね」


 【ガルドブレッド】は、霊の体の殆んどを覆い隠してしまうほど大きい。

 それを直径10cmほどのジョイントで制御しようというのだから、かなりの負担が掛かる。


「とりあえずデータを収集して、最適なジョイント構造を探すんだなぁ~」

「それが一番よさそうですね」


 当初、霊は自分の動きで【ガルドブレッド】を制御しようとした。

 しかしいくら脳波追従型でも、この重さを制御するのは無理だった。


 ダナンは、実際の運用データをもとに、【ガルドブレッド】を制御するのに最適な構造を開発しようとしている。


 霊は実験棟の中心へ歩き出し、データの収集をするべく動き出した。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 様々な稼働実験をするために、実験棟のなかは広い。テニスコート一面分くらいはあるだろうか。


 霊は、【ガルドブレッド】をつけたまま縦横無尽に跳び回り、壁を蹴って空中へ。


「くっ……!」


 姿勢を制御しようとするが、ジョイント部分が歪な悲鳴をあげる。それに気を使っていたら、もの見事に壁に激突してしまった。


「霊くんっ!!」


 天井付近の壁に激突。

 若干【ガルドブレッド】がめり込んだようで、霊は落ちて来ない。


 が、霊が心配でしょうがないこころは、真下から見上げるようにして声を掛けた。


「イッ……テテテ……」

「ぎゃははははっ!! ダッセェ霊ぃ!! 霊ダッセェ!! ギャハハハハハッ!!」


 姿勢を制御し切れないのに跳び回って、あげく壁に激突。

 無様な醜態を晒す霊を、昂は遠慮なく爆笑して嘲笑った。


「ふ、憤激くん、そそ、そんな笑ったらダメだよ……みみ、御神くんに怒られちゃうよ?」


 なんとか昂を抑えようとする(じゅん)だが、昂は腹を抱えて笑うのを止めなかった。


「霊くんっ! 大丈夫ですか?!」

「うん……とりあえずはね……っ?!」


 壁にめり込んでいない方の【ガルドブレッド】から、ピシッ、という甲高い音が。


 次の瞬間、【ガルドブレッド】のジョイントが折れ、重さ100kgを超える塊が、こころに向かって落ちていった。


「こころちんっ!!」

「こころっ!!」


 悲鳴をあげる朗と槍姫。

 親友が潰される……そう思った時、細い糸が【ガルドブレッド】に巻き付き、寸前のところで静止した。


「ふぅ……危なかった……」


 霊が指先から【心力】の糸を出し、【ガルドブレッド】を絡め取って止めたのだった。


「ホッ……危ないところだったね~」

「100kg超えの物体だからな……危うく大惨事になるところだったな。しかし……」


 安堵の息を洩らす一方、槍姫は【ガルドブレッド】を止めた、青く光る糸を眺めながら、ポツリと呟いた。


「御神の糸は本当に頑丈だな。あんな細いのでよくぞ……」


 霊の【心力】が強力とはいえ、極細の糸で100kg声の物体を持ちあげている。そのことに、関心と呆れの感情を持った。


 その時。


「ああああああーーー!!」


 ダナンが、叫んだ。

 実験棟に響き渡るくらい、大きな声で叫んだ。


「そそ、それなんだなぁぁあああああ!!」


 それってどれ?

 と、この場にいる誰もが思ったが、ダナンは一人、自分の世界に入ってパソコンを弄りはじめた。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




「つまり、ジョイントで制御することにこだわる必要はないと?」

「そうなんだなぁ~。御神くんの糸であの重さを操れるんだから、その要領で、ということなんだなぁ~」


 霊の糸なら、【ガルドブレッド】の重さにビクともしない。

 【ガルドブレッド】に霊の【心力】の糸で操れる機構を組み込めば、有線式誘導【心器】として使えるのでは? というのがダナンの思いつきだった。


「いえ、できれば手は空けておきたいんです。せめて、片手くらいは……」

「なら、当初の予定通り、肩に取り付ける専用の【心器】……ううん、【ガルドブレッド】の制御に特化した【心器】を作ればいいんだなぁ~」


 パソコンに設計データを入力。

 加工機で思い描いたものを作り出し、手早く霊のもとへ差し出す。


 肩甲装甲板に似たもので、肩先には【心力】の糸を射出するための射出口がある。

 これは1本しか糸を射出できない代わりに、大出力の【心力】にも耐えられるように【心経回路】を太くしたものだ。

 これがエネルギーパイプのような役目を果たし、【ガルドブレッド】に【心力】を送り込む。


「どうなんだなぁ~、御神くん」

「ええ、さっきより断然扱いやすいです」


 その重さを霊の糸の力でカバー。飛翔端末体となった【ガルドブレッド】は、有線版のビットとして縦横無尽に駆け巡ることが可能になった。


「左右合わせて10万本か~……単純に、今までの10倍強くなるってことかな?」

「最大出力の問題も、冷却機構を大型化したことでかなり上がったんだろう? 10倍どころじゃないだろうな」


 最大出力の問題をある程度ではあるが、クリア出来たことは大きい。

 その意味では、霊はさらに強くなったというべきだろう。


 朗と槍姫の会話を耳にした昂は、思いついたように言った。


「なあ霊よぉ。テストがてら、オレと闘おうぜ?」

「……うん。いいよ」


 ガントレット型【殺神器】を装備し、霊と対峙する昂。


 霊の両肩から【ガルドブレッド】が放たれ、霊自身は【糸刀】をもって昂と激突。


 同時に、【ガルドブレッド】から糸が射出され、ハンマーや槍、モーニングスターなど、複数種類の武器を構築して襲いかかってきた。


 左右合わせて10万本の糸。1種類の武器に1万本の糸を割り当てるので、構築できる武器は10個。


 それらが昂に殺到するが、すべて捌かれてしまう。


「へへっ! まあ10万本つってもよぉ、けっきょく構築できる武器は10個程度だろ? まだまだ戦力不足かぁ?」


 霊の【殺神器】なら1億本の糸を射出できる。しかも1本の糸を枝分かれさせるように、複数に増殖させることもできるため、それに比べたらヌルすぎる。


 【ガルドブレッド】からの攻撃を全て捌いた昂は、攻撃手段が【糸刀】のみとなった霊に殴りかかった。


 【糸刀】で応戦する霊。

 しかし受け止めきれない。無理をすれば、すぐに【糸刀】はオーバーヒートを起こすか、昂に破壊される。


 【心器】の性能差がそのまま表れる形となったが、単純な出力が勝敗の決定打にはならないことを、知らされることなる。


 霊を追い詰める昂の背後から、再び【ガルドブレッド】が襲いかかった。


「おっと……んなっ?!」


 避けた。

 そう思った瞬間、もう一機の【ガルドブレッド】が昂と霊の間に割って入った。


 気付いた瞬間、昂の目の前で【ガルドブレッド】が糸を吐き出す。


(ちぃっ! そうかよ、攻撃の起点が霊だけじゃなく、【ゴキブリの羽】2枚からも……つまり起点が3つになったから、対処が面倒臭くなりやがったのか!!)


 ギリギリで避けつつ、昂は思考を熱くした。


 霊一人に気を取られていると、霊から離れて飛びまわる【ガルドブレッド】に、知覚外から奇襲を受ける。

 【糸刀】の特性上、正当な接近戦をしたくないというのに、【ガルドブレッド】が加わったことで厭らしさに磨きがかかっていた。


 そして、一瞬の隙を突かれ、左右からの挟み撃ちをもろに喰らってしまった昂。


「クソがっ! シンバルとかナメんなよゴラァ!!」


 糸で織り成し構築したものは、シンバルの形をしたもの。それも、2m近い昂を覆い隠すほどの大きさだ。

 その挟撃を受け、回避不可能と断じた昂は、両腕を突っ張らせて潰されるのを防いだ。


「いいや……これで、おわり」


 だが、シンバル状に構築した糸のうち、1本をこっそりと解き、昂の首に巻きつけてしまった。


 ちょっと霊が命令を下せば、細い糸が昂の首を切断してしまうだろう。勝負は付いた。


「本数は問題じゃないよ。糸1本でも、使いようだよ」


 糸の数が少ないと、ナメて掛かって来た昂にお灸を据える形となった霊。


 そして、さらに……。


「クスクス……昂、ダサい」

「……ちっ。さっきの仕返しかよ」


 【ガルドブレッド】の制御に失敗して、壁にめり込んだときに、昂に笑われたことを、霊は忘れていなかった。

 その仕返しとして、逆に笑ってやったのだった。


(霊のやつ……たった10万ちょっとの糸で、オレを追い詰めただと? 【殺神器】は1億本……そのときだって、こんな簡単にケリがついたことなんてねぇ……)


 テストを兼ねた戦闘が終了して、昂は心の中で悔しさと驚きを同時に感じていた。


 【殺神器】を持った霊と戦闘訓練をしたことは、当然だがある。

 そのとき、霊は10万本など霞むほどの糸を操っていた。


 霊の【殺神器】が出力できる糸は、軽く1億。


 その1億にすら、昂はかなり粘り強く戦っていた。戦えた。


 だというのに、多少攻撃方法が変わっただけで、たかが10万本の糸の前に、昂は負けた。割とあっさり。


(あいつ……この2年間で、どんだけ強くなりやがった?)


 糸による武器構築速度も上がっていた。


 亡き弦斎の話では、それはすごく難しいことで、数年掛けて数%上昇するかしないか、だということだ。


 しかし、霊は2年。

 2年で、圧倒的な性能差を覆せるほど、霊は糸の操作技術を向上させたことになる。


 それが、昂には頼もしく、また悔しいと思う要因になっていた……。


 【ガルドブレッド】。

 肩甲補助装甲板【ガルドブレイス】と、糸の【スレッド】を掛け合わせた造語です。

 特に深い意味はありませんが、名前の由来はそんな感じです(^ ^)


 決して、黒いアイツの羽でありませんw


(クイン・マ○サとかクシャ○リヤの肩部バインダーが一番近いイメージかも)

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