第50話【復讐以外には……】
今日という日をずっと楽しみにしていた。
戯陽朗は、朝からウキウキした様子だ。
心なしか、左右に結んでいるショートツインテールが、上下にピコピコ動いている幻覚まで見えそうなくらいだった。
「朗ちゃん、随分嬉しそうだね? 何かあった?」
こころは、親友の起源の良さに頬を緩めながら、その理由を聞く。
「ふふふっ! 今日は新刊の発売がいくつも重なる日だからねぇ~! 朝早くからやってる本屋さんに行って、買ってきたのだっ!!」
どんっ、と10冊近い本が、朗の机の上に置かれる。
「すげぇ量だな」
呆れたように呟く昂。
物音に反応して見てみれば、本……それもコミック系を中心とした山が積み上がっていたのだ。
「というわけでこころちんっ! 今日の私は読書に励むから、フォローよろしくっ!!」
今の話だけ聞けば立派だが、本当のところは単なるサボリでしかない。
その手助けをしてくれと暗に言っているわけだ。
「ちょ、ちょっと朗ちゃん……そういうことは堂々と言わないほうが……」
「大丈夫大丈夫! 見つからないようにすごく集中して教科書を読むフリをするから!」
窘めようとするこころだが、こういうときの朗はやるといったらやるので、なかば諦め気味だ。
そんな会話を尻目に、昂が積み上げられている本の一冊を手に取った。
「ふ~ん……なんか、ヌルイ本ばっかだな? 飽きてこねぇかゴラァ?」
「別に飽きないよ? 楽しいじゃないっ。夢があって」
ジャンルは、ほとんどがコメディやらラブコメやら、スポーツ系やら、ファンタジー系やら……。どれも明るい雰囲気であるため、昂はヌルイと言ったのだ。
「それに、二次元は裏切らないんだよ? 【心蝕獣】のいない世界とか、ラブコメとか、もう私はハッピーエンド主義者だからねっ!!」
限定された空間でしか安全を確保できない。
その鬱屈した雰囲気を解消しようと、閃羽では多くのライト系書物がある。
「ほぉ……二次元が裏切らない、ねぇ?」
朗の言葉に、何を思ったのか、昂は邪悪に笑って朗につめ寄る。
「知ってっかぁ? 旧文明にはよぉ、色んな創作物があったんだよ。そんなかには、ダークストーリーとかバッドエンドとか、かなり豊富にあったんだぜぇ?」
そういって、ポケットから携帯端末を取りだす昂。
「見せてやるよ。二次元は好きだろうゴラァ?」
「ええ?! いや、いらないしっ! っていうかダークとかバッドエンドとか何その暗い雰囲気の単語っ!!」
「見りゃわかるぜ」
「だから見ないしっ! ちょ、こっち来ないでよっ!!」
逃げようとする朗を、その長身を生かして捕まえる。
「ヘッヘッヘッ……おらおら遠慮すんなよぉ」
「いぃぃぃいいいやぁぁぁあああ!! そんなの見せないでよぉぉぉおおおっ!!」
捕まえた朗の首に、昂は自分の腕を巻きつけて拘束。
顔を背けようとする朗を、圧倒的な力をもって無理矢理見せようとする。
「やれやれ……話の流れを知らないと、昂が悪漢にしか見えないね……」
「てて、っていうか御神くん、とと、止めなくていいの?」
呑気な感想を述べる霊に、準がおどおどしながら助けを促す。
なにせ、クラス中の視線がこのグループに集まっているのだ。Fランクということで差別されているのに、これ以上問題を起こすのはよろしくないと思っているのだ。
「ちょっ! やめてって!! 女の子にヘッドロックとか、ホント信じらんないんだけどっ?!」
密着状態で顔を真っ赤にする朗。
なんとか脱出しようともがくが、身長差があり過ぎて足が宙に浮いてしまっている。これでは脱出できない。
「ああん? じゃあチョークスリーパーとかクロスチョークとかやってやろうか?」
「なんで絞め技限定?! っていうか女の子にやる技じゃないよね?!」
「そんなテメェに【男女平等】って言葉を教えてやるぜゴラァ」
ギャーギャー言い合う二人は、次第にその喧騒を加速させる。
「いい加減やめなって」
鈍い音が、教室中に響いた。
霊が昂の頭を殴った音だが、明らかに素手で出せる音では無かった。木製の机と机を、思いっきりぶつけた様な鈍い音。それも大音量。
思わず、朗も抵抗するの止め、昂を見上げる。
「……イッッッ―――デェ~~~!? 痛ぇじゃねぇか霊ぃっ!!」
だが、昂は多少表情を歪めるのみ。
朗を解放し、霊に詰め寄った。
「このくらいじゃないと止めないでしょ? それより、ぼくは今からダナン先輩のところに行ってくるから、午前の座学はパスするよ。お昼までに戻ってこなかったら、実験棟に来て」
本日二人目の、サボリ発言。
特に反応したのは、こころだった。
「え、霊くん?! サボリですか?!」
「ナイトクラス権限で学園には言ってあるから大丈夫。ちょっと仕上げたい新型の【心器】があってさ。前から話はしてたんだけど、ようやく形になりそうだから、ね。
皆はちゃんと受けなきゃダメだよ? 特に今日は、篤情教官の講義だからさ」
職権乱用とでも言いたげな視線が、クラス中から突き刺さる。だが霊はどこ吹く風で、教室を出ようと歩き出した。
「わからないところがあったら、今日は昂に聞くこと。昂、頼んだよ?」
「おうおう。任せとけゴラァ」
去り際、昂に念を押すように言う。
世界を知っている霊や昂のような【殺神者】は、【心蝕獣】との戦闘に関してはスペシャリストだ。
粗野な印象のある昂ですら、閃羽の水準を遥かに超えた知識を持っている。
「あ、それと昂。戯陽さんに、戯陽さん好みの書物データを見せてあげなよ。【先生】や【オババ様】からダウンロードしてるんでしょ? じゃあね」
返事を聞かずに去った霊。
それを昂は、殴られた恨み……とは違う色の感情を表に出して見送った……。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
昼休み。
昂は朗を伴って屋上に来ていた。
霊の言いつけ通り……にするつもりは無かったのだが、朗がせがんで来たので仕方なく、書物データ……旧文明のマンガやらライトノベルやらのデータを見せることになったのだ。
「ちぃ……霊の野郎、けっこう本気で殴りやがったなぁ。まだイテェぜゴラァ……」
学食で買ったサンドイッチを頬張りつつ、昂は自身の後頭部を擦る。
「自業自得でしょ~。人の嫌がることをするから天罰がくだったんだよ~」
そう言う朗は、持参した弁当を咀嚼しながら、至福の表情で昂から借りた携帯端末を見ていた。
「はぁ? 天罰だぁ? そりゃ違うぜ朗ぁ」
サンドイッチを飲み込み、朗に視線を向けながら続ける。
「あのとき、霊の野郎はおまえを助けるために、オレを殴ったんじゃねぇよ」
「え? どういうこと?」
「単なるストレス発散だゴラァ」
「ストレス発散?」
だとしたら、かなり理不尽である。
というのも、昂を殴ったときの音が原因だからだ。
おそらく、普通の人なら陥没しているくらいの威力は出ていたはず。それでも昂が痛がるだけで済んでいるので、実際は大した威力じゃなかったのかもしれないと思っていた。
「ああそうだ。って言ってもよ、あれくらいじゃ全然発散になんねぇけどな。霊の野郎は、いま全力を出せない所為で、かなり溜まってんだよ」
「それって、憤激くんの【殺神器】みたいな高性能【心器】が無いから?」
「ああ。普通の【心器】じゃオレ等の全力の0.1%も出せねぇからな。全身簀巻きにされているようなもんだ。何もかもが制限されたまま、あいつは2年を過ごしてきたからよ。もう色々と限界なんだろうよ」
朗の隣に座っていた昂は、態勢を崩して地面に横たわった。
そして、何かを思いついたのか、口の端を釣り上げて言葉を続ける。
「まあ、純愛とヤッちまえばその辺は解消されんだろうけどよぉ~! ギャハハハハッ」
「ちょっ!! 今食事中っ!! っていうか下品すぎるよ!? 何思いっきり大声で言ってるの?!」
若干、食べた物を噴き出してしまった朗。
なんとか誤魔化そうとするつもりで、矢継ぎ早に非難するのだが、昂はそういったことを気にしないらしく、ただ邪悪に笑うだけだった。
それに気付いた朗は、自分だけ慌ててるのがバカバカしくなり、次いで思ったことを聞いてみた。
「はぁ……そういえば、なんで御神くんは、その【殺神器】を持ってこなかったの?」
「ああん? 霊はおまえらに、そんなことも話してねぇのかよ? まあ、別に隠すほどのことでもねぇけどよ……」
昂が話したのは、霊が準に話したことと、概ね同じ内容だった。
【殺神器】が、【心蝕獣】側のロードクラスを呼び寄せてしまう可能性があること。
ただし、呼び寄せてしまうのは対応した序列のロードクラスの場合で、昂がいま持ってても問題無いこと。(すでに序列5位は倒しているため)
しかし序列1位である霊の【殺神器】だけは、すべてのロードクラスが反応すること。
そして……【心蝕獣】の序列1位【熾天使】が、この閃羽に現れるであろうこと。
「【熾天使】がここに?! それって、ヤバいんじゃない?」
「オレも詳しくは知らねぇ。なんでここに現れることが分かっているのか。けどよ、【熾天使】は【心蝕獣】の序列一位だ。霊の【殺神器】が特殊なように、【熾天使】も他の天使と違って特殊な存在なのかもしれねぇ。
だいたい、【殺神者】がこの200年間でまだ戦闘したことのない天使は、【熾天使】と【主天使】、そして【権天使】の3体でな。だからこいつらは謎が多いんだ。つまり【熾天使】のこともほとんど謎ってこった」
仰向けになっている昂は、空へ向かって拳をかざし、言う。
「まあ、どの天使が来ようが、ぶっ殺すだけだけどな」
相手が序列何位だろうと、対応した序列の者が戦わなければならないという制約はない。だから、自分が……。
昂が望むのは、自らの手で【心蝕獣】を皆殺しにすること。
「ねえ、そういえばさ、憤激くんはこれらのデータ全部を読んだの?」
「あ? 読んでねぇよ? 興味無ぇし」
「じゃあなんで入ってるの?!」
「あ~、それは【先生】の野郎が無理矢理入れてきたんだよ。オレとか霊みたいな奴の情緒を、もっと柔軟にするため……とか抜かしてやがったけどな。まっ、オレは復讐以外に興味なかったから、読むフリだけしてたけどな」
「もったいない! 私から言わせればすごくもったいない! こんな面白い本がたくさん読めるのにっ!!」
本好き(マンガとかライトノベルが中心)の朗にとって、この携帯端末は宝の山だ。
それを価値なしとして、あまり読まないというのは個人的に許せないのであった。
朗がこれ見よがしに、自分に見せつけた書物データを、昂は何となしに見遣った。
「ふ~ん……ラブコメねぇ……なあ、朗」
横たわったまま、朗の腕を掴み、昂は問う。
「誰かを好きになるってよ、どういう気分だ?」
「え?! いや……そういうこと、私に聞かれても……」
突然すぎる問いに、朗は赤面しながらしどろもどろになった。
「故郷を滅ぼされたあの日から、オレは復讐以外に何も考えられねぇ。何かやっててもよ、【心蝕獣】と神をぶっころしてぇ~、どうやって殺してやろうかぁ~、とかずっとそんな感じで頭がいっぱいなんだよ」
そう言って、昂はまた、邪悪に笑った。
「別に不能ってわけじゃねぇぞ? たぶん、下から上まで結構範囲広いぜぇ? オレはよ」
そういって、掴んでいた朗の腕を引っ張り、自分のもとへ抱き寄せた。
「ええ、ちょちょ、ちょっ……!!」
「ただな、こうやって女抱いててもよ、必ずどっかで復讐のこと考えてんだ……。【先生】の野郎に入れられた本のデータによ……恋をしたら、相手のことしか考えられなくなる、とか書いてたのが目に付いたんだよ。けどよ……」
思い出し、そしてその時のことを鼻で笑って言葉を続ける。
「それしか考えられねぇっていうのは、オレの場合だと復讐のことしか考えられねぇってことだろ? 恋と復讐は似てんのかって思ってな。けどそんな気がしねぇんだよ」
恋は盲目。
しかし昂の場合、そうはならない。復讐という感情が、常に大部分を占めるから。
そうして、朗の回答を聞こうとして、昼休み終了の予鈴が鳴った。
昂は徐に朗を離し、立ちあがって屋上の出口へ歩き出した。
「さて……昼休みも終わりだな。霊の新型【心器】……どの程度できたんだろうなぁ?」
「ちょ、待っ―――っていうか、突然あんなことしてそんな冷めた態度とか……ホント信じらんないからね?!」
地面に座り込んだまま、朗は思いっきり叫んだ。
顔は真っ赤で、目は潤み、それでいて少し残念そうに昂を睨みつけていた。