第49話【カッコイイよりはカワイイほうが】
とある日の放課後。
第7チームの一人である長身の少女、針村槍姫は心皇学園の校舎裏に来ていた。
理由は、ここに来るよう呼び出されたから。
そして呼び出しの内容とは……。
「針村さんっ! 付き合ってくださいっ!!」
槍姫に向かって意を決したように、必至な様子で言う女子生徒。
小柄な女子生徒は、2年生の名札を付けていることから年上だとわかる。
それでも槍姫に対して敬語なのは、彼女の外見が原因だろう。
槍姫は長身。長い髪を後ろで二つに縛ったロングツインテールは、風にたなびくと実に様になる。凛とした表情は、男装の麗人という言葉が浮かび上がるよう。
「気持ちは嬉しい。だが……」
相手は槍姫より小柄。
だからこそ相手を見下ろし、その肩に手を置く。
そして苦悶の表情で首を横に振った。拒絶の意志だ。
「ダメ、ですか……?」
その問いに、今度は首を縦に振る。肯定の意志だ。
「そんなっ! どうしてですか! あんなに、あんなに優しくしてくれたのにっ!!」
去来する、槍姫との思いで―――落としたハンカチを拾い上げ、届けてくれたときの彼女は凛々しかった―――というダイジェストで処理するとして。
要は、そこらの男子生徒にはない紳士的な態度が、この女子生徒の琴線に触れたという訳だが……。
「勘違いされているから、この際ハッキリ言っておく」
重い溜息を吐き、その女子生徒……と、その背後に控えていた数人の女子生徒たちにも向けて、言い放った。
「私に同性愛の趣味は無いんだぁぁああああっ!!」
針村槍姫。
現在、心皇学園で新一年生人気No.1(女子対男子の比率20:1)の、実に男前な女子生徒だ。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
「うぅ……嫌な夢を見た……」
休日の朝。
槍姫は自宅のベッドでそんな事を呟きながら、上半身を起こした。
今の夢は、実際に起きた出来事だ。しかも昨日のこと。
数人の女子生徒に言い寄られ、一人一人断わってもすぐ次が来るものだから、声を大にして言ったのだ。その時の発言を聞いた多くの女子生徒が、ショックで倒れて医療室に運ばれたとか運ばれてないとか。
さらには、医療室の主である保住建子からクレームを受けたとか受けて無いとか。
事実確認は本人の精神を追い込んでしまうかもしれないということで、第7チームの誰もが(ただし昂を除く)そっとしておこうと思ったとか。
そんな仲間達の思い遣りが胸に痛いと思った時、槍姫の部屋のドアが乱暴に開かれた。
「おおう! 起きてるけぇ、槍姫よぅ!!」
「な?! 父さん、部屋に入る時はノックをしろと、あれほど言ってるだろう!!」
突然の侵入者は、槍姫の父親、針村槍守。
Cランクでありながら、閃羽のNo.3ナイトクラス。豪快な性格から、一般人からの人気が高く、人望も厚い。
もっとも、娘からしてみれば、この男は豪快では無くガサツという表現がしっくり来るのだが……。軍人というよりは、ねじり鉢巻きが似合う大工のおっちゃん……という風貌であるからだろう。
「ああ? 父娘の間柄で、んなこと気にすることなんざねぇけ」
「親しき仲にも礼儀ありと言うだろう!!」
「わはははっ! 娘に説教されるたぁ、オレも老けたけぇなぁ! しっかし……」
ふと、槍守は娘の部屋を見回す。
壁はピンクと白で彩られ、そこらじゅうに可愛くデフォルメされた動物やキャラクターのぬいぐるみが置かれている。
なんというか、非常に……女の子な部屋です。
「槍姫よぉ。見事に女の子な部屋だけぇなぁ……なんかオレぁ、悲しくなってきたけぇ」
「ふ、ふざけるなっ! 私は女だぞ!? 女の子な部屋の内装で、どうして悲しむ?!」
「だっておめぇ、顔は亡くなった母さんにそっくりな癖に、体付きはは全然なんじゃけぇ。身長ばっか伸びて、肝心のおっぱいは全然膨らんでないってどういうことじゃけぇよ?」
「おっぱ―――っ!! 少しは自重したらどうだ馬鹿親父っ!!」
「こころちゃんほどとは言わねぇけ。巨乳、いや美巨乳に変わりつつあるアレには今からじゃ追いつけんけぇ。しかしよ、あのおチビちゃん……朗ちゃんよりもおっぱい小っちゃいってのは絶望的だと思わねぇけ? 貧乳より酷い壁乳ってのはなぁ……」
「私の親友たちのどこを見ているこのエロ親父がぁぁぁあああ!!」
叫びながら枕を投げつける。しかし、槍守はあっさりかわして豪快に笑う。
「わはははっ! 50歳目前でも、まだまだ娘にゃあ負けねぇけぇ!」
さらに手近な物を投げつける槍姫。(ただしぬいぐるみは除外)
ついには目覚まし時計という、当たったらそれなりに危険な物まで投擲。しかし躱され、壁に激突しておじゃんになってしまったのは、言うまでも無いだろう。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
「くっ……あのエロ親父めぇ……いつか絶対にぎゃふんと言わせてやるぅ~~~……」
どんよりとした顔つきで恨めしそうに呟く槍姫。
彼女は今、先程おじゃんにしてしまった目覚まし時計の代わりを手に入れるため、とあるフリーマーケットに来ていた。
それぞれ思い思いの品々が並べられ、使わなくなった中古品から、箱入りのままの新品など、多種多様な物が売られている。
槍姫は、このフリーマーケットで目覚まし時計を手に入れるつもりだった。
「まあ、今日は休日だしな……。ゆっくり見て回るとするか」
ちなみに、この休日で、霊は大和家の道場で一騒動起こし、修羅場っている。
それは前回の話を見てもらう事になるが……。
閑話休題。
しばらくマーケットを物色していると、見知った顔を見つけた。
「おや? 照討じゃないか」
「あ、え? は、はは、針村さん?」
つっかえながら、怯えたようにこちらを見る少年……照討準。
生来の気弱さの所為か、準は誰に対してもこの態度だ。
「ほう。照討もこのフリーマーケットに参加しているのか……ん? こ、これは……」
彼は今、ブースの一角で物を売っていた。
デフォルトされた動物のストラップなど、小物が中心。しかもかなり可愛い。
「あ、ここ、これは、孤児院のみんなで、つつ、作ったもので、で……」
「な、なかなか可愛いじゃないか……」
槍姫は、今すぐにでも叫びたい衝動を、必死に抑えていた。
犬や猫、果てはネズミまでもが、可愛くデフォルメされている。つぶらな瞳と、抱きしめたくなるような丸っこいボディライン。
鼻血を出さなかった自分を大いに褒め称えたかった。
「何かモチーフになっている作品はあるのか? 創作品にしては、よく出来ているぞ?」
「え、えっと……ここ、これはぼ、僕がデザインしし、したもので……」
「それは……本当か? すごいな……」
デフォルメされた動物のストラップを、鼻息を荒くしながら眺める槍姫。
本人は自身の心情を隠しているつもりなのだが、隠せていない。準の怯え具合が通常の5割増しに見えてしまうのは、無理からぬ事だろう。
準は同年代に比べて身長が低く、童顔でもあるため、傍から見れば危ないお姉さんに襲われそうになっている○学生に見えなくもなかった。
「あ、針村のお姉ちゃんだっ!」
「本当だっ! 針の姉ちゃんだっ!」
そんな折、二人のもとに駆け寄って来る幼子達。
孤児院の子供たちだ。
前に、霊が準に頼んで孤児院に連れてってもらったことがあった。
それに槍姫も同行していった。その時に彼女は、他の二人の親友とともに、孤児院の子供たちと遊び、すっかり顔見知りになっている経緯がある。
今駆け寄って来た子供たちも、見知った顔だった。
「おお、皆こんにちは」
「こんにちは~! あ、針村のお姉ちゃん、それ買ってくれるの?」
「準兄ちゃんが作ったやつだっ」
槍姫が手に持つデフォルメストラップを見て、子供たちが口々に言う。
たちまち足下に群がる子供たちを見て、槍姫は頬が緩む……のを通り越して崩壊しそうになるのを必死に抑えた。
正直、幼い子供たちはすごく可愛かった。
孤児という立場であるにもかかわらず、皆明るくて前向き。子供特有の無邪気さが愛くるしい。
そんな槍姫を、正気に戻す一言が掛けられた。
「でも針の姉ちゃんってさ、もっとカッコイイモノのほうが好きなんだろ?」
「は? いや、別に私は、特にそういうつもりは……」
どちらかと言えば逆。
カッコイイよりはカワイイ方が断然良い。
槍姫は声を大にして反論したかった。しかし、普段の態度……クールに振る舞っていることを自覚している所為で、素直にそれが出来ない。
そんな槍姫に、さらなる追い打ちがかけられた。
「え~~~? だって準兄ちゃんがさ、針の姉ちゃんって男っぽい人だって、いつも言ってるよ~?」
誰かが、息を呑む音が聞こえた気がした。
それは、身の危険を感じ取った準のものか……。はたまた、チームメイトの無礼な考えに対する、槍姫の怒りによるものか……。
静かに、そして冷めたような声音で、槍姫が言葉を発する。
「……ほう。私のことを?」
「うん。それに準お兄ちゃんね、男らしい針村のお姉ちゃんみたいなりたいんだって!」
脳を直接殴られたような気がした。
こうまでハッキリと、自分の性を否定された発言を、槍姫は意外にも言われたことがなかったからだ。
そして準は、子供たちの口を封じればいいものを、恐怖ですっかり委縮し、動けなくなっていた。生来の気弱さがここでも仇となっている。
「ほ、ほう~……。私はこれでも、女なのだがなぁ?」
「い、いやっ! べべ、別に悪意があるわけじゃなな、なくてね、ねね?」
気弱くとも、生存本能に従い生き残るべく道を必死で模索する。
だが、無駄たったようだ。
「ふ、ふふ……そんな怯えたような顔の下で、そんな失礼なことを考えていたのか、君は……」
「ちちち、違っ!! ひいっ!!」
とうとう我慢できずに、準は逃げ出そうとした。
槍姫の発する強烈な負の感情に恐怖したからなのだが……それを阻む、意外な者達がいた。
「ダメだよ準兄ちゃん! まだ準兄ちゃんの当番だってば!」
「サボりはダメだぜ準兄ちゃん!!」
「いい、いや! だからね?! サボって逃げるわけじゃなな、なくてね?! って、ちょっと!! 重いよっ!!」
同じ孤児院の子供たちが、素早く準を捉えた。
意外な伏兵の奇襲により彼は転倒。間を開けずに子供たちが準にのしかかる。
「こ、これは……」
愛くるしい幼子たちにのしかかられて悶える、童顔少年の図。
(可愛いっ! 幼児も可愛いし、幼児に群がられて悶えている照討も可愛いっ!!)
可愛いもの大好きな槍姫からしてみれば、もはやその群れにダイブしてもふもふぎゅっぎゅっしたいところだった。
そこで、ハッと思い付く。
ダイブしてもふもふしてぎゅっぎゅっする大義名分があることを。
「ふふふ……フフフッ……覚悟、しろ~~~……」
「ひ、ひぃぃいいいっ?!」
色々と正気を失い、代わりに瘴気を振りまく槍姫が、準と彼に群がる子供たちに覆いかぶさる。
「おお! 針の姉ちゃん強いっ!!」
「いいぞっいいぞっ! 準兄ちゃんを懲らしめろ~~~!!」
するすると脱出した子供たちは、準にヘッドロックをかける槍姫を応援し出した。
見事に決まった槍姫のヘッドロックが、準の頭部をグリグリと締め上げる。
「いいい、痛い痛いっ!! はは、針村さん、すすす、すごく痛いっ!!」
「私の心はもっと痛いんだがなぁ?」
涙目になって訴えるも、槍姫は無視して締めを強くする。普段よりも幼さを強くしている準を、もっと弄りたくなったのだ。
「ぼぼ、僕は物理的に痛いよっ!? ななな、なんか胸骨にグリグリ、おおお、押しつけられてすごく痛いっ!! ふふ、憤激くんにヘッドロック掛けられたときよりいい、痛いっ!! 筋肉じゃなくてほほ、骨だから?! 針村さん硬すぎるよぉっ!!」
「……それは遠まわしに、私に胸が無いと言いたいのか?」
「あっ、そそ、それだっ! だから痛いんだ―――いいいいいいいいイタイィィィイイイイイ?!」
気弱いくせに、失礼なことを無意識に平気で言うから性質が悪い。
さっきとは打って変わって、正真正銘の怒りを胸に、準を本気で締め上げる槍姫であった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
あの後、騒ぎを聞き付けた孤児院の母親的存在である女性、寺河ほとりによって場が収められた。
もっとも、準の失礼な発言を聞き咎めたほとりによって、制裁が続行されたというひと悶着があり、準は二度と誰にも、不用意な発言はしまいと、槍姫のちっとも柔らかくない胸の中で誓った。
それから、槍姫は孤児院の子供たちと一緒に売り子を務め、売上に貢献した。
彼女が売り子を始めてから、女性客が押し寄せて来たからだ。
密かに槍姫の心を打ちのめす出来事だったのを、準は言葉に出さずに察した。
「まったく……うちのチームの男どもは、そろってデリカシーがないな。御神然り、憤激然り」
「うぅ……あ、あの二人と揃わされてもここ、困るよぉ……」
フリーマーケットの時間も終わり、ほとりの勧めで槍姫を送ることになった準。
陽も落ち始めているので一応の措置だ。
「でで、でも、ぼぼ僕は針村さんって、女の子らしいところもあるって、おお、思ってるから、ね?」
夕焼けのなか、隣を歩く槍姫を見上げながら、準はつっかえながらも伝える。
「きょきょ、今日、僕らが売っているスス、ストラップを見てる時、すごく可愛い顔してたし……」
「んなっ?!」
不意打ち気味に放たれた言葉に、槍姫がたじろぐ。
そんなストレートに、可愛い、などと言われた事がないため、無理からぬことだったのだ。
「だだ、だから針村さんも、おお、女の子なんだなって……おお、思ったよ?」
他意は……無いだろう。怯えながらこちらの様子を窺う準に、恥とかその他を含んだような様子は見受けられない。
「ふ、フンっ! そういうおまえは全く男らしくないなっ! 憤激に鍛えられているのだから、もう少ししっかりしろ」
「か、返す言葉も、ああ、ありません……」
肩を落として俯く準。
それが、槍姫にはありがたかった。夕焼けのようになっている自分の顔を見られずに済んだだろうから。
「とと、ところで針村さんは、今日は何をかか、買いに来たの? すす、ストラップ目当てじゃないよ、ね?」
「あっ?!」
この後、準を伴って近くの商店街へ行き、無事、可愛くデフォルメされた犬の目覚まし時計を手に入れた槍姫であった。
やっと第49話を更新です。
実は、【マインク○フト】というゲームにハマってしまいまして……(^ ^;
竹modが非常に美味しいれす(^q^)
槍姫&準のペアをやったので、次回は朗&昂のペアを予定しています。
それが終われば、いよいよ先へ進みます。
それでは、またのご来場をお待ちしております<(_ _)>