表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/64

第48話【刀を捨て、剣を取った日】

 日曜日には間に合わせたかったのですが、所用で休日が……orz


 それでも1万字は超えているので、頑張った方だと思います。

 思いたいです(;´∀`)


 それでは、第48話をどうぞ。


「それで、どうして音寧(おとね)ちゃんは、いきなりそんな思考に飛んだのかな?」


 なんとか復活した(くしび)は、何事も無かったかのように切り出した。


 とはいえ、本気で危ないと思った霊であった。

 こころの胸の中で死ぬのならいいか、などと思わない事もない究極の境目を超えそうになっていた……ところを、火村瀬名(ひむら せな)の介入により助けられ、一命を取り留めたのである。


『純愛くん。御神くんが色々な意味で死にそうだ。君の【女の武器】は、別の場面で使うと良い』


 等という、本気とも冗談とも付かない一言で、こころは霊に、自分が何をしているのかようやく自覚した。


 まあ、アレだ。

 霊は世の男子から『爆発しろっ!!』と言われるような状況になっていたということだ。

 血の涙を流しながら言われること、必至であっただろう。


 ともかく、一命を取り留めた霊は、こんな事になった原因を知るべく、音寧にさっきの質問を投げかけたのである。


 ちなみに現在、霊たちは道場ではなく、大和家の自宅の客間にいた。

 音寧の爆弾発言により、周囲がポカンとなったままであったので、改めて話し合いの場を設ける形となったのだ。


 瀬名は、用事があるとかで先に家路に付いており、この場にはいなかった。


「そうよ、音寧ちゃん。いきなりあんな……霊くんの、こ、ここ……子供を産む、なんて……」

「こころ、落ち着いて。ちゃんと話を進めたいから」


 また爆発しそうになるこころを、先手を取って制止する。無限ループは御免被るという心境だ。


「理由は先程お話した通りです。

 私は【白和一刀流】を愛していますし、だからこそ最強にしてあげたい。愚兄は刀型【心器】を使えないので、その夢を叶えられるのは私だけだと思っていました。

 ですが、御神さんの実力を知って、世界の広さを、大きさを痛感しました。

 私ではきっと無理です。御神さんの領域まで行ける気がしません。なら、御神さんの子供を私が産んで、その子を【白和一刀流】で鍛えて、最強にしますっ」


「……音寧ちゃん。君のお父さんは刀型【心器】を使えるんだよね?」

「はい」


「でも息子である守鎖之くんは使えない。つまり、実力とか才能とか、そういうものが遺伝するとは限らないってこと。それじゃあ、きっと音寧ちゃんが後悔する。何より、生まれてくる子供が可哀想だよ」


 霊は、問答無用で音寧を拒否することが出来た。

 だが、それでは彼女が納得しないだろう。だから絡め手を使う事にした。あながち根拠の無い論理ではないので、これで多少は納得してくれるだろうと期待した。


 だが、そう上手くいくものではないらしい。


「別に、才能が無かったからといって、その子を捨てるなんてことはしません。確かに、御神さんの才能を引き継いで生まれてくれることが望ましいですけれど、それだけじゃないんですよ?」

「……と、いうと?」


 この音寧の切り返しは、霊にとって予想外で、当初の目論見とはズレてきていると感じた。


 実際、それは正しい予感だった。


「御神さんって、敵だとすごく怖い……怖かった……。

 でも、今こうしてお話している時は、あの怖さが嘘のように思えるんです。すごく穏やかで、そばにいると安心できる……そんな気がするんです」


 安心する。

 それは、こころも同意見だ。


 日常のなかの様々な出来事に対し、霊は自然体で過ごす。この場合の自然体とは、何事にも動じず、確たる己をもって進んでいる、ということ。


 まわりが、霊をFランクと蔑もうとも、彼は変わらない。動じない。

 訓練で自分達が何を成すべきか迷っているとき、霊は手を差し伸べ、道を示してくれる。

 人類の天敵【心蝕獣】と対しても、他の者達がどうしても見せてしまう緊張を、霊は見せない。


 いずれも表面上のことであるかもしれない。

 しかし、それを人に感じ取らせないのは難しいだろう。それを15歳でやれる。同年代の学友たちとは、比べ物にならないほど、霊は頼れる存在だ。


「世間では、兄は強い、素晴らしい人物だと称賛を受けています。確かに、同年代と比べて抜きん出た実力を持ち、強い【心力】を発揮することから、精神面も強いのでしょう。

 ですが、あの愚兄は脆いところがあります。己が無いからです」

「……己が、無い?」


「はい。正直に言えば、愚兄は刀型【心器】を使えないことに、コンプレックスを持っています。それを世間の称賛で覆い隠していますが、それこそ確たる己を持っていない証拠。自分で努力して培ったものではなく、他人の口先から作り出された虚像を己としています。そんなのはまやかしです。他人の評価で簡単に左右される己など、己ではありません。何者ですらない」

「……そうだね。音寧ちゃんの言う事は、間違いじゃない」


「それに比べて御神さんは、我が門下生に、心ない影口を叩かれながらも、全然動じる素振りを見せていませんでした。

 私ですら、確かめもせずに他人から聞いた評判だけで判断するあの者達に、激しい怒りを覚えたというのに……」


 門下生たちが、霊の一挙一投足に侮蔑の言葉を吐いていたのを、音寧は聞いていた。


 閃羽ではランクによる差別は禁止されている。

 しかし、それはあって無いようなもの。最低のFランクに対する人々の感情は、犯罪者、または犯罪者予備軍とされる彼らを、決して許しはしない。

 まだ、何もしていなくとも、その可能性がある限り……。


 もっとも、自分達だっていつ犯罪を犯すかもしれないのは同じなのだが……Fランクこそが、もっとも可能性を持つからこそ、自分達のことを棚上げできるのだ。


「揺らがない確たる己を持ち、比類なき強さを持つ。

 女としては、そういう人の子を望むのは当然です」


 音寧はいったん言葉を区切り、霊の回答を促す。


「まあ、理由は分かったよ。音寧ちゃんの意見もね」

「く、霊くん、まさか……」


 諦めたような溜息を漏らす霊に対し、こころが気色ばむ。


 まさか、音寧の熱意に折れたのではと、この世の終わりを迎えたかのような、悲壮な表情を作った。


「いやいや。別に音寧ちゃんの願いを聞くとかじゃないから。

 そもそも、こころ以外に興味なんてないし」


 苦笑しながら言う霊。


 彼が溜息を吐いたのは、穏便に、そしてオブラートに包んで説得する事ができない、と悟ったからだ。

 さらに言えば、隠したままでいられない事も悟ったから。


 こころと自分の関係を。


「お姉さま以外に、興味が無い……? って、ええっ?! ま、まさか、御神さんの彼女って、お姉さまっ?!」

「うん。だから、ぼくは音寧ちゃんと一緒にはなれないかな。ごめんね」


 隠しておきたかったのには、理由がある。

 Fランクである自分と付き合っている、という事実は、こころにどんな害が振りかかるか分からないから。

 この件については、こころに何度も言い聞かせていた。それでも、彼女の熱意に霊は折れるしかなかった。

 だから今、恋人同士になっている訳なのだが、公にする訳にもいかず、タイミングが来るまで隠しておくことにしていたのだ。


 今、音寧にそのことをバラしたのは、自分のことを諦めてもらうのと、音寧ならば言いふらしたりはしないだろうという判断から来ている。


「そ、そんな……。確かに、お姉さまは御神さんをずっと待っていたようなので、脈が無いわけではないと思っていましたが……すでに、そのような関係だったとは……」


 がっくりと項垂れる音寧。


 新学期が始まって2カ月。その間、音寧は一度もこころと会わなかった。

 その間に、姉のように慕っていた人と、本気で惚れこんだ人が付きあっていた。自分の恋は、始まる前から終わっていたのだと、このとき音寧は気付く。


「というか音寧ちゃん。まだ14歳なんだから、そんな事を軽々しく言ってはダメ。おじさんなんか、固まっちゃってたじゃない」


 こころの言う通り、音寧の爆弾発言に、父である照光(てらみつ)は、動かなくなってしまった。


 こうしている今も、照光は固まったままだ。

 音寧は、どちらかというとストイックな性格で、簡単に異性になびく様な性格でないことを知っていただけに、よほど衝撃的だったらしい。


「だって、仕方無いではありませんか。こんなに強くて安心できる人は、早々見つかるものではありませんもの」

「だからって、少しは言い方を考えてっ! いきなり子供を産ませてなんて、痴女じゃない!!」


「なっ……! お姉さまこそ、高校生になって早々に彼氏をつくるなんて! アレですか?! 高校デビューですかっ?! もうABCのCまで行っちゃったんですか?! お姉さまがそんな破廉恥になってしまったなんて……音寧は悲しいです」

「勝手に妄想しないでっ! CどころからAもまだなのにっ!!」



「ちょっ、二人とも……いったん落ちつい―――」



「まあ! それで本当にお付き合いしているんですか? なら……まだチャンスはありそうですね」

「あるわけないでしょ! さっき霊くんが言ったじゃない! 私以外に興味が無いって!!」


「うっ……御神さん! 私だって来年には、お姉さまくらいの大きさになれますっ! 私の母上だって大きくて、それで父上を籠絡したと聞いていますっ!!」

「私はそんなことして霊くんの彼女になった訳じゃないわ!! 音寧ちゃんの方が破廉恥じゃない!! そもそも、霊くんはそんな人じゃないから!!」


 霊を置き去りにしてヒートアップしていく、こころと音寧。


 ちなみに、こころの台詞に首を傾げた人がいただろう。自分の胸に手を当ててよ~く思い返せ、とも。

 これは霊も思ったことだが、墓穴を掘るのは嫌なので、もう黙る事にした。


「では横恋慕しますっ。 そうです、それが良いですねっ! 3人で幸せになりましょうよ!!」

「なに言ってるの?! そんなのダメっ! 絶対にダメっ!!」


「私はお姉さまなら、何ら問題はありませんからっ!!」

「そういう問題じゃないから! 私にその気は無いからね!? 霊くんからも、何か言ってください!!」


 徐々に暴走していく会話をクールダウンさせるため、安心の象徴である霊に話を振る。


 言ってやってください。

 私以外、必要無いと。


 そう、こころは目で訴えた。


 そして……。


「はぁ……明日の天気はどうかなぁ。洗濯物、乾くかなぁ……」


 華麗に回避(スルー)された。


 もしくは、現実逃避された。


「霊くんっ! 聞こえないフリをしないでください! 第一、洗濯物は私がやってるんですから、霊くんが心配する必要は無いじゃないですか!!」

「え? 洗濯したものを着るのはぼくなんだから、心配する必要はあると思うけど……」

「ちょっと待って下さい二人とも! 御神さんの洗濯物をお姉さまが、って……まさか同棲?!」


 霊の洗濯物を、こころがやっている。


 その会話が、音寧の思考を先走らせた。


「してません! ただ、霊くんはちょっと家事がアレなので、私がご飯を作りに行ったり、洗濯物を洗ったりしてあげてるだけで……」

「それってもう通い妻じゃありませんかっ!!」


 正鵠を射る音寧の発言。

 確かに、こころの世話焼き加減は、すでに……というか最初から通い妻化していた。


 それは、霊の台所事情をこころがしっかり握っている、という事を知った第7チームのメンバー全員が思ったことであったが、誰も口に出していなかった。不思議である。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




「うん。もう、なんか……色々と暴露されちゃったところで、話を戻すけど……」


 こころと音寧。

 一通り言いたい事を言い合い、息も絶え絶えになってきたところで、霊が本来の話に戻す。


 こころの通い妻化から、音寧の産ませて下さい発言へと。


「音寧ちゃん。君はよくても、周囲はどう反応するかな? とくに君のお兄さん……守鎖之くんなんかが知ったら、大変なことになるんじゃないかな?」


 音寧の兄である守鎖之は、霊を敵視している。それも尋常じゃないほどに。


 それは、こころとチームを組むという算段を、霊に取られたことが発端。霊と何かある度に対立し、そして概ね負けていると言って良い結果だ。

 未だ、こころと付き合っていることは知られていないが、バレたらどんな行動に出るか分かったものではない。

 そのうえ妹まで……とあっては、霊としては想像することを放棄するしかない。


 主に、対応が凄まじく面倒くさいからだが。


 そんな霊の懸念に対し、音寧の反応は実に冷ややかだった。


「あんな愚兄なんて関係ありませんね。御神さんより弱い者が、何を喚いたところで負け犬の遠吠えです」

「実の兄に、手厳しいね。でも落ち着けないでしょ?」


「……御神さんも、落ち着けませんか? 学園とかでも?」

「まあ、守鎖之くんのFランクに対する態度は、人一倍……なんていうか、すごいものがあるとは思うよ。でも大した実害は無いけれどね」


 霊のその言葉に、こころは反論したかった。


 霊が遅れた転入してきた時の騒動から始まり、決闘、ジェネラルクラス撃退後の仕打ち、敵視するあまり先入観で殺人狂扱い。

 いずれも、普通の人なら堪ったものではない被害だ。霊は大丈夫というが、見ている側にとっては心臓に悪い事この上ない。相手が恋人であるのなら、尚更だ。


 それでも、霊にとっては大した事の無い害だ。何度も言うが、あの程度で音をあげるようでは、外の世界で生きていくなど不可能だから。


「はぁ……まあ、それこそ、【あの御方】のことを引き摺っている証拠でしょうけど」

「【あの御方】?」

「はい。実は昔、門下生のなかに、御神さんと同じFランクで、刀型【心器】を使える人がいました」


 その瞬間、語り始めた音寧は愚か、こころまでもが、雰囲気を硬くしたのを、霊は感じた。


「過去形ってことは、もう?」


「はい。その人の名前は、清澄誠司(きよすみ せいじ)。兄よりも遅く剣術を始めたにも関わらず、誠司さんは刀型【心器】を使いこなしていました。

 しかし、ある事件が切っ掛けで誠司さんは……多数の人間を斬り殺し、それを咎めた兄の手によって、この世を去りました」


「ある事件……? その清澄さんは、何か殺人衝動でも持っていたのかな?」


 Fランクであるなら、その可能性は十分にある。

 自分自身もFランクであるが、世間一般で思われていることは、霊自信も同感だから。


 だが意外なことに、音寧は霊の推測を否定した。


「いいえ。確かに誠司さんは、多数の人間を斬り殺しましたが、それには訳があったのです。

 今から2、3年ほど前の話です。ある政府高官が、誠司さんの姉を、その……襲ったのです」


 顔を俯ける音寧は、肩を震わせていた。

 膝の上に置いている拳を、ぎゅっと握りしめている。


「誠司さんの家は、小さな百貨店を営んでいました。誠司さんの姉、霧華(きりか)さんは、その店の看板娘で、すごく綺麗な人だったんです」


 音寧から流れる微弱な【心力】から、それが怒りの感情であることを、霊は察した。


「その霧華さんを見初めたとある政府高官は、霧華さんの身体を要求してきました。要求を拒めば、店の経営に深刻な影響が出るという脅しもつけて……。

 霧華さんは、家族のためにその身を犠牲にしました。最後まで反対していたのが、誠司さんでして……霧華さんは、誠司さんの居ない時を狙って、その政府高官の元へ行ったのです」


 政治家からしてみれば、小さな店などどうとでも出来る。

 身内の子供を有名大学や企業に入れるのと、然程変わらないことであり、昔から行われていたことだ。従わなければ、家族は野たれ死ぬしかない。

 霧華という女性の運命は、その高官に目を付けられたとき、決定してしまった。


「その事に気付いた誠司さんは、急いで霧華さんの元へ駆けつけました。その時一緒にいた私と兄も、親達の制止を振り切って同行したのですが……間に合い、ませんでした……」


 怒りと同時に悲しみの感情が、微弱な【心力】を通して霊に伝わって来る。


 おそらく、霧華という女性は……。


「その下郎は、かなり倒錯した性向の持ち主だったらしく、霧華さんを、その……複数で……」

(そんな奴が、政府の高官? 【死天使】との……おじいちゃんとの【契約】はどうなっているんだろう? それとも、おじいちゃんが居なくなったから、関係ないとばかりに好き放題している?)


 霊のなかで、暗くドロドロした感情が沸き上がる。


 それは、霧華という女性を凌辱したから……ではなく、尊敬する祖父との【契約】を、閃羽の政府が蔑ろにしていることの証左に他ならないからだ。


 もっとも、霊はそんな感情を表に出さないため、音寧の話は続く。


「結果、霧華さんはあまりに凄惨な行為によって命を落としました。そして私たちは、ちょうど事後に居合わせることになったのです。

 その時、誠司さんは、我が道場から持ち出していた刀型【心器】を使い、怒りに身を任せて、その場にいた下郎達を、皆殺しにしたのです」


「そっか……。それで、どうして守鎖之くんが、その人を処断することに?」


「誠司さんは、目には目を歯に歯を、という気持ちで復讐を敢行しました。しかし兄は、法によってあの下郎達を裁くべきだと主張したのです。

 しかし、刀型【心器】を操る誠司さんに、兄はまったく歯が立たず、皆殺しにするのを止められなかった……」


 なるほど、と霊は思う。

 Fランクの大半は、何か切っ掛けがあれば一つのことを成し遂げようと執念を燃やす。それがどんな行いであれ、成し遂げるまで止まらない。


 法律で禁止されていようが、道徳に反しようが、結果を出すまで走り続ける……。


 そしてそれは、【心力】を強大化する最大の原因でもある。


「誠司さんと兄は、もともと互角の腕前でした。しかし兄は刀型【心器】を使えない。だから誠司さんには勝てない。

 事実、あの時の兄は相当に追い詰められていました。悔しさに表情を歪ませ、誠司さんを睨みつけていた。

 私からみても、日頃から兄は憎悪を持って誠司さんを見ていた節がありました……。Sランクであるはずの自分は刀を使えず、Fランクであり後から剣術を始めた誠司さんは使える……」


 音寧は知っていた。

 兄が誠司に嫉妬していたことを。自分より社会的に格下の人間が、刀を使いこなせることを。


 本来であれば、その域に居るべきは自分であるはずなのに、現実は違っていた。


「刀を持つ誠司さんに対し、その場に転がっていた、おそらく政府関係者の誰かの者であろう、両刃剣型【心器】が、兄の目に止まりました。

 兄はそれを使い、暴走する誠司さんを抑え込もうとしたのです。それが、あの兄の、現在の、世間から称賛されるようになった発端でした」


 音寧の脳裏に蘇える、【あの時】の光景。


 それは、兄が刀を捨て、剣を取った光景だ。


「結論から言えば、兄は刀より剣の方が相性が良かったのです。兄はあの時、言っていました」


―――刀ではなく、剣こそがオレの力を引きだす【心器】なんだっ!―――


「そしてこうも言いました」


―――オレの本当の力は、Fランクなどに遅れを取る訳がなかった!―――


「兄は【心力】で誠司さんを上回っていましたが、刀を使いこなす誠司さんに嫉妬していました。そして自分と相性の良い剣を持ったことで、【心力】で誠司さんを上回り……切りました」


 刀では絶対に勝てなかった。なのに剣では勝てた。


 それは、守鎖之が自分の価値というものを、正当に評価されるための手段を手に入れた瞬間だった。


「その後、兄がやったことは正当防衛とされ、一方の誠司さんは、法を順守せず怒りのままに政府高官たちを殺したとして、凶悪なFランク犯罪者として報道されてしまった。

 兄は、それを正した正義の少年剣士としてもてはやされ、強大な【心力】を有することからも、将来の英雄という名声を手に入れたのです」

「……その下郎達のことは? 政府関係者なら相当なスキャンダルだと思うんだけど?」


「兄を英雄扱いする報道の熱が過熱したこともあり、あまり世間に認知されることもなく忘れ去られました。

 ちなみに、誠司さんのご実家の百貨店は、廃業しています。誠司さんの御両親は周囲から激しく叩かれ、そして……自殺されてしまいましたので……とても、良い人達だったのに……さぞ無念だったでしょう……」


 音寧の目から、涙が流れていた。


 音寧自信、清澄家の人間を好いていた。小さいな百貨店ながらも、和気あいあいとした雰囲気の、とても素敵なお店だったのに……。

 大らかで笑顔の絶えなかった清澄家の両親と、優しく気立ての良い看板娘の霧華、そして刀を黙々と降り続け、只管に稽古に打ち込んでいた誠司。


 そんな一家に、あの結末は酷過ぎる……。


「そっか。

 守鎖之くんはFランクであるその人に、どうしても刀で勝てなかった。それがコンプレックス。

 でも剣で勝つことは出来た。それが……なんていうのかな、守鎖之くんのFランクに対する価値観が決定した瞬間だったのかな。

 自分の本当の力は刀よりも強く、Fランクを裁いた自分の行いは正当で英雄的なものである。そう思わなければ、色々と耐えられなかったんだね。きっと……」


 Sランクには、真に聖人君子的な心を持つ者と、自分の都合の良いように物事を解釈する者の、2通りが居る事を、以前に霊が話している。


 それに照らし合わせれば、守鎖之は間違いなく後者。

 嫉妬していた相手を圧倒し、しかし殺してしまった……が、それは正義の裁きであり、周りもそう認めている。

 刀が使えないことなど、自分にとっては何の問題にも成り得ない。剣さあれば、自分が成す事はすべて認められ、正義となる。

 そしてFランクは裁くべき存在であり、そのための手段こそが……剣である、と。


「そんなものは自己正当化のための、都合の良い言い訳ですっ! だから愚かだと言うのです!!」


 霊が推測した守鎖之の心情に対し、ダメ出しの悲鳴を上げる音寧。


 声は涙声で、震えている。


「確かに誠司さんの行いは、褒められたものではありません。しかし! 一方的に悪く言われるものでもなかった!

 すべての元凶は、霧華さんに劣情を抱いた下郎たちだというのに、何故っ……」

「まあ、その方が色々と都合が良かったんだよ。政治的混乱を避けるためにはね」

「そのような理由で、あんな一方的な仕打ちをされる云われはありません!! 間違っていますよ……清澄家の人たちが、あれでは可哀想過ぎますっ……」


 涙をすする音寧に、こころがハンカチを差し出して拭かせる。


 霊は、音寧が落ち着くまでしばし待った。それから、また話を続けていった。


「とにかく、守鎖之くんがFランクに対して厳しい理由は分かったよ。納得するかは、この際は別にするけどね。

 なら尚更、音寧ちゃんはぼくと一緒になろうなんて、考えるべきじゃない。

 ぼくはこころを守るだけで精一杯だから、音寧ちゃんまで守れないよ」


 正確には、こころ以外を守る気が無い、だが。

 しかし涙を流す音寧に、自分の真実を語る事はしなかった。


「そこまで言われると、いっそ清々しいです。見事にフられたというわけですね……」

「気持ちに応えられなくてごめんね。あんまり好意を持たれた事がないから、嬉しかったよ」


「そういう優しい言葉を掛けるから、まだ希望があるかもしれないと思ってしまうのですよ……。

 とりあえず、今日のところは引き下がります」

「今日のところはって……」


「人の心は移ろい易いものです。お姉さまに飽きたら、私のところへ来てくださいね?」

「ん、んん~~~……音寧ちゃんは、ある意味ですごいな……」


 とりあえず、キッパリと断りの返事は出したつもりだ。


 こころが睨んでいるのがすご~~~く怖いが、最善を尽くしたつもりだ。決して、保健を掛けたつもりはない。


(でも、それは無いかな。もとい、それが出来ないかな……だからぼくは、Fランクなんだし)


 自分が、こころ以外を選ぶことなどあり得ない。移ろい難い……移ろうことができないのが、Fランクの精神性なのだから……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 大和家を後にした霊、こころ、真心の三人は純愛家へ戻った。


 霊は、今日は純愛家で食事を取る日である為、自宅には帰らずそのままお邪魔することに。


 こころと、母親である志乃(しの)が夕飯の準備している間、霊は真心の遊び相手をして過ごしていた。


「―――? ――――」

「うん……まあ色々とあったけど、問題無く終わったよ。それより真心ちゃん、今日はたくさん友達が出来て良かったね?」

「―――っ!」


 にぱっ、と笑って頷く真心。

 霊が言ったように、真心は今日、たくさんの友達が出来た。


 霊の糸を使った遊びにより打ち解け、喋れない真心を、道場の幼子たちが守るとまで言い出していた。それはとても喜ばしいことで、話を聞いた志乃も大変喜んでいた。


(それにしても……)


 幼児向けのパズルで遊ぶ真心を見守りながら、音寧から聞いた話を霊は思い出す。


(【死天使】との……おじいちゃんとの【契約】を蔑ろにするなんて……許サナイ……)


 【契約】……それは、先代【死天使】、御神弦斎(みかみ げんさい)が、閃羽と交わしたもの。


 その内容は、【死天使】が個人的に閃羽を守る代わりに、都市の政治を私欲に駆られず公正に治め、文明発展に尽力すること。また、【死天使】に惜しみない助力と、超法規的権限を与えるというもの。

 これは、【死天使】を受け継いだ霊にも適用されるものである。故に霊は、実際にはナイトクラス以上の権限を持っていることになる。


 そして、弦斎と霊が閃羽を離れている間でも、その【契約】は維持されるものとして、取り決めがなされていたはずだ……。


(見事に反故にされたわけか……以前、誠さんに渡された議事録に紛れていたあの書類……【契約】について不可解な一文があったけど……何も手を付けずに返して正解だった訳だ……)


 霊にナイトクラスの権限を与える、という事が決定されたとき、こころ達の父親でNo.1ナイトクラスである(まこと)から渡されたものの中に、その書類はあった。


『なお、今回与えることになったナイトクラス権限が、御神霊に与えるすべてであり、如何なる条約・契約もこれを犯すことはできない』


 以上の事が書かれていた書類。

 どこが不可解なのか……正確に言えば、引っ掛かるのか?


『如何なる条約・契約もこれを犯すことはできない』


 つまり、霊に与えるのはナイトクラスの権限までであり、それ以上のもの……【死天使】との【契約】は適用されないものである、という意味だ。


 そして霊は、これを正式に受領していないし、サインもしていない。


 実際にはナイトクラスとして権限を行使しており、受領もサインもしていないので詐欺に近い。

 しかしナイトクラス以上の超法規的権限を、【死天使】として保持していることから、実質的な問題は無くなると言う訳だ。

 それを打ち消そうとしていたのが、先刻記した書類であり、それに気付いた霊は放置したままだ。


(どうやら誠さんに気付かれずに、こっそり紛れ込ませたみたいだけど……これは、アレかな?)


 ドロドロした感情が、霊を染め上げる。

 尊敬する亡き祖父を冒涜するこの行為は、それこそ裁かれるべき暴挙なのだと……。


(【契約】に従い、裁いてほしいってことだよね? 俗物共はさ)


 【死天使】との【契約】を破った場合、如何なる処罰も【死天使】の一存で決める。


 例えそれが、都市の最高責任者であったとしてもだ。




第48話更新です。


 一応、これで霊とこころの日常編は一区切り。

 次回からは、他のメンバーの日常編をやりたいと思います。


 無論、普通の日常にするつもりはありませんが(ノ∀`)


 それでは、またのご来場をお待ちしております<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ