第47話【意外な真実 そして展開(笑)】
遅くなりました。第47話更新です<(_ _)>
今回、思いきって展開をマッハにしてみました。そうでなければ、もうしばらくは何も書けそうになかったので……。
今は落ち着き、奮起しようとしている所ですが……思うようにならないものです。
それでは、どうぞ<(_ _)>
羨ましい。
それは、大和音寧に対する、御神霊の素直な感想だ。
今、自分と相対している少女は、霊と相対する恐怖故に、大量の冷や汗を掻いている。着ている道着が、手に持つ木刀が、彼女の通った後の床が、変色するほどに……。
「……音寧ちゃんは、賢明だね」
一言呟き、そして斬撃を入れる。
音寧は木刀で応戦するも、絶対に鍔迫り合いにはさせない。
弾くか、受け流すか、あるいは……後退するか。
「ひっ!!」
霊が強引に攻めれば、彼女の後退は逃走に代わる。一瞬以上、木刀同士が触れ合うのを拒絶する。
「すごいなぁ……。たったこれだけの事で【見破られた】のは初めてだよ。いや、無意識なのかな? だとしたらやっぱり、音寧ちゃんはすごいなぁ……」
感心したように呟く霊。しかし猛追は止まらない。
どれだけ音寧が後退しても、逆撃を気にせず、ただひたすらに斬撃を打ち込む。
実際、傍から見ても逆撃の心配はいらないだろう。もう、音寧の戦意は完全に消失してしまっているのがわかるからだ。
「おい、御神! おまえ師範代に何をしたんだ?!」
「毒でも盛りやがったか?! それとも、何かで脅しているのかよ!!」
そして、音寧の実力を知っている者達からすれば、それは異常事態であった。
霊がFランクということもあり、勘繰ってしまうのは当然だ。
門下生たちが、得物を持って立ち上がる。乱入するつもりらしい。
「静まりなさいっ!!」
大きく、そして鋭い声が、彼らを止めた。
「はぁ……はぁ……門下生たち、が……はぁ、はぁ、失礼を、しました……はぁ、はぁ、……」
ただでさえ、霊と相対する恐怖で摩耗していた音寧の精神、そして体力。そのすべてが、今の一喝で失われたのか、音寧は息も絶え絶え。
恐怖と疲労で震える足。それでもなんとか立ち続けようとしていたが……崩れるように、音寧は倒れた。
「情け、ない……です。斬られて、倒れるのではなく……疲れて倒れる、なんて……」
「そんなことはないよ。音寧ちゃんは、生物として一番大事な物を持っている。危険を察知する力。恐怖を持つのは、生きる上で一番大切なこと。それを活かせるよう、もっと精進すればいいんだよ」
霊は音寧に近づき、抱き上げた。
それから壁際まで運び、彼女を壁に寄り掛からせて楽な姿勢を取るよう促す。
「霊くん? 音寧ちゃんは、どうして……?」
そばに来たこころが、音寧の汗をタオルで拭きながら聞いた。
ただ戦っているだけにしか見えなかったのに、音寧の、この疲労は異常だ。それどころか、恐怖で震えているこの体は……一体、どうして? そういう疑問が、頭の中から離れない。
「たぶん、音寧ちゃんは、ぼくの本来の戦い方を、無意識のうちに察知したんだろうね。だから、鍔迫り合いはおろか、ぼくの動作の一つ一つに、最大限の警戒を抱いた。それを連続してずっと続けたものだから、体力が尽きたんだよ」
「霊くんの、本来の戦い方……」
霊は、【心力】で織りなす無数の糸を、変幻自在に操る。
糸としてはもちろん、糸を複雑に編み込み様々な武器を構築。糸から刀、槍、鈍器、果てはハサミなどの日用品まで。
「音寧ちゃんが鍔迫り合いを恐れた理由。それは、こういう事だよ」
霊は、持っていた【糸刀】を取り出した。
それを咎めた者が、いた。
「な、【心器】?! おい、軍関係者や、学園外での【心器】の携帯は、禁止されてるんだぞ!!」
「許可を受けていなければそうだけど、ぼくは許可を受けているから大丈夫なんだよ」
「は……はぁ?! 何を言ってんだ?!」
一般人の【心器】の携帯は、そう易々と許可されるものではない。だから霊の言う事など信じられなかった。
「本当です。霊くんはちゃんと許可をもらっています。学園だけでなく、政府からも」
もっとも、霊は一般人ではなく、非公式ではあるがナイトクラス待遇。そのため、【心器】の携帯は許されている。
それを一から説明するとややこしくなるし、説明しても信じてもらえるか怪しいので、詳しい説明を省く。
そういう意図を持っていることを、こころも理解しているため、最低限の援護射撃だけで済ませた。
「話を戻すね。ぼくは、この【心器】から【心力】で作り出した糸で、色んな使い方をする」
刀身を収める茎と呼ばれる部分から、青く光る無数の糸が伸びる。
やがてそれは、一つの形に纏まる。
刀。
青く光る糸は、刀の形に束ねられた。
「例えば、こうやって刀の形にする。でも、これは刀としての機能しか持たなくなった訳じゃない。結局は糸で構築したものだから、糸としての性質も持つ。
だから、音寧ちゃんが無意識で警戒していたように、ぼくと鍔迫り合いになれば、ぼくは容赦なく……」
青く光る刀身から、ほつれたように糸が伸びる。無論、刀身は崩れていない。
「刀身から伸ばした糸で、相手を貫く。鍔迫り合いの姿勢のまま、零距離攻撃。
さっきは木刀だったけど、ぼくはこの戦い方が染みついている。たとえ【心器】以外の武器を使っていたとしても、ぼくはその戦い方を念頭においてしまう……」
霊のこの戦い方は、昂との訓練時にも見せている。
戦闘狂で、殴り合いを得意とする昂をしても、霊との、一瞬以上の零距離戦は絶対に避けていた。
「じゃあ音寧ちゃんは、霊くんの戦い方を、例え【心器】を使っていなくても、見破っていたということですか?!」
「無意識に、だけどね。さっきも言ったように、音寧ちゃんは危険に対する察知能力が優れているんだよ。だからぼくへの警戒が、ずっと最大のままだった」
「ええ……確かに、私はずっと警戒……いいえ、恐怖していました。御神さんと鍔迫り合いになるたびに……それどころか、もう最後の方は、あなたと相対しているだけで、逃げ出したくなりました」
弱々しく言う音寧の言葉は、自嘲的だった。
「これが、外の世界の実力なのでしょう? さすがにこれが平均だとは思いたくありませんが、御神さんはきっと、かなり上位の実力者だと思います。違いますか?」
「……上から数えた方が早いのは、確実かな」
即答は、避けた。
霊はロードクラスなかで、序列1位。
神と【心蝕獣】側のロードクラス序列1位を除けば、霊は間違いなく最強だ。だが、この場でそれを言っても妄言にしか取られないだろう。音寧は信じるかもしれないが、他の聴衆は間違いない。
さきほどから、激しい嫌悪と憎悪の感情を向けてくる門下生(特にクラスメイト)たちと、これ以上の諍いを起こさぬためにも、控えめに言っておいた。
「そうですか……。それにしても、綺麗な刀身……」
壁に凭れ掛かったまま、音寧は霊の青い刀を見る。
正確には、【心力】の糸で織り成した青い刀身。
光を放つ霊の刀は、日本刀と呼ばれたもの、そのものだろう。
「……父上? どうなされたのですか?」
音寧が見る、霊の刀の向こうに、父にして師範……大和照光の姿が、ちょうど映っていた。
泣いている、父の姿が。
「美しい……なんと美しい反りだ……素晴らしい……そのような刀身は、見た事が無い……」
震える声で、そう呟く照光。
彼は、霊が糸で織り成した刀身を見て、感動していた。
刀の反り、そして刃の鋭さ。
糸で織り成している故、波紋こそ無いものの、その刀身は刀……その最高峰である日本刀の美を集約していると言えた。
「そういえば、刀型【心器】を使える人が、極端に少ない理由って、知ってる?」
己が織り成した刀を見て泣く照光に、霊は何を思ったのか、徐に切り出した。
「理由など、あるんですか?」
「うん。刀っていうのはね、『折れず、曲がらず、よく切れる』という相反する3要素を同時に達成することを目的に作られた武器なんだ。小型軽量化されているにも関わらず、すごい性能を持っている。であるが故に、剣とは違って『重さで叩き切る』ことには適さない。『断ち切る』『引いて切る』の動作が重要になる」
「霊くん、それと刀型【心器】が使えないことが、どう繋がるんでしょうか?」
こころは、思ったことをそのまま口に出した。
刀も、剣も使ったことの無い彼女には、霊の言っている違いがわからない。『切る』という動作であることに違い無いはずなのだから。
そんなこころに対し、霊は丁寧に答えていく。
「同じ切断を目的とした【剣】と【刀】だけど、その過程はまるで違う。その過程を意識して【心力】を込めないと、刀型【心器】は性能を発揮できない。
すごく極端な例えだけど、『突く』武器であるはずの槍で、対象を『切断』しようとしても、無理でしょ?
同じ理由で『断ち切る』べき刀で『叩き切ろう』としても、ダメなんだ。大した違いは無いように思えるだろうけど、人の心にこそ反応する【心器】にとっては、大きな違いになる」
「ま、まさか……? たったそれだけの理由で?」
「たったそれだけだよ? でも、分かったからと言って、早々上手く使えるようになるものでも無いけどね……。ぼくも、使えるようになるのに、5年は掛かったし」
5年。
それはこころにとって、衝撃的と言っても良い事実だった。
霊はあらゆる武器を使いこなす。つまりは、技術の習得が速いのだと思っていた。
だが、実はそうではなかった。霊ですら、5年も掛かった。刀の難しさを痛感した瞬間でもある。
反対に、音寧は驚愕した。
使えるようになる……つまり、才能が無くても刀型【心器】は使えるものなのか、と。
音寧は、最初から刀型【心器】を使うことは出来た。だが兄は……守鎖之は使えず、どんなに鍛錬してもついに刀型【心器】をモノに出来ず、剣に転向した。
そんな二人の胸中を知ってか知らずか、霊はさらに続ける。
「でもそれ以上に大切な事は、刀を【遣う】ということなんだよ」
霊は【糸刀】から青く光る糸を出し、それを【遣】という字で表わした。
「刀を……【遣う】?」
我知らず、音寧は繰り返す。
【使う】ではなく【遣う】。自分が瞬間に思い浮かべた字と違うことが、そうさせた。
「【心器】は、心に反応してその性能を発揮する。道具として【使う】のではなく―――」
糸を操り、【使】という字をいったん表わす。そしてまた、【遣】という字にする。
「『心遣い』、という言葉があるように、【心器】を自分の心で【遣う】んだ。さっき言った、『断ち切る』という心で刀を【遣う】ことが、何よりも大切なんだよ。
刀に限らず、剣でも槍でも、銃でも、その武器の特性を意識した『心遣い』が、【心器】の性能を最大限に引き出す、最大の理由。『心遣い』を常にすれば、人は心を蝕む【心蝕獣】なんかに、負けやしないよ。
何かに必死になり、集中する人の心は、決して弱いものなんかじゃないんだから」
そう言って締めくくる霊に、何かを気負った感じは無かった。
ただ当たり前のことを言っている。
それが態度から感じられた。
「さて、話は逸れたけど、今日はもうお開きかな? 音寧ちゃん、汗を流してきた方が良いよ? そのままじゃ風邪を引いちゃうからね」
「あ、はいっ」
今さらに、自分の醜態に気付いた音寧は、急いでその場から去って行った。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
(……なんて凄い圧力だったのかしら)
自宅のシャワーを浴びながら、音寧は霊との試合を思い返していた。
左右をお団子状に縛っていた髪型は解かれ、肩口に掛かる程度の長さに下ろされている。
その髪が掛かっている肩が、まだ震えていた。
あの凄まじい圧力。そして存在感の余韻に。
(私は、自分でも才能のある方だと思ってた。それを活かせるよう、ずっと努力もしてきた)
使い手の希少な刀型【心器】を扱える者として、音寧は奢らずに鍛錬を続けて来た。
(まだ実戦に出たことはない。けれど、それなりに戦える自信があった)
軍関係者以外でも、許可を得られれば【心器】を所持することは許されている。
例えば、都市に高く貢献した、武術道場……すなわち、【白和一刀流】の、選ばれた者。
音寧は、すでに免許皆伝の腕前として、師範代の座に付いていることから、同年代に比べれば【心器】に触れる機会は多い。
(あの愚兄にも、負けない自信がある)
故に、まだ実際に【心器】を使って守鎖之と戦ったことはないが、強力無比な刀型【心器】であれば、最年少ナイトクラスとして将来を嘱望されている兄にも勝てる、と自負している。
(けれど……御神さんは格が……ううん、次元が違う)
正直にいえば、ナイトクラスは射程内だと思っていたのだ。
人類最高峰の実力者という領域が。
だが、それより先の遥かな高みが、今日……見えてしまった。
(今まで出会ってきた、どの閃羽の人間とも、別次元の……才能と実力)
師範である父は、強い。
ナイトクラスでは無いものの、その剣術は超一流。技術は守鎖之よりも高い。
その守鎖之は、【心力】の面で父を上回り、【心器】を使った場合の総合的な強さとして、父より上のクラスにいるというわけだ。
だが、さっき戦った、御神霊という男は……その2人のどちらをも上回っていた。
いや、上回るというよりも、遥か彼方にいる、という表現が適切か。
(……欲しい)
知ってしまった、高み。
(私にも、あの才能と実力が欲しい)
望まずにはいられない。欲せずにはいられない。
(そうすれば、きっと【白和一刀流】を、最強にしてあげられる……)
武術をやる以上、最強という力は、欲せずにはいられないもの。
だが……。
(でも、私にはきっと無理……。あんな次元にまで、届くとは思えない)
諦めている訳ではない。ただ事実を認識しているだけ。現時点での事実を、だ。
何か他に、方法があるのかもしれない。
音寧はまだ14歳。今年で15。これからが伸び盛り。もしかしたら、可能性が見えてくるのかもしれない。
だが霊は、たった一つしか違わないにも関わらず、あの遥か彼方の高みにいる。
そう考えると、自分では何年かかるか、分からなくなってしまった。
(私では無理なら……あとは……)
遥か彼方の高み。最強という列。
それを音寧は、どんな形であれ、欲しいと思った。
だから、この決断を下したのだ。
(うん……これが、絶対に良い!)
断腸の想い……ではなく、嬉々として。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
音寧が汗を流しに行っている間、霊は道場のなかで待つことにしていた。
門下生の幼い子供たちの相手をしながら。
「みかみのおにいちゃん! つぎ、ぼくのばんっ!!」
「ちがうよぉ! わたしのばんだもん!!」
「はやくっ! みかみのにいちゃん!!」
「慌てなくても大丈夫だよ。今度はみんな一緒にね」
そういうと、霊は両手の指から【心力】の糸を放出。
指と同じ数……計10本の糸が、門下生の子供たち、そしてこころの妹、真心の腰辺りに巻き付いた。
「それじゃあみんな。思い通りに走ってみて?」
霊の言葉を皮切りに、幼い子供たちは走り出した。
壁とか、天井とかを。
「すごぉいすごぉい! かべばしり~~~!!」
「てんじょうばしり~~~」
霊の糸の補助を受け、子供たちは遊んでいた。
糸に支えられたり、吊られたりして、子供たちは思い思いに走り回る。
いつもより速く走れるし、高くジャンプできるし、壁を走れるし、天井だって床を走っているみたいにできる。
「懐かしいですね、霊くん」
「ん?」
「私たちも、小さい頃はよくおじい様に、ああして遊んでもらってたじゃないですか」
霊の祖父、御神弦斎。
二人も、幼い頃は、いま霊が子供たちにやっている事と、同じようなことをして遊んでもらっていた。
【心力】で作り出した糸は、巻き付いている子供たちの、筋肉の動作を感知して、それに合わせて補助を行っている。
今こうして、霊がこころと会話しながら糸を操れるのはそういう理由だ。
余所見をしているようでも、霊にとっては直接子供たちを支えているようなものなのだ。
「うん。そうだったね。こころなんか、外縁防壁を登って、そのまま外に出て行こうとしてたよね?」
「なっ―――!」
「ほほう。純愛くんは見た目に寄らず、アグレッシブなのだな」
二人の会話に入って来たのは、火村瀬名。
今は着替えを済ませ、白を基調とした赤のラインが入った私服姿になっている。長い黒髪も、今は後ろに縛って、ポニーテールのようにしていた。
「そ、それは子供の頃の話です! だ、第一、霊くんだって登ってたじゃないですか!!」
「クスクス……うん、こころを連れ戻すためにね。おじいちゃんの糸に繋がれたままなんだから、そんな必要は無かったのにね」
幼い頃のこころは、実に行動的。
そのブレーキ役になっていたのは、幼い霊だった。
もっとも、そのブレーキはあまりに強く、結果的に二人ともが無茶をするものだから、弦斎がいなければ毎日傷だらけで帰って来ていたのだが。
「もう……霊くん、意地悪ですっ……」
「ごめんごめん。それにしても、真心ちゃんは元気だね」
「……はい。霊くんのおかげです。声を出せない真心は、友達と遊ぶ事がないですから……」
霊の糸で遊ぶ子供たちのなかには、真心の姿がある。
同年代の女の子と、壁や天井を自由に走り回る鬼ごっこをしていた。
例え声が出せなくても、普通は絶対に体験できないこの遊びを通して、真心はすっかり馴染むことが出来ていた。
「まったく大したものだ。あれほど元気に動き回る子供たちに対し、糸を絡ますことなく補助しているのだからな」
「ははは……この程度の数で絡まるようだと、もっと多くの糸を操ることはできませんから」
本来、霊が操る糸の本数は億単位。10本程度、苦にもならない。
「ところで、他の者達は随分とヒヤヒヤしているな」
「ええ、でしょうね。Fランクがやる事を安心して見ていられる方が、どうかしています」
他の、霊たち同年代の門下生たちは、かなり焦った表情で子供たちの遊びを見守っていた。
中には、あからさまに霊に対し、敵意とも呼べる視線を向ける者までいる。
「君ほどの技量を持った者など、この閃羽には存在しない。君のやること以上に安心できるものなど、そうそう無いと思うのだがな」
「誰もが音寧ちゃんのように、相手の技量を見抜くことはできませんから。人は、先入観で物事を判断する生き物です。ぼくがFランクである以上、仕方ありません」
Fランク。
最低最悪の心を持った人間の出来損ない。いつ、どこで、どんな行動を、奇行を、犯罪を犯すか分かったものではない。
彼らは霊が、子供たちの命を握っていると思っているのだ。
いつ子供たちに巻きつけている糸を暴走させ、その幼い命を叩き潰すか、恐ろしいのだ。
「困ったものだな」
「分からなくは無いですけどね……。先輩がおかしいんですよ。どうしてぼくのようなFランクに、そんなに良くしてくれるんですか?」
「フッ……私が誰と組んでいるのか忘れたのか?」
「……そうでした。それで耐性が出来ているんですね」
瀬名のチームメンバーには、【規格外の問題児】と呼ばれている輝角凱がいる。
「というよりは……同じ穴の狢というやつかもしれないな」
「同じって……失礼ですが、先輩のランクは?」
「一応はBランクだ。しかし私は少々、筆記が苦手でね。総合成績は低いのさ」
2年生からの組分けは、筆記と実技の総合成績で割り振られる。
総合成績の高い者は1組に。低ければ数字が大きい組になる。
ちなみに、凱と瀬名は3年4組。成績の悪い組だった。
「い、意外ですね……」
こころが、若干喉を詰まらせながら呟いた。
【白和一刀流】の師範である照光と、互角に戦い、その冷静沈着な雰囲気から、万能タイプだと思っていたのだ。
「フッ……まあ、私の恥を晒すのはこれまでとしよう。音寧師範代が戻って来たことだしな」
瀬名が言った通り、新しい道着に着替えた音寧が入って来ていた。
「お待たせしました」
「お帰りなさい、音寧ちゃん。お茶、飲む?」
こころが、傍に控えさせていたポットに手を掛ける。だが、それを音寧が止めた。
「いいえ、大丈夫ですよお姉さま。それより、御神さん」
「ん? 何かな?」
意を決したように、改まる音寧。
霊の正面に正座し、真っすぐな瞳を向けてきた。何やら、真剣な様子だ。
「御神さん。あなたの実力、私は感動しました。私如き弱輩者が、御神さんと試合だなんて、なんて怖れ多い事だったか……」
「ん、ん~~~……それはちょっと言い過ぎだよ。音寧ちゃんも強いんだし、もっと色々な経験をすれば、すぐにもっともっと、強くなれるよ」
それは、嘘偽りの無い、霊の本音。
彼女の才能を羨ましいと感じる自分がいるのだ。はっきり言えば、自分が課した厳しい訓練を乗り越えつつある、針村槍姫や戯陽朗を、音寧という少女はすでに超えていると見ていいだろう。
「確かに私は、もっと強くなれるでしょうし、その自信もあります。けれど、あなたほど強くなれる気が、これっぽっちもしないのです」
「……」
自分と同じくらい……ロードクラス並みに強くなれる、とは言えなかった。
霊が強いのは、たった一つの、決して常人には理解されない【戦える理由】が原動力となっているからだ。
音寧にそれがあるとは思えないし、そしてこらから先、それほどの【戦える理由】を持つかは予想できないのだから。
「私は強くなりたい。【白和一刀流】で……。そして、【白和一刀流】を最強にしてあげたい。それは、この都市のなかだけの話ではなく、世界という舞台でも言われるようにしたいんです」
「うん……夢は大きい方がいいし、音寧ちゃんなら十分にその可能性はあると思うよ?」
「ですが最強の前には、御神さん……貴方がいらっしゃいます」
ここまでストレートな称賛を受けたのは、初めてだった。
霊は強い。ロードクラス序列一位は、伊達では無い。だが、最強とは言えないと思っている。自分と同列の存在、そしてその上の存在……世界で唯一無二のゴッドクラス……神がいるのだから。
「ちょ、待ってください師範代!」
「そうです! そいつはFランクなんですよ!?」
「確かに生身で【心力】を使えるのは驚きですが、所詮は心の弱いゴミ! 社会にとって害にしかならない存在です!」
「そんな奴が、最強だなんて……有り得ないっ!!」
「黙りなさいっ!!」
その一喝は、先ほどよりも一層冷たく、場を収めた。
「すべてのFランクが害だとは限りません。ただ、そういう輩が多いというだけです。
第一、先程の試合を見ても、まだ御神さんの実力を認めないのですか、あなた達は!! 【白和一刀流】の門下生ともあろうものが、なんて情けない!!」
吐き捨てるように言い、そして落胆したように肩を落とす音寧。
いつの間にか、霊の周囲に幼い子供たちが集まっていた。
霊を頼るかのように寄り添い、真心などはギュウッ、と抱き付いていた。
場の雰囲気に怯えているのだ。
「これも、あの愚兄の影響なのでしょうか……。まったく嘆かわしい。―――死ねばいいのにっ」
そんな子供たちの様子には気付かず、音寧は毒を吐くことを止めない。
とりあえず霊は、幼い子供たちのためにも場を和ませようと努力した。
「え、えっと音寧ちゃん? とりあえず落ち着いて。冷静になろうよ」
「御神さん、私は冷静です。だから私は、あなたの実力を認め、尊敬しているのですよ?」
居住まいを正し、再びまっすぐな視線を向けてくる音寧。
「認めてくれるのは嬉しいけど、尊敬される程ではないよ」
「いいえ。とても尊敬します。おそらくこの閃羽に、貴方に勝てるような人間はいない。だからこそ、私は決めたのです」
「決めた? 決めたって、何を?」
「御神さん……お願いがあります」
一層、音寧の目が真剣になる。
だから霊は、次の言葉を黙って待った。
「私が16歳になったら、私に―――」
次の音寧の言葉によって……場に、音が無くなった。
「私に、御神さんの子供を産ませてくだいっ!!」
「―――……はい?」
「ああ! 良かった! 産ませてくれるのですね!!」
「え、そうじゃなくて、今のは疑問の返事で、肯定の返事じゃな―――ぐふっ?!」
言葉の途中で、霊が情けない声を出した。
こころが後ろから霊を引っ張り、音寧から隠すように抱きしめたのだ。
極まっていた。
完全に、こころの腕が、霊の首に極まっていた。
「なななっ、何を言っているの音寧ちゃんはっ!? 頭でも打ったの?!」
「私はどこも打ってませんよお姉さま。ただ、御神さんほどの実力を持つ人の子なら、きっと強く成長してくれると思ったのです」
「な、なんで霊くんの子供をう、う、産む、なんて話になるのか、まるでわからないわ!!」
「私では御神さんほど強くなれる自信がありません。なら、御神さんの子供を私が産んで、その子供を鍛えて最強にします。【白和一刀流】が最強になる、一番確実な方法だと思いませんか?」
「そ、そりゃあ霊くんは強いけれど、音寧ちゃんはまだ14歳でしょ?!」
「私としては今すぐでも良いくらいなのですが……」
頬を押さえながら顔を赤らめる音寧。
こいつは……本気だ。本気で霊を狙ってる。
こころはそう直感した。
「い、いますぐって……だ、第一なんで音寧ちゃんがあ、ああ、あ、相手なの?!」
「御神さんはFランク。きっとフリーでしょうから、都合が良いと思うんです。誰も邪魔してきませんでしょうから」
「フ、フリーって……ち、違うわ! 霊くんはフリーなんかじゃないからっ!!」
「え? そうなんですか? というか、お姉さまは御神さんの相手がどなたか御存じなのですか?
なら教えてください。その人に言って、御神さんを貸してくださるように頼みますから」
「か、貸してって……」
「養育費などは心配いりません。私が一人で育てるつもりですから。
……もっとも、御神さんが一緒に居てくれるのなら、これほど嬉しいことは無いのですが……。二人で子育てして、二人で子供を鍛えて……うふふふふ……」
緩みまくってる。あの凛とした少女が、顔を赤くして表情を緩ませている。
ちなみに、こんな会話をしている間にも、こころの腕は霊の首に極まったままだ。
ロードクラスの霊であれば、女一人の細腕を振りきることなど雑作も無いのだが、(事実少女二人は、超人的な霊が危険に合う訳がないと放置状態)霊は、こころに対して無力だ。精神的な意味で。
そしてその精神的な意味で無力というのは、そのまま物理面に現れる。
「―――っ!! ―――っ!!」
「なぁに真心!? 今お姉ちゃんは重大な話を……って、霊くんっ!? 霊くん大丈夫ですか?!」
真心が自分の腕を引っ張るので何事か、と思って視線を向ければ……完全に意識を失っている霊の顔が。
口からは、見えてはいけない何か白いものが、今まさに天へ昇ろうとしている所だった。
「ちょ、お姉さま何をやっているんですか! 早く御神さんをお放しになってくださいっ!!」
「だ、ダメよっ! 放したらあなた、霊くんに何するつもりか……」
「何をって……イヤですわお姉さま。さっき言った通り、御神さんの……もう何を言わせるつもりですかお姉さまはっ」
「―――っ!! ―――っ!!」
怒りで顔を赤くするこころは、いっそう極めていく。
恥じらいで顔を赤くする音寧は、さり気に霊に近づこうとする。
そして真心は、顔を真っ赤にして、必死に霊を助けようと、小揺るぎもしない姉の腕を引っ張っていた。
台詞でやたら棒線の多いのが、真心の台詞になります。
喋れない設定ですが、どうしても会話に入れたいときに多用しております。
なんか古竜姫っぽくなってますが、ハーレムにはしないので御安心を。とはいえ後一人くらい追加するのは、プロット段階から決まっていたのですけどね(汗
というか、音寧は急遽参戦の形です。
ま、参戦しても霊くんの眼中にはこころちゃんしか(ry
では、またのご来場をお待ちしております。




