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第46話【他流試合】

 どうも獅子舞です。


 遅くなりまして申し訳ない。ゴールデンウィークがゴールデンで無くなりまして……。

 まあ、世の中のすべての人が休んだら、ゴールデンウィークを満喫することなんてできませんからね(^ ^;


 休日でも働く人々に感謝を<(_ _)>


 それはそれとして、第46話、更新です。



 比較的落ち着いた街並みの住宅街。

 そのなかで、ひと際大きな敷地を持つ家がある。


 それは、現在の純愛家の裏にあり、大きな庭と道場を持っていた。


 【白和一刀流】の道場。

 大和家が営むその流派は、代々の師範が扱いの難しい刀型【心器】の使い手であり、閃羽でも随一の知名度を持っていた。


「今まで、裏から見てはいたけれど……正面から見るのは初めてだよ。大きいんだねぇ……他の家に比べると」


 これは霊の感想である。


 黒塗りの門と、石垣の壁。

 それは、この静かな街並みの中で、ひと際異彩を放っていた。


「それじゃあ行きましょうか、霊くん」

「うん」


 こころの先導で門をくぐる。

 霊の横には、こころの妹、真心(まこ)の姿もある。


 その真心が、繋いでいる霊の手を引いて、彼の気を引いた。


「―――?」

「違うよ? この道場に来たのは、他流試合に参加するためなんだ」


 真心は喋れないため、口パクのみ。

 霊は、微弱に流れる真心の【心力】と【読唇術】を併用し、彼女と会話ができる。そのためには真心を視界に収めなければならないので、彼女は霊の手を引くなどの所作を行わなければならなかった。


「真心はなんて言ったんですか?」

「『ここで習い事をするの?』って」


「―――?」

「いいや。ぼくは特に、どこの流派に所属してるという訳じゃないよ。ただ、刀型【心器】を使えるから、そういった関係で試合に参加することになったんだ」


 真心にはその辺りの経緯を説明していなかった事を思い出し、丁寧に述べる。


 刀型【心器】を扱える人間は、政府に登録を推奨されるほど少ない。

 そのため霊に興味を持ったのが、【白和一刀流】師範代の大和音寧(おおわ おとね)

 本来は火村瀬名(ひむら せな)の【熾炎刀(しえんとう)流】との模擬試合が主だったのだが、たまたまその場に居合わせたために、流れで参加することになったのだ。


 道場に続く石畳の道を進むと、一人の少女……音寧が出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、こころお姉さま。御神さん。あ、真心ちゃんも来てくれたんですねっ」


「こんにちは。音寧ちゃん。今日はよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね。では、道場の中へどうぞ」


 音寧の先導で道場のなかへ入る霊たち。


 道場のなかでは、【白和一刀流】の門下生数十人が、準備運動や武具の点検をしており、賑わいを見せている。

 知名度の高さに比例して門下生が多いのは、さすがというところか。


「大和……守鎖之くんは居ないんだね」

「あの愚兄は、最近帰ってきてないんですよ。なんでも、軍での仕事が忙しいとか」

「そっか……(この間の【フレイムナイト】の解析かな? でもそんなに根をつめなくてもいいんだけれど……)」


 命令を下したのが霊ではないとはいえ、提案した側としてそう考える。


 が、本人が頑張ってくれているのだと思う事にして、早々に思考を中断した。


「来たか。御神くん」

「こんにちは、火村先輩。今日はよろしくお願いします」


 入ってすぐに声を掛けてきたのは、長身長髪の男、火村瀬名(ひむら せな)

 すでに準備運動を済ませているのか、少々汗を掻いていた。試合用の道着と、小手の装着も済ませている。


 今回の試合は実戦形式であるが、真剣は使わず、木刀を使用。面は付けないが、小手などは許容範囲。


「こちらこそ、な。

 とはいえ、今日は君と戦うことはないだろう。私と君は、【白和一刀流】の使い手と戦うことになる。彼らは……いや、君なら、実際に見ればすぐにわかるだろう」

「そうですね。あと……事前に相手の戦い方を聞くのは、少しズルいですしね」

「ふっ……そういうことだ。それはそうと、彼女の人気は大したものだ」


 瀬名が向ける視線の先には、音寧をはじめとした、門下生たちに話しかけられる、こころの姿があった。


「こころさん、お久しぶりですっ」

「お姉ちゃん、おひさ~」

「最近、全然来てくれないもんだから、心配してたぜ?」


「ごめんね、みんな。色々と落ち着いたら、また来るから……」


 まるで転校生を質問攻めにする構図だな、と霊は思った。

 自分のときにはそんな事なかったが。


 それはともかく、謝罪を口にするこころに、霊は少し罪悪感を感じた。

 別段、こころは高校生活が忙しいという訳ではない。


 霊が課した訓練は順調に消化しているし、適度な休みも取らせている。それでも彼女が自由に使える時間が少ないのは、霊の世話を焼いているからだ。


 霊は、どうしようもない生活無能力者、というわけではない。

 しかしほとんどの物事を強引に、あるいは手を抜いても健康に支障がないため、傍目にはかなり自堕落な生活をしているように見えるのだ。

 その所為でこころは、霊の生活を表面上だけでも変えさせようと躍起になっていて、一日の大半を彼とともに過ごしていた。


「ところで音寧さん。あいつってFランクなんですけど、知ってました? なんでここにいるんです?」

「ランクの高い純愛(じゅんない)さんや針村(はりむら)さん、戯陽(あじゃらび)さんのおかげで、チームの評価が高い【棚牡丹リーダー】って、心皇学園じゃ有名ですよ?」


 門下生のなかに、同じクラスの人間がいたようだ。口々に霊のことを話題にし、嘲笑を向けてくる。(霊は彼らのことなど覚えておらず、誰? という心境だ。仕方無いのでmobたち、と頭の中だけで命名した)


 守鎖之に勝ったのは……まぐれか、あるいは薬物反応の出ない非合法の薬を使っているからか。

 【心蝕獣】の群れ撃退の功績は……非公式なためほとんどの一般人が知らない。

 チーム戦の模擬戦等は……すべて途中で中止になっているため、知名度は低い。


 等々の要素により、霊の活躍はすべて裏方に処理されているため、あとに残るのは、やはりFランクという肩書のみ。


 Fランクのくせに高ランク者と同じチームだから、そのお零れに預かっているだけ。

 お零れに預かっているから、目立った活動をしていなくても成績がFランクにしては高い。


 霊の評価は、実はかなり低く、学園でも彼を見る目は悪化の一途を辿っていた。


 こうした現状を打開する一歩として、今回の他流試合参加を、こころは勧めたのであった。


「あら、そうなの? でも私は、御神さんのことを直接見聞きした訳じゃないから、こうして直接、お手合わせすることにしたの。

 こころお姉さまと仲が良いようですし、他のFランクとは少し違うんじゃないかと思ったのよ」


「いやいや、こころさんは寛容で優しいから、御神といるだけですって」

「それ以前に、こころさんは守鎖之さんとの方が、仲が良いんじゃないですか?」

「そうっすよ! チョ~お似合いじゃないっすか!」

「小さい頃から、こころさんはこの道場に来て手伝いをし、守鎖之さんを支えて来たんですよ? 守鎖之さんとこころさんが、【白和一刀流】の未来を担うと、近所の人も言っています」


 口々に霊の悪口が言われていた……かと思えば、守鎖之の称賛に切り替わっていた。


 しかも、守鎖之とこころをくっ付けよう、という内容まで出て来る始末。最後はそればっかりで、こころは物凄く不快な思いをすることになった。


 もともと家同士が裏手にあり、守鎖之と同い年で比較的仲が良かったから手伝っていただけで、はっきり言ってしまえば好意があったわけじゃない。


 霊が居なくなって後、自分にできることを模索するため、戦う術を学ぶ道場の手伝いをすれば、いずれ帰って来るであろう霊の役にも立てるのではないか?

 幼いながらもそういう思いで始まったのが、【白和一刀流】との付き合いだったのだ。


 気持ちが、沈む。

 何より、まだ非公式とはいえ、恋人の目の前で、別の男と話題にされるのが、耐え難いし、辛い。


「黙りなさい」


 こころの表情が優れなくなってきたとき、冷たく鋭い声が、場を静止させた。音寧だ。


「愚兄は刀型【心器】を使えない。その時点で、この道場の跡取り足りえません。

 そもそも、他人の評判で相思相愛が決まるのではなく、当人同士の意志によって決まるのですよ? 勝手な憶測と押し付けで、こころお姉さまの心中を掻き乱さないでください」


 もう、何度目だろうか。

 【白和一刀流】の跡を継ぐ絶対条件は、刀型【心器】を使える事。守鎖之は使えない。だから跡取りにはなれない。どんなに実力があろうとも。


 そして、勝手に人の恋路を……乙女の恋路を決めつけるな、と声を大にして、はっきりと、ストレートに、叫びたかった。

 他人は愚兄の事を尊敬しているのだろうが、妹の目から見た【アレ】は、そんな目で見る気にはなれない。刀型【心器】を使えず、そのコンプレックスから逃避するように剣を選び、挙句のは果てには【あの御方】を逆恨み。まして……―――す、などと。


「門下生たちが失礼をしました。もうすぐ師範である大和照光(おおわ てらみつ)が来ると思いますので、火村さんと、とくに今来たばかりの御神さんは、準備運動をするなどしてお待ちください」


 霊に向きなおり、音寧は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ううん。特に準備する事は無いから大丈夫だよ」

「え……? ですが、よろしいのですか?」

「うん。それに、来たみたいだしね」


 霊が、道場の入り口に視線を向けた直後、一人の男性が現れた。


「遅れて申し訳ない。私が【白和一刀流】の師範、大和照光だ。今日はよろしく頼む」


 道場に入る前に一礼。

 そして霊たちに自己紹介をするときに一礼。


 非常に礼儀を重んじるのだと分かる、凛々しい顔つきの、壮年の男性。

 【白話一刀流】師範、大和照光。

 守鎖之と音寧の、父親でもある。


「よろしくお願いします。【熾炎刀流】、火村瀬名です」

「御神霊です。よろしくお願いします」


 瀬名と霊も、礼をもって照光にかえす。二人ともが丁寧かつメリハリのある動作で、見事だった。


「ん? 御神? はて、どこの者かな?」

「父上……いえ、師範。御神さんは私がお呼びしました。彼も刀型【心器】を使えると、火村さんにご紹介を受けたので、興味がありましたものですから」


「ほう……そうか。では、御神くんの相手は音寧、お前が務めるといい。火村くんは、私とでよろしいかな?」

「構いません。師範自らのご指導、よろしくお願い致します」


 特に気後れするでもなく、瀬名はしっかりと礼をする。


 瀬名が言っていた通り、二人ともが【白和一刀流】と試合をすることになった。




「ハッ。御神のやつ、準備運動いらないとかって……舐めてんのか?」

「違う違う。師範が来たからタイミングを逸したってだけだって」

「そうそう。格好つけて、いらない、って言ってみただけだろうよ」

「やっぱFランク(ゴミ)だな。大した実力も無いくせに、見栄だけは張りやがって……」




 そんな厳かな雰囲気の中、霊を嘲笑する言葉が囁かれていた……。





◆ ◆ ■ ◆ ◆




「ふむ。さすがだな、【熾炎刀流】。時に烈火のごとく激しく、時に(ともしび)のごとく静かに、非常に攻め難いな」


 【白和一刀流】と【熾炎刀流】の試合。


 瀬名の剣術【熾炎刀流】は、緩急の差が激しい動きが特徴だろう。


 移動するときは素早く……かと思った瞬間には緩やかに。

 剣の振りが遅い……と思ったときは、目の前に迫る刃。(といっても木刀だが)


 動きの遅い時に攻めた途端、焚火が弾けたかのように、反撃に転じてくる。距離を取ろうと思うと、瀬名は追撃してこない。そこで攻めようと思うと、また向こうも激しく攻めてくる。


 相手に合わせて動き、しかし相手以上の勢いで攻める、もしくは相手以上の緩慢さで間合いを取る。時に烈火のごとく時に灯のごとく、とはこういうことであった。


「【白和一刀流】こそ、とても速い攻めだ。気が抜けない」


 【白和一刀流】は、剣筋が円を描くように美しく、また刀を振るえばその斬線が白い。それほどに剣戟が速い。しかも正確。

 以上のことから、【白和一刀流】と名付けられた由縁、だと言われている。


 瀬名の動きが緩慢になったときを、決して逃さず素早く攻める。

 瀬名がこれに反応したとき、不意をつく形で反撃しても、素早く的確に防御し、仕切り直す。


 両者の間には相性というものがなく、であるが故に純粋な実力が見てとれた。


 すなわち、照光も瀬名も、最高位に位置するであろう実力者だということだ。


「すごいです。照光さんは、【心力】こそビショップクラスですが、剣術の腕前はうちのお父さんに、勝るとも劣らない腕前なんです。その照光さんに、火村先輩は一歩も引いてないなんて……」

「そうだね。こころのお父さん……誠さんの腕前は、この前の廃工場で見せてもらったけど、かなり高い実力を持つって一目でわかったよ。その誠さんと互角の実力をもつ人を相手に、一歩も引かない火村先輩は、凄い。

 いや、普段の立ち居振る舞いからして、すごい実力者だとは分かっていたけど……実際に動くところを見ると、際立つね」


 感心するこころに、同意するように付け加える霊の解説。

 霊から見ても、照光の実力は、【心力】の方までは分からずとも、剣術の腕前はNo.1ナイトクラスの誠と遜色ないだろう。


 ロードクラスという常軌を逸脱した存在である霊でも、世界的基準からすれば、彼の実力が高いことは認められるものであった。




「ぷくくっ……一目でわかった、だってよ……」

「格好つけすぎなんだよFランク(ゴミ)が」

「立ち居振る舞いって……おまえはどこの達人だよっ」

「こころさんの前だからって、スカしてんじゃねえよFランクがっ」




 そんな霊の話が耳に入った門下生たち……とくに、霊たちのクラスメイトの反応である。

 真剣な試合の雰囲気には似つかわしくない、蔑みの囁き声が木霊した。


 聞こえてはいるが、霊は特にきにしていない。それよりも重要なことが、引っ掛かっていた。


(でも、なんだろう。火村先輩の動き、どこかで見た事があるような? いや、見た事があるというのは、ちょっと違う気がする……。なんだ?)


 初見のはずの瀬名の動きが、どうにも気にかかっていた。


(う~~~ん……見た事は無い。でも既視感がある? 見た事があるというよりは、知っているっていう感じ……って、それじゃあどっちも同じ意味か)


 瀬名の試合を見ながら黙考するも、適当な表現が思い浮かばない。


 もっとも、先程こころとの会話のなかで口にしたある単語に、既視感のヒントがある事を、この時の霊には知る由も無かった……。




「けっ。真剣に見たって、おまえじゃ分かんねぇだろうがよ」


 思考に集中している霊の表情を、誰かがそう揶揄した。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 照光と瀬名の試合は、照光の勝利で幕を閉じた。


 試合は30分にもおよび、互いに大量の汗を掻いていた。それが原因……つまり、瀬名の目に汗が入って来たことで隙ができ、そこを突かれて勝負が決まったという流れであった。


「運が良かった。あのままでは、私のほうが根負けしていただろうな」

「運が悪かった……とは言えません。自分の未熟さを痛感し、そしてとても勉強になりました」


 握手を交わす照光と瀬名。

 お互いを認め、そしてまた、お互いに満足気な表情をしていて、とても良い試合だったのが分かる。


 それは周りの人間も認めているようで、両者に温かな拍手が送られた。


「それでは、次は私とお手合わせです。準備は良いですか、御神さん」


 拍手がひとしきり鳴ったあと、音寧が霊に確認してくる。


「って、あら? 御神さん、道着は着ないのですか?」

「うん。決まった道着なんて無いし、私服で十分かなって……ダメかな?」


「いえ。ダメという訳ではないですが……あ、小手くらいはお貸ししましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。とくにそういうのを付けたことって、あまり無いしね。【心装】くらいかな。だから大丈夫」


 いくら木刀とはいえ、当たれば骨を折るくらいはできる。

 かなり心配しての申し出を、しかし霊はやんわりと断った。別に、音寧を格下と見下している訳ではなく、純粋に自分の戦闘スタイルで行こうという意味だ。


 しかし、そういう意味で受け取る人間は、少なかった。


「おい、おまえまさか、【心装】を隠して着ているんじゃないだろうな?」


 門下生の一人で、しかもクラスメイトの一人(名前は……なんだっけ? mob? と霊は心中で思った)が、霊に激しく詰め寄る。

 だが霊は、そんなものどこ吹く風とばかりに、淡々と答えた。


「着てないよ。確かめてみる?」


 霊の問いに、mob(霊命名)は、霊の胸倉を乱暴に掴んで立たせ、調べる。


「【心装】じゃないようだが……ふん。地味な服だな」


 自身の推測(という名の憶測)が外れていたことで、せめてもの意趣返し(何の意趣かはわからないが)と嫌みを言うmob。(霊命名以下略)

 霊の私服は、とくに特徴のあるガラがあるというわけではなく、シンプルな黒い上下のTシャツ。服の厚みなどないから、【心装】としての機能など設けられるはずもないのは、一目見れば分かりそうなものなのだが……。


「あ、音寧ちゃんも、念のため調べる?」

「え? いいえ。大丈夫ですよ。見れば【心装】じゃないくらいは、わかりますからね。では、始めましょう」


 音寧が道場の中央に向かい、後を追うように霊も追従する。




「師範代に気安く『ちゃん』付けしてんじゃねえよFランクが」

「ボコボコにやられて泣いて鼻水垂らして失禁して糞尿撒き散らすような化けの皮を晒しちまえばいい」

「こころさんに幻滅されるコース決まりだな」

「小手も無しとか……腕、どっちに曲がるか楽しみ、ってね……。千切れて使い物にならなくなるのもいいかも」




 様々な視線と小声を受けて、霊は音寧と相対する。


 向かいあう音寧からは、試合まえからすでに闘気が滲み出ていた。

 まわりの雑音に混じる、蔑みや嘲笑とは違う純粋な戦意が、霊にはかえって不自然に思えた。が、こんなことを思う自分こそが不自然なのだ、と心中で苦笑する。


「それでは、両者構え。……っ? 構えっ!!」


 審判を務める門下生が、構えをしない霊に向けて、再度号令をかける。

 だが、霊は木刀を下に向けたまま、ただ立っているだけの姿勢を崩さなかった。


「それが御神さんの構えなのでしょう。いいから始めなさい」

「は、はい……では、はじめっ!!」


 審判の合図と同時に、音寧が霊の脳天に向けて木刀を振り下ろした。


 それを、霊は横に体をずらす事で(かわ)し、間髪入れずに真上に飛んだ。


「なっ?!」

「飛んだ!?」

「飛んだっつうか跳び過ぎ―――」


 外野が言うように、霊は生身で3m近くはある天井に【着地】した。そして外野が全てを言いきる前に、勢いを付けて下へ跳び、音寧に向けて木刀を振り下ろす。


「くっ!」


 勢いが強い、と瞬時に判断した音寧は、回避を選択。

 霊の木刀を避け、しかしすぐに反撃を試みる。


 着地姿勢の霊に、再びの振り下ろし。


 後方に跳んで回避する霊。距離が開ける。


「言い切っておいて何ですが、【心装】は着ていないのですよね?」

「うん。さっき確認してくれたモ……門下生の人が、証人になるかな」

「では、生身で?」

「そう。あと、ぼくは【心器】や【心装】なしで【心力】を操れる。それはこころや、ぼくのチームメイトが知っているんだけど……先に言っておいた方が良かったかな?」


 道場のなかが、ざわつく。

 【心器】や【心装】なしで【心力】を操れるなどと……どこの夢物語なのか、と思っているからだ。


 しかし、音寧は驚きこそすれ、それを疑うことはしなかった。否、疑えなかった。


「その動き……確かに生身では無理ですからね。信じ難いですが、受け入れるしかありません。ですがよく、準備運動もせずにそれだけうごけますね。あ、こちらに来る前に済ませた、とかでしょうか?」

「ううん。特にはしてないよ。ただ、外の世界では、『準備運動してないから殺されました』、なんて言う暇はないからね。常に戦えるようにはしているよ?」


 これは、過酷な外の世界を渡り歩いて来た者が言える、忠告だ。


 音寧は、やはりこの人はタダ者ではない、と実感した。

 確かに、準備運動は自身の実力を最大に発揮するために必要なこと。しかしいつも準備万端で戦えるなど……甘えもいいところだ。


 それを当然と思っていたことに、恥ずかしくて死にたくなった。が、今は試合に集中するべしと思いなおす。




「んだよ、あいつ。準備運動を忘れた言い訳か?」

「Fランクの癖に……オレ達に対する当てつけかよ?」

「準備不足でも問題ない、ってこと? ふざけ過ぎだわ」




 忠告が忠告として受け取られることは、残念ながら少ないだろう。

 ただ、霊としては、目の前に言った相手には伝わったので、満足だった。兄の方とは大違いだ。


「あと、御神さんの流派の名前は?」

「名前……? あ、この間も言ったけど、ぼくは刀が主じゃないんだよね。戦い方に幅を持たせるために、教えてもらっただけで……って、それは関係無いか。

 基本の型は、【飛翔流】。名の通り、縦横無尽に飛び、翔け回る。それが、ぼくに剣術を教えてくれた人の流派だよ」


 剣術を教えてくれた人……こころには、それが先日の話に上った【先生】という人のことだと、すぐに気付いた。


「なるほど……生身で【心力】を操れるあなたには、まさに打ってつけの戦い方ですね。外の世界は、やっぱり広いです。閃羽では絶対見ることの出来ない剣術。やる気が―――出てきましたよっ!!」


 再び始まる、試合。


 行き交う剣戟は、互いに遠慮が無い。音寧も最初こそ、小手等の防具を一切着用しない霊に、手加減をしていたのだろう。

 だがそれは間違いだとすぐに悟り、初撃とは比べ物にならない速さで、霊に木刀を振るう。


 対する霊は、それを的確に防ぎ、避け、反撃する。


「霊くんの動き……まるで糸で武器を操っているときみたい?」

「ん? どうした? 純愛さん?」


 呟きと言う名の疑問を聞いた瀬名が、こころに問う。


「あ、えっと……今の霊くんの動きのことなんですけど……」

「ふむ。御神くんは、糸を操るとき、ああいう動きをするのかね?」

「いえ、霊くんが、ではなく、糸で構築した武器が、なんです……えっと、つまり……」


 なんと表現したものか、と迷う


「ふっ……逆説的に言えばいい。つまり、御神くんが普段操っている糸の動き……特に、糸で構築した武器の動きが、今の御神くんの動きそのものに似ている……ということかな?」

「あ、はいっ! そうなんです。 もっと言えば、糸で構築した武器って、まるで手で持っているみたいに動いているんです」


 感想を言語化することができて、こころは妙にスッキリした気分になった。


 だが、こころは不思議に思うべきであった。

 霊の戦い方を直接見た事のないはずである瀬名が、どうしてそこまではっきりと言えるのだろうか、と。


「っ!!」


 試合は、徐々に変化を見せる。


 どう変化しているのかは、モ―――……門下生たちの囁きを聞けばわかるだろう。




「どうしたんだ? 師範代は……」

「なんでFランクと鍔迫り合いになると、すぐに中断して後退するんだ?」

「っていうか、師範代の汗……すげぇ事になってるぞ?」




 門下生たちが言うように、音寧は霊との鍔迫り合いを避けていた。


 そして、道着が変色するほど、大量の汗も掻いている。

 面を付けていないから、音寧の額に汗がびっしりと浮いているのが分かった。それが一筋……どころから何筋も顔を伝って流れ、床に落ちていく。


(なに……? なんなの? どうして鍔迫り合いをしようとすると、こんなに……)


 音寧自身、自分が大量に汗を掻いているのを自覚している。


(こんなに、怖くなるの?)


 恐怖から来る冷や汗であると。


(これは、根拠はないけど……御神さんと鍔迫り合いになってはいけない。絶対に。鍔迫り合いになった途端……―――殺される)


 木刀でも人は殺せる。

 だが、これは試合。殺人は禁止されている。

 油断から当たり所が悪くて死ぬ事はあっても、明確な殺意が向けられることなど、あろうはずがない。


 事実、霊の表情は無であり、自然体。


 では、この恐怖心は、何を理由として感じるものなのか?


 その理由を説明できる人物がこの場に居たなら、こう言うだろう。




『霊の戦い方ってマジエグいからなぁ~! 油断してなくても死ぬぜぇ?』





 今回はmobたち(霊命名ry)が行間を埋めてくれて助かりました……とは、思っていませんよ? 本当ですよ?(チラッ

 1ページ近く埋まったヤッフー! なんて夢の中の出来事だったんです。


 前回に続いて伏線があざといのは……私が忘れないためです。

 そういう事にしておいてください(^ ^;


 では、またのご来場をお待ちしております<(_ _)>


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