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第44話【それぞれの失態】


 ちょっと間が空きましたので、前回のあらすじなどを……(^ ^;


 ※前回のあらすじ

 【心器】の性能上、武器の連続再構築ができず、手数を制限されている霊は、【フレイムナイト】に決定打を与えられずにいた。

 しかし、こころのビットとの連携により、【フレイムナイト】の撃破に成功。

 今までに無い特殊な能力を持つ【心蝕獣】ゆえに、倒した死骸を回収しようとするも、突然燃え上がり、灰すら残さず……それどころか、焼け跡すらも残らず消え去ってしまった。


 偵察隊の救出を終えた霊たちは、閃羽へ帰還。その途中、巨大なキノコ雲が地平線の向こうから伸びあがる。

 霊は、それが昂の仕業であると言う。




 霊が廃工場内で、【フレイムナイト】を倒した頃。


 昂は、閃羽に接近しつつある【心蝕獣】の群れと交戦中であった。


 昂の【心器】……否、【殺神器】は、緑色のガントレット。

 拳に【心力】を集中し、その膨大な攻撃エネルギーを瞬時に対象へ殴りつける。もちろん、その拳に集めたエネルギーを、拳圧として遠方に飛ばすこともできるが、昂の主体はあくまで接近戦。


 自らの拳で、憎悪の対象である【心蝕獣】を殴り殺す。それが昂の、戦いに対する姿勢だ。


「あ~~~……こいつら超うぜぇ~~~……」


 その昂にとって、接近してこない敵というのは、非常に苛立たしいものであった。


 というのも、いま相手にしている群れの【心蝕獣】たちは、昂に接近せず、離れての攻撃を主体としているからであった。


 群れはすべてポーンアイズ。

 バスケットボール大の目玉に、複数本の触手を生やした、最弱クラスの【心蝕獣】だ。

 ロードクラスの昂にとっては、赤子の手を捻るより簡単な相手だが……100匹以上の相手が、お互いを援護しあいながら目から光線を打ち出し、昂が接近しようとするのを邪魔している。


 無理矢理にでも肉薄しようものなら、ポーンアイズは一目散に逃げ出し、離れるとまた攻撃に参加する……という事を繰り返していた。


「っつうかよ、テメェら戦う気あんのかよゴラァ!!」


 強引に捕まえたポーンアイズを振り回し、口汚く声を荒げる昂。


 拳に【心力】を集中し、拳圧として飛ばす。

 が、ポーンアイズ達は回避に専念。昂は拳圧を連続して飛ばすことは出来ないため、散開されるとまとめて倒すことが難しくなっていく。


「いい加減かかって来いやゴラァ!!」


 これが霊であれば、糸なり、糸で構築した武器を使って難なく殲滅することが出来ただろう。だが、昂の戦い方は霊とは違い、完全に一対一を前提にしたもの。

 それは彼の、【心蝕獣】に対する憎悪……自らの手で殺したことを実感することこそ、復讐は達成し得るのだという【執着心】に由来する。


「~~~っ……いいぜぇ? テメェらがそのつもりならよぉ……」


 だが、彼の至上命題は【心蝕獣】を皆殺しにすること。

 拳で殺すことに固執したあげく、敵を逃がして悔恨の情に囚われるのは、それこそ我慢ならないこと。であるならば、【心蝕獣】を殺すための最終的な手段は、たった一つ。


 すべてを消し飛ばすべく、力の限り殴ることである。


「 一 瞬 で 皆 殺 し に し て や ん ぜ ゴ ラ ァ ! ! 」


 昂の背中から、血が噴き出した。


 そう錯覚するほどの勢いで、緑色に光輝く翼が飛び出した。


 霊と同じ、【心力】の翼。

 ただ、霊が3対6枚であるのに対し、昂は1対2枚の翼。羽先は(むし)られたかのごとく不揃いで、たなびくと血が噴出しているようにすら見える。

 戦いにまみれ、そして戦いを欲する、荒々しい緑色の翼。


 それが、昂の【力天使(りょくてんし)】としての、本気の姿。


 彼は拳に【心力】を凝縮すると、それを地面に向けて、力の限り叩きつけた。


 陥没する大地。

 広がる衝撃波。

 削られ、宙へと飛びだす土塊。


 たった一撃の拳が、すべてを消し飛ばす衝撃波を撒き散らし、大爆発を起こさせた。


 空へ伸びる煙がキノコ雲を形成し、地上には巨大なクレーターが跡として残る。


 無論、そのクレーターおよび周辺には、何も残っていない。


100体近くいた人類の天敵、【心蝕獣】さえも……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 閃羽から出ていた全ての兵力が帰還したあと、No.1ナイトクラスである誠は、事後処理を部下たちに任せ、他のナイトクラス及び霊たち心皇学園の生徒たちを集め、軍の会議室にてそれぞれの報告を聞いていた。


 現在は、ビットを使って昂の戦闘を記録していたNo.4ナイトクラス、冴澄理知子(さえずみ りちこ)中尉が報告をしている。


 秘書然とした理知的な雰囲気を醸し出す彼女は、淡々と、かつ理路整然と報告をしていく。


「以上が、憤激くんの戦闘記録です。100mほど離して記録していたのですが……まさかあの一瞬で巻き込まれるとは思いませんでした。幸いにも、記録のためにその場に居合わせたビットは1機だけだったのですが……いつも通りの体制で臨んでいたら……私のビットは残らず全滅していたでしょう」

「直径400m、深さ180mのクレーターか……これを拳の一撃でやるとは……これがロードクラスの力と言うわけか」


 疲れたように呟いたのは、誠であった。

 彼はロードクラスを知っている。霊の祖父、御神弦斎(みかみ げんさい)がそうだ。しかし、弦斎という老人は穏やかな人柄であり、糸による、静かな攻撃……と称せられる戦い方をしていた。


 昂のような、大規模破壊を平然と行えるロードクラスを知らないために、疲れたような声音が出てしまったのである。


「直接の被害は無くても、かなり揺れたからなぁ……閃羽の一般民を落ち着かせるのに、相当苦労したんだぜ、憤激? ダリィことさせんなよなぁ。ホント、治安維持とか超ぉ~~~ダルかったぜぇ~~~……」


 万が一に備え、閃羽の防衛体制を構築・指揮していた、No.2ナイトクラスにして霊たちの担当教官、篤情竹馬(あつじょう ちくば)が、昂の戦闘の余波で起こった事態について語る。


 昂が起こした巨大な爆発とその衝撃波は、閃羽から遠く離れていたとはいえ、大地震のごとき揺れを発生させ、一時閃羽の都市は混乱状態となった。

 その所為で、素早く構築した防衛体制は、混乱の収拾のため治安維持への機能移行を余儀なくされた。


 もっとも、竹馬の指揮は迅速かつ正確であったこともあり、混乱による一般民の暴徒化、および略奪等の行為が見当たらなかったのは、さすがというべきであろう。口では何と言おうとも、伊達に教育者をやっているわけでは無かった。


「はぁ……けっきょくのところ、イラついて滅茶苦茶したってことでしょ? 大失態じゃないか」


 真っ向から非難の声をぶつけたのは、霊であった。ある程度は昂の行動を予想してはいたものの、予想以上の暴走を見せられたため、溜息混じりの非難となっていた。


「……イラついたのは認めるぜ。けどよ、あいつら動きが何かおかしかったんだよ。

 んだありゃあ? どんな雑魚でも、人間見ると真っ先に襲いかかって来る【心蝕獣】が、あの時はそうじゃなかったぜぇ? オレにビビって……ってのとは、少し違った感じだったなぁ。まるで時間を稼ぐみてぇな戦い方……今思い出しても、マジでイラっと来るぜ」


「時間稼ぎ……」


 昂の話から、妙に引っ掛かった単語があり、それを呟きながら黙考する霊。

 

 一瞬の間を置いて出した思考の結果は、静かに紡ぎ出された。


「【フレイムナイト】、2つの群れ……まさか連動していた?」

「はぁ? 全体を統率していたエクスィアがいねぇのに、どうやって離れた群れ同士を連動させんだよ?」


「エクスィアの代わりが現れたのかもしれない。【フレイムナイト】のような特殊な【心蝕獣】とか……。それに、凱先輩の初撃を相殺したビショップクラスも気になるよ。凱先輩のスペシャルバズーカは、収束・圧縮した分、一瞬とはいえジェネラルクラス並みの威力になるはずなのに……有りえなくは無いと思うよ」


 炎を操るという、見たことも聞いたことも無い能力と強さを持ったナイトクラス……【フレイムナイト】。


 霊がロードクラスとしての力を発揮せざるを得なかった凱の【ガイズ・スペシャル・バズーカ】。それを相殺したビショップクラス。


 そして、積極的に攻撃してこなかったというポーンアイズの群れ。


 すべてが繋がっているのでは? 疑問が言葉になって出てくるのを、霊は抑えられなかった。


「それより霊よぉ、もっと大事な話があんだろうが。なあ? 輝角さんよぉ……」


 どれだけ推測を述べても、答えが出るわけではない。昂はそういった面倒なことは避けるタイプであり、答えが出るもの、またはすでに出ているものに対して熱心になる。

 故に、早々に話題を変えた……いや、早く問いたかったことを話題にした。


 それは、輝角凱(きかど がい)の覚醒について。


「ふはははっ。ついに俺様も、【心器】を壊すほどの【心力】を発揮するようになったぞ! ダナンには更に高性能な【心器】の開発をしてもらわねばならんなぁ!」


 廃工場に攻め入ってきたもう一つの群れに対し、凱は【心器】が壊れるほどの【心力】を発揮して大打撃を与えた。

 覚醒する前から、【心力】の高速収束・高速圧縮を得意とし、それらの特性を最大限に活かした強力な一撃を武器としていた凱だが、それは一定の条件が揃っていなければならず、通常攻撃はルーククラス程度であった。それが、今や霊たちロードクラスに迫る【心力】を持ちつつある。


 【心蝕獣】を皆殺しにするため、戦力を欲している昂からすれば、話題にしたくて仕方の無いことだった。


「んで? 輝角の【戦える理由】ってのは何だったんだよ?」

「ふむ……あの廃工場が壊されると思った瞬間、それがどうにも我慢ならなくなってな……そうしたら【心力】が跳ね上がったぞ?」


「凱先輩の【戦える理由】……それは、【世界の姿】」

「はぁ?」


 霊の意外な……というよりは、突拍子も無い解説を聞いて、昂は疑問符を浮かべた。


 今の一言で理解されるとも思っていなかった霊は、さらに言葉を紡いで補足していく。


「つまりね……美しい景色とか、(おもむき)のある風景とか、そういったものが壊されること……後世の人たちに残しておきたい【世界の姿】が、凱先輩の【戦える理由】なんだよ」

「ふむ……確かに俺様は、閃羽以外の、未だ見ぬ【世界の姿】に憧れを持っておる。そしてそれを、真輝や、もう時期生まれてくる俺様の子供に見せたいと考えている。

 だというのに、それが無くなってしまっていくと考えるだけで……ぬぬぬぬ……腹が立つぞ」


 赤い短髪を掻き毟り、苛立つ凱。

 彼は幼い頃、外の世界からきた商人に、世界中の美しい景色を収めた写真を見て以来、閃羽の外に憧れを抱いているのである。

 廃工場のような廃れた場所にすら、凱は歓喜していたほどだ。


「へぇ……なんつうか、随分と変わった理由だよなぁ?」

「かもしれないね。ぼくや昂、そして照討くんは人絡みであるのに対し、凱先輩はかなり毛色がちがうよね」


 霊たち【変人狂人(ロードクラス)】からも、変わっていると言われる凱の【戦える理由】。


 無論、直接的には言わないが、棚上げしつつさらに詳しく聞く人物がいた。

 戯陽朗(あじゃらび ほがら)である。

 第7チームはおろか、この場にいるなかで一番背の低い彼女は、興味津々といった様子で問うた。その姿が、何でも知りたがる幼子のようだったのは、全員の一致する感想である。


「ねぇねぇ御神くん。凱先輩の【戦える理由】って、御神くんたちから見ても変わってるの?」

「う~ん……真輝さんや生まれてくる子供のため、っていう理由が絡むから、大別すればぼくらと一緒なのかもしれない。

 でも、はっきりと人絡みじゃない【戦える理由】を持つ人も、ぼく達は知ってるよ」

「あ~~~……そういや【先生】の野郎がそうだったよなぁ……」


 【先生】という単語に、渋面をつくる昂。


「ははは……【先生】はねぇ……仕方無いんじゃない?」


 昂のように渋面を作ることはしないが、苦い笑顔を見せる霊。笑い声も乾いていた。


「あの、霊くん。【先生】って誰ですか? 学園の先生じゃないですよね?」


 そんな様子が珍しくて、こころも興味を引かれたようだ。

 確認のためにそんな質問をしながら、会話に参加した。


「うん。ぼく等が言ってる【先生】はね、【殺神者】の1人だよ。

 糸の使い方を教えてくれたのはおじいちゃんだけど、【先生】は刀の使い方を教えてくれた人なんだよ。

 ただ、刀以外にも、色んなことを教えてもらったんだ。旧時代の歴史とか、【心蝕獣】についての研究とか、本当に色々ね」


 外の世界を放浪していた霊が、各地の様子や【心蝕獣】以外にも、旧時代の歴史に詳しい理由が、ここで明かされた。


 霊が一般教養や歴史に対して深い知識を持っていたのは、ひとえに【先生】の存在があり、【殺神者】のリーダーとして認められた理由でもあった。


「【先生】の野郎の【戦える理由】ってのは、簡単に言っちまえば【知識欲】だ」

「ち、【知識欲】? なんだ、それは……」


 聞き返したのは、針村槍姫(はりむら そうき)

 No.3ナイトクラス・針村槍守(はりむら そうじゅ)を父に持つ彼女は、【心力】を飛躍的に上げた照討準(てらうち じゅん)や、今回の凱の一件に熱心な興味を抱いていた。


「知りたいっていう欲望。【先生】はとにかく、何でも知りたがる人なんだよ。だからこそ、人が積み重ねて来た色々な知識・技術・歴史が失われていく現状……【心蝕獣】によってそれらが失われていくのが、我慢ならない。

 転じて、それが【戦える理由】になってるんだよ」


 回答する霊は、苦笑しながらもどこか誇らしげであった。

 【先生】という人物に対して色々と思うところはあるものの、尊敬の念の方が強いという(あらわ)れであった。


「ねぇねぇ、その【先生】って、御神くんたちと同じくらい強いの?」

「うん。昂より強いよ―――断然」

「ええっ?!」


 昂と凱の唐揚対決。

 その食材を集めるために閃羽の外へ昂と一緒に赴き、その強さと狂気を目の当たりにしていた朗は、霊のはっきりした断言に、驚きの声をあげた。


 だが、その驚きの声を隠すかの如き大声をあげたのは、話題にされた本人……昂だった。


「おい霊ぃ! そりゃ2年前の話だぜぇ!!」

「じゃあ、ぼくが去ってから、昂は【先生】に勝ったの?」

「…………―――あと少しで勝てたんだよ」


 霊の問いに、かなりの間を置いて、しかしやっと答えられたのが今の一言だった。


「クスクス……まあ、そういうことだね。実力差は小さくなっていても、若干【先生】の方が強いんだろうね」


 霊曰く、2年前は【断然】。それが今は、【あと少し】。実力差が小さくなっていると判断した理由だ。

 こと戦闘に関して、昂は自己の実力を誇大表現することはしない。だから今の一言を、霊は全面的に信じた。戦力の拡大を望んでいるのは、霊も同じであり、喜ばしいことだから。


「ちっ……そういやぁ、例の特殊なナイトクラス……【フレイムナイト】って言ったか? 随分手こずったんだってなぁ?」

「ん? うん……」

「なんで【天使モード】で戦わなかったんだぁ? 【フレイムナイト】みたいな、今までにないタイプの更新情報が他の奴らに伝わっちまってたら、これから先また面倒なことになんだろうがよ」


 いくら霊が【殺神器】を持っていなくとも、【心力】自体はロードクラス。ナイトクラス程度に手こずるなどありえない。

 例え【フレイムナイト】が特殊な能力を持っていたとしても、霊なら力押しで即殺できるはず。昂はそう考えていた。


 だが、そんな昂の考えに、一つ待ったをかけた人物がいた。誠だった。


「憤激くん。霊くんは悪くない。彼が自身の実力にあった戦いを出来なかったのには理由がある。私と大和が一緒に戦っていたからだ。足手まといだったと云うやつだ」


「なっ……大佐、なにをっ?」


「大和。おまえは善戦した。私も最善を尽くしたつもりだ。しかし相手は、我々の力では歯が立たなかった。【フレイムナイト】……今までにない特殊な能力を持ったナイトクラス。その能力が他に伝わってしまう危険を鑑みれば、霊くんは我々を巻き込んででも、【フレイムナイト】を速攻で倒すべきだった。」


 昂の事例でわかるように、ロードクラスが本気を出せば、周囲に甚大な被害が出る。

 霊がロードクラスの力を本気で使えば、一緒にいた味方……誠と守鎖之の二人が巻き添えをくらっていただろう。


 誠は薄々そう考えてはいたが、クレーターまで作ってしまう昂の戦闘を知らされて、霊が遠慮しているのだと確信した。


 それも、自分を(おもんばか)ってのことではなく、彼が守ろうとしている存在……こころの父親であるから、という理由であることも理解していた。


「へっ。わかってんじゃねぇか」


 誠の殊勝な態度を、昂は邪悪に笑って受け入れた。


「憤激……きさまっ、何様のつもりだ? Fランクでしかない人間のクズごときが―――」

「うっせぇよザコが」


 短い一言。

 昂は、守鎖之の方を見ずに、吐き捨てるように言った。


「……オレが、Sランクにしてナイトクラスのオレが、ザコだと? 面白い妄想だな」

「ハッ。ザコがザコである事を自慢するとか……頭にお花畑でも咲いてんのか? えぇ? 自称ナイトクラスの大和さんよぉ?」


「自称、だと? オレは正真正銘のナイトクラスなんだがな。政府にも認められている」

「ハハッ! ワロスワロス!! ぎりぎりナイトクラスかどうかって程度の奴がぁ~ぁ? 正真正銘ぇ~ぇ? 認められてるぅ~ぅ? ああ、取り巻きには認められてんのな。察した察したっ。大事なことなので二度察してやったぜギャハハハッ!!」


 相変わらず守鎖之の方は見ずに、昂は手を叩いて爆笑。下卑た笑い声が周囲に木霊する。


「やめなよ、昂」


 昂の下卑た、そして耳障りな笑い声が響くなか、全員がその声を聞いた。霊の制止する声だ。


「ハハハハッ……あぁん?」


「大和くんは今回、ぼくの失態をカバーしてくれたんだ。それだけでも、彼があの場に居てくれたのは幸いだった」

「霊くん。それは一体どういう事だ?」


 霊は偵察隊を救助し、【フレイムナイト】を倒した。誠は、霊が失態を犯したようには見えなかったため、真っ先に疑問を浮かべて問うた。


 他の面々も同様で、一体どんな失態を犯したのか気になっていた。


「【フレイムナイト】の炎は特殊だった。触れれば熱く、燃やされてしまうのに……焼け跡が残らない。ただの炎じゃなかった」

「そういえば、偵察隊との交戦跡に、焼け跡がありませんでした……。すべて偵察隊の攻撃による戦闘痕で……あっ!? 私のビットは燃やし尽くされて……それでも残骸が残っていないのは、不自然ですっ!!」


「そう、こころの言う通り。灰すら残らないのは不自然だ。だからぼくは、バラバラにした【フレイムナイト】の死骸を回収しようとした。あの炎が何なのか調べようと思って……」

「でも、その死骸は突然燃えてしまったんですよ? それは霊くんの失態なんかじゃないですよ」


「いいや。敵の情報をむざむざ隠滅されてしまったのは、ぼくが甘かったからだ。バラバラにしたからって安心したのは、ぼくの油断だよ。

 でもね、大和くんのおかげですべての情報が隠滅された訳じゃないんだ」


「そうか……【フレイムナイト】に切断された、大和の剣か」


 一緒に戦った誠は、霊が何を言いたいのかをすぐに察することが出来た。


 守鎖之は、【フレイムナイト】と鍔迫り合いの末、剣を切断され戦闘不能に追い込まれた。その時の剣の残骸は、きちんと回収されている。


「誠さん。それを調べてもらえますか? 普通の炎によるものとどう違うのか、それだけでも分かれば……」

「わかった。すぐに技術部に調査させよう。

 大和、おまえの【心器】だ。技術部に協力して調査しろ。上手くすれば、今後もし新たな【フレイムナイト】が現れても、対抗策が見つかるやもしれん」

「……わかり、ました」


 誠の命令に対し、この時の守鎖之の反応はやや鈍かった。

 表情も、何か苦いものをかみ締めているかのようで、いつもの毅然とした態度は見られない。


 が、その理由はすぐに判明することになる。


「ハハッ! よかったなぁ自称ナイトクラスさんよぉ? ボロクソのメタミソに負けたのに役に立った事例とか、オレ初めて聞いたぜっ! マジウケぇ~~~! ギャハハハハハッ!! テラワロス~~~!!」


 昂が、ピンポイントで守鎖之が気にしていることを抉った。


 言われた内容そのものが、守鎖之にとって屈辱であった。

 敗北によって忌まわしきFランクに、『役に立った』などと言われ、守鎖之のプライドは(はなは)だ傷付けられた。


 そして、その状態に、さらに拍車をかけられた。


「やめなって言ったでしょ昂。失態を犯したのはぼくで、大和くんは笑われるべきじゃない」


 霊のフォローが、さらに守鎖之を苛立たせた。

 霊は本心で、守鎖之に感謝している。だが守鎖之は、(ゴミ)(ゴミ)とつるんで自分を揶揄しているようにしか聞こえなかった。


負けた証(切断された剣)】を周囲に晒すことでしか、おまえは役に立たない……、と。無論そんなことは微塵も言われていないし思われてもいないのだが。


「―――っ! ちっ」


 全員に聞こえるような舌打ちを残し、守鎖之は部屋を出て行った。


「ヘイヘ~イ。霊カッチョわる~い」


 守鎖之がこの場に残した空気は、居心地の悪いものであった。しかし昂は、そんな空気をものともせず、ふざけた調子を崩さない。ひたすらに下卑た笑いを響かせ、木霊させるだけであった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 あのあと、誠がバカ笑いしている昂を放置して、話を強引に切りあげた。


 事後処理等のことは、本職の軍人がやるということになり、一先ず解散。


 夜も()け、すでに7時を回っていることから、凱と準は早々に帰って行った。


 凱は、妻である真輝が待っているから。

 準は、孤児院の夕食時間が過ぎていて、待っているだろうから。


「あれ? こころちんは、御神くんと一緒?」


 残りのものも早々に帰宅しようと、それぞれの家路につくが、こころだけは別方向……霊と一緒に並んで歩きはじめ、それに気付いたのが朗だった。


「うん。だって霊くん、未だに料理とかしないで、そのまま食べようとするんだもの。放っておけないから、二日に一度は私が夕飯を作りに行ってるの。その日以外は、私の家で食べてもらってるし。

 あ、そいえば霊くん。牛乳がもう無かったですよね。あといくつか調味料も……」

「あれ? そうだっけ? じゃあ買い物に寄って行こうか」


 そんなやりとりの後、霊とこころは商業区の方へ歩き出していった。


「やれやれ。こころの方が、御神の台所事情に詳しいとは……もう完全に掌握されているな。色々と」

「ねぇねぇ憤激くん。御神くんって、ずっと昔からあんななの?」


「あ? あんなって、なんだよ?」

「料理しないで、肉とか野菜とか生でそのまま食べちゃうってこと」


「そうだな……作戦の都合上、ずっと外にいなきゃいけねぇ時なんかは、その辺に生えてる雑草とか平気で食ってやがったな」

「え~~~……」

「ざ、雑草……だと……?!」


 色々と暴露される霊の過去。

 それだけ外の世界が過酷であることの証だが、都市内育ちの朗と槍姫にはその事実がわからず、やはり霊は非常識だな、と認識を新たにした。


「でもな、それ以外の時なんかは、ちゃんと出された料理を食べてたぜ? まあ味に拘らないってのはあったけどよ」

「そうなの?」

「確か御神は、いつでも外の世界で活動できるよう、普段から慣れておく……みたいなことを言い訳にして、料理をしていなかったんじゃないか?」


 霊はこの事を、こころにしか言っていない。だがあまりの霊の非常識っぷりに、こころが親友二人に愚痴っていたので知っていた。


「んなこと言ってやがったのか? オレが知る限り、別に必要無ぇときは、普通に料理されたのを食べてたぜ?

 だってよ、結局は【心力】で強引に消化しちまんだから、慣れなんて必要無ぇだろうが。オレだってやろうと思えば、いくらでも雑草を食えるぜ? 美味いもんを食いてぇから、食わねぇけどよ」


「う~ん……じゃあ、わざと料理しないで食べてる……ってことかなぁ?」

「なんの為だよ?」


「まさか……こころの気を引くためか?」


 しばらく考え込んで、そんな答えに行き着いたのが槍姫だった。

 いわゆる、好きな子の嫌がることをして気を引きたいという悪ガキの心理。それに近い印象を抱いた末の思考だ。


「あはははっ! 槍姫ちゃんそれは無いよぉ~! あの御神くんが、そんな子供っぽいことするわけないじゃん!」

「っつうかキャラじゃねぇぜゴラァ」


 だが、それは一笑に付された。

 いくら霊が非常識でも、普段の彼は人畜無害の平凡な態度。こころへの接し方も温和。


 昂にしても、目的のためなら手段を選ばないという側面を知っているだけに、この歳でそんな露骨に子供染みた事をするとは考えられなかった。


「はははっ。そうだな。私の考え過ぎだな。あの御神に限って、そんな子供染みた理由でなんて……。案外本当に、いつでも外の世界に出て行ける訓練のためなのかもしれないな」


 先程行き着いた思考も、槍姫自身、半信半疑であった。


 そういう懐疑的な部分もあり、槍姫も一緒になって笑い飛ばしたのであった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




「さぁさぁ、本日の目玉商品はこれ! 天然の太陽のもとで育てられた牛の乳! 天然の牛乳! 人工照明で育てられた牛の乳とは! 一味も二味も違う! 栄養満点! 濃厚な味! 今日は価格破壊でお安くしとくよ!! さあさあ買って行きなぁ!!」


「最深部の第6階層産! 最新の農業技術で作られたキャベツ! 手の平サイズの小玉と思って侮ってもらっちゃあ困る! 手の平サイズでも重い! つまり葉がぎっしり詰まってる! ボリュームたっぷりのコンパクトキャベツ! 本日解禁ですよ!!」


 閃羽の商業区で、もっとも大きなスーパーマーケット。

 そこでは都市内で生産された、ありとあらゆる食品が揃えられており、連日人で賑わっている。


 すでに一般的な夕飯の時間が過ぎたなかでも、超勤や夕勤が終わり、これから帰る人もいる。そういう人たち以外でも、タイムサービス品を狙って来る者がいるので、かなり賑やかであった。


「えっと……牛乳と、サラダ油は買ったから……あとは今日のお夕飯の材料は……う~ん、何にしようかなぁ……」


 片手に籠を持ち、片手で食材を選ぶこころ。

 必要なものを早々に手に入れ、さて肝心の今日の夕飯を何にしようか悩む。


 とはいえ、彼女はこの時間が嫌いではない。むしろ好きだ。

 霊の好物は知っているが、毎日同じではさすがに飽きるだろう。だから他に、何が霊に喜ばれるのか、喜んだとき、彼はどんな表情で喜んでくれるのか。

 そんな様々な気持ちが浮かびっぱなしになるこの時間が、こころの精神を充足させていた。


「あ、霊くん! 今日は鳥肉が安いですよ!! 唐揚にしましょうか?」


 とはいえ、まだ唐揚を作ってあげたのは数回。片手で数えられる程度。


 安さを武器に、好物を増量してあげるのも、いいかもしれない。そう思って、霊が一番すきな唐揚を提案した。


「そうだね。じゃあ塩味の唐揚でお願い」

「はいっ!」


 言われるまでも無い。唐揚のなかで霊が一番好きな味が、塩味。


 こころは元気よく返事をし、売場へ歩き出した。


その時、よく通る威勢のいい声が、二人にかけられた。


「よぉよぉそこのお二人さん! 今日は焼き鳥が安いよ! 本日出荷された鳥肉! 新鮮だよ!」

「焼き鳥……か……塩とか振りかければ、美味しそうだな……」


 霊にしては、珍しく物欲しそう(に見えなくもないよう)な表情。


 こころは歩みを止め、霊に問う。


「じゃあ、焼き鳥にします?」

「……う~ん。どうしようかな」


 塩味の唐揚は大好物だ。しかし焼き鳥も捨てがたい。だって同じ鳥肉だから。


「どうだい兄ちゃん? この美しい肉の艶! 美味そうだろう? 試食してくかい?」


 まだ焼かれる前の、ピンク色の鳥肉が、霊の目の前に差し出される。


 霊は数瞬、その鳥生肉を見つめた後、口を開いた。


「……見せてもらっていいですか?」

「ん? おうよ! 見て気に入ったなら、焼いてやるからな!」


 予想とは少し違う反応に、売り手のおっちゃんの間が空いた。だが、すぐに気を取り直して、霊に鳥生肉を渡す。


 渡されたそれを、霊はおもむろに……食べた。


「……って、おいおい兄ちゃん?!」

「霊くん?!」


「もぐもぐ……良い鳥肉ですね」


 一言コメントした直後、残る鳥生肉も口の中へ。かなり素早い動作だったのは筆しておくべきだろう。


「……霊くん」

「もぐもぐ……なに? ここ、―――ろっ?!」


 怒りの表情……ではない。

 笑っている。だがコメカミに血管が浮いている。

 そしてわずかに揺らめいて見える、こころの黒髪。


 般若だ。般若がいた。


 普通の人には捉えられない、微弱な【心力】を読み取れる霊には、こころの怒りの心情がはっきり見えるので、余計に怖かった。


 いつも通りのパターンである。


「こ、こころ?」

「どうして、また、生で、食べちゃうんでしょう、かぁ~~~?」


 頬を引くつかせながら、霊に詰め寄る。そして徐に、霊の両頬に手を添え……。


「ひっ?! ひ、ひひゃひよほほほぉ~~~……(痛いよこころ~~~)」


霊の両頬を、引っ張り上げた。


「もうっ! なんで生で食べちゃうんですか! お腹壊したら……って、どうせ壊れないんでしょうけど、そういう事は普通しないんですよ?!」

「ふぁっへひひょふひへひひっへひっははは……(だって試食していいって言ったから)」


 出されたものを食べた、と言いたいのだが、意味合いが違うため却下される。

 その証として、さらに頬を引っ張られ、しかも捻りまで加えられてしまう。


 霊は涙目で謝るも、キレたこころは、ますますヒートアップ。


「うるさいです! 言い訳なんかするなです! ちっとも私の言うこと聞かないで、いつもいきなり突拍子も無いことして……―――」


 捲し立てるこころは、怒りのあまり口調がおかしくなっていた。


 だが、そんなことは気付かず、そしてギャラリーに注目されていることにも思い当たらず、順調に霊を叱りつけていった


 そんな渦中の二人に、一つの人影が歩み寄った。


 颯爽と現れた、黒い長髪の男だ。


「こらこら二人とも。夫婦喧嘩など往来の真ん中でやるべきではないぞ? やるなら二人っきりのときと、相場は決まっているのではないか? いや、それは痴話喧嘩、か?」


「ひ、ひふはへんはい……?」


「ふっ……【ひふは】でなく、火村だ。御神霊くん」


 火村瀬名(ひむら せな)

 凱のチームメイトで、心皇学園理事長の孫として紹介された男子生徒。


 苦笑めいた瀬名の表情は、どことなく、同じように苦笑したときの霊に、雰囲気が似ていた。



 文中でも述べましたが、昂の翼は彼の【心力】やガントレットと同じ緑色。

 羽先が不揃い。一番近いイメージはデス○ィニーガン○ムの翼、という感じでしょうか(^ ^;


 でも幻影は出ないんですけどね(苦笑)

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