第43話【焼け跡無き戦い】
遅れましたが更新です。
ちょっと新生活が安定するまで、もう少々お時間をいただきたいと思います。
まずはネット回線を復帰せねば……(^^;
それでは第43話をどうぞ。
霊と【フレイムナイト】の戦闘は、拮抗を保ったままであった。
それは両者の実力が拮抗しているからではなく、この戦いに対する、霊の姿勢が原因であるからだろう。
すなわち、霊としては、【フレイムナイト】をここで倒す絶対的必要性を感じていない、という事である。目的であった先行偵察部隊の救出は達成されているからだ。
極論すればここは一時撤退し、昂と合流して彼に倒させればいいのである。昂であれば、その圧倒的な【心力】と、それを最大限に活かせる【殺神器】を以ってして、【フレイムナイト】をさほど時間を掛けずに滅するだろう。全力を出せない霊が無理をして危険を冒す必要は無い。
だが霊は、幼い頃から培ってきた戦闘経験から来る、一種の勘とも呼べる感覚によって、炎を操る能力を有する【フレイムナイト】を、ここで排除することが望ましいと感じていた。
(この【フレイムナイト】……こっちの攻撃を見切っているのに、捌き切れていない?)
霊の攻撃は、すべて【フレイムナイト】が対応している。しかし完璧では無い。霊から見るに、ギリギリ対応出来ている、という程度。
もし霊の【心器】がもう少し高性能であれば(今でも閃羽最高に近い水準だが)、おそらく【フレイムナイト】はすでに倒されていただろう。
(こいつは明らかに、普通のナイトクラスじゃない。潰せるのなら潰さないと、いけないんじゃないか?)
だからこそ、【フレイムナイト】の異常さが際立っていた。
霊の攻撃を完全に凌げずとも、見切っている素振りを見せている【心蝕獣】など、それこそロードクラスでなければありえない。
【更新された個体】として新たな能力を持ちつつある【心蝕獣】である可能性もあるが、だとすれば尚さら、更新情報が他に行き渡る前に、潰しておくのが後々のためと考えられた。
(2段構えが限界か……。あともう一手……もう一手追加できれば……)
糸による1撃目のあと、その糸を束ねて武器化、2撃目とすることは出来る。だがそこからさらに3撃目となると、1撃目から2撃目へと繋がるほどのスピードは期待できない。構築した武器から別種の武器への再構築は、【心器】にそれなりの負担を掛けなければならない。しかも霊基準で、だ。
つまり、【糸刀Ver.2.0】では耐えられないということ。
【フレイムナイト】は霊の攻撃に2撃目までは対応している。だから3撃目を入れられれば、決定打を与えられる。
しかしそう思えども、現状では霊に絶対的な決定打が無い。
攻めとして使える武器の構築に必要な糸は、最低でも1万本。【糸刀Ver.2.0】の最大出力本数も1万本。
そして構築スピードと【心器】に掛かる負担を考慮すると、2撃目までが限界。3撃目は避けられると見て間違いないだろう。
攻め手が足りない。
攻めあぐねていると、【フレイムナイト】に複数の光弾が殺到する。
こころのビットだ。
霊のまわりに、シールド形態に必要な4機を残し、生き残っている全てを【フレイムナイト】に仕向けている。誠と守鎖之に残していた分も振り向けていた。
だが、【フレイムナイト】は全身から炎を噴き出し、光弾を掻き消す。まるで効いていない。
それどころか、剣の炎を増大させ刀身を伸ばし、シールドビットを焼き切っていく。
瞬く間に全滅する、こころのシールドビット。
「こころ、焦らないで」
『で、でも! 霊くんは、中遠距離攻撃に【心力】が適合しないって、お父さんがっ―――』
残していた4機のビットまで動かそうとするのを、霊が1機だけ掴んで制止する。
こころは焦りから……霊が中遠距離型【心器】を使えないという弱点を知った焦りから、自分が手伝わねばと気負っていた。
「誠さんから聞いたんだね。でもそれは問題にならないよ。だってぼくには―――」
掴んでいたビットを放し、しかしすぐに撫でるように触れる。
「ぼくには、こころが居るからね」
何の気負いもなく、霊は言い切った。
それを聞いて、こころの精神が落ち付きを取り戻す。
霊が問題ないと言えばそうなのだろうし、なにより自分には……自分達には切り札がある。
『【心合】、ですね?』
「いや。【心合】はそう都合良くできないよ。今はまだ、こころをそばに感じないと、ちょっと難しいかな」
『く、霊くん……』
恥ずかしい、よりも嬉しい感情が勝ったのは、霊の穏やかな声音の所為か。それともビットを通して伝わる霊の手の感触の所為か。戦闘中であるにも関わらず、こころは顔を赤くした。
「心配しないで。【心合】が出来なくても、こころがいるなら、ぼくの弱点は補える」
そんな彼女には気付かず、霊はこころに対して、ある指示を出す。
単純な指示だった。
しかし単純故に、失敗したときが怖かった。
『それは……私に、出来るでしょうか……。失敗したら、霊くんが……』
「大丈夫だよ。言った通りのことをしてくれれば、ぼくが必ず仕留める」
失敗するとは微塵も思っていない。自信に満ちた声で、霊は断言した。
そうしている間に、【フレイムナイト】が1歩1歩近づいてくる。
威嚇するように炎を全身から噴き出させ、炎の剣の切っ先を霊に向けていた。
霊は【心力】をいったん収め、糸刀の青く光る糸を消失させる。
代わりとばかりに、こころのビットが霊の前に展開する。とはいっても、この場に残っているのは4機。これらが落とされてしまえば、こころはこの場と通信する手段を失ってしまう。
それでもこころは、この最後の4機を使う。霊の指示の元に。
「―――いまっ!」
4機のビットが一斉に【フレイムナイト】に襲いかかる。
光弾を斉射。
降り注ぐ黄色の光弾。
【フレイムナイト】は炎の剣を振り抜き、光弾を掻き消す。返す刃で炎を噴出させ、長大な刃とし、ビットを薙ぎ払った。この攻撃で3機が撃墜。1機が辛うじて生き残ったが、飛行能力を失って失速。
しかし……振り抜いた姿勢の【フレイムナイト】に、霊が至近距離から糸を射出。
【フレイムナイト】は、咄嗟に盾を使ってそれらを払った。
(こいつは、ぼくの攻撃を2撃目までは捌くことができる。そしてぼくは3撃目を即座に入れられない。でもそれは、ぼく一人ならの話。こころが完璧に合わせてくれたこの好機を……逃しはしないっ)
完全に隙を見せた【フレイムナイト】に、払われた糸が牙を剥く。
「射出槍」
即座に槍の形に束ねられた糸は、目にも止まらぬ速さで【フレイムナイト】に突撃。胸部を貫いた。
「心弦曲―――」
貫いた槍は、その形が解けて小さくなっていく。
代わりに、糸へ戻ったその青い光は、貫いた胸部から【フレイムナイト】の体内へ、血管や神経の如く、細かく別れて侵入していく。
「―――百花繚乱」
糸の1本1本が2本ずつに割かれ、同時に【フレイムナイト】を、体内から割いていく。
乱れ舞う糸は【フレイムナイト】の体外へ飛び出し、糸の華を咲かせた。
心弦曲・百花繚乱。
敵の内部に糸を侵入させ、複数本に割きながら同時に敵をも内部から割く技。確実に敵を仕留められる、霊の必殺技だ。
『た……倒せました?』
「……なんとかね。こころのおかげだよ」
【心力】を切り、糸を消失させて戦闘の終わりを告げる霊。
しかしその表情に、勝利の喜びはなかった。
あるのは不信感。それは勝利に対する不信感ではない。今の戦闘に対する、形容し難い疑念によるものであった。
(ビットを一瞬で焼き切ったほどの炎。なのに、焼け跡が無い?)
その理由の一つが、戦闘の跡が残っていない、廃工場内の光景だった。
いや、こころのビットの残骸があることから、ここで戦闘があったと分かる事は分かるだろう。しかし、この場で【フレイムナイト】というイレギュラーな存在を推察できるほどの跡は、まったく残されていなかった。
(……死骸を回収すれば、何かわかるかな)
バラバラに割いた【フレイムナイト】の一部を持ち帰ろうと歩み寄る霊。
しかし……突如、【フレイムナイト】の死骸が燃え上がる。
『ま、まさか?! まだ生きて?!』
「……違う」
燃え上がる死骸は、やがて完全に消失。塵一つ残っていない。
そして、焼け跡すらもなかった……。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
霊が【フレイムナイト】を倒した、そのとき。
一人の男……火村瀬名が目覚めた。
「―――ふむ」
自室のベッドで寝ていた彼は、一つ頷くと起き上がり、ベッドの横に立つ。
瀬名の部屋には、ほとんどモノがなかった。
生活に必要と思われる最低限のモノしかなく、しかもそれらすらも、使っている様子が見られない。
白い壁に、白い床。
汚れ一つない、真っ白な部屋。それが、火村瀬名の自室の様子だ。
「同調率0.3%では、この辺りが限界か。まあ、お互いに全力を出せないという条件であったのだから、妥当な結果といったところか……」
長い黒髪を掻き上げ、締め切られた窓の向こうを見る。
空はオレンジ色に染まり、徐々に暗闇が広がりつつある。陽が落ちようとしていた。
(エクスィアが生きていれば、10%はいけただろうが……【神炎】の一端が使えるようになったのだから、【16年前】……弦や麗那を相手にした時に比べれば、少しは進歩したのだと満足しておこう)
心中で自分をそう納得させると、彼の頭の中に別の情報が入って来た。
「む……? ほほう……オートでは勢い余って殺してしまうかと危惧していたが……輝角は運がいいな」
思わず、といったふうに呟く瀬名の表情は、安堵と喜びが混ざり合っていた。
(目を付けていた次世代の天使候補も、御神霊のおかげで期待以上の出来となっているか……)
窓を開け、外気を取り込む。
風に乗って木の葉が入り込んできた。
が、その木の葉は、瀬名の自室に入ったと同時に、いきなり発火し、塵一つ残さず消えた。
「ん? 【力天使】め……随分な力技だな」
さらなる情報が、瀬名のなかにもたらされる。
同時に、わずかな振動。
窓ガラスが微動し、細かな音を立てた。
(デュナメイスを殺したときも、このような力技だったのだろうな。芸はないが、単純故に強力。ある意味では清々しいと言えようか……)
呆れたように溜息をつき、しかし次の瞬間には口元を緩めて笑う。
「ふっ……まあしかし、これならキュリオテスが来ても、私はもう少し学生を続けていられそうだな」
そう声に出したとき、夕陽は完全に落ちたのであった……。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
【フレイムナイト】を倒し、廃工場から出てきた霊、誠、守鎖之の3人。
そんな3人の先頭を行く誠に、待機していた救援部隊の一人が駆けよる。
「純愛大佐っ!!」
「状況は、こころから聞いている。まだ近隣に【心蝕獣】がいる場合を想定し、速やかに閃羽へ帰還するぞ」
ちなみに、辛うじて残ったビットは霊が運んでいた。
飛行能力は失ったものの、通信機能は生き残っていた。そのため、【フレイムナイト】と戦っていた間に襲ってきた【心蝕獣】についての報告は受けていた。
凱の覚醒と、準の活躍によって被害は軽微で済んだということであったが、誠は念のため、速やかに撤収の指示を出す。
幸いにして動けないような怪我人はおらず、軍用車両で素早く下山することができた一行。
しかし、森を抜け、あとはひたすら閃羽を目指すのみというとき、異変が起こった。
謎の振動。大地が揺れる。
「な、なんだっ?!」
「あれ……キノコ?」
振動のあと、閃羽の向こう側……地平線の向こうから巨大なキノコ雲が生えた。
「昂の、仕業だと思う」
「霊くん……?」
軍用車両の窓を開け、キノコ雲を見つめる霊が呟く。
あのキノコ雲が、昂の仕業。
【心力】を爆発させ、周囲を吹き飛ばした結果だろうと、霊は推測していた。
「……まあ、あれだけ離れていれば、閃羽は大丈夫かな」
これだけ離れていて、それでもなおはっきりとわかるキノコ雲が、昂の力の凄まじさを、如実に物語っていた。
(まあ予想はしていたけど……あれは癇癪というより、激昂というべきかな。なにがあったんだろう……)
昂が滅茶苦茶をやるのは予想していた。
雑魚のくせに、敵の数が多いと、昂は面倒くさがって周囲の損害を無視し、殲滅にかかるという悪い癖がある。
ポーンアイズ100体に対し、もしかしたらとは思ったが……それにしても今回のは、やり過ぎだ。
【フレイムナイト】というイレギュラーな存在と相まって、霊の不信感はさらに高まっていった。