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第42話【それぞれの価値】



 輝角凱(きかど がい)という男は、規格外な問題児(アウトスタンダード)と呼ばれるほど破天荒な性格をしている。

 だが、閃羽の外へ出た事は無い。意外なことに、今回が初めてだ。


 初めて見る、閃羽の外の光景。

 初めて見る、鉱山に至る道。

 初めて見る、緑の森。

 初めて見る、閃羽以外の建物。

 初めて見る、廃墟。(限られた土地を効率よく使うため、閃羽に廃墟は存在しない)


 彼は自分の力が、外の世界で通用すると自惚れたことは無い。規格外と呼ばれようとも、所詮はただの学生であると、冷静に己を見つめている。


 幼いころ、外から来た商人に見せられた、世界中の美しい景色の写真の数々。

 凱は、その景色を自分の目で見たいと、心の底から思った。外に出たいと思っていた。命を投げ出すつもりは更々無いが、命を賭けるに値するとは思った。


 おそらく、常人には理解されない感情だろう。危険を冒してまで、生の景色を見たいなどと……。


「……ふむ。こうして人の営みが失われて久しい廃墟も、なかなかに乙なものだな」


 正規軍のほとんどが、突如現れた【心蝕獣】の迎撃に出動。そのため、廃工場内にはほとんど人の影が見られなかった。


 【心蝕獣】が現れる前まで、栄華を極めたであろうその名残。

 かつては人の営みが……モノ作りの原料を加工し、世に送り出すために働いていたであろう、痕跡。

 そのどれもが失われたことに無常を……儚さを感じる。同時に、今も残る歴史の足跡に、感慨深いものも感じた。


 その思いがあってこその呟きだったのだが、同道していた者……特に、朗や槍姫には理解されなかった。


「凱先輩、何を呑気なこと言ってるんですか! 【心蝕獣】はすぐそばまで来てるって話ですよ!」

「できれば工場内には入らせたくないな……こころは、御神のサポートに集中して欲しいですしね」


「……かぁ~~~! ま~ったく、風情の無い奴らめ。わかったわかった。さっさと行くぞ」


 華麗にスルーされ、凱は若干ヤケクソ気味に廃工場の外へ歩き出す。


 外はすでに戦闘状態。

 敵の数はざっと20体。ほとんどが四足歩行の獣型……特に牡鹿の姿に似たルーククラスの【心蝕獣】で構成された集団だった。

 牡鹿型の場合、強靭な脚力と枝分かれしたその角を武器とし、人間を軽々と蹴散らしてくるのが特徴だろう。角は硬質で、しかもあるていど先端が自在に伸び縮みしてくるため、間合いを見極めるのが困難。

 その証拠に、【心衛軍】の人間は距離を取って銃撃による応戦を主としている。接近されれば、同格以上の者が対応し、押し返し、包囲殲滅していた。


 が、全体的に押されている。


 救援部隊の構成は、ポーンクラスが20人、ルーククラスが5人、ビショップが1人、計26人。うち、迎撃に出ているのは、【感応者】5人で構成された哨戒部隊を除く、21人。

 数の上ではほぼ同等でも、ルーク20体に対して人間側は5人。戦力比は4:1。ポーン20人とビショップ1人がいるため、実際にはもっと戦力比は縮まるものの、劣勢であることに変わりは無かった。


「ほぉ……苦戦しておるようだな」

「くっ! おい、お前たちガキ共は中に入ってろ! 危険だ!!」


 廃工場から出て行こうとする凱たちを、【心衛軍】の【感応者】が止める。

 戦力になる、と事前に言われていても、彼ら正規軍からすれば、学生を戦わせるなど論外であった。


 しかも、実はこの集団、ルーククラスのみで構成されたものではなかった。凱たちは外に出て初めて分かったのだが、集団の中心に、牡鹿型ではない【心蝕獣】が居た。


 ティラノサウルス型のビショップクラス。

 体長は2~3mほどで、太古に存在したと言われる恐竜ほど大きくはないが、それでも大きく裂けた口から覗く牙は、あまりにも鋭く尖っているのが一目で分かった。


 下から3番目のクラス……ナイトクラスに次ぐ能力を持つ、1体だけでも1つの都市に甚大な被害をもたらすだろう【心蝕獣】だ。


 しかもそれは単体ではなく、2体いた。


「ビ、ビショップクラスが、に、2体……!?」

「こころの父君……誠さんの直属部隊にもビショップクラスは一人しかいないぞ……マズいな……」


 通称【ティラノビショップ】の姿は、まだルーククラス程度の実力を付けはじめたばかりの朗と槍姫にとって、戦うべきではない相手だ。

 しかも2人はまだ、【心蝕獣】との実戦を経験した事は無い。怯えが先行するのは当然と言えた。


「ふんっ。ならば我々で、ビショップクラス2体のうち、1体を引き受けようではないか。行くぞっ!!」


 そんな2人を鼓舞するように叫んだのは、凱だった。


「ちょっ! いくら私達でも、ビショップクラス相手じゃ……」

「心配するなっ! こちらには照討がいるっ!」

「えっ!? ぼぼぼ、僕、ですかっ?」


 突然、水を向けられ、準はあたふたとしながら自分を指差す。


 確かに、霊や昂から認められた準の力ならば、ビショップクラスを排除できるだろう。だが、一つ問題がある。

 準もまた、【心蝕獣】と実戦経験は無い。おまけに、普段はびくびくと怯え続けている準は、すぐに戦う気力が沸かない。特定の条件……彼が暮らす孤児院が危険だ、という認識をしない限りは、彼の【心力】はFランクに相応しく、ゴミ同然のものであった。


「貴様ならばやれるであろう? 気が乗らんと言うのなら、俺様が景気付けに、初撃で特大のを見舞ってやる!!」


 だから凱は、準をやる気にさせるため、一番槍を務めることにした。(すでに【心衛軍】が戦闘状態に入っているので、一番槍という表現はおかしいが)


「【心力コンデンサー】、直結!!」


 凱が背負っていた黒いバックパックが、上にスライド。

 肩に構えていたバズーカの後部に接続される。


「そこの者どもっ!! 下がれぇぇええいっ!!」


 凱の【心力】はルーククラス程度。

 しかし【心力】の回復は人並み外れて高く、また霊が驚きを禁じ得ないほど、【心力】の収束が速い。


 高速で【心力コンデンサー】に収束・圧縮される凱の【心力】。ルーククラスの【心力】であるはずが、このプロセスを経ることで強大化される。


 【心力コンデンサー】に蓄えられていた【心力】が、バズーカへ送り込まれる。

 砲口の中は眩い紫色の光で満ち、今にも爆発しそうな甲高い音を発していた。


「ふはははっ!! 行くぞっ!! 規格外(ガイズ)青春(スペシャル)熱き血潮(バズーカ)!!

 はっしゅぁあっ( 発 射 )!!」


 狙いは、【ティラノビショップ】。

 眩い光が大きくなり、バズーカの砲口から、すべてを呑み込まんとばかりに高圧縮された【心力】の光が広がる。


 狙っていた【ティラノビショップ】だけでは飽き足らず、他の【心蝕獣】の多くを飲み込む……はずだった。


「ガァァァァアアアアッ!!」


 【ティラノビショップ】が、大きく口を開ける。その口内から、光が溢れ出し、極太の光条となって、凱の【心力】と激突。


 光が光を光らせ、目も眩むような明るさとなり、この場にいる誰もが、視界を奪われた。


「―――なんとっ……俺様必殺の一撃を、相殺しただと?」


 いち早く復活した凱は、数を減らしていない、無傷の【心蝕獣】たちを前に呆然と呟いた。


 霊や昂のような人外な存在はともかく、それ以外のすべてを消し飛ばせると自負していた必殺の一撃が、【ティラノビショップ】に相殺された。

 高圧縮した【心力バズーカ】の一撃は、都市の一角を容易く消し飛ばせる。そしてそれは、ビショップクラスの【心蝕獣】も同じなのだった。


 凱の一撃を凌いだ【心蝕獣】たちは、再び攻勢を開始。

 牡鹿型の【心蝕獣】は人間を狙い、【ティラノビショップ】は先程の攻撃より若干威力の低いビームを、口から吐き出して攻撃してきた。

 その攻撃は廃工場に及び、朽ち果てていた外壁を粉々に吹き飛ばし、破壊していった。


「ちぃっ! おい貴様らっ! ここで滅茶苦茶暴れるなっ!!」


 廃工場が破壊され、崩れ去っていく。その度に、凱が激しい怒りを見せた。


「それ以上壊すな!! この俺様が許さんぞ!!」


 バズーカを構え、【心力弾】を打ち出す。しかし、2体の【ティラノビショップ】のうち1体が邪魔をし、もう片方が廃工場への攻撃を続ける。


 世界の光景が、破壊されていく。

 生まれ育ったところにはないものが。やっと見られたものが。家族に見せたいと思っていたものが。


「壊すなと……壊すなとぉぉぉ……」


 瞬間、凱のなかで、何かが切れた。


「言っておろうがぁぁあああっっっ!!」


 いや、破れたというべきか……。


 凱の全身から、紫色の光を放つ【心力】が湧き出ていた。


(あ、ああぁっ……やや、やっぱり御神くんが言ってた通りだ……【こんな理由】で、凱先輩の【心力】が増大するなんてっ……)


 間近で凱の異変を見た準は、ここに来る前、霊に言われていた事を思い出していた。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




『がが、凱先輩を止めないっ?!』

『うん。もし待機中に【心蝕獣】の襲撃を受けたら、の話だけどね』


 閃羽から出撃する前に、準は内々で霊に呼び出され、危急の事態ですぐに動くなと言うことを言い渡された。


『照討くん。君はもう十分に【心蝕獣】を殺せる。だから次は、凱先輩にも、戦力になって欲しいんだ』

『でで、でも、凱先輩にすべてを任せるって、だだだ、大丈夫なの?』

『もし【心蝕獣】にビショップクラス以上がいたら、たぶんダメだろうね』


 さらりと言う霊に、準は不安の色を濃くした。


『そ、それじゃあ……』

『でも、これから行く廃工場に被害が及ぶようなら……たぶん、化けるよ』


 それはどこか確信めいたものであり、霊はその時の光景が目に映っているような話し方をしていた。


『どど、どうして?』


『凱先輩の【戦える理由】の一つ……確証は無いけど、凱先輩のような、世界の光景に並々ならぬ興味を持っている人は、例え廃墟であっても、それらが破壊される事が許せない。特に凱先輩は、自分の家族にもそれを見せたいと心底願っている。

 つまりね、廃工場の存在そのものが、照討くん……君にとっての、孤児院の皆と同じくらい価値のあるものなんだよ。凱先輩にとってはね』


『ぼぼ、僕にとっての孤児院の皆って……もう使えない、廃墟が? い、意味が分からないよ……』


 そもそも、準が守りたいのは孤児院の建物ではない。孤児院にいる人達を守りたいのだ。


 いや、これはそういう意味では無いことくらい、準にも分かっている。

 霊が言っているのは、人=廃墟という図式が、準と凱を例にする際に成り立っているのだということだ。


『ぼくも意味がわからないよ。でも、価値の有る無しなんて、人それぞれでしょ?

 例えばさ、ぼくにとって、照討くんが大切にしている孤児院の皆は……無価値だよ?』


 極自然に、霊は言ってのけた。

 そこに悪意はない。ただ、当たり前の事を言っている。そんな感じだった。


『第一理解ができない。自分を引き取ってくれたことに恩義を感じるのは理解できるけど、命を懸けてまで守る価値があるとは思えない。人数が多いし、自分と同じ境遇ってだけで、そこまで想える君の心は……理解不能だ』


『なっ……だ、だから大切なんじゃないかっ! 今、御神くんが言ったことそのものが、僕の【戦える理由】なんじゃないかっ!!』


『何が、【だから】、なのかが分からないんだよ。凱先輩の理由だって、君と似たり寄ったりだと思うけど? ぼくにとってはね』


 豚に真珠、猫に小判という(ことわざ)があるように、価値の有る無しは、立場によって異なる。無論、一般倫理から言えば、平然と人を真珠や小判に例えるのは異常であり、そういう意味において、霊の精神性はやはりFランク(ゴミ)なのだろう。


『そ、そんな事言うなら、御神くんの【戦える理由】って何さ?! きき、聞くまでもないけど、どうせ純愛さんでしょ?! どうして一人の人だけをそんなに守ろうとするのさっ!?』


 準は聡い子だ。

 常にびくびくしていて他人の存在に怯えているが、だからこそ人間の観察においては、ある種の年季が入っている。


 その準が観察するに、霊は戦闘時の常軌を逸した行動や言動が霞むほど、通常時の態度は自然体。こころに好意を持っているであろう事は薄々ながらに分かっても、落ち付いた態度で接しているから分かり辛いところがある。

 下品な言い方をすれば、盛っている様子が一欠片も見えず、だからこそ、単身で【心蝕獣】を殲滅できる強大な【心力】の原因に、こころが関係していると考える者は少なかった。


 だが準は、自分の【戦える理由】を自覚して、そして気付いた。いや確信したと言った方が正確か。霊の【戦える理由】を。


『すすす、好き……なんだろうけど、所詮は赤の他人でしょ―――ぐぁっ!!』


 確信を思いきってぶつけた形だが、やはりというべきか、返り討ちにあった。


 霊の片手が、準の喉元を捉え、締め上げる。


『赤の他人だよ。でも、敵しかいなかったぼくにとって、最後まで味方であり続けてくれた、ぼくのそばに居たいと言ってくれた、たった一人の、赤の他人だよ。だからぼくは、ぼくのすべてを懸けて、こころを守る。ぼくが守る。【あの時】のような事には、もうさせない』


 後半はもう、準を見ていなかった。ひとり言のように話を続け、しかし準に対する力は緩めない。


『ぐ、ぐぐっ……』

『【あの時】、ぼくが今ほどに強ければ、こころが苦しむことはなかった。記憶を封印しなければならないほど、精神が壊されることも無かった。おじいちゃんがいなければ、【あの時】こころも死んでいたかもしれない。

 そしてもうおじいちゃんはいない。でも【心蝕獣】はいる。そして【あの時】は繰り返されるかもしれない。でもそんなことは許せない。だからぼくは、こころを害する可能性のあるすべてを滅する。【心蝕獣】はその最たるもの。

 【心蝕獣】を皆殺しにするために、ぼくは利用できるすべてを利用する。昂の【復讐心】も、凱先輩の【好奇心】も、照討くん……君の【依存心】もね』


 視線が再び、準を捉える。力が緩められ、準は解放された。


『かはっ!! ……げほっ、げほっ』


『理解はできない。けど利用はできる。利害は一致している。

 ぼくは、こころのために。

 昂は、復讐のために。

 凱先輩は、好奇心のために。

 照討くんは、孤児院の皆のために。

 それぞれがそれぞれのために、【心蝕獣】を皆殺しにする。それで良いでしょ? 理解し合わなくても、お互いに利害が一致しているのだから、協力はできる』


 確かに、こうまで徹底した利害関係上の思考をしている霊を、理解することは難しい。不可能かもしれない。

 だが、こちらと利害が一致していれば、霊という人間は決して裏切らない。こちらが何かしらの実力を示し、益を提供すれば、相応の見返りをもらえる。協力してくれる。

 

『話を戻そう。とにかく照討くんは、最初だけは手を出さないで。手を出すのは、こころが危ないときと、凱先輩が死にそうになったときだけ。いいね? もししくじったら……ぼくが孤児院の皆を、殺すよ』


 失うものは、等価。

 価値を理解してはいないが、当人にとっての価値は理解している。理解しているからこそ霊は、昂や準、そして凱を最大に活かせるのだ。

 失わないためにもがかせる、という活かし方を……。


 これで準は、孤児院の人たちを失わないために戦える。

 霊は、こころを失わないために、準と協力する。


『わ、わかったよ……』

『うん。照討くんに伝えることはこれだけかな。単独行動させる昂は……まあ、大丈夫かな』


 直前とは変わって、霊はいつもの自然体に戻った。


『憤激くんのこと、し、信じてるんだね……』

『っていうか、今回は必要無いよ。100単位のポーンアイズなんて、照討くん……君も含めたぼくらにとっては、脅威じゃないよ』


 驕りではなく確信。そして昂と準に対する信頼が、その言動にあった。


『第一、今のぼくと違って、昂は【殺神器】があるから大丈夫』

『ま、前々から思ってたんだけど、みみ、御神くんにも専用の【殺神器】はあるんだよね? どうして持ってこなかったの?』


 霊の強大な【心力】を最大限に活かせる【心器】……それが【殺神器】。通常の【心器】では役不足であり、故にこれまで、霊は犯さなくてもいい危険に晒されてきた。

 【殺神器】があれば難なく払えたであろう危険。どうして持っていないのか不思議だった。


 もっとも、それにはちゃんとした理由があった。


『【殺神器】は神を……【心蝕獣】の頂点である【ゴッド】を殺すための兵器だ。その強過ぎる性能は、他のロードクラスを呼び寄せてしまう危険性がある……単騎でいれば、存在を感知されて攻められる可能性があるんだ』


 それを聞いて、準の顔が真っ青になった。


『えっ?! そそそ、それってっ! 憤激くんが【殺神器】を持ってるっていうのも、マズいんじゃっ?!』

『いや。対応する序列……【力天使(りょくてんし)】である昂だと、【心蝕獣】の【力天使(りきてんし)デュナメイス】しか反応しないんだ。そしてデュナメイスはもう倒しているから、心配いらないんだ』


 そう言われて、準は安堵の息を吐いた。


 とはいえ、さらに疑問が沸く。

 まだ霊の同列……【心蝕獣】側の序列1位を、さっさと倒してしまえばいいのではないか、というものだ。


 しかしその疑問を想定していたかのように、霊は話を続けた。


『ただ、ぼくが使っていた【殺神器】は、他の【殺神器】とは少し違う。その所為ですべてのロードクラスが反応する。それじゃあこの閃羽を危険に晒してしまう。本末転倒だよ。

 残るロードクラスは4体。うち、【熾天使】以外のロードクラスを倒し、然る後にぼくは【殺神器】を手にして、【熾天使】を抹殺し、神を引きずり出す。

 それが、ぼくらが思い描いている今後の計画だよ』


 まだ、4体のロードクラスが残っている。もし霊が【殺神器】を持ち歩けば、その4体に一斉に襲いかかられるかもしれない。だから、持ってこなかったのだ。

 不利になるのを承知で、【熾天使】以外の残る3体を倒すまで……つまり時が来るのを待つ形なのだという。


『まあ、今は目の前のことに集中しようよ。それに、そう都合よく【心蝕獣】が現れるとは限らないしさ。もしもの時の話をしただけだよ』




◆ ◆ ■ ◆ ◆




(えっと、これ何て言うんだっけ。フラグ建築? だった気がする)


 霊としても、あの時はこんな事態になるなど予想していなかっただろう。ただ、彼はあくまで最悪の事態を想定していただけに過ぎない。

 そして想定の話を事前に聞かされていた準は、パニックに陥るよりも、霊との会話を思い出して事態に対処しようと思考することができた。


 すなわち、最初は手を出さない、という霊の言いつけを守ることだ。


「うぉぉぉおおおっ!!」


 凱はその溢れ出る【心力】を、惜しみなくバズーカに注ぎ、次々と【心力弾】を連射。一発一発に込められた【心力】は強大で、着弾するたびに周囲を爆破、土塊を空高く舞い上げた。


「うわっぷっ!! ちょ、こっちまで来てるんだけど?!」

「朗、おまえはシールドを使えばいいだろう!!」


 舞い上がった土が、離れて事態を見守っている朗たちにまで降り注いだ。


 断続的に降り注いでくる土塊は、それだけ凱が連射していることを意味する。


 本来、バズーカ型【心器】は【心力】を高圧縮するために時間がかかり、連射はできない。だが凱の特性をもってすれば、その欠点は解消される。


「それにしても……御神が言っていた事は本当だったのか。凱先輩も、ロードクラスの力を持つはずというのは……」

「何が切っ掛けかはわからないけど、これなら大丈夫かな?」


 以前、霊に聞かされた話。

 ロードクラスという、【心蝕獣】の頂点に立つ神に次ぐ存在。凱にはその素質があるという話だ。


「いや、待てよ? 御神たちと同じくらいの【心力】ということは、だ……あんなに乱射していたら【心器】がもたないんじゃないか?」


 しかしそこで、槍姫が思い出す。

 ロードクラスは強大だが、強大故に通常の【心器】では、その力に耐え切れないのだという事を。


 そのとき、凱のバズーカから白い煙が上がる。


「くっ!? しまった、俺様としたことがっ!!」


 気付くも、時すでに遅し。

 凱は使い物にならなくなったバズーカを、慌てて放棄する。

 直後に、爆発。【心器】の限界を超えた【心力】を出力し続けた所為で、オーバーヒートしたのだった。


「凱先輩、危ないっ!!」

「ぬっ―――」


 朗の悲鳴。

 その意図に気付くが、脅威は目の前に……【ティラノビショップ】の牙が、凱を捉えようとしていた。


 だが、一発の銃声が上がったと同時に、その牙が視界から消え失せた。


 よく見れば、【ティラノビショップ】の頭部が消し飛び、体だけが地面に転がっていた。


「おお、照討か」

「……あとは僕が、殺ります」


 凱の窮地を救ったのは、準が撃った銃弾。


 準はゆっくり歩いてこちらに近づき、凱の前に立つ。


「何か起きたら、御神くんが怒っちゃうんだ……だから―――」


 準は、黒い2丁拳銃型【心器】の銃口を、【心蝕獣】の集団に向ける。


「だから、さっさと死んで?」


 その目は虚ろで、何も見ていないようだった。


 しかし、たて続けに放った銃弾は、的確に【心蝕獣】を捉え、悲鳴すら上げさせずにその命を奪っていった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 凱が覚醒したともいうべき状態になった頃、廃工場内部では激しい攻防が繰り広げられていた。


 霊と【フレイムナイト】。

 両者は互いに攻め合い、互いの攻撃を捌く、まさに一進一退の攻防戦を見せる。


 霊が【糸刀】から青く光る糸を射出すれば、【フレイムナイト】は全身から炎を吹き出し、その熱風で糸の軌道を逸らす。

 すかさず糸を束ね、槍の形態にして襲いかからせる。

 先端が【フレイムナイト】の盾に当たる―――直前、槍から針鉄球(ニードルハンマー)に形状を変えさせて、その破砕力を持って【フレイムナイト】を押しつぶそうと、霊は試みた。

 が、ギリギリの所で【フレイムナイト】は後方へ跳躍し、衝撃を逃す。


 体勢を立て直した【フレイムナイト】が燃え盛る炎の剣を振るう。

 赤い炎が噴き上がり、霊をに向かって襲いかかる。


 霊は跳躍し、【糸刀】を持っている手とは逆の手……左手の5本指から【心力】の糸を伸ばし、天井に突き刺して自身を固定。


 そのまま、両者は睨みあう。


 霊は針鉄球(ニードルハンマー)の形状を解いて、糸を分散配置して威嚇。

 【フレイムナイト】は剣の炎を断続的に噴出させ、牽制。


「まさか、とは思うが……」

「大佐?」

『お父さん?』


 廃工場内の端で戦いを見守る、純愛誠(じゅんない まこと)大和守鎖之(おおわ すさの)、そしてこころのシールドビット。


 そんななか、誠が徐に呟いた。


「あの【フレイムナイト】、霊くんの弱点を理解しているのか……」

『え?! どういうことなの、お父さん?!』


 あの霊に、弱点があるのか。

 絶対の信頼を寄せていたこころは、ビットを通して聞こえた父の呟きに、驚きを露わにした。


「近づけば炎の餌食になる。だからこそ、先程から離れての攻撃に専念しているが……糸の出力本数が絶対的に足りない以上、構築できる武器は1種類のみ。中遠距離攻撃としては手数が足りない」

「ならば銃の【心器】を使えばいいでしょうに……なぜあいつは使わないんだっ」


 すでに自分の【心器】を破壊された守鎖之は、苛立ちを隠さず言う。


 ちなみに、銃型【心器】は【心衛軍】から支給される標準的な装備。使用頻度は低くても、誰もが1丁は携帯している。


 だから守鎖之は、当然の如く霊も持っていると思っていた。

 断言でないのは、霊と連携するなど考えてもいなかったからであり、彼の装備を確認していなかったが故だ。


「いや、大和。霊くんは銃の【心器】を持っていない。というよりは、持っていても使えないのだ」


「……は?」

『お父さん、それって、どういう意味?』


「そのままの意味だ。霊くんの【心力】は、放出系の【心器】にまったく適合しない。つまりな、銃弾として使えないのだ」


 【心力】を武器として使用する場合、その武器に合った変換プロセスが多少なりとも異なる。とはいえ些細なことであり、【心器】の側で自動調整されるので、普通は誰もがそれなりに使える。


 だが誠は、自動調整でもどうにもならないほど、霊の【心力】は銃型【心器】に適合しないのだという。


「本来の彼には、そんな事は弱点足りえない。どこまでも伸び、自在に操れる【心力】の糸が、銃弾よりも正確に敵を捉えるからだ。

 だが、さっきも言ったように、出力できる糸の数が足りない。決定打を与えるための中遠距離攻撃手段が、いまの霊くんにはほとんど無い、というのが弱点なのだ」

『そ、そんな……』


 思わぬ事態に、こころは動揺を見せた。


 霊と【フレイムナイト】の戦いが激し過ぎて、こころはビットで援護するタイミングを見つけられないでいた。

 それは霊も承知の上で、自分が隙を作るまで間に入らなくていいと伝えられたのだが……誠の話を聞いて、こころは居ても立ってもいられなかった。


 なんとかして、無理矢理にでも自分が割って入らなければ……そんな焦りが、こころの中で大きくなりつつあった。


 さり気無く補足説明を入れてみました。

 霊が【殺神器】を持ってこなかった理由、そして昂が【殺神器】を持っていても大丈夫な理由。

 大分前にこの部分の説明不足を指摘されていたのですが、今回になってようやく補足することができました(^ ^;


 指摘してくださった方々、真にありがとうございました<(_ _)>

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