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第36話【霊の資質】

明けましておめでとうございます。

遅筆ではありますが、これからも応援よろしくお願い致します。


では、新年一発目、どうぞお目通しください<(_ _)>




 朝……普段は学園に向かっている時間帯。

 しかし彼……大和守鎖之は、自分の家の裏……こころの家の前にいた。


 大和家は剣道場を営んでおり、敷地内に道場を設けられるほど広い土地を持っている。


 流派名【白和一刀流】。

 数多くの優秀な剣士を輩出……いずれも【心兵】になっている、閃羽でも名の知れた名門。刀型【心器】を十全に使いこなせる人間は少ない。しかし精神面における鍛錬を重視しており、例え扱う【心器】が刀型でなくとも、【白和一刀流】の出身者はどんな【心器】でも戦果をあげる、として有名だ。


 そんな大和家の裏手にあるの家の一つが、純愛家。霊が居なくなったあと、ここへ引っ越してきたこころは、第2の幼馴染となる守鎖之と出会い、よく遊ぶ友達になった。

 そういう間柄であった所為か、こころは道場などによく顔を出し、門下生たちに世話を焼いていた。優しく、見目も良い彼女は、門下生たちの間でも人気だった。彼女目当てで門戸を叩く者までいた、という始末だ。


 名門の跡取りとして申し分ない実力と容姿を持つ守鎖之。そんな彼とこころはお似合いだとして、将来は2人が【白和一刀流】を盛り立てるのだろう、なんて事も囁かれていた。実際、2人の仲は良かった。家が背中合わせなこともあって、会いたいときにいつでも会える身近な存在だったことも、周囲がそんな印象を持つに至った理由にあるだろう。


 もっとも、最近……中学卒業直前に、守鎖之がナイトクラスになったことで、以前のように頻繁に一緒に時を過ごせることは少なくなった……。


 だからこうして、こころが登校するであろう時間を狙い、彼女の自宅を訪れたのだが……。


「大和か。どうした、こんな時間に」

「おはようございます、大佐。えっと、こころはまだ居ますか?」

「いや。今日はもう出ていったが?」


 こころの父であり、現在No.1ナイトクラスでもある誠にそう告げられ、肩を落としそうな気分になる。

 会いたい、と思う時にどうしても会えないもので、何ともし難いものであった。


「そ、そうですか。随分、早い登校ですね……」

「登校というか、少し寄るところがあるとかで、早めに出ていったぞ」


「寄るところ、ですか?」

「ああ。霊くん……幼馴染のところへ行ったのだ」

「なっ―――」


 まさかの事実に守鎖之は絶句。だが、すぐに意志の力でもって声をあげた。


「わ、分かっていて、なぜですか!!」

「なぜ、とは?」

「御神霊は、Fランクです! 何をするか分かったものじゃない! そんな奴のところに行かせるなど、こころが心配ではないんですか?」

「……心配ではあるがな。だがそれは、霊くんがFランクだからという理由ではない」


 静かに、何かを抑えるような声。だが有無を言わさず聞かせるだけのすごみが、誠の声にあった。


「大和。おまえもいい加減に、ランクに拘るのはやめろ。確かに、犯罪者にはFランクが圧倒的に多いが、すべてのFランクが犯罪者と言うわけでもない。私にも、Fランクの友人がいることだしな」

「しかし……御神霊は異常ですっ。弱い心で、なぜオレが負けるんですか! オレの方が圧倒的にランクが、心が強いはずなのに、なぜ―――」

「くどい」


 何度も聞いた守鎖之の理屈。

 はっきり言ってしまえば聞き飽きたものだ。それでも、次世代を担う若者を諭すのも役目のうちに入るとして、誠は言葉を続ける。


「私は、霊くんほど信用できる人間はいないと考えている。娘の危機を何度も救ってくれたからな。特に、大和……おまえが独断でこころを連れ出した時だ」

「―――っ」


 誠とて、娘を危険に晒した目の前の少年に、怒りを感じていない訳ではない。

 むしろ殴り殺してやりたいくらいだが、それでは何の解決にもならない。だから、ここで諭さなければ、きっとまた同じ過ちを繰り返すだろう。


「確かに、ナイトクラスとしての権限を使えば問題は無い。だがな、その行使には責務が伴う。本来、こころは、独断で連れ出したおまえが守らなければならなかった。なのにおまえは守れず、おまえの代わりにこころを守った、責務を果たした霊くんを、拘束した。

大和……もっと物事を素直に見ろ。先入観に囚われていては、物事の本質を見失い、いずれ取り返しのつかない事が、おまえの身に振りかかってしまうかもしれんぞ?」


 守鎖之には、霊の戦闘データを何度も見せた。だが受け入れようとしない。


 何がそこまで、守鎖之を(かたく)なにさせているのか?

 誠はその理由を知っている。知っているからこそ、根気強く話しかける。


 だが、まだ言葉は届かない。


「……見てきましたよ」

「ん?」

「オレは、物事を素直に見てきましたよ! スラム街を荒らしまわっていたFランクも、連続殺人の犯人であるFランクも、20人近い被害者を出した婦女暴行のFランクも、―――」


 激昂する守鎖之は、それこそ近所中に聞こえるように、大声で過去の犯罪者たちの履歴を捲し立てた。


「罪を犯し、あなたが殺してきたFランクを、オレは全て見てきて、覚えていますよ!! Fランクは心の弱い、犯罪に走り易い異常者だということを、オレはあなたを通して見て来た!!」

「……確かに、ここ数年の重犯罪者は、Fランクばかりだったな」


 自分が殺してきた……その(くだり)に一瞬でも動揺してしまった自分を、誠は恥じた。


 覚悟が、足りないと。


 そしてその動揺を、守鎖之は見過ごさなかった。

 容赦なく誠に畳み掛ける。


「それが答えです。大佐……なぜ御神霊に思い入れがあるのかは知りませんが、あなたの方こそ先入観に囚われているのではないですか?」

「……そうだな。完全な否定はできん」


 霊は、確かに他のFランクと同様、危うい所がある。

 自分の目的を達成するためなら、どんな犠牲も厭わない。目的を達成すれば良し。過程は関係ない。結果だけを求める。

 今まで捕縛、あるいは断罪してきたFランク達の共通する点は、そこだ。自己中心的な物の考え方であり、非常に見苦しい。どんな犠牲も厭わない……が、自分の命は惜しいと考える輩が多いからだ。そのくせ、普段の生活では自暴自棄になっていて、その果てに犯罪に走る。が、土壇場で命を惜しむ。


「では―――」

「だが、完全な肯定もできん」


 しかし、霊には他のFランクと違うところ……決定的に違う所がある。それは、犠牲にするモノのなかに、自分の命を含めているところだ。

 だから余計に性質が悪く、止めようとしても止められない。


 彼が唯一恐れるものは、自分が死ぬ事ではなく、こころが死ぬこと。その1点に尽きる。


 それを誠は伝えようとする……が、聞かせたい相手は話を切ってしまった。


「くっ……もういいです!!」


 苛立った声をあげ、足早に去っていく守鎖之。


 その背を見送りながら、誠は静かに呟いた。


「……大和。娘を危険に晒されて、私が何も感じていないとでも思ったか。それほどまでに冷静さを失ったか……。

Fランクが絡むと、お前はいつもそうだな。【奴】のことは、おまえ自身がケリをつけたはずだったのだが……未だ根に持っているということか」


 守鎖之がFランクに拘り、蔑む理由。

 それが守鎖之の足枷になっている。だが本人はそのことに気付いていない。むしろ、それこそが守鎖之をナイトクラスたらしめていると思っていることが、誠は問題だと思っている。


 なら、あとは彼に……霊に任せるしかない、とため息を吐いた。


 彼はどんな嘲笑も蔑みも、意に介さない。その不自然なまでの自然体が、守鎖之に自身の本質を省みる機会になるだろうと考えていたからだ。


「しかし、こころ……多少は許すが、健全な付き合いでいてくれよ?」


 通い妻よろしく、甲斐甲斐しく幼馴染のもとへ朝食を作りに行った娘の事を思いながら、ただただ、溜息を吐くしかない。

 何せ、父親として娘の同行を阻もうにも、その原因たる男に、全く歯が立たないのが現実だからだ。


 彼に太刀打ちできるのは、彼と同じ列に立てる人間か、もしくはこの世界を蹂躙し尽くす神だけ……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 誠が溜息を吐いていた頃、霊のマンション部屋。その玄関先。


「……霊くん? 何か言うことがあるんじゃないですか?」

「すみません、ごめんなさい、つい癖だったんです」

「癖……ですかぁ?」

「ご、ごめんなさい! 本当に、もう、反省しました!!」


 仁王立ちするこころに対し、土下座しながらひたすらに謝り倒す霊、という図。


 まだ登校するには早い時間。

 これから朝食だろうという時間にチャイムが鳴った。来客はこころ。


 なぜ彼女がこんな時間に来たか、というと……昨晩に買った調理器具を、霊がちゃんと使っているかどうか確認しに来たのだ。もしかしたら面倒くさがって、色々な物をそのまま食しているのではないか、という疑念があったからだ。


 そしてその疑念は、的中していた。


 玄関のドアを開けて出て来た霊を見て、それがすぐに分かったのだ。

 玄関を開けて出て来た霊は、その口に鳥肉をぶら下げて出て来た。しかもその鳥肉は……生だった。


 昔のマンガで、朝忙しい人がパンをかじりながら急いでいく構図が思い浮かぶ。そんなノリで、霊は生の鳥肉を食べながら、こころを迎えたのだ。


 どこのホラー映画だ。


 それはともかく。

 堂々と自分の言い付け……ちゃんと料理しなさいという言い付けを破った霊に、こころはブチ切れた。


 そういう経緯があって、仁王立ちするこころに、霊は土下座して謝らされていたのだった。


「霊くん。今、ここに、誓ってください。もう二度と、生でお肉とか食べないと」

「え……いや、でも、あのさ、外の世界とかだと、いつでも料理できるとは限らないんだよ? そりゃあ、ちゃんと料理できる環境を整えるのも必須だけどね? なんていうか、そう! サバイバルの練習も兼ねてる……すみませんごめんなさいもうしませんから許してくりゃはひ……」


 必死で、それもけっこう現実的な問題を訴えた。


 だがこころは問答無用で睨んでくる。そして霊の両頬を思いっきり抓って来た。サバイバルならサバイバルで、他にやりようがある、とこころは思ったからだ。

 いやそれより、食べ物を口に咥えながら、それも生肉を咥えながら出迎えるな、と言いたかった。


「ひょひょろ、ひひゃい……(こころ、痛い……)」

「むぅ……」


 頬を引っ張りながら、霊に顔を近づけていく。

 霊は霊で、されるがまま。ここで抵抗しても後が怖いから。


 しばらくそのままの状態でいると、徐にこころは手を放し、霊を解放した。


「……っはぁ。霊くん、ずるいです。生で食べても全然生臭くないですし。なんでですか? 【心力】のおかげですか?」

「あ、あはは……まあ、本当にすぐ消化しちゃうからねぇ……」


 顔を近づけていたのは、霊の口臭を気にしてのことだったが、まったく臭いがしなかった。ついさっきまで生肉を咥えていたというのに。

 【心力】の強化は唾液にまで及んでいたらしく、たちどころに消臭してしまったようだ。


「だ、だからさ……料理なんかしなくてもいいれひょ―――いひゃいひょぉ~~~」


 まったく反省の色を見せないので、再度の制裁。懲りない輩はこうだ、とばかりに両頬を引っ張り、こねくり回す。

 霊は抗議しながらもされるがまま。彼に、こころに対して物理的な対抗措置を施すという選択肢は存在しないのだ。


 ふと、霊の頬を弄っていると、こころは気付いた。


 これは、この無抵抗ぶりは、こっちの思うがままなのでは?

 『全部受け止めてやるからばっち来いや』などと普段の霊なら絶対に言わないようなフレーズが、こころの頭の中で、霊の声で再生された。


 というのも、目の前の彼氏は、まったくと言っていいほど、手を出してこないのだ。今まで好機は何度もあったし、こころから作ったこともある。なのに、何もなし。

 大事にされていることは分かる。

 分かるが、これではまるで、自分に魅力が無いみたいではないか。


「ひょひょろ~~~ははひへ~~~(こころ、放して~~~)」

「…………」


 長い、沈黙。


 今だ、やれ、ヤってしまえ! と心の中で悪魔が囁く。

 【心蝕獣】すら易々と滅殺する、こやつの鋼の心を、理性を、ぶっ壊してしまえ、と。


 ちなみに、天使は出て来なかった。朝だからまだ寝てるらしい。ということにした。素晴らしく都合のいい解釈であった。


「ひょひょろ……?」


 一方、霊は動きの止まったこころに、不思議がるそぶりを見せる。そろそろ放してくれないと、頬が伸びたままになりそうだ。


「…………ごくっ」


 息を飲み、徐々に、ゆっくり、霊に顔を近づけていく……。


「……?」


 そして疑問符を浮かべる霊。

 これから、こころが何をしようとしているのか、自分が何をされるのか全く理解していないようだ。


 それはそうだ。どこの世界に頬を抓られたまま、チッスをされると直感できる輩がいるだろうか。


 いや、いるにはいるだろうが、霊にはまったく出来なかった。なにしろ、絶対的に経験が無いからだ。

 戦闘以外の経験値が圧倒的に不足している。いやむしろ、戦闘に関する経験値で占められている、と言ったほうが正しいだろう。


 何かに異常なまでに執着し、それを絶対の(ことわり)と思い込む心……それがFランクの特徴でもあるのだから。



 こころの顔が……真っ赤になった顔が、近づいてくる。



 その瞼が、徐々に閉じられてくる。



 あと少しで……完全に、触れる……そのとき―――




 ―――アラームが、鳴り響いた。


「っっっ?!?!」


 びくっ、と肩を震わせ、硬直するこころ。

 霊の頬を引っ張ったまま、音のする方向へ視線を向ける。台所のそばにあるテーブル……その上にある、霊のケータイからアラームが鳴っていた。


「……」


 そのケータイの持ち主である霊は、今さっきまでのとぼけた様な目から一転、鋭い眼つきで自身のケータイを見ていた。


 頬を引っ張られながらであるから、物凄いシュールな光景だった。


「……こころ、そろそろ出たい。1階に止めてあるバイクに用があるから」

「あ……はい、わかりました」


 ただ、その声が硬質的なものであったから、こころは素直に従った。


 何かが起きている。

 霊の様子が、【心蝕獣】と戦うときと同じになっている事に気付き、彼が素早く出られるよう支度の手伝いをする。


 霊が制服に着替えるために別室に移動している間に、こころは戸締りの確認。

ついでに洗い物……料理してなかったのでコップなど少量だった……も片づけていく。


「あ……片づけてくれたんだ……。ありがとう」

「いいえ。もともと今日は、このつもりで来ましたから」


 洗い物をしてくれたことに気付き、霊は礼を述べる。


 こころはそれに、笑顔で応えた。

 戦闘態勢な雰囲気であっても、こうした事にちゃんと気付いて、ちゃんと御礼を言ってくれることが嬉しかったからだ。


「それじゃ、行こう」

「はい」


 それから2人で1階まで降り、霊のバイク……黒塗りの大型バイクへ向かう。


「さっきのアラームは、このバイクが【殺神者】からの情報を受信したことを、知らせるものだったんだ」

「情報……ですか?」

「うん。【心蝕獣】が現れる前、旧世代の通信網。世界中からどこでもアクセス出来たネットワーク。それらは【心蝕獣】によって、ほとんどが壊されてしまった。

けれど有事に備え、各地の地下深くに造られた中継基地があって、今もそれらは生きている。地下にあるから情報のやりとりに時間が掛かるけど、【殺神者】はそれらを使って、ある程度の世界情勢を掴んでいるんだ。その情報を、このバイクが受信したんだよ」


 前輪操舵部の中央。そこはスライド式になっていて、中にはタッチパネルが搭載されていた。

 画面に示された情報を操作し、霊は画面を切り替えていく。


「発信日は……1週間前か……。発信者は……本隊? 【先生】か……珍しいな……」


 旧時代ではほぼ一瞬だった通信時間も、今では遠ければ数日から数週間は掛かる。

 世界中で情報の共有化ができなくなり、また国単位での体制維持も不可能になった。【心蝕獣】の猛攻もあり、都市単位でのコミュニティ形成が限度になったのは、必然と言えよう。


 発信元を確認した霊は、内容を表示させていった。


 こころは、特に何も言われなかったためディスプレイを覗き見る。しかし、表示されている言語が閃羽で使われているモノとはまるで別。

 それでも、霊の表情が徐々に険しくなっていくことから、良い内容では無さそうだと感じた。


 何より、次に霊が呟いた言葉が、良いものではなかったからだ。


沖ノ大鳥島(おきのおおとりしま)が……落ちた……?」


 信じられない……というよりは、何故? といった様子が見受けられる。

 何度も確認、はしないものの、ただディスプレイを見つめ、霊は様々な思考を巡らせていた。


「あの……霊くん……?」

「…………やっぱり、おじいちゃんとオババ様の読みは当たっていたのか」


 そう呟くと、ディスプレイの画面を落とし、バイクに跨る。


「こころ、後ろに乗って。今日はこのバイクで登校するよ」

「え……ええっ?」


 いきなりの事に困惑するこころ。

 しかし霊は有無を言わさぬ雰囲気で、予備のヘルメットを出してこころに渡す。

 それからエンジンを回し、辺りにけたたましい音をたてさせた。


「ば、バイクでの登校は、認められていないと思いますけど……」

「普通はね。だから、ぼくに与えられた権限を使うよ」


 霊に与えられた権限。それはナイトクラスと同等のもの。あらゆる面で融通が利き、様々な特権もあたえられている。

 心皇学園は20歳未満のバイク登校を禁止している。それまでに各種の免許は取らせるものの、事故を防ぐため、また完全に己を律することができるようになるまで、学業と訓練に専念させるためだ。


 だがナイトクラス、あるいはそれに準ずると認められていれば、その限りではなかった。


「それにさ、もう走っても間に合わない時間だよ? 今日は午前中から実戦訓練のある日だし、遅刻はマズイよ」

「え……ああっ?!」


 霊が差し出したケータイには、絶望的な時間が示されていた。

 割と考えて、バイク登校を提案したようだった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 御神霊、憤激昂、照討準。

 この3人の戦闘能力は高い。特に霊と昂の2人はズバ抜けている。


 霊は【心力】によって生成した糸で、敵を絡め、動きを封じ、さらには貫く。しかも糸を束ねてあらゆる近接系武器……刀、ハンマー、大鎌、ハサミ、槍、etc……を形作り、それらを駆使して敵を翻弄する。

 変幻自在に武器……戦い方を変え、対応する暇を与えず思考もさせないのが、霊の最大の武器であると言えよう。


 昂はガントレット型【心器】を使う、完全な肉弾戦闘型。【心力】を纏った拳はm単位のコンクリートすら易々と砕き、辺りに衝撃波を撒き散らすほどの威力を持つ。霊ほどの対応能力は無いにしても、単純な破壊力は頭一つ抜けていると言えよう。


 この2人であれば、実技の成績はかなり優秀だと思われるだろうが……実際は違った。


「……おい、御神と憤激。マジでダリィぞこの成績」


「標的は破壊しましたし、問題無いのでは?」

「そうだぜ。どこよりもオレ等が一番早く破壊したじゃねぇかゴラァ」


「いやいや。今日の実戦訓練は、連携プレーを主としたものだ。ぶっちゃけると、標的の破壊はサブでな……」


 連携能力を養うための実戦訓練。それが本日の課題。

 普段とは違う面子と組み、市街地を模した訓練所に配置されたトラップ……感知式の模擬銃や模擬砲塔など……を掻い潜り、用意された標的を破壊すること。


「如何に組んだメンバー達の被害を少なくし、標的を破壊するか。それが課題だったんだがな……標的の破壊は最短だったのに、総合評価では最低だ……」


 霊と昂は、標的をいち早く破壊したのだが……それ以外のメンバーが戦死判定を受けて惨憺たる結果となっていたのだ。


 だが、これには霊たちにも言い分があった。


「仰ることはわかりますが、ぼく達も事前に連携のための話し合いをしようとしましたよ?」

「けどよ、アイツ等はオレ達がFランクだから連携はできないだろうってことで、話し合いに参加すらさせなかったんだぜ? だから連携確認なんか出来るわけ無ぇだろうがゴラァ」


 初めて組むことになったメンバー達(全員男子だった)と、訓練が始まる前にミーティングの時間が用意された。しかし、霊&昂と組むことになったそのメンバー達は、2人をハブって作戦を立案。結果、既定の人数より少ないために追い込まれ、戦死判定を受けた……というわけだ。


「連携する気のない人間とやらされて、それでも標的は破壊したんですから、むしろ高得点だと思ったのですが……。それに、彼らこそ連携をしなかったので低評価なのでは?」

「……はぁ。担当した教官が悪かったな。オレならおまえらの実力を知っているから加味できるだろうが、そいつは違う。連携……他者を気遣う必要のある事柄だが……自己中心的という悪印象が先行しているFランクということで、お前らは随分と低評価だ。最低と言ってもいい。

 この訓練は6人制。4対2で、少数側のお前達が連携をしなかった、という見方をされたんだよ」

「ああ……そういうことですか」


 なんとも理不尽なことだが、これが現実だ。


「まあどうでもいい事です。この訓練に意味はありませんし」

「だよな。【心蝕獣】の方が数が多いんだ。数が少ねぇからやられました、じゃ話にならねぇぜゴラァ」


 しかしその理不尽に晒されても、霊と昂は小揺るぎもしない。

 世界を渡り歩き、数多の実戦……そして死線をくぐり抜けて来た彼らにとって、高校生レベルの、しかも安全が約束された訓練など、訓練ではないから。


 準に施したような、死ぬ一歩手前まで追い詰める訓練こそが、彼らの基準だ。


「言い訳がましいな、Fランクども。所詮、貴様らなどその程度の矮小な存在だということか」


 だがその基準は、この閃羽では認められない。

 紛い物の安全を絶対のものとしているここの住人のほとんどは、その基準を異常と認識し、排除したくなる。


 まして、相手が蔑むべき対象であるFランクであるならば、尚更……。


「大和くん……」

「他者との連携が出来ない。それは貴様らが、自己中心的……自分の事しか考えていないからだ。他人を気遣うことの出来ない、心の狭い貴様らは、まさにFランク……最低最悪のクズだという、何よりの証明だ」


 大和守鎖之(おおわ すさの)

 閃羽の最年少ナイトクラスにして、こころの第2に幼馴染。

 Sランクである彼は、ランクを絶対のものとし、低ランクのものを蔑む。最低のFランクである霊や昂は、唾を吐き掛けても飽き足らない卑しい存在として、彼の心を苛立たせていた。


「そんな貴様が、こころのチームリーダーだと? しかも一丁前に指南しているなどと……虫唾が走るっ。貴様の指南では、こころが生き残れるような強さを身に付けることなどできない。連携もできない貴様が、チームを育てるなど、引っ張っていくことなど、できるものかっ!」


 そして何より守鎖之が気に入らない事……それは、こころが目の前のFランクと、同じチームであり、あまつさえそのチームのリーダーであることだ。


 さっきの連携訓練で低評価を受けた奴が、こころにまともな指南など出来る訳が無い。それが守鎖之の理屈だ。


「じゃあ試してみりゃあいいんじゃね?」


 霊に非難轟々の言葉を浴びせる守鎖之に対し、気楽な調子の声がかかる。昂だ。


「こいつのチームと、アイツ等……(ほがら)純愛(じゅんない)、それに針村(はりむら)の3人を戦わせんだよ。出来んだろ? こいつ程度なら、アイツ等3人で十分すぎるだろ?」


 挑発するように……実際に挑発しているのだが……口の端を釣り上げて言う。


 昂も霊が施す訓練を見て来た。

 彼にとってみればヌルい訓練だったが、それでもこの閃羽の連中と比べれば随分マシになった。そう思えるほどには、第7チームの3人娘を評価している。


「なっ……貴様っ……」

「霊が育てたアイツ等3人。そいつらが勝てば、霊はちゃんとリーダーしてるってことに、文句なんか出ねぇだろうがゴラァ」


 バカにされている、とはっきり感じた守鎖之は声を詰まらせる。

 そして何か言葉を紡がれる前に、昂はさらに畳み掛けて守鎖之を煽った。


「いいだろう……教えてやるよ。Fランクは、すべてにおいてクズなのだと。心の弱い貴様らは、何をやっても駄目で、何を他人に与える事もできないとな」


 その煽りに乗せられた守鎖之は、激しい憎悪を宿した目で霊を睨みつけ、そう宣言したのだった。


御神霊(みかみ くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

大和守鎖之(おおわ すさの)―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。

純愛誠(じゅんない まこと)―――――閃羽のNo.1ナイトクラス。こころの父親。

憤激昂(ふんげき こう)―――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。


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