第35話【同じ目線で】
人の心を【心力】という力に換え、人の心を蝕む【心蝕獣】と戦う兵士……【心兵】。
その【心兵】のなかでも、特殊な【心力】を用いる兵士が【感応者】と呼ばれている。
【心力】を電波のように使い、無線式遠隔誘導型の【心器】を直接触れずに操れる【心兵】として、よく知られている。
【心蝕獣】によって先進的な文明は軒並み壊滅し、その旧時代にあった衛星通信という手段が失われ、情報戦闘能力が大幅に低下した人類は、大規模な戦闘において必ずといっていいほど、乱戦を強いられる。偵察・索敵能力なども大幅に損なわれ、逆に気配に敏感な【心蝕獣】に奇襲を受けるという事態が多発していた。
だが、【感応者】による遠隔誘導型【心器】を用いれば、衛星ほどではないにしろ、情報収集能力は上がる。【感応者】による情報収集は、今や無くてはならないもの。特にビット型【心器】は偵察・索敵はもちろん、各ビットを中継地点にして、他の【感応者】が扱うビットと相互にやり取りできるほか、前線との連絡役にもなれる。
人類の【目】となり【耳】となる。それが、【感応者】。
しかし……その【感応者】の数は、少ない。
閃羽の人口がおよそ25万人に対し、【心兵】の数は2万5千人。そのなかで、【感応者】の数は100人にも満たない。戦況を把握する、ほぼ唯一の手段と能力を持つ者が、人類側には圧倒的に不足していた。
そこで、【感応者】に求められたのが……早く子を設けること。【感応者】の子は【感応者】である事例が多い、という結果が得られているからだ。
閃羽での婚姻は、男は18歳、女は16歳からと定められている。そして【感応者】は、心皇学園のような【心兵】を育成する軍事機関に属していれば、学生であっても婚姻が社会的に認められている。相手も【心兵】もしくはそれに属する機関に所属していれば、相手側が16歳でも、認められている。助成金や養育費など、都市から支給される制度もあり、ほとんどの【感応者】は早くから結婚し、子を成しているケースが多い。
「と、いう訳だ。別に不純な関係というものではない。正真正銘、俺様と真輝は夫婦として認められている」
ひとまずの買い物を済ませた霊たちは、輝角夫婦とともに、最寄りの休憩所で談笑していた。
そこで聞かされる、凱と真輝の関係。
【感応者】である真輝は、閃羽が推奨している制度に則り、16歳で凱と結婚。ようやく、待望の子供を宿せたそうだ。
「こころちゃんも【感応者】でしょ? もう16歳なのかしら?」
「いえ、私は7月30日が誕生日なので、まだ15歳です」
「ふむ……ならば通知が来るのはその頃だろうな」
「通知、ですか?」
「16歳になった【感応者】には、さっき説明した制度に関する案内書が来るのよ。あ、そうそう。ちなみに、御神くんの誕生日は?」
「8月18日です」
実は、こころの方が誕生日は先だったりする。
それでも、幼いころは霊が兄的役割をしていたのは、家庭環境によるところが大きいのだろう。両親はすでにおらず、祖父である弦斎も1日中、霊に付き添って居られる訳もなかった。早くから一人立ちを余儀なくされた環境だったのだから。
「ふぅん……半月違い、か。じゃあ、その間が大変かもね」
「あの……なにかあるんですか?」
何が大変なのか。
急に神妙な顔つきになった真輝に不安を覚え、こころは聞き返した。
「まあ御神が居れば問題なかろうが……俺様たちの時は、少々大変な事態になったからな」
「とはいっても、色恋沙汰だったからね。今となっては楽しい思いでよ。洒落にならないのもあったけど……」
「俺様がすでに16歳になっていたから、事態をすぐに鎮めることができたが……御神たちの場合は半月以上の間がある……煩わしいことにならんか、心配といえば心配だ」
凱も神妙な顔つきになり、目を瞑って黙考する。
はっきりと言わない2人に対して、こころの不安はさらに募った。
「【感応者】が16歳になれば、社会的に結婚が認められる。だからバカが大挙して、告白ならぬプロポーズに押し寄せて来た……そんなところですか?」
が、霊は静かに、どこか呆れたような声で、2人が心配していることを言い当てた。
「そうだ。心皇学園は軍事機関。微々たるものだが給料も貰える。そのうえ、【感応者】優遇制度によって養育費も支給される。特に悩むことなく結婚に踏み切れるからな」
これやってね、自腹で! では誰もやらないのが現実だ。
しかもまだ成熟していない学生に、命を育むという重大な責任が伴うことを勧めるのだ。何かを推奨するからには、それを後押しする社会的支援は、絶対に必要不可欠。
そういった周囲の支援があればこそ、普通の人でも何かに踏み切れるものだ。
とはいえ、その支援制度を勘違い……もしくは都合よく解釈して、悪用する者がいるのもまた事実だった。
「身も蓋も無い言い方をすれば、学生の身で堂々と子作りできると考える輩がいた。また、合法的に学生と結婚できると考えたロリコンもいた。真輝は見ての通りの美人だからな。欲指を伸ばす外道どもが多過ぎて、苦労したぞ」
「ちょっと、なに堂々と恥ずかしいこと言ってんのよ……。普段は美人なんて、言わない癖に……」
真輝は、やや照れたように凱を小突く。
凱は野生児的な外見通り、あまり歯の浮くような台詞を言わない。本当にそう感じた時には言うが、それ以外では、絶対にない。それが真輝には少々不満なのだが……。
とはいえ、口ではなく行動で示すのが、凱という男だ。身重の体を気遣ってできるだけそばに居ようとした結果、遅い時間ながらも真輝に付いて来たのが実情だ。
「こほん。それで、だ。真輝でさえ色々と苦労したのだ。入学初日から引く手数多だった純愛の場合……どうなるか想像もつかん」
言われ、チーム決めで散々に追い回された記憶がよみがえる。
【感応者】であり、閃羽で最多のビット操作数を誇るのがこころだ。しかも容姿端麗、器量も良い。
そんな彼女に対して、想いを抱いているものは多いのだ。【感応者】優遇制度に託けて、結婚を迫って来る輩が多いだろう、というのが凱と真輝の心配事だった。
「救いなのは、【感応者】優遇制度が強制ではないことと、個人の意思を尊重することが明文化されていることね。脅迫まがいのことをすれば、実刑に処されるわ」
「にも関わらず、脅迫してきた輩がいたのには呆れる。無論、この俺様が成敗してやったがな」
はっはっはっ、と笑って流す凱だが、その内容は物騒なものだった。
実は、凱が絡んでいる校内乱闘事件の大半は、真輝に婚姻を迫るバカ共を追い払うため。できるだけ真輝に負担をかけないよう、自らが進んで泥を被り、被害拡大を阻止しようとした結果だ。
それを知っているのは真輝と、一部の関係者。それと、ダナンだ。
余談だが、ダナンと親しくなったのは、この時期だったりする。
「でも全然キリが無くってね。だから本当に好きな人とさっさと結婚してやるって、それで、この人に貰ってもらったの。それでも未練たらしく迫って来た奴もいたけど……でもほとんど鎮静化したわ」
その時のことを思い出しているのだろう。肩をすくめながら、苦笑したように霊とこころに笑いかけた。
「ちなみに、俺様達が結婚したのは真輝が16歳になって1週間後のことだ。さっき話したように、俺様はすでに16歳だったからな。すぐ結婚という選択肢に踏み切れたが、貴様らの場合、御神が16歳になるまで半月も間がある」
「だから、心配だと仰っているんですね……」
真輝は、とても強そうな女性に見える。精神的な意味で、だ。
その彼女が、たった1週間で根を上げる騒動……正直、不安が尽きない。
「ねえ、こころちゃん。この人が言ってたんだけど、あなたは、彼のこと……好き、よね?」
「っ?! うぅ……はい」
「本人を目の前にして返事をするってことは、あなた達、付き合ってるのよね?」
「はい」
恥ずかしそうに、それでもしっかりと、こころは応える。
それならばと、真輝は姿勢を正して話を切り出した。
「じゃあ、しっかり彼にしがみ付きなさい。御神くん、こころちゃんを守ってあげてね。実力行使だけが手段じゃない。時には想像もつかないような手で、こころちゃんを手に入れようとするヤツも、いるはずだから」
「ええ……言われずとも」
特に気負った様子も無く、それこそ当たり前だという態度で返す霊。
実は、その心中は穏やかではないのだが、まったく顔に出さない。それはかえって、激情の裏返しなのだが……それを察せそうな鋭い人物は、生憎とこの場にいなかった。
「それにしても、御神くんって随分と大人しい子なのね。姉さんから聞いていた話からは想像もつかないわ」
「姉さん、ですか?」
霊の問い。今日初めて会ったばかりの相手の身内を知らなくて当然であり、真輝は話を付け足す。
「ああ、私の旧姓は冴澄っていうの」
「―――あっ! もしかして、冴澄理知子さんのっ?!」
「……こころ、だれ?」
覚えのない固有名詞が出てきて、置いて行かれた霊は再び問うた。
それにこころは、興奮したように答える。
「閃羽のNo.4ナイトクラスです。現在、同クラスで唯一の、【感応者】です。すごい人なんですよ?」
基本的に、直接の戦闘に向いていないのが【感応者】。それにも関わらずナイトクラスに昇りつめた冴澄理知子は、同じ【感応者】であるこころにとって憧れであり、目指すべき目標だった。
「4月の、【心蝕獣】の大群が押し寄せて来たときの活躍。聞かせてもらったの。なんか、姉さんが随分とあなたのことを、その……ね……」
「……化け物、人外、残虐。そんなところですかね」
4月の1件、というフレーズを聞いて、思い当たることを先んじて指摘する。
こころが危険に晒されていたこともあり、人目がありながら霊は容赦なく糸殺していった。全力に程遠いとはいえ、食い散らかすような戦い方だったのを覚えている。
【感応者】……それもナイトクラスならば、あの時の虐殺を観測していてもおかしくない。
「まあ、ぼくの戦い方は、普通の人が見るとそんな評価をしてしまいたくなるものですから」
実際、霊が【心蝕獣】を殲滅していった際、No.2ナイトクラスにして霊たちの担任である篤情竹馬に、その様子を伝えていたのが冴澄理知子だった。
「ふん……戦い方に普通も異常もあるものか。生きるか死ぬかの瀬戸際で、詰まらんことを気にする必要はないと思うがな」
「まあ、姉さんってちょっと硬いから。ああ、別に霊くんがどう、とかは思ってないわ。こうして会話していても、全然気にならないし。ただただ、普通の子だなぁ、って思うだけでね」
「だが中身は、普通とはかけ離れているぞ? だからこそ、俺様は頼もしいと感じるし、世界を渡って来た貴様から、色々と学びたいとも考えている。」
そう言って、凱はどこか遠くを見るような目をして、語りだす。
「昔な……とある商人が閃羽にやってきた。その商人は世界各地の風景写真を売っていたのだ。俺様はな、それらの風景写真を見たとき、感動したのだ。都市に籠もっていては絶対に見られない、素晴らしい風景。ああいうのを絶景というのだろう?」
都市の街並みと、それらを囲う無機質な外縁防壁。空は薄膜状のエネルギーシールドに覆われ、自分が籠の中の鳥だ……ということを、凱は常々感じていた。
息苦しい。こんな場所から出たい。外に出たい。いつから燻ぶり始めたのか分からないこの想いが顕著に顕われたのは、その商人が見せてくれた、世界の姿を見たときだった。
「俺様はな、あのとき、世界そのものに惚れたのだ。だから俺様は、いつか世界を見て回りたい……この目であれらの風景を見たいと、そう思った」
巨大な水たまり……もとい、大海原。
水平線の上に浮かぶ、逆さまに映った大陸……それは蜃気楼。
膨大な水が勢いよく落ち、飛沫を巻き上げる水路……滝と教えられた。
様々な世界の姿を見せられ、凱は一層、外の世界への想いが深くなった。
「無論、それは強くなってからだ。御神、世界各地を旅して来たお前のようにな……。世界を渡るため、そしてその時の俺様の隣に、真輝や生まれてくる子が安心していられるようにな……」
しかし、今は妻にした女がいる。そして子供も生まれる。
一人で勝手をするわけにはいかない。勝手をしたいなら、外に出たいなら、死の世界を旅したいのなら、襲いかかる危険を払い除けられる強さが必要。
そう……死の世界を旅しつつも、妻子を守れる強さが。
目の前にいる後輩は、自分が理想とする強さを備えている。だから部にスカウトしたのだ。
「……ちゃんと、考えているんですね」
「ふっ……さすがの俺様も、妻子をほったらかしに出来るほど、いい加減ではないぞ?」
「でもねぇ、こころちゃ~ん。この人、妻がいるのに、他の存在に惚れた~とか、酷いと思わない?」
「あ……そういえばそうですね。凱先輩、酷いですよ?」
真輝の意図に気付き、こころも茶化しに乗る。
目の前の2人は、なんだかんだ言ってても、幸せそうだ。とても仲が良いのがわかる。
この人たちのようになりたい……そう思ってしまうほど、羨ましい光景だった。
だが……談笑する3人に対し、霊は……。
( ――― ミ ツ ケ タ ――― )
口の端を大きく吊りあげて、わらっていた。
それも、微笑ましいとか、嬉しいとか、そんな類の【笑い】ではない。
例えるなら、そう……イかれた人格破綻者が、標的の弱点を知ったときの、【嗤い】。狂喜の嗤い。
その瞳は、孤児院のことで脅され、凶行を誘発された準よりも、暗い暗い瞳。
その心は、【心蝕獣】を残酷に殺したときの昂よりも狂った、狂気の狂喜。
「霊くんはどう思いますか?」
霊の方を向き、話しかけるこころ。
「そうだねぇ……凱先輩らしいと言えば、らしいかなぁ」
話しかけられた時には、いつもの表情。
こころの問いかけに、苦笑しつつも優しげに答える、あの平凡な少年の顔に、戻っていた。
だが、その心中までは、戻っていなかった。
(凱センパイノ……戦エル理由……真輝サントソノコドモ……ソシテ、世界カァ……)
◆ ◆ ■ ◆ ◆
あれから程なくして凱たちと別れ、霊とこころはマンションに帰った。
買ってきた器具と食材で、こころが料理。
このとき、台所の配置などはこころにすべて任せていた。霊が積極的に使うことはないだろうし、それにこころが、こまめにここへ来ることになったからだ。
どうやら、凱に焚きつけられたらしい。通い妻になっちゃえYO! みたいな感じで。
こころの負担になるから、と最初こそは断っていたものの、最終的には霊が折れた。まだこころの両親には伝えていないのだが、霊は自分の部屋と純愛家を1日ごとに、交互で夕飯を食べることになった。
純愛家では今まで通りお世話に、自分の部屋では、こころが通い妻さながらに作ってくれるそうだ。
すべてこころの提案である。
「でも、本当にいいのかなぁ……。なんか、こころにばかり迷惑をかけてるみたいで……」
そんな事を呟きながら、こころの指示で台所に器具を配置していく。
「何を今さらなこと言ってるんですか? みたい、じゃなくて、かけられてる、ですよ」
その呟きは、ばっさり切られて訂正される。台所の配置すべてを任せているだけに、反論の余地は無かった。
「うっ……けど、1日毎にここと、こころの家を交互にって……」
「本当なら、毎日ここで過ごしたいくらいです。けど……真心のこともありますから……」
こころの妹である真心は、【心蝕獣】に襲われたショックで声を失った。だが、霊は読唇術によって真心と会話することができ、彼女に懐かれている。
こころとしては、本当なら霊を独占したいが、姉として妹の事も考えると、なかなかそうは出来なかった。生来の優しさもあるだろう。
「お母さんもお父さんも、霊くんにすごく感謝しています。真心の気持ちを聞けるのは、霊くんだけですから……」
現状では、霊しか真心の話を聞くことができないし、実際そのおかげで、妹のことを前より知ることができて来た、と思っている。こころ達の親である誠と志乃も、霊が親友の忘れ形見である以上に、彼に感謝しているからこそ、ほぼ毎日にも関わらず、彼の食事も用意しているのだ。
「本当に、ぼくのやっていることは大した事じゃないから、感謝しなくてもいいんだけど……だからこそ、毎日食事を御馳走になるのは気が引けるんだよね……」
「いえ、毎日といわず、毎食、霊くんの食事を管理したいくらいです。今日のことで分かりました。霊くんを放置したら、どんな食生活をするか……」
「あ、あはは……」
これも、事実なだけに言い返せない。
笑って誤魔化す以外になく、それで流そうとしたのだが……こころの容赦ない追撃は続く。
「あんな食生活を続けていたら、絶対体を壊します。というか、だから背が伸びないんじゃないですか?」
「うっ―――」
密かに気にしている事なだけに、この一言は効いた。
霊の背は、身長158cmのこころより、僅かばかり高いくらい。160cmを際どいところで超えている程度。
いつぞや、昂と再会したときに、背があまり伸びていない、と言われていたように、霊は2年前から身長が然程伸びていなかった。
「こ、これは体質の問題だと思うんだけど……背の高い方が、よかったりする?」
食生活は断じて関係無い、と霊は本気で思っている。結局消化吸収したエネルギーは同じはずなのだから。それでも背の低さをこころに言及されると、改めて気になってしまう。
何を言われようが、ほとんど気にしないゴーイングマイウェイな霊でも、やはり彼女に指摘されると凹むものであった。
「クスクス……私は別に、そこまで拘りませんよ」
可笑しそうに笑いながら、霊の顔を覗き込むように近づいて語りかける。
「話す相手の背が高いと、見上げなければなりませんから、首が痛くなるんですよね。その点、霊くんなら大丈夫ですし、楽なんですよね」
「そ、それは喜んでいいのか、よくないのか……」
微妙な男心、とでも言おうか……彼女の負担にならない事は喜ばしいが、それが本心から言われているのかまではわからなかった。
「背が低くても、霊くんは良い所がいっぱいあるじゃないですか。強いですし、優しいですし……」
「う~ん……」
霊としては、強いというのがステータスになる気がしない。弱くてもモテる奴がいるからだ。
その最たる例が、大和守鎖之だろうか。
いや、ナイトクラスを弱いと断じれる彼の実力と基準が高過ぎるだけなのだが、色々と情報を集めている霊は、守鎖之がモテていることを知っていた。最年少ナイトクラスとして、そして何よりルックスが良い。背も霊より高い。外見も外聞も、霊と比べ物にならないほど、彼は優秀だ。新入生どころか、学園随一の人気を誇っているらしい。霊にぶちのめされたにも関わらず。やはり外見なんだろうな、と思った。激情しなければ間違いなくイイ男なのだから。
こんな世俗の情報をなんで知っているかというと、こころの第2の幼馴染だということも理由にあるが……本音を言えば気になっていたから。やはり心中穏やかではなかった、と今なら思う。こころと両想いになって、それが分かった。
それと、優しいかどうかと聞かれれば、霊本人は違うと否定する。
手段は選ばない、使えるなら使う、切り捨てるのに躊躇いが無い、冷酷無比な……神さえも殺そうと目論む愚か者。
それが、霊が自己を分析した結果だ。
まあ、こころ限定で優しくしているのは否定しないが……。
「そ、それと……見かけによらず、た、たた、逞しい……というか……」
言いながら顔を赤くし、最後は尻すぼみになる。
思い出すのは、旧鉱山でのこと。
同じくらいの背丈でありながら、霊はこころを軽々と抱っこした。守鎖之を圧倒したときよりも、【心蝕獣】を殲滅していったときよりも、格好良いと感じた瞬間であった。
「だから……別に背が高くなくてもいいんです。同じ目線で話せて、同じ目線でものを見れる。私はすごく幸せなことだと思いますから」
「……そっか」
それ以上は、こころの顔をまともに見ておれず、作業に戻る。
本心であろうとなかろうと、言葉通り幸せそうな笑顔で言われてしまえば、特に何か反論しようとする気など、無くなってしまったのだった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
――― 同時刻・心衛軍司令センター・情報管理室 ―――
心衛軍を統括する管理センター。
その中の一画に、軍に関する様々な情報を集約する管理室がある。そのなかでも、取り分け重要な機密情報を保管しているのが、機密情報室。
軍の中枢、もしくはナイトクラスの人間しか閲覧を許されない情報が保管されている。
「……なんだ、この、映像は……。なぜ、こんな映像が、機密扱いにされている?」
大和守鎖之はその部屋で、閃羽を取り巻く状況を整理し理解するために、様々な情報を閲覧していた。そのなかに、機密情報として登録されていた映像があった。
日付は、あの群れが襲ってきた日。その日の夜の、商業区の一画にある、監視カメラの映像。
1人の少年が、数人の大人達を、次々と殺している映像だ。
そう……都市内に【ジェネラル・メーカー】を持ちこみ、【心蝕獣】を召喚して暴れさせ、混乱に乗じて閃羽の人間を攫おうとした奴隷商人。その商人達が霊に殺されているところを、監視カメラが捉えていたのだ。
「あのFランク……」
指先から伸びる青い糸。その糸が商人達を次々と切り裂き、絞め殺す。あまりにも早くて、スローにしなければ分からないもの。
そして残った最後の1人……彼は、霊によって頭を掴まれ、強引に横へ引き千切られて絶命した。
「……やはり、Fランクの人間は放っておけない」
異常な光景。
次々と簡単に殺されていく光景が……ではなく、殺している霊の表情が、異常だった。
何も、感情を表していないのだ。淡々と、ただ殺しているだけ。愉悦も怯えも映さない、無の表情。
「何としてでも、コイツから、こころを……」
記録にはテキストファイルが添付されていて、この霊の行動背景が記されている。
が、守鎖之は映像しか見なかった。あまりにも危険な雰囲気を醸し出す、その映像だけを。
この映像だけで、判断した。霊が、あのFランクが、犯罪を犯した他のFランクと同様、危険人物であると。
そして、これを利用すれば……愛して止まない幼馴染を取り戻せると、完全な私情で、早計な思考を展開していった。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●輝角凱―――――戦闘学科の3年生。野生児的でトラブルメーカー。
●輝角真輝――――戦闘学科の3年生にして、凱の妻。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。