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第33話【一万本の糸】




彼が、彼の祖父に連れられて、閃羽から出て行った。


それを見送ったのは、他ならぬ自分。


なのに翌日には、彼の姿を探している自分がいた。


10年は戻ってこない。

そう聞かされていたのに、もしかしたらひょっこり戻っているのではないか?

昨日の事は夢で、いつも通り隣の家に居て、いつも通り遊んでくれるのではないか?


そんな儚い希望は、脆くも崩れ去ったが。

昼間なのに、雨戸が閉め切られた彼の家が、彼の不在を物語る。


気付けば、彼の家の玄関に座り込み、泣いていた。

ずっとそこで泣いていた。

お昼ごはんの時間になって、親が呼びに来てもそこから動こうとせず、1日中そこで泣いていた。


―――これが夢なら……悪い夢なら……。


何度となく願ったことか。


願って、願って、願い続けて……10年が経った。


そして彼との再会を期に、悪夢は終わりを告げた……。




「―――……っ。ゆ、め……?」


目が覚めたこころ。

今さっきまで見ていたものが夢である、と認識するのに少しばかり時間を要した。

妙に現実味のある夢だったからだ。


それもそのはず。


実際にあった過去のことを、夢という形で追体験していたのだから。


過去、といってもそれは一ヶ月半ほど前まで。

彼……霊が戻って来る前までの話。

悪夢が終わったのは、極々最近になってのことだ。


「あ……今日は、霊くんは泊まっていかなかったんだ……―――っ!!」


唐突に、不安になる。


まだ悪夢は……続いているのではないか?

強い願望から、霊が帰ってきたという夢を見ていただけではないのか?


なぜ、そのような事を思ったのか……。


簡単な話だ。

昨日までは、ほとんど毎日と言っていいほど、霊は純愛家に泊まっていた。

両親もそうだったのだが、自分が霊を強引に引き止めたのだ。


少しでも早く、10年の空白期間を埋めるかのように、彼をそばに置いておきたかった。


そしてようやく昨日、想いが通じあった。


その翌日に、あの悪夢を見た。しかもそんな時に限って、霊が泊まりに来ていない。


「……昨日のことは夢じゃない、よね……? 霊くんは、いるよね……?」


声に出してみたものの、自信がなかった。

夢ではない、と自分に言い聞かせているだけなのでは? 本当は、霊はまだ帰ってきていないのでは?


考え出すと、あふれ出る不安。


その不安を掻き消すために、こころはすぐに起き上がって身支度を整えた。


いつもより早い時間に家を出る。

行き先は心皇学園……ではなく、霊の住まう高層マンション。その最上階の部屋。

走ってきたので息が上がったまま。

ドアの前で呼吸を整えることも忘れ、インターホンを押す。


それだけ、早く霊に会いたかった。


「は~い」


返事と同時に、ドアが開いて霊が姿を見せる。


「あれ? こころ? こんな時間にどうしたの?」


Yシャツ姿の霊が、予期せぬ来客に疑問符を浮かべる。


「あ……よかった……居てくれた……」

「ん? ここ……ろッ?!」


いきなり抱きつかれ、慌てて受け止める。


何事かあったのか、と聞こうとして、こころが耳元で囁くように……それでいて少し涙ぐんだ声を発してきた。


「ごめん、なさい……。急に不安になって……霊くんが帰ってきたことや、昨日のこととか、夢じゃないかって、不安に……」

「こころ……」


昨日、唐揚対決が終わったあと、二言三言会話して別れた。

なにしろ、霊の【心器】である糸刀の、大幅な改良に目処が立った、とダナンから連絡が来たからだ。

それで霊は、先に帰るようこころに促し、珍しく純愛家に行かなかったという訳だ。


想いが通じ合った事実を、確認する暇がなかった。だから不安になっていたのだろう。


「……大丈夫だよ。これは現実で、ぼくは確かに、ここにいるよ」


ぽんぽん、とこころの背中を叩き、安心させるように言う。


いや、相手を安心させるというよりは、自分が安心したいから言うのかもしれない。

不安を抱いているのは、こころだけでは無いのだから。


「それに、さ……不安なのは、こころだけじゃないよ?」

「え?」

「その……昨日のこと、とか……。あれがぼくの妄想なんじゃないかって、今でも不安」


少し体を離し、苦笑を見せる霊。


「いいのかな? 昨日のこと、現実にあったことだって、思っても……?」


目を逸らしつつ、照れたように問う。

それでも腕は、しっかりとこころを抱いたまま。


お互いがお互いに気を使い過ぎていたことに、こころはようやく気付いた。


なら、あとは素直になるだけ。


「はい……私は、霊くんが好きです……ずっと、帰りを待っていました……」

「うん……。ぼくも好きだよ。そして、ここに帰って来たいと、ずっと思っていたよ……」


そうして、再び抱きしめ合う。

登校時間ぎりぎりまで、2人はずっとそのままでいた……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




唐揚対決から数日が過ぎた、5月も半ばに入った頃。


【心蝕獣】の群れ襲撃の影響で規制されていた、都市外への出向がようやく緩和され、都市内では採れない様々な資源の回収が盛んに行われ始めた。

とはいえ警戒は厳にということで、遠方への索敵に人員がかなり裂かれてしまっている。


これは都市の守りが手薄になるという、必要悪的な弊害となった。


そのため、心皇学園の生徒達にはより一層厳しい指導を、ということで教官たちの気合も入り、常時より厳しい訓練が課されていた。


基本的に学園の生徒たちが戦いに参加することは無いが、非常事態においてはそんな保障は無い。

都市外での迎撃戦に主眼を置いているとはいえ、都市内に侵入された場合も考えられている。その際は生徒の動員も、法律上定められている。

守りが薄い今、この前のような群れが万に一つでも再び襲ってきた場合、確実に動員されるであろうことは、心衛軍の誰もが感じていた。


そんな事情のなか、厳しくなった訓練に不満を持つ生徒は少なくない。

嘆かわしいが、自分達が戦場に出るのは卒業後だと思っている生徒が多い事この上ない。閃羽にナイトクラスが5人もいることが、生徒たちの危機意識を低下させている要因だからだ。


そんな中、一際厳しい訓練を課されているのが……1年1組第7チームだった……。


「はぁ、はぁ、はぁ、し、しむ……しんじゃう、よぉ~……」

「―――っ、―――っ、―――っ」


戯陽朗(あじゃらび ほがら)は息も絶え絶え、針村槍姫(はりむら そうき)は言葉すら発せない様子。

2人とも訓練所の冷たい床に倒れ、必死に呼吸を繰り返していた。


「じゃあ5分休憩して、もう一度やるよ?」


「お、に……あ、くま……私、たち……御神くんに、殺され、る……」

「―――っ、―――っ、―――っ、―――っ、―――っ、―――っ」


そんな2人の抗議もなんのその。

霊は訓練所の壁にある時計を確認し、5分後の時刻を確認。


それから2人に声をかけてやる。


「はいはい。【心蝕獣】に殺されるよりはマシでしょ? 今死にそうになるほど訓練しておけば、後2週間くらいでルーククラスの実力は付くと思うから、頑張って」


「に、2週間も……しむぅ……絶対、しむぅ……」

「―――……、―――……、―――……」


朗と槍姫の疲弊ぶりの原因は、霊が課した訓練によるもの。


その内容は、霊の操る【心力】の糸を巻き付けた球体状の的を破壊する、というもの。


この的はダナン・デナンが作った特別製。

外部からの衝撃が一定以上蓄積したときに自壊するので、撃破判定がし易いという特徴がある。

自壊するときはパーツ毎に分解され、すぐに組み立てることができ、再利用しやすいように設計されている。

おまけに、霊の糸が巻き付いているおかげで防御力が増し、滅多にパーツが損傷しないのも有益だ。

無論、霊の糸が受けた衝撃を測定して自壊するので、霊の【心力】そのものを撃ち破る必要も無い。


この訓練用的(Training Target)こと通称トゥレイタ(TraiTa)を、ポーンアイズに見立て、一定以上のダメージを与えて自壊させるのだが……霊が糸で操るものだから、当然反撃してくる。


撒き付けた糸の一部がポーンアイズの触手のように伸び、2人に襲いかかるのだ。


さすがに顔を狙うようなことはしないが、それ以外では容赦なく触手役となる糸が、鞭打つように打たれるので、当たったらタダでは済まない。

1機だけなら2人で対処できるが、霊は5機を用意し、同時に操って襲いかからせてくる。


ちょっとでも気を抜こうものなら、たちまち滅多打ちにされるので、常に全力で動くことを余儀なくされていた。


ちなみに、霊の糸は糸刀から出力されたものを使っている。

1機のトゥレイタに対して6本の心力糸を巻きつけて覆い、その本数が同時に触手役となって攻撃。

無論、威力は加減しているので死ぬことは無い。精々、打撲か……悪くて骨折程度だ。


だが、そんな気遣いをされても、朗と槍姫はまったく有り難くもないわけだが。


「おい霊ぃ。こいつらのペースじゃ2週間は無理だろ? 死ぬ一歩手前まで追い詰めねぇと、おまえの(ヌル)いやり方じゃあ半年は掛かんじゃね?」


そんな訓練にダメ出しをしたのは、背の高い金髪イケメン。

しかし口が最悪に悪い男……憤激昂(ふんげき こう)だった。


「もう、十分、一歩手前……しむぅよぉ……」

「―――……、―――……、―――……」


「はぁ? まだ半殺しにも満たってねぇよ。照討を見てみろよ」


言われ、2人は倒れたまま視線を遣ると……同じように倒れている照討準(てらうち じゅん)を発見。


ただし、全身ズタボロで出血しており、血だまりの中にいる、という違いがあった。


「…………」

「―――……」


あまりの光景に絶句する、朗と槍姫。

これは訓練のはずなのに、なんでそんな大怪我を負っているのか。


答えは簡単だ。準の訓練相手は昂。

ナイトクラスを遥かに凌駕する、ロードクラスが相手だ。

そんな人間に実戦さながらの戦いを挑めば、こうなるのは当然。殺されないだけ上出来。


「おら照討。もう1分は休んだろうが。さっさと【心力】で活性させて治せ。そんで続きだ」


死の一歩手前の状態から、1分で回復しろというのは無茶がある。

しかし、昂はそれを望んでいる。


無論、霊もそうだ。

ロードクラスの実力を身につけるつもりなら、そのくらいのことを……【心力】による超活性で、すぐ戦闘できるようになってもらわなければ、話にならない。


「言っとくが、弱音吐くようならぶっ殺す。もちろん、孤児院とやらの連中をなっ」

「―――っ!!」

「冗談じゃないぜぇ? この都市の連中が束になって掛かってきてもよぉ、皆殺しにするなんざ朝飯前だからなぁ?」


ホラではないし、それをやるのに抵抗がないから性質が悪い。


「ハッ! そうだそうだっ! テメェはちゃんと使える駒になってもらわねぇとよ、霊を連れ戻すのを我慢してる理由にならねぇんだよ!!」


昂の挑発に、準の【心力】が増大する。再び交り合う、弾丸と拳。


ところで、膨大な【心力】による継戦能力の問題は、ある程度改善されていた。

【心器】に冷却機構を組み込み、オーバーヒートによって使えなくなるまでの時間が、大幅に伸びたのだ。

もちろん、まだまだ霊や昂のようなロードクラスの【心力】には耐えられないが。


それでも最大出力は上がった。

霊の見立てでは、際どいがジェネラルクラスの出力ならなんとか耐えられるとのこと。


無論、この冷却機構を糸刀に組み込むため、ダナンが頑張って研究している。早ければ今日中にでも試作品が出来る予定だ。


「さっ、照討くんも頑張ってるし、それに、こころだってずっと頑張ってるよ?」


「うぅ……っていうか、私たちの相手をしながら、こころちんの訓練もしてるって……」

「本当に、常識はずれなヤツめ……」


実は、こうしている間にも霊はこころの訓練も行っている。


今の霊は両手に糸刀を持つというスタイル。

片方は朗と槍姫の訓練に。

もう片方はこころの訓練に。


朗と槍姫、そして昂と準の4人で、訓練棟の半分を使用。

もう半分のスペースをこころが使っていた。


「まだ2人は、トゥレイタを1機も撃破してないのに、こころは2機撃破してるんだよ? もう少し頑張って」


そう言いながら、離れた所でビット型【心器】を操り、霊が糸で操るトゥレイタを迎撃している、こころに視線を向ける。


こころの訓練内容は、朗や槍姫と同じ。

16機のビットで5機のトゥレイタを相手取り、そろそろ1時間が経過しようとしていた。

先述したように、すでに2機のトゥレイタが撃破されている。しかも、自壊するための耐久設定は、2人が相手をしているトゥレイタの5倍。


いくら霊の意識の半分が、朗と槍姫の2人に割かれているとはいえ、優秀な成績だ。


ポーンアイズに見立てたトゥレイタを、こころのビットがエネルギー弾の弾膜を張って動きを制限。

十字火砲線に追い詰め、一斉射。


「いい感じだね、こころ。でも―――」


しかし、巧みな霊の操作でほとんどが(かわ)される。

当たりそうなエネルギー弾は、触手に見立てた糸で迎撃。

そしてビットに素早く迫り、破壊。


「うっ―――」

「これで6機目。残りは10機。ぼくの方は3機残ってる。今のところ、割合的には五分五分かな」


数的にはおおよそ3倍の差があった。

互いに撃破した数も半分近い。

だが撃破された数は、こころの方が多い。技量の差が顕著に出ていた。


「戯陽さん、針村さん。魅入ってないで、そろそろ続きするよ?」


「うぅ……もう勘弁してぇ~……」

「もう少し、こころの相手に、専念していればいいものを……」


よろよろと立ちあがり、それぞれの【心器】を構える。


このあと、2人はなんとかトゥレイタを1機撃破する事が出来た。

ただし、立ち上がれないほど消耗。


準は瀕死状態にまで追い詰められたが、【心力】で身体能力を活性させたので重傷のレベルにまで抑えた。

これが【心力】のコントロールをマスターする第一歩なので、順調といえば順調だ。

しかし、もしこれが本当の戦いだったら……守れなかったということ。

瀕死状態に追い詰められるような実戦を何度も経験し、その都度、自分の弱さを認識させることで、ただでさえ狂的な心をさらに狂わせる。

そうなれば比例して【心力】も増大し、さらに強くなることができる。


荒療治ではあるが、これがもっとも効率的な訓練方法なのだ。霊たちにとっては。一般人がやったら死ぬが。


「よし、こころ。今日はここまでにしよう」

「は、はい」


こころの方は、トゥレイタをさらに1機撃破した。

が、残るビットは3機になっていた。後半で集中力が乱れ、立て続けに4機撃墜され、その後はずっと劣勢に立たされたのだ。

こころの【心力】は朗や槍姫の2人に比べて高く、少なくともビショップクラス相当の力はある。だから持久力が問題として、今後の課題になるだろう。


操るビットの数が増えれば、それだけ負担も増える。

だから今までは、16機のうち、12機を主力に。4機をシールド兼予備戦力として残す、というスタイルをとっていた。

だから霊は、敢えてそのスタイルでの訓練をさせず、フル稼働によるビットの操作をやらせる。これで持久力の問題を解決しようとしているのだ。




「お~い、御神く~ん、改良型の【心器】が出来たんだなぁ~~~」

「ダナン先輩?」


では解散、しようとしたところで、ダナンがやってきた。

【心器】調整用の機器を乗せた荷台を押し、霊たちのもとへ。


「今、大丈夫なんだなぁ~?」

「ええ、ちょうど良いタイミングでした。それで、できましたか?」

「なんとか試作品が出来たんだなぁ~。これが【糸刀Ver.2.0】、なんだなぁ~」


荷台に積まれていた箱から、刀身の無い柄だけの刀……糸刀を出す。


見た目は以前のものとあまり変わらない。

ただ、持ってみて思ったことは……。


「冷んやりしてますね」

「エネルギーに反応して冷却能力を発揮する【クーラル鉱石】を素材としたものなんだなぁ~。

御神くんの強過ぎる【心力】が【クーラル鉱石】の冷却能力を刺激し、【心経回路】の熱暴走を抑制するんだなぁ~。

このおかげで【心経回路】の本数は1万本と、大幅な増設に成功したんだぁ~」


【クーラル鉱石】。

何かしらのエネルギー(熱)を加えられると、温度が下がる特性を持つもの。

加工方法によっては常温でも零下100℃近い温度を維持する。


出力エネルギーが膨大になる霊たちロードクラスの【心力】は、本来は熱暴走を起こさない【心器】を容易に自壊させてしまう。

そこで考えたのが、先述したように【心器】に冷却機構を組み込むこと。

まず準の双銃型【心器】に組み込み、そこから得られたノウハウを糸刀に応用。

出来た試作品が【糸刀Ver.2.0】である。


柄の内壁、および【CMPコア】と【心経回路】の周辺に、加工した【クーラル鉱石】を包み重ねるように設置。

発する熱に反応した【クーラル鉱石】が冷却機能を発揮。

温度上昇を抑え、自壊するまでの時間を引き延ばすことに成功した。


「なるほど……それはかなり、助かります」

「ただし、【心経回路】自体の強度は変わってないから、1本の回路で賄える心力糸は、2本までが限界なんだなぁ~」


回路の強化も検討しているが、現状ではまだ難しい。

オリジナルの糸刀は、回路1本で数百~数千の心力糸を賄えるので、まだまだ技術的な問題が山積していた。


「それで、回路1本あたりの出力が、どの程度まで耐えられるかの実験をしてみたいんだけど、明日にするかなぁ~?」

「いえ、今でも大丈夫ですよ? すぐに出来ますか?」

「大丈夫なんだなぁ~」


ダナンが機器を操作し、リアルタイムで【糸刀Ver2.0】の測定ができるように準備する。


一方、霊はみんなから離れつつ、昂に話しかけた。


「昂、ちょっと実験に付き合って」

「いいぜ。1万本ってことは……やれんのか?」

「たぶんね」


曖昧なやり取りだが、2人には分かっている。


ダナンの準備が完了をしたの皮切りに、模擬戦開始。


初撃から1万本の糸を射出。

1本1本が複雑にうねり、昂に襲いかかる。

だが、それらは昂の拳から発せられる衝撃波によって散らされた。


いきなり1万本を出力したのは、単なる慣らし。今まで千本ちょっとの数だったため、感覚を確かめたのだ。


「すごっ……っていうか、何をやってるのか分かんないよ……」

「ああ……これでもまだ、御神の力のすべてが発揮できるわけではないんだろう? とことん常識はずれだな……」


朗と槍姫がそれぞれに感想を述べている間にも、徐々に戦闘のペースが早くなる。


比例して、ダナンの計測機器に示される【心力】の数値も上がっていった。


「うんうん。回路1本あたりの出力、まえのバージョンよりも上がってるんだなぁ~」


満足そうに呟くダナン。

とりあえず、いきなりオーバーヒートするような事態は無さそうだ。


もっとも、まだまだ霊は加減している状態なので、油断はできないが。


「昂、そろそろ次の攻撃……いくよ?」

「ハッ! きやがれ!!」


慣らしは終わり。そろそろ本格的に試す。

それが昂にも伝わったことを確認し、霊は接近戦を挑んだ。


糸刀の心力糸を操り、ある形態に束ねる。


その形態は丸みを帯びており、その状態で昂に振り下ろした。


それをガントレット型【殺神器】の拳で迎え撃つ。衝突の余波が嵐となって吹き荒れた。


「な、なにアレ?」

「たぶん、糸を収束して鈍器状に形作ったんだなぁ~。出力できる糸が増えたことで、ああいうことも出来るようになったんだなぁ~」


出力できる心力糸が増えた恩恵は、手数が増えるだけではない。

束ねる心力糸の本数が多くなれば、密度も多くなり、鈍器のような強度が求められる形状も作り出すことができた。


しかも、鈍器状に形作られた心力糸は、変幻自在にその形を変え、昂を巧みに攻めていた。


「鈍器だけでなく、刀や槍……それに今のは、ハサミ、か? なんでもありだな……」


打ち下ろした鈍器が、衝突と同時に姿を、刀に変える。


かと思いきや、今度は槍に形を変えて突きを繰り出す。避ける昂。それでも突きが繰り返される。だからガントレットの甲で止める。


が、槍状に束ねられた心力糸が2つに分かれ、刃状に変化。挟撃する様は、まさにハサミだった。


「ハッハッハッ! やっぱおまえは、そういうエグい戦い方をしてねぇと詰まんねぇよなぁ!!」


跳び上がることで辛うじて回避。

危ういところであったのに、昂の表情は喜色に満ちていた。


「武器の形状を自在に変えるだけでなく、その形状のまま、数本の糸を解いて奇襲や追撃に使えるのか……」


さらに戦闘は続く。


武器状に束ねた心力糸が受け止められても、何気に数本の糸が解れ、次の瞬間には昂に襲いかかっていた。

無理に力押しすることはせず距離を取り、拳から【心力】による拳圧弾を放って牽制。


「つばぜり合いの時にやられたら、距離をとるとかしないと、あっという間に糸の餌食だね……」

「実際に憤激も、必要以上の近接戦闘は避けているようだからな」


そんな考察をしつつ、霊と昂の応酬を見届ける。


この模擬戦は1時間して幕を閉じた。

熱くなった昂に対処するため、徐々に【心力】の出力を上げた結果、ダナンからストップが掛かったためだ。


昂は随分と不満を口にしていたが、ダナンとして満足のいく結果が出たので、2人の表情は対照的だ。

今回のデータから改善点を洗い出し、さらなる強化を目指す。

冷却機構の見直し、【心経回路】の小型化・増設の検討、継戦能力の増加、等々……。


当初予定していた以外の出来事はあったが、霊と昂以外の全員がくたくたになっていたのは、予定通りだった。


御神霊(みかみ くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

針村槍姫(はりむら そうき)――――背の高いクールな少女。こころの親友。

戯陽朗(あじゃらび ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。

輝角凱(きかど がい)―――――戦闘学科の3年生。野生児的でトラブルメーカー。

憤激昂(ふんげき こう)―――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。

照討準(てらうち じゅん)―――――小柄で気弱な男子。孤児院の皆を何よりも大切にしている。

●ダナン・デナン――心理工学科のぽっちゃり系3年生。【心器】に関する技術はなかなかのもの。


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