第32話【やっぱり好みがモノを言うよね】
急遽勃発した、唐揚醤油味VS唐揚レモン汁付け。
醤油派である憤激昂と、レモン汁付け派の輝角凱の戦い。
どちらが美味いかに決着を付けるため、審査員として選ばれたのは御神霊。
それぞれが最高の材料を用いるために、昂は戯陽朗を、凱は霊と純愛こころを連れて行った。
この時点で残されたのは、針村槍姫と照討準、そしてダナン・デナンの3人だった。
「しかし、たかが唐揚ごときでよくもここまで大事になったものだ……」
「は、針村さん。そそ、そんなこと言ったら、凱先輩や憤激くんが怒っちゃうよ」
槍姫は呆れ、その愚痴に警鐘を鳴らす準。
あの2人の好みに対する執着心は異常で、それ故に槍姫の愚痴が何の火種になるか分からなかった。
「ま、凱くんの無茶はいつものことだし、たぶん憤激くんも同類な気がするんだなぁ~」
いつも通りの呑気な声で、的確に指摘するダナン。
凱との付き合いはこの学園に入ってからだが、3年も一緒に行動していれば概ね同類の臭いを嗅ぎ付けることができるようになっていた。
「ところで照討くん。実はキミの【心器】を改良したものの試作品が出来上がったんだな~」
「か、改良、ですか?」
「そうなんだなぁ~。昨日の憤激くんとの一戦で、やっぱりオーバーヒートして使えなくなるっていうのは問題だから、冷却機構を実験的に取り付けたものを造ったんだなぁ~。前例の無い試みだったから、まだまだ改良の余地が残ってはいるんだけどなぁ~」
【心器】が耐えられないほどの【心力】を流されてオーバーヒートする、など想定されていない。だから冷却機構を付けた【心器】は、閃羽ではダナンが最初に造ったことになる。
そもそも、世界中探してもそんな事例は稀有だ。
そんなことになってしまう霊、昂、準の3人が異常なだけ。
しかし、技術者としてこれほど贅沢な人材もいないと、ダナンは考えている。
何しろ、常識外れの性能を付加してもなお、彼らは使いこなせる。自らが造った【心器】の限界を、彼らが使うとこれでもかと言う程に見せつけられるのだ。燃えない訳が無い。
彼らが十全にその能力を発揮できる【心器】を作り出すこと。それが今のダナンの目標になった。
と言うわけで残された3人は、探索部がある部室棟から工学棟へ向かう。
事が起こったのは、工学棟への道中……中庭を通っている時だった。
「よおぉぉっ!! 照討ぃぃいいっ!!」
ドスの聞いたデカい声。そして耳障りでもある声が、3人に襲いかかった。
「あいつ等は……」
「でっかい声なんだなぁ~」
見覚えのある3人組の男子生徒たち。
槍姫は露骨に顔を歪め、ダナンは呑気に言った。
「うっ……」
そして準は、その3人組を見て怯え始めた。
彼らは霊たちと出会うまで、常に自分をいじめ、パシリにしてきたグループ。
苦手意識……以上の恐怖が、準を竦ませた。
「2日ぶりだな照討ぃぃいいっ!! あの時はよくもやってくれたなぁ、アアン?!」
「どんな手を使ったか知らねぇが、Fランクのゴミがオレ達人間様に逆らう……許されるとか思ってんじゃねえぞ?」
「覚悟はいいかぁ? 今日はとことん私刑してやるよぉ」
ずかずかと準に詰め寄り、3人で1人を囲む形をとる。
と、1人の男子が何の前触れもなく準を殴り、倒れ込む準にさらに蹴りを入れた。
「おい、止めろっ!!」
槍姫が割って入ろうとする。
しかし、一番近くにいた男がナイフを持ち出し、槍姫の首に突き付けた。
「おい……動くんじゃねぇ。殺すぞぉ? そこの肉ダルマもだっ!!」
「……ぼく、ぽっちゃり系なんだなぁ~……」
微妙に落ち込む様子を見せたダナン。
しかし常備している工具……小型のハンマーに手をかけていた。
牽制されはしたが、強かだった。
「くっ……貴様ら、こんな物まで持ち出して……」
これが霊や昂であれば、素手で刃物を叩き折っていたことだろう。
彼らは【心器】無しで【心力】を扱えるから。しかし槍姫はそんなことできない。
素手で刃物を処理することはできないので、ナイフを突きつけられたら動くことは難しい。
「照討っ! 照討っ!! どうした?! なんで抵抗しないっ!?」
現状を打開することは、自分には難しいと判断。
ならば霊や昂に続く、準に期待するしかない……と思ってみれば、準は残った2人に袋叩きにされていた。
地面にうずくまり、蹴られるがままに暴力を受けていた。
「はっ! 出来るわきゃねえだろ! こいつはFランクの臆病者! 入学式からずっとオレ達がパシリにしてんだっ!! オレ達が怖くて抵抗できねえよ!!」
「なのにこいつは一昨日、オレ達に盾突いた。弱いくせに、オレ達に貢ぐ事を拒んだ。しかも、どんな手段かわからないが、オレ達に怪我を負わせたんだ……。マジ許せねぇ」
あの日、第7チームと準が初めて会った日。
この3人組は準から弁当を奪い、そして目の前で地面に叩きつけて滅茶苦茶にした。
その弁当は、準が家族のように大切にしている孤児院の子供たちが作ってくれたもの。それを滅茶苦茶にされ激昂した準が、無意識のうちに【心力】を操り、彼らを撃退した。
だが、それは本来有り得ない事。特に準をパシリにしていた3人組にとっては。
Fランクというゴミの烙印を押された落ち零れに負けるなど、彼らの【普通の人間】としての矜持が許さなかった。
「照討! おまえはもっと強いはずじゃないか!! 御神に認められ、憤激と渡り合ったおまえの力なら、こんな奴ら敵じゃないだろっ!?」
そう叫んで聞かせるも、準は反応してくれない。
代わりに反応したのは、ナイフを突き付けていた男子生徒だった。
「おい? オレ達があいつの敵じゃないだと? オレ等がゴミ以下だってのか?」
ナイフを持った男子は額に青筋を浮かべ、槍姫に詰め寄る。
一方、準を袋叩きにしている2人は、蹴りを入れながら問いかける。
「なあおいFランク様よぉ。あの女があんなこと言ってっけどよぉ……まさか本気にしちゃってねえよなぁ?」
「おまえは弱い人間だ。しかも生きる価値のないFランク。身の程というのを……弁えろよ?」
さらに激しい暴行を加える。
脇腹につま先を入れ、そこがろっ骨の感触を捉えては満足する。
蹴られた箇所をかばう手があっても、容赦なく蹴る。指がひん曲がろうが関係ない。
蹴る場所は一か所ではない。顔面も蹴り上げる。
―――惜しいっ!!
もうちょっとで眼球を捉えるところだったのに、当たったのは鼻っ柱。
鼻血が出やがって靴を汚した。汚らわしい。
ゴミの分際で赤い血を持つとか、マジ勘弁。人間じゃないくせに。
そんな行為を繰り返すうち、2人の息が切れ始めた。
「はぁ、はぁ……よぉしよし。大人しくなったなぁ?」
「Fランクがオレ達に逆らえばこうなるって分かっただろ? これに懲りたら、二度とオレ達に盾突くなよ?」
準は文字通り、ゴミのようにボロボロ。
見下しながら笑う2人の制服には、返り血が付着していた。それだけ、激しい暴行を加えたという事だ。
だというのに、準は……立ち上がった。
「もう……終わった……? なら、行っても、いいかな……」
「……あん?」
「僕……用事が……先輩の新しい【心器】を、受け取りに行かなくちゃ……」
足を引きずりながら、歩こうとする準。
弱々しくも動き出す彼は、棒立ちになる2人の男子生徒の間を抜けようとするのを、止められた。
「はっ……はははっ?! おい?! おいおいおいおいおぃぃいいい?! おまえに【心器】なんか必要ねえだろおおおぉぉ?!」
「Fランクに【心器】なんか、あっても無くても同じだ。どうせ使いこなせないんだからな」
準の肩を掴み、そして突き飛ばす。
尻もちを突いた準は、それでも再び立ち上がった。
「【心器】なんかもらってどうすんだよ? ああ?! てめぇにゃあ必要無ぇだろぉがっ!!」
「ひ、必要、だよ……僕は、孤児院のみんなを守るために、この心皇学園に来たんだから……」
Fランクというだけで、準の未来は暗闇に閉ざされている。
適齢期に達しても就職は厳しいと言わざるを得ない。
ならばせめて、社会的に必要とされていないこの命を、孤児院のために懸けよう。
捨て石でもかまわない。
それほどの覚悟で、準は心皇学園に入った。
だがそこでも、Fランクというレッテルがすべてを邪魔する。
「……おいおい。Fランクってのはよ、心が弱い奴のことなんだよ。つまりな、【心力】がクソミソ程も無いヤツのことなんだよ!!」
「そのFランクのおまえ如きが、何かを守るとか、出来るとか思ってんなよ……ウゼェ」
ただ強くなりたい。守るために強くなりたい。
誰かに迷惑をかけている訳でもないのに、まわりがすべてを否定し、阻んでくる。
「ったく。この間から孤児院の、孤児院のみんなを、とか……なあ照討ぃ? ゴミ風情のおまえが人間様に盾突く理由が孤児院ならよぉ……」
一呼吸置いて、笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「その孤児院、オレ等が消してやるよ?」
「…………―――え?」
痛覚が、消えた気がした。
「親無し共なんか、居てもしょうがねえだろぉ? しかもおまえと一緒に暮らしてる。そんな奴ら、お荷物なんだよ。これ以上人口密度を無駄に増やしたらよぉ、オレ等が窮屈で仕方無ぇんだよ」
「そういえば、おまえの所の孤児院には綺麗な女がいたよな? そいつだけはオレ等がもらって、他はぶっ殺してもいいよな」
「……―――え?」
何を言われているのか。
何を言っているのか。
心のどこかで、理解を拒む自分がいる。
心のどこかで、理解しろと叫ぶ自分がいる。
「知ってるか? 孤児院だなんだって言ってもよ、けっきょくは邪魔者扱いされてるってのをよ」
「【心蝕獣】の所為で、外縁防壁を広げる事はできない。だから地下へ、って話なんだが……そんなことするよりも、タダメシ喰らいの孤児院を撤去した方が建設的、って話があるんだ」
「……え?」
ダメだ。聞くな。考えるな。
御神霊も言っていた。
【心蝕獣】に対してならともかく、社会に対して何かを起こせば、孤児院に負担がかかる、と。
だが、耳に入ってくる言葉が、準の心を……Fランクの心の揺れ幅を、加速度的に大きくしていく。
「お荷物にしかならないなら、いっそ死んでくれた方が役に立つってんだよぉ? それが嫌なら、オレ達の慰み者くらしか、存在理由はねえだろ?」
「オレ達は命を懸けるんだ。無駄に生きるくらいなら、奉仕くらいしろって話なんだよ」
「……え?」
「決めた。どうせ、あそこをぶっ壊しても、誰も文句は言わないさ。今夜、決行だ」
「はははっ、いいなぁ! 思いついたら即実行。Fランクにはマネできない速攻だよなぁ!!」
(このっ……ゲス共がっ!!)
下卑た笑いを響かせる男子生徒たちに、心の中で槍姫が毒吐く。
こいつらのランクは知らないが、少なくともFランクを見下せるくらいには高いはず。
だが、本当にこんな奴らが、こんなことを口に出来る奴らのランクが、Fランクの準より優れていると言えるのか?
動けないもどかしさにイラつきながら、槍姫は歯ぎしりした。
「―――ねえ、やめてよ」
突然、準が言った。
されるがままだった準が、抵抗の意味を持つ言葉を、口にした。
「あ? おまえ、まだ分かんねえのか?」
「誰に指図してんの? オレたちに? おまえ如きが?」
準に近づき、睨みを利かせる。
準は俯いたままで、表情は見えない。
しかし、震えていた。
「やめて、よ……」
その震えは、自分達に対する恐怖心からだ……と、男子生徒たちは思い上がった。
そして同時に思う。
これは、痛めつけるだけでは理解できないゴミなのだ、と……。
「はぁぁぁぁぁ……もういいわっ。ゴミが人間様に逆らったらどうなるか、今すぐに分からせてやるわっ」
「今夜じゃない。今すぐだ」
準を残して去ろうとする2人。
だが次の瞬間、片方の男子が、くず折れた。
腹を抑え、痛みにのた打ち回る。
「ぐっ……あっ……?!」
「――――――ねぇ、やめてよ?」
準が、拳を握りしめていた。
自分の脇を通り抜けようとしたその男子に、一発喰らわせたのだ。
「くっ、照討、てめぇ……」
「――――――ねぇ、やめてよ?」
残った1人が準の所業に気付き、報復しようと殴りかかる。
だが、いつのまにか準の顔が……何も映さない暗い瞳が、目の前にあった。
「ぐほぉっ?!」
腹にめり込む、準の拳。
内臓を圧迫する拳は、橙色の【心力】に覆われていた。
「お、おいコラァ照討っ!! 何してやがる?!」
あっという間に2人を地面に這い蹲らせたことが、残った1人には信じ難い光景となって網膜に焼き付いていた。
「ゴミの癖にっ……舐めた真似を―――」
槍姫に突き付けていたナイフを離し、準に向かって襲いかかろうと1歩踏み込む。
「―――キミも、やめてよ?」
2歩目を踏み込もうとしたとき、目の前に準の暗い瞳が。
「がっ……」
何が起こったのか、分からなかった。
気付けば宙を舞っていて、先に倒れていた2人の元へ、重なるように落とされた。
しかも、準が馬乗りになっていて、こちらを見下ろしている。
準が、橙色の【心力】に覆われた拳を振り上げた。
それを無造作に落とし、振り上げ、また落としながら、準は必死に声を発する。
「ねえやめてよ?孤児院のみんなは関係無いでしょ?キミたちは僕がウザいんでしょ?なんで僕だけ狙わないの?なんで孤児院のみんなの話が出てくるの?関係無いでしょ?やめてよ?お願いだからやめてよ?僕はただ守りたいだけなんだよ?孤児院の皆を守りたいだけなんだよ?なのにどうして孤児院のみんなを殺すなんて言うの?孤児院を消すなんていうの?酷いよ?僕等は好きで孤児になった訳じゃないのに?寄る辺が無いから寄り添って生きてるだけなのに?どうして?【心蝕獣】に家族を殺されたから?殺された方が悪いの?だったら僕は殺すよ?僕等を殺そうとする【心蝕獣】を殺すよ?僕等を殺そうとする奴らを殺すよ?そすれば僕等は悪くないよね?だって殺された方が悪くて殺した方が生きてて良いってことだからだよね?殺して生き残っていれば僕等が生きてても問題ないってことなんでしょ?」
「ぼがっ……やめ……ぶふっ……―――」
3人をまとめてボコボコにする準。
全身からは橙色の【心力】が噴出しており、その状態で殴られることはかなり危険。
それ以上に……。
「……バカな。相手に、防御させないだと?」
準は顔面を殴っていて、いじめっ子たちはそれを防御するために、顔を腕で庇おうとしている。
しかし、準はその腕を素早く払い、返す勢いで器用に殴っているのだ。
霊が見出した準の力。
それは先天的な先読み能力と、圧倒的な動体視力。
それらが合わさると、相手はまともな防御をさせてもらえず、一方的な暴力に晒されるのみだった。
「くっ……! やめろ、照討!!」
槍姫が後ろから準を抑えようとする。
しかし、強大な【心力】を纏う準に、生身では歯が立たない。
それどころか、羽交い絞めにしようとしても、スルっと抜けられてしまう。終いには腕すら掴めない。
どうやら、こちらの動きすら目の端で捉え、予測し、拘束されないように殴っているらしい。器用すぎる。
(くそっ……どうすれば止められるっ!?)
このままでは、殴られている相手が死んでしまう。いくらなんでも、殺人はまずい。
Fランクというだけで即極刑もありえるし、彼を高く買っている霊が、どういう行動を起こすかも気になる。
こんなときに御神がいれば……そう思わずにはいられない。
焦りによって冷や汗を掻き、それが滴となって落ち始めたとき……呑気な声が掛かって来た。
「照討く~ん、それ以上やったら死んじゃうんだなぁ~」
ダナンが準の前にやってきて、そう声をかける。
だが、準はぶつぶつ言いながら殴るのを止めない。それでもダナンは話を続ける。
「もしキミがこの人たちを殺したら、キミは犯罪者になるんだなぁ~。そうなったら、孤児院の人たちがどう思うか考えてみるんだなぁ~」
―――止まった。
ダナンの口から、孤児院という単語が出た瞬間に、準は暴行を止めた。
「それに孤児院にも迷惑が掛かるんだなぁ~。Fランクの犯罪者を育てた、とでも言われたら、孤児院の汚名になるんだなぁ~」
「……はい。そう、ですね」
立ち上がり、3人のいじめっ子たちを見下ろす準。
その顔は、すでに無表情。あの暗い瞳は鳴りを潜めていた。
「それじゃあダナン先輩。早く工学棟へ行って、【心器】を見せてください」
そうして、何事も無かったかのように、明るい声と笑顔で言った。
準の中には、すでにいじめっ子たちの存在は無いものになっているのか。
「……照討……」
あまりの変容ぶりに、槍姫はかけるべき言葉が見つからなかった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
「と、いうことがあったんだ。正直、ダナン先輩がいなかったらと思うとゾッとする……」
「私も……憤激くんに反論できなかったな……」
放課後、家庭科室の一角を借りて、探索部は唐揚を作っていた。
とはいえ、作っているのはこころだけで、他は出来上がりを待っているという状況。
ちなみに、準とダナンはこの場にいない。
改良した冷却機構搭載型【心器】の調整のため、工学棟に籠もっていた。
唐揚ができる間に、槍姫は準の暴挙を、朗は昂の残虐性を、それぞれ霊に話して聞かせた。
「そっか……折りしも、凱先輩に話していたことが起きていたんだね……。ちょうど良いから説明しようか」
霊は、一般的に言われている【心力】の強さの根源が、必ずしも正しいものではないという事を聞かせた。
それは凱に話したことと同じ。
道徳的で正しい行いをする正義の心よりも、昂のように復讐に狂った負の感情の方が【心力】を強くする場合もある、というもの。
準についても然り。
孤児院に対する執着心が、準の【心力】を強大なものにさせる。
「ねえ御神くん。その話が本当だとすると、ランクの意味はどうなるのかな?」
「朗、御神が今説明しただろう。ランクが高ければ高いほど、即座に【心器】に伝達されるエネルギーの指向が、攻撃的になりやすいと」
「え? う~んと、それは聞いてたけど、エネルギーの指向が攻撃的になりやすいって……好戦的ってこと?」
疑問を呈する朗に、槍姫が改めて補足するが……彼女はさらに混乱してしまったようだ。
「ちょっと違うかな。そうだな……他に良い例えは……これなら、どうかな?」
少し考えた霊は、改めて例を出す。
「車に例えてみようか。
高ランク者は、ギアの切り替えがスムーズにいく。すぐに最高速度までもっていけるとしよう。
これはつまり【心力】をすぐに活性させられるんだ。
対して低ランク者は、ギアの切り替えがやり難い。最高速度までいくのに時間がかかる、どころかエンストして動けなくなることもある。
平時にいきなり戦え、と言われても【心力】はなかなか活性しないんだ」
「戦うべきときにすぐ戦えるような【心力】を発揮するのが高ランク。できないのが低ランクということだな?」
「うん。ギアの切り替えが上手くいかないってことは、カーブを曲がるとき危険だよね?
ギアを切り替えられれば、というのは、状況に応じて動ける……司令官の命令を聞けるってこと。
でもギアを切り替えられないということは、司令官の命令を無視して戦い続ける危険性がある。
カーブに差し掛かっても曲がり切れず、そのまま追突して……ドカン、という訳さ」
「でも、御神くんや憤激くんを見てると、ギアの切り替えが速い気がするんだけど……」
「それは、ぼくらの戦える理由……昂で言えば【心蝕獣】に復讐するというのが着火剤になるから。【心蝕獣】に復讐するためならすぐ戦闘態勢になれるし、それを邪魔しようとするものがいれば、それもまた然り。
その代わり、復讐が遂げられるまで……目の前の【心蝕獣】を倒すまで止まらない。誰の命令も聞かないんだ」
【心蝕獣】に復讐するために、残虐な殺し方をした。
【心蝕獣】に復讐するために、問答無用で霊を連れ戻そうとした。
【心蝕獣】に復讐するために、強大な【心力】を引き出すことができる。
昂の戦える理由。そして強さの源。
ギアの切り替えが上手くいく条件……すべて、復讐が絡んでいた。
「照討の戦える理由……それが孤児院だとすれば、あいつらが孤児院を脅かそうとしたのが、照討の凶行を誘発する要因になったわけだな?」
「そうだね。普段はすごくビクビクしている照討くんの【心力】は低いままだけど、孤児院が関わると豹変する。そして【心力】が高まるんだ」
孤児院を脅かす存在。
それが【心蝕獣】であろうと、人であろうと、準は躊躇い無く殺すことができる。
躊躇いが無いから、すぐに【心力】が強くなる。
孤児院が関わる場合にのみ、だが……。
「ランクの高い人なら、理由無しに【心力】を強くできる。でも……ぼくらのようなFランクはそれができない。
こういう人たちはね、とても扱い難いんだ。しかも手に負えなくなれば……暴走すれば……味方にも被害が出る。
だから、扱いやすい高ランク者を遇することにしたんだよ……世界はね」
どんなに強力な兵器でも、期待通りの性能を発揮しないのであれば意味は無い。
また、自らをも巻き込むほど強力な核兵器よりも、狙った敵だけを屠れる銃火器の方が、使い勝手が良いのは誰にでも分かるだろう。
「でもまあ、この事はあまり他人に言い触らさない方が良い。今さら真実を言ったところで、変な目を向けられるのはこっちだし、何よりそれで世界は上手く回っているんだから……」
「……今のを聞かされて、はいそうですかと納得いくはずもないが……御神の言い分はわかった。そしてそれが正しいのだろうな」
「でも……なんか、価値観が変わっちゃうね……」
溜息を吐く2人に、霊は気休めと分かっていながら付け加えた。
「別に、高ランク者の【心力】……最高速度が、低ランク者のそれに及ばない、ってことはないよ。
ぼくの知り合いにBランクの人がいるけど、その人はぼくと同じくらいの【心力】を有しているしね。
要は、本当に心の強さが問題なんだよ。何かを成したい、という強い意志・想いが、【心力】の本当の強さを決めるんだ。
ただ、低ランク者の場合、狂ってしまうくらいに執着してしまう事が多いから、比例して【心力】の最高出力が高くなる。
狂ってしまうほどの想いに対し、平常心で対抗するのは難しいよね? そういう事なんだよ。
【心力】の……心の強さっていうのはね……」
「……ねえねえ、御神くん。それじゃあ、御神くんの戦える理由って、なに?
憤激くんや照討くんみたいに、その……狂ってしまう程、何かに執着してるとは思えないんだけど……」
朗に聞かれ、それについてどう答えたものか、霊は迷った。
言って理解されないか、あるいは嫌悪されるかのどっちかか……。
そんな折、唐揚を作っていたこころが呼びかけて来た。
「出来上がりました。凱先輩、憤激くん、どうですか?」
出来上がった唐揚を、2つの皿に分けて出す。
醤油で下味を付けられた唐揚は、見事なきつね色。揚げたての音を響かせていて、とても美味しそうだった。
それを一つ、箸でつまみあげ、昂は咀嚼した。
「……おう。美味いじゃねえか。これなら文句ねぇぜ」
口の中で広がるジューシーな肉汁と、醤油のコク。
満足そうに昂は合格点を出した。
「ふむ。美味だ。醤油のコクとレモン汁の酸味が見事に調和している。貴様は良い嫁になるなぁ。はっはっはっ」
凱も一つ取り、レモン汁をかけて口の中に頬張る。
その出来に不満はなく、心から褒め称えた。
「出来上がったみたいだね。じゃあ、ぼくも行ってくるよ」
「あ、御神くんっ」
話が途中なので呼びとめるが、それを察していた霊がすかさず制した。
「その話は、また今度してあげるよ」
そう言って有無を言わさず振り返り、こころのもとへ歩き出す。
こころが小皿に2つ唐揚を盛りつけ、箸とともに霊へ手渡す。
まずは素揚げの物を1つ、それからレモン汁をかけた2つ目を食べた。
どちらも美味い。
醤油ベースであろうと、レモン汁をかけたものであろうと、程よく揚げられた唐揚は、絶品の一言に尽きた。
「どうだ? 御神?」
「どっちが美味いんだゴルァ?」
霊に迫り、判定を促す凱と昂。
ひとしきり味わった霊は箸を置き、感想を述べた。
「どっちも美味しいね。さすがこころ」
目の前に迫る2人は完全にスルーして、こころに笑顔で感想を言う。
「どっちも美味いのはわかってんだよ! より美味いのはどっちか決めんのが目的だろうがっ!!」
「いや、まあそうなんだけどさ……。どっちもどっちでしょ?」
瞬間、凱と昂の何かが切れた。
それはもう、盛大に切れた。おそらく、家庭科室の外にまで聞こえるんじゃないかという切れ具合だった。
「み、御神貴様ぁーーー!! どっちもどっちなど、そんな事があるかぁ!!」
「そうだぜ霊ぃ!! どっちもどっちとか、テメッ喧嘩売ってんのかゴルァ?!」
「そうじゃなくてさ……ぼくは―――」
何か言おうとした、その時。
霊の前にもう1品、唐揚が置かれた。こころが置いたものだ。
「霊くん、頼まれていたものです」
「むっ? なんだ、これは?」
「白い、唐揚、だと?」
新たに出された唐揚は、醤油ベースの唐揚とは違い、白いころもを纏っていた。
揚げ時間が短かったわけではない。これは、白い唐揚なのだ。
「ありがとう。久しぶりだな……。いただきます」
それを口に頬張る霊。
次の瞬間、醤油ベースの唐揚を食べたとき以上に、霊の顔はほころんだ。
「うん、やっぱり前に食べたときよりも美味しくなってる。塩味の唐揚」
「「塩味の唐揚ぇ?!」」
まったく同じタイミングで絶叫する、凱と昂。
しかしすぐさま我に返り、霊に詰め寄った。
「どういうことだ御神!!」
「なんで塩味がここで出てくんだ?!」
「ぼくがこころに頼んで、作っておいてもらったんだよ」
この唐揚勝負が決まった直後、霊がこころに頼んでおいたもの。
それは、塩味の唐揚を用意してもらう事だった。
なぜなら……。
「ぼく、塩味の方が好きだからさ」
と、いう訳である。
霊が閃羽を離れる前、こころは母親の手伝いではあったが料理をしていたことがある。
そして、はじめて霊に振る舞ったのが塩味の唐揚。
霊はそれを甚く気に入り、塩味の唐揚が大好物になったのだ。
「ふ……ふざけんなゴルァ!!」
「御神貴様ぁーーー!! 塩だとぉ?! 唐揚といったら醤油にレモンであろうに!!」
「いいや違うぜ!! 醤油オンリーに決まってんだろゴルァ!! 塩とかテメッ、ただしょっぱいだけの味付けとか、それでも人間かゴルァ!!」
まさに予想外の展開。
醤油オンリーでも、レモン汁付けでもなく、いきなり不意打ちで出て来た塩味に、すべてを掻っ攫われたのだ。
キレるな、という方が無理である。
「なに? なんか文句あるの? こころの作った唐揚、バカにするとか……【序列5位の力天使】ふぜいが、調子にのるなよ……」
そして事は振り出しに戻ってしまう。
いや、霊が参戦したからもっと事態は大きくなってしまっただろう。
霊・昂・凱による三つ巴の睨みあいは、まさに一触即発。
「はぁ……まったく。好みなど人それぞれだろうに……」
「にゃはは……やっぱり好みがモノを言うよね。でもなんというか、事態がさらにややこしくなるのは、さすが御神くんというか……」
さっきまで消沈気味だった槍姫と朗は、こんな結果になったことで呆れ、また深刻に悩むこともないかとため息をついた。
どんなに狂っていようが、それ以外ではまったくもって子供。
ぐだぐだになった結末と、睨みあいを続ける3人を余所に、槍姫と朗はこころの唐揚を残らず食し終えたのであった。
無論、後で男3人に文句を言われたのは言うまでもない。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●針村槍姫――――背の高いクールな少女。こころの親友。
●戯陽朗――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。
●輝角凱―――――戦闘学科の3年生。野生児的でトラブルメーカー。
●憤激昂―――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。
●照討準―――――小柄で気弱な男子。孤児院の皆を何よりも大切にしている。
●ダナン・デナン――心理工学科のぽっちゃり系3年生。【心器】に関する技術はなかなかのもの。