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第30話【一人の愚者と、百人の賢者】

*残酷&不快な描写注意




―――心の強さ。それは一般的に言って、正のイメージがあると思います―――


―――愛と勇気と優しさ。素直で穏やか。物事をプラスに考えられる柔軟性―――


―――Sランクの人ほど、これらの要素を強く持つ傾向にあります―――


―――ですがそれは、一面的な見方でしかありません―――


―――俗っぽく言えば、マイナス面の心でも……場合によっては強い力となります―――




聖人君子とは間逆……残虐なやり方で、【心蝕獣】を殺す。


昂は、それで自分の【心力】の強さ……心の強さを証明すると言う。


「朗、テメェはあそこの木の上にでも座って見てろ」

「へ? って、うっきゃぁぁあああ?!」


昂は、唐突に朗を放りあげる。

悲鳴を上げながらも、昂のコントロールが絶妙だったのか、座るのに十分な太さの枝に着地することができた。


「ちょ、ちょっ、ちょっと!! せめて一声かけてよ!! びっくりするじゃない!!」


枝に座りながらも木の幹にしがみ付き、抗議の声を張り上げる。


「かけたろ。そこに座ってろって」

「投げるなんて聞いてないっ!!」


「察しろよ」

「な、なん……なんで、自分が悪いって、欠片も、思わない、か、なぁ~~~?」


間髪入れずに即答してくる昂に、怒りを隠しきれない様子の朗。

睨みつけるも、すでに昂は【心蝕獣】に視線を向けており、朗を見ていなかった。


「いいか? 手は出すなよ。オレがどんな戦い方をしてもな。手ぇ出したら……テメェでも殺す」


緑色のガントレット型【心器】……否、【殺神器】を両腕に装着。

そして全身から緑色の【心力】を放出し、万全な戦闘態勢をとる。


「朗、よぉく見ておけよ? 強い力とは、強い【心力】とは、強い心とは何かってのをな」




―――昂を例に挙げるのが、一番分かりやすいでしょうか―――


―――彼が【心蝕獣】と戦う目的。彼が戦える理由……それは……―――




口の端を釣り上げ、凶暴な笑みを見せる昂。


そんな彼に向ってくるのは、3体の【心蝕獣】。

狼に近い外見を持った四足歩行の獣型。ポーンクラスの一つ上。下から2番目のルーククラス。

一般的には、ルークウルフ、と呼ばれる。

側頭部に三対六つの複眼を持ち、鋭い牙をのぞかせて獲物に食らいつこうとしている。


が、昂は向こうが襲ってくるのを待つほど、気の長い男ではなかった。


「行くぜぇ……一匹残らず――― ぶ っ 殺 し て や る よ ゴ ル ァ ! ! 」




―――すべての【心蝕獣】を、残らず殲滅することです―――




前に飛び出す昂。

踏み込みが強烈だったのか、土煙が盛大に上がる。


瞬く間に3体のルークウルフに肉薄。


一番大きい真ん中の個体の喉元を掴み、真上へ、空高く放りあげた。


「下りてくるまでに、っとな!!」


次いで、2番目に大きい個体に狙いを定め、その頭を足で踏みつける。


「アレが父親で、てめぇが母親だろうなぁ? んで、この1番小っこいのが、テメェらのガキってところか」


踏みつけている個体を助けようと、1番小さい個体が昂に襲いかかる。

しかし喉元を鷲掴みにし、動きを拘束した。


「どうしたぁ? 早くオレの足を退かして掛かって来いよ。テメェのガキが窒息しちまうぜぇ?」


昂は、掴む手の握力を徐々に大きくしている。

1番小さいルークウルフの個体は、息ができずに口から泡を吹いていた。


「グルルルルッ! グゥァァアアッッ」

「ハッ! テメェのガキが死にそうなんだ。もっと力入れろや」


昂が母親と断定したルークウルフは、我が子を助けようと必死に昂の足下でもがく。


だが、昂の【心力】の前に、母ウルフは無力だった。

どんなに暴れても、昂の足を退けることが出来ないでいた。




―――ただ殲滅するだけではありません。より残酷なやり方で殺すこと―――


―――おおよそ考えうる限りの、ありとあらゆる残虐非道なやり方―――


―――【心蝕獣】に惨たらしい死を。それが昂の戦える理由です―――




「それとも、こうしたらもっと力が入るかぁ?」


昂は、空いている片腕を子ウルフの胴体に持っていき、掴む。

そして、引っ張る。

首と胴体を引き千切ろうとしているのだ。


「ガァァアアアア!!」

「オラオラァ~……ガキの首が、千切れちまうぜぇ?」


母ウルフが一層暴れる。


そんな様子を嘲笑う昂は、さらに力を入れ……ついに子ウルフを引き千切った。


千切れた首元から大量の血飛沫が噴出。

それは昂と、母ウルフに降り注ぎ、その場の全てを赤く染め上げた。


「ギャハハハハッ!! ざぁ~んねぇ~んでぇ~したぁ~! テメェのガキは首と胴体がお別れしたので死にましたってよぉ!!」


肩を大きく震わせ、下卑た笑い声を張り上げる。


その目は狂気に満ちていて、残酷な仕打ちを楽しんでいるのがわかる。

正常な人間とは思えない、狂気の狂喜。


血に染まりながら笑い続ける昂を、朗は怯えながら見ていた。


「な、なんで……あんな残酷なこと、できるの……? 狂ってる……狂ってるのに、なんなの? あの【心力】の強さは……」


霊や昂、準、凱といった者たちの所為で忘れ勝ちになるが、ルーククラスの【心蝕獣】に一対一で戦えるような人は少ない。

ほとんどの人間はポーンクラスを相手にするのが精一杯であり、ルーククラスは小隊長並みの実力がなければ難しい。


昼休みの一件で、霊や昂がロードクラスという、一般の常識からかけ離れた存在だということは説明された。

だが実感が湧かない。

この残虐非道な行いを見て、なおさら疑問に思う。


一般的に言われる、心の強さ。

それは正義を重んじ、道徳を重んじ、義を重んじる、等々の人として正しいものを持つことが必須だと教えられている。


だから、こんなやり方をする昂の心が強いはずはない。


ほとんどの人間が数に任せてようやく倒せるルーククラスを、単独で圧倒できるはずがない。


だが……現実はどうか。

昂は残虐な戦い方をし、それに狂喜しているというのに、3体のルーククラスを屠りつつあった。


「さてさて……次はテメェだ。そういやぁ、最初に放り投げたヤツはどの辺にいるかねぇ?」


1番大きい個体……便宜上、父ウルフとする個体は、未だ落下の最中だった。


「はっはっはっ。早く落ちてこねぇと、テメェの女も死ぬぜぇ? オレは待ってやるほど気ぃ長くねぇから、よぉ!!」


踏みつけている母ウルフを蹴り上げ、次いで、殴る。


「テメェが落ちるのが先か、テメェの女が死ぬのが先か、どっちだろぉなぁ?!」


地面に這い蹲らせ、一方的に殴り続ける昂。

殴る度に、牙がへし折れ、骨格が砕け、血が噴き出す。

無論、すべて母ウルフのモノだ。


「ガァァァアアア!!」

「吠えてばっかで何もできてねぇなぁ? 殺すぜぇ? 殺すぜ殺すぜ殺すぜぇぇえええ!?」


昂は狂った笑いを続けながら殴りまくった。

一撃入るたびに、母ウルフの命が確実に潰されていく。


「もうっちょっとかぁ? もうちょっとだなぁ!? でもよぉ……」


真上から落ちてくる父ウルフを見上げ、狂気の冷笑を向ける。


それからゆっくりと拳を振り上げ、


「もう間に合わねぇよぉ!!」


振り下ろす。

【心力】を纏ったガントレットが、母ウルフの頭を潰し散らした。

内蔵物が血液とともに飛び散り、地面にぶちまけられる。


直後、父ウルフが吠えた。


怒りの咆哮。

目を血走らせ、牙を剥き出しにし、落下先の昂へすべての憎悪をぶつける。


「憎いかよ? オレが。テメェの家族殺したオレが憎いかよ? どれくらい憎いんだ? オレを殺したいくらい憎いかよ?」


口の端を上げながら笑う昂は、挑発するように問いかける。


それに応えるかのように、父ウルフが一層吠える。




―――昂は5年前、故郷と自分の家族を【心蝕獣】によって滅ぼされました―――


―――それも……目の前で―――


―――そしてぼくは、その事実を突き付けました―――


―――そうすることで【心蝕獣】に対する昂の憎しみを増幅させられると思ったからです―――


―――思惑通り、憎悪と復讐心に取り憑かれた昂は、負の感情を原動力とし……―――




「そうかよぉオレが憎いかよぉ……。けどなぁ、オレの憎しみの方が―――」


肉薄する、昂の狂眼と父ウルフの牙。


「 ず っ と 強 い ん だ よ ゴ ル ァ ァ ア ア ア っ ! ! 」


昂の【心力】が、右腕のガントレットに集中する。

激しく明滅するその【心力】は、昂の長身を覆い隠しそうになるほど、大きい。


大量のエネルギーに変換された昂の【心力】は、ガントレットを通して周囲に吹き荒れる。


ただ集中するだけで風を起こし、周囲を吹き飛ばし、相手を威圧する。


ガントレット天に向かって突き上げ、静止状態のエネルギーを運動状態へ。




―――膨大な【心力】を発揮するに至りました―――




「 う ぉ ぉ ぉ お お お ら ぁ ぁ ぁ あ あ あ っ ! ! 」


緑色の光を纏ったガントレットが、父ウルフを殴りあげる。


膨大な【心力】を叩きこまれた父ウルフは、跡形も無く爆散霧消。

それでもなお、昂の【心力】は光柱となって天を貫き、昼間の森を照らした。


「はっはっはっ……ははははっ……ギャーーーハッハッハッハハハハハハハハッ!!」


天を仰ぎ、大声をあげて笑う昂。


血に染まったその体が震えるたびに、赤い液体が滴り落ちる。


「あぁ~~~スカッとしたぜぇ……。昨日は不完全燃焼だったからよぉ。はっはっはっはっ」


一頻(ひとしき)り笑った後、ゆっくり息を吐きながら呟く。


霊との戦いは決着付かずで、スッキリしなかった。

その結果をよしとしたのは昂自身ではあるが、燻ぶる思いを消火できずにいたのは確かだ。




―――憎悪……復讐……それらは確かに原動力となるであろうな……―――

―――だがなぜ一般的に言われているものと間逆の心で、貴様らはあれほどの【心力】を生み出せるのだ?―――


―――心の力を物理エネルギーに変換する。それもまた、一面的な見方でしかありません―――


―――【心器】を通して生み出したエネルギー。その指向を決定づけるのは、人の心です―――


―――【心蝕獣】に復讐しようとする心。【心蝕獣】を殺そうとする心―――


―――その感情が強いほど【心力】は強くなり、【心蝕獣】を殺すために変換されるエネルギーは大きくなります―――


―――普通の人でも、戦いになれば相手を殺すために感情を昂ぶらせますよね?―――


―――それはつまり、【心力】による【心器】の殺傷力増加を意味します―――




しばらくして、昂は歩き出す。朗を回収するためだ。


「よぉ朗。どうだったぁ? オレの【心力】が、戦い方が、聖人君子さまに見えたかよぉ?」


挑発するような問いかけ。

それは、朗のような一般人が抱く【心力】の強さ、心の在り方を否定するための、嘲笑だった。


「い、いくら【心蝕獣】が相手でも、あんな酷いやり方って、ないよ……」


【心蝕獣】は人類の敵。

確かにそうだが、朗は迷うように言う。


倒すなら一思いに。残虐に殺すことなど、無いと思っているから……。


「酷い? オレがぁ? じゃあアイツ等【心蝕獣】が、人間にしていることは酷くないのかよぉ?」

「そ、それは……」


座学でのことだが、【心蝕獣】の喰い方を教えられたことがある。


クラスや種類によって違うが、人の心を喰らおうとするとき、恐怖するようわざと追い詰めるとのこと。

その方が人の心の負の面が活性し、【心蝕獣】にとって最高の栄養源になる。


「アイツ等にとって人間を喰うことは、人間が家畜を殺して料理し、胃に収めるのと同じことなんだよ。

 だがなぁ、オレ等は家畜じゃねぇ。家畜と違って遥かに複雑な感情を持ってんだよぉ。

 身内殺されりゃあ、怒りもする。復讐しようとする。そして、より残酷な方法で復讐しようとする。

 それがオレの生き甲斐だっ!! 家族のっ! 故郷を滅ぼされたことへのっ!! 私怨による復讐!!

 オレの戦える理由だっ! オレの【心力】の原動力! 強さの源だ!!」




―――守るために相手を殺す―――


―――しかし昂は、復讐するために相手を殺す―――


―――動機の違い。ですがどちらも最終的な【心力】の指向エネルギーは殺しです―――




「優しい心で【心蝕獣】を殺せるかぁ?!

 慈しみの心で殺せるかぁ?!

 慈悲で奴らを殺せるかぁ?!

 綺麗事並べりゃあ、ぶっ殺せるのかぁ?!」




―――出せる指向は同じ。では、より大きなエネルギーを出せる要因とは何か?―――


―――それは強い感情です―――


―――相手を殺すという感情が大きければ大きいほど、【心力】は強大になります―――




「違うなぁ!! 憎いから殺せる! 怒りを感じるから殺せる! 嫌いだから殺せるっ!!

 だから【心力】の攻撃エネルギーが高まる!! オレのこの、私怨に満ちた心を原動力にしてなぁ!!」




―――簡単に言いましょう―――


―――ぼくらのような人間を簡潔に表す言葉です。それは……―――

「納得いかねぇか? なら、納得のいくシンプルな表現をしてやるよ。それはなぁ……」




『愚者一人いれば、賢者百人分の働きをする』




―――要は、結果を出すためにどれだけ【執着】できるか―――


―――それが【心力】の強弱を決める、決定的な要因なんです―――




「【心蝕獣】に復讐を考えているオレの方が、安っぽい正義感で戦ってるテメェらより、強い感情を引き出せるのは当たり前だぁ!

 強い感情を引き出せるってことは、そのまま【心力】の強弱に影響するからなぁっ!!」

「で、でも……【心蝕獣】にはそれでいいとして、じゃあ、人間が相手でも? 憤激くんは、人間が相手でも復讐をするの?」


「当たり前だろぉが。なんでオレだけやられっぱなしで黙ってなきゃいけねぇんだゴルァ?」

「皆殺しにするまで、残虐なやり方をするの? でもそれじゃあ、きっと新たな憎しみを持つ人が生まれるだけだよ……。

 その人を殺したことで、昂くんが恨まれるかもしれないのに? それじゃあ永遠に復讐は終わらないよ……」


「ああ、分かるぜぇその理屈。オレが一人の人間を殺せば、殺したそいつの親しい奴がオレに憎悪を抱くってんだろ?」

「それに、復讐したって虚しいだけだよ……。亡くなった人は、帰ってこないんだよ?」


「そう! それだよ! それなんだよっ!!」


弾かれた様に声を張り上げ、朗を指さす昂。


「虚しいと感じるために復讐すんだ! 生き返りはしないってことを認識するために復讐するんだよ!!」


昂とて、通り一辺倒の理屈を知っている。理解している。


「でなけりゃあ、オレは家族を、故郷を滅ぼされたってことを認識できねぇ!!

前に進むことも、立ち止まることも、顧みる事も、思い出を思い返すこともできねぇんだよ!!」


だが納得はしていない。


理不尽に奪われた家族を、故郷のことを。


納得、できていない。


「復讐したって虚しいだけのな分かり切ってんだよ! それを実感するために復讐すんだよ!!

 死んだ人間は生き返らない? 分かり切ってんだよ! それを認めるために復讐すんだよ!!」


復讐を遂げることで、はじめて昂は悲劇と向き合える。

そう考えていた。

いや、そうとしか考えられずにいた。


「……へっ。まあアレだ。失った者にしかわかんねぇ、なんて常套句は言わねぇよ。ただ、オレが今言ったことはすべて本心だ。復讐の連鎖を断ち切る気なんかねぇんだよ。それを止めたきゃ、否定したけりゃあ、力尽くで来い。オレの私怨よりも、【強い心】を持って、オレを止めればいいんだよ……止められるならなぁ?

 言っておくが、オレは1人で賢者1億人分の働きはするぜぇ?」

「……」


昂の挑発に対し、朗は今度こそ何も返せなかった。


聖人君子……清水のごとく澄み切った水でも、昂のような復讐者……煮え滾ったマグマを、鎮めることなどできない。


止められる気がしなかったのだ。

少なくとも、今の自分の【心】では……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




気を失ってしまったこころ。

彼女を背負って医療室まで運ぶ道すがら、霊は凱に、【心力】についての説明を続けていた。


「マイナス面の心でも、強い【心力】を出せる……。その理屈は分かった。ならばなぜ、プラスのイメージで無ければ強い【心力】を出せないという考えが広まったのだ?」


霊がどんなに強さを示しても、まわりのほとんどが納得しない。

それは、霊がFランクだから。


例えば、だ。

糖度1と出ている果物を食べたとしよう。そしてそれが、糖度10の果物より甘く感じた……。


検査機に問題は無い。すべて同じ結果を示す。なのに、糖度10よりも糖度1の果物の方が甘い。


その話を、誰が信じようか?


「それもまた、見方によっては真実だからです。そしてその方が都合が良かったんですよ」

「都合?」


「物事をプラスに考えられる柔軟な思考と心。そうであれば、いざ戦おうというとき、即座に【戦う気】になれます。そうすることで【心器】に伝達されるエネルギーの指向は、攻撃的になりますからね……」

「ふむ……確かに怯えていては、【心器】の威力は下がると聞くな……」


「ランクが高ければ良いというのは、思考の切り替えがスムーズにいくから。もっといえば、高ランク者ほど思考の切り替えが早く、柔軟性に富むため上手くいくんです」


そこで霊は、何かを思い出したかのように口を開け、言葉を続けた。


「ああ、それと……大和(おおわ)くんのように、自分の都合の良いように物事を解釈できる。それもまた、Sランクの柔軟性といえます。」


大和守鎖之(おおわ すさの)

彼もまたSランクであり、閃羽最年少のNo.5ナイトクラス。


守鎖之が低ランクの霊に負けたとき、霊が薬物強化していると疑った。

負けるはずのない相手に負けた……という事実を正当化する、自己解釈の産物だと言う。


「無論、Sランクとして本当に聖人君子のような人もいます。ただ、現在世界で普及している【心量計】は、本当に柔軟な心を持つのか、単に都合よく自己解釈できるだけなのかを、区別することができないんですよ」


人の心は複雑。

【心蝕獣】に少しでも速く対応するため、急ピッチで製作されたため、開発当初は大まかな反応しか検知できずにいた。

それが改良されずに今でも使われているのだ。


「一方で、ぼくや昂のような低ランク者は、柔軟な思考と心を持つことができません。

 一度考えてしまったこと、感じてしまったことを変えることは、早々出来ないんです」


頑固。

愚直。

我儘。


Fランクに多い傾向だ。


「もうダメだ、と思ったらそのままの心理状態であり続けることがほとんどです。だから社会に適応できない。

 だけど、一度やると決めたら、盲目的なまでに行動し、それが他者を害することならどんなことでもやれます。


先に例とした昂でいえば、復讐という感情に囚われたため、それ以外を度外視する。だから残虐な戦い方ができますし、復讐に関連することなら【心力】も強大になります」


【心蝕獣】を殲滅する。復讐する。

昂は異常なほどそれらに執着しており、その結果、自分を含めたすべてがどうなろうが構わないと、本気で思っている。


「なるほど……確かにFランクの人間は、物分かりの悪い人間が多いと言われている。

 それにSランク……特に権力者に多いが……。都合の良い自己解釈に長けていると聞かされれば、納得がいく。そういう奴らが多いからな……」

「時の権力者は、いち早く気付いたんです。【心量計】の欠陥に。だから、プラスのイメージだけをSランクに対して持つよう、情報を操作した。そしてFランクに侮蔑の感情を集中させることで真実を追求されることを(かわ)してきたんです」


医療室が見えて来た。

ノックをするが、返事は無し。しかし鍵は開いていた。


とりあえず霊たちは中へ入り、こころをベッドに寝かせる。

この医療室の主である保住建子(ほずみ たてこ)が来るまで、待つことにした。


適当な椅子を持って来て座り、今度は凱が話の続きを促した。


「理屈はわかった……。だが、おまえはそれでいいのか? 知っていながら、現状を変えようとは思わないのか?」

「ぼくにとって、ランクの認識の間違いはどうでもいいことなんです。

現状を変えて【心蝕獣】を……そして神を殺せるならいくらでもやりますが……労力に見合ったメリットを、今のところ見つけられませんので……」


霊の目的は【心蝕獣】と、その頂点に立つ神を殺すこと。


ランクによる差別意識を改革することなど、彼にとっては二の次以上の些事だ。


「ふむ……だが、おまえはそれでいいとして、嫁の方が納得するとは思えんが?」

「こころは優しいですからね……。けれど、今さら何をどう言おうとも、人々の間に根付いた観念を変えることは容易じゃありません。そんな苦労を、こころが背負う必要はありません」


もちろん、こころの優しさを異端視し、迫害するような輩があれば、全力をもって徹底的に排除するつもりだが。


「あと、先輩。こころはぼくの嫁じゃありませんからね? こころに失礼ですよ」

「何を言うか。こ奴とて満更ではなさそうだぞ? 貴様はそこまで鈍感ではないはずだ」


呆れたように言う凱。


彼から見ても、こころは霊に好意を寄せているように見える。

御神の嫁、と言われて強く反論しないし、なにより二人の距離はいつ見ても近い。


「ええ、まあ。小さい頃は、お嫁さんになる、みたいなことをよく言われましたけど……でもそれは子供のころの話です。

 現在は、今のぼくと10年前のぼくを、重ねて見ているから懐いている、という感じだと思いますけどね。

 10年も経てば人は変わります。ぼくは、こころの想像通りの人間ではないことを自覚していますから……」

「貴様ぁ……それは違うだろうに……」


今度こそ、凱は呆れ果てた。


10年も経てば変わるという言い分は分かる。それに、子供のころ好かれていたからといって、今も好かれているとは限らない、というのもわかる。

10年も離れ離れになっていれば尚更だ。


でも……。


「いいか? 貴様はすでに、数々の偉業を……それこそナイトクラスの打倒から【心蝕獣】の殲滅までやって見せているのだぞ? そしてどのケースでも、おまえは嫁を助けている。惚れんほうがおかしい」


それでも、霊は10年前の自分ではなく、今の自分を正直に見せているはずだ。

少なくとも凱は、霊が飾るような人間に見えなかった。


そしてこころは、今の霊も受け入れているように感じる。


「凱先輩。ぼくは、本当はこころの前に現れるつもりは無かったんですよ」

「何故だ?」


「ぼくはFランク。ぼくと一緒にいれば、ぼくと知り合いだと思われれば、それだけでこころに迷惑がかかると思ったからです。だから、姿を見せずに戦おうと思っていました。

 でも、いざここに帰ってみたら、こころは【心兵】になろうとしているじゃないですか。

 さすがにぼくでも、そばに居ないとって思って、こうして一緒にいるわけですが……」

「だからこそ、気兼ねなくこ奴の隣にいるために真実を……とは思わんのか?」


「さっきも言いましたよね? 人々の間に根付いた観念を変えることは容易じゃないと……」

「だから寄り添うことをしない、というのか? こ奴の気持ちはどうなる?」


「……だから、悩むんじゃないですか。こころの気持ちに沿うことをしたい。でも傷付いて欲しくない。

 例えこころが、10年前言っていたことが今でも本気なのだとしても、ぼくと一緒に居続ければ必ず迫害されるでしょう」

「では聞こう。10年も経ちながらここに戻り、こ奴を守るお前の気持ちを」


「約束したんですよ。強くなって守るって……。その約束を守ることは、ぼくがFランクと分かっても変わらず接してくれた彼女に対する、ぼくの恩返しなんです」

「フンッ。まどろっこしい。御神よ、悪いがその理屈は通じんぞ? ようは二人の問題なのだからな。周りの事など気にするな。貴様らは孤独ではない。貴様のチームメンバーを含め、我が探索部も、貴様らの味方なのだ。

いいか、この事を、この事実を、絶対に忘れてくれるなっ」


言うだけ言って、そして念を押すように言って、凱は医療室から出て行ってしまった。


あとに残された霊は、今の言葉を反芻しつつもため息交じりに呟いた。


「無茶を言ってくれるなぁ……凱先輩は……」


まわりのことなど気にするな。

霊一人の問題であればそれでいいのだが、こころを巻き込むとなればそうもいかない。


そう、考えた矢先だった。



「なにも無茶なことは言ってないと思います」

「えっ」


驚いて、俯いていた顔を上げると……ベッドで眠っていたはずのこころが、目を開けて霊を見ていた。


「こころ……。いつから、起きてたの……」


言葉が、途切れ途切れになってしまう。


(いつから? いつから起きてた? どこまで知られたんだ……)


なぜ、彼女が起きていることに気付けなかったのか。

凱との話を、どこまで聞かれたのか。


霊は、珍しく動揺してこころを見つめ続けた。




御神霊(みかみ くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

憤激昂(ふんげき こう)―――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。

戯陽朗(あじゃらび ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。

輝角凱(きかど がい)―――――戦闘学科の3年生。野生児的でトラブルメーカー。


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