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第26話【記憶の蓋】



心臓がバクバクと、破裂しそうなほど脈打つ。

血液の流れる音が脳に響き、頭痛と勘違いしそうになる。

戯陽(あじゃらび)(ほがら)は、それだけ本気で走っていた。


「うっそ……なんで、こころちんに追いつけないの……?」


突然こころが走り出し、朗はそれをすぐに追った。

なのに、こころはあっという間に加速していき、自分の視界から消えてしまった。そんな錯覚をしてしまうほど、速かった。


純愛(じゅんない)こころは【感応者】だ。

【心器】の遠隔操作に意識を集中するため、前線に出ることはほとんどない。そのため、身体能力向上の訓練は最低限しか行われないのが通例だ。


心皇学園に入るための受験訓練(受験勉強に相当する、適性試験に合格するための訓練)を受けていた中学時代から、こころは【感応者】としての才能を磨くことに費やしていた。そして身体能力向上の訓練を重点的に行っていた朗や槍姫と、運動能力に圧倒的な差が生まれた。


だから、こころに追いつけないということは、有り得ないことだ。


「はぁっ、はぁっ、とにかく、急がないと……」


ビットの通信から聞こえてきた、霊たちオフェンス組の状況。


聞こえて来た声は間違いなく、昨日の夜に本屋で出会った、茶色いフードを着込んだ高身長の男のもの。

しゃべり方が一緒だったし、なにより狙いが霊だと明言していた。


ようやくオフェンス組のいる、商店街を模したフィールドに到着。


「……へっ?」


商店街の大通りに入って視界に飛び込んできた光景は、朗に予想外の展開を見せている。


まず、こころに介抱される、全身痣だらけで血だらけの、ズタボロに傷付いた霊の姿。

圧倒的な強さを見せつけていた霊が、やられていた。


一体、誰が霊を?


決まっている。

模擬戦に割って入った乱入者……霊によれば憤激(ふんげき)(こう)という名前らしい、高身長の男だ。

霊の知り合いのようで、彼を連れ戻しにやってきたそうだ。


「御神くんがやられるって……あの人、どんだけ強いの……。っていうか、そんな人と今戦ってるのって……照討くん?」


次々と迫る拳を、黒い2丁拳銃を駆使した零距離射撃で防ぐ人物。


小柄で気弱な男子……照討(てらうち)(じゅん)

普段から何かに怯えたような挙動。そしてFランクということもあって、いじめられている男の子だ。


そんな彼が、霊を倒したであろう昂という男と戦っている。


一体何がどうなっているのか。


朗はこの場にいる親友の一人、針村槍姫(はりむらそうき)のもとへ駆け寄った。


「槍姫ちゃん槍姫ちゃん!! これってどういう状況?! 御神くんがやられちゃってるけど、まさかあの人が?!」

「ああ。私には目で追えないほど激しい戦いだった。だが御神は、自身の【心力】に耐えられる【心器】がない。そのために自分の能力を十全に発揮でず、激戦の最中に【心器】が爆発した。その結果が、あれだ」


視線の先には、こころに抱かれる霊。

虫の息という表現がすぐに浮かぶほど、目に見えて酷い状態だ。


「でも、御神くんが負けるってことは、あの男の人の【心力】もすごいってことでしょ? なんであの人の【心器】は壊れないのかな?」

「簡単なことだ。それだけの【心力】に耐えられる【心器】だということだろう。御神の知り合いということでもあるし、そんな高性能の【心器】を持っていたとしても、おかしくは無い。

 しかしな、問題はそこじゃない。そんな奴を、どうやって退ける? 今は照討が奮戦してくれているが、いつまで戦っていられるか……」


膨大な【心力】を纏わせたガントレット型【心器】。

その拳打のすべてに銃弾を当てて弾く、準の2丁拳銃。昂の動きに合わせていて、拳銃で殴っているかのような印象を受ける。


「すごっ……あれ、【ガン=カタ】って言うんだっけ? ホントに殴る様に撃ってる……」

「あの昂とやらの猛攻を凌ぐために、無意識にやっているんだろう。拳の動きに合わせて銃を移動しているから、必然的に【ガン=カタ】の流れになっているんだ」


「もしかして、もしかする?」

「いや、無理だ。照討の【心力】は御神に匹敵するらしい。ということは、照討の【心器】も持たないということだ。

 対して、昂とやらの【心器】は、閃羽に存在するどの【心器】よりも高性能。ジリ貧で照討が負ける……。どれほど照討の放つ【心力】の弾丸が強力でも、な……」


準の【心力】を圧縮した弾丸は、3階建てのビルすら一発で粉砕できる。

そんな威力を内包した弾丸をすべて弾く、緑色のガントレット型【心器】。その強度は如何ほどのものか。

あるいは、それほどの強度を持たせる憤激(ふんげき)(こう)の【心力】が凄まじいということか。


どちらにしても、強大で強力な力をもつ昂に対し、準が対抗できているのは【心力】のみ。


「どうしたぁ?! どうしたよぉ?! もっと頑張らねぇと、オレを倒すまえにテメェの【心器】がぶっ壊れちまうぜぇ?!」


その【心力】も、活かせる武器である【心器】が壊れる寸前で意味を成さなくなろうとしていた。


「くっ……このっ……」


焦りが無意識の声となって出てしまう。


黒い拳銃の銃口は、高出力の弾丸を発砲し続けたために赤熱化しており、限界が近いことが否が応でもわかってしまう。

心なしか、拳銃のグリップまでもが熱く感じた。


「【心器】に気を取られ過ぎなんだよっ、テメェは」


気を取られたのは、ほんの一瞬だった。

その一瞬のうちに、昂の姿は視界から消え、背後から声を掛けられる。


「っ?!」


咄嗟に拳銃のグリップ底で、殴打。しかしあっさりと受け止められてしまう。


「素人が……甘ぇよっ!!」


受け止められただけでなく、銃そのものが砕かれてしまう。

膨大な【心力】を纏った昂のガントレットが、叩きつけてきた側の銃を、逆に破壊した形だ。

【心器】としての性能、強度、すべてにおいて劣っている準の拳銃では、歯が立たない。


だが、まだ1丁残っている。


無理矢理に動揺を押し殺し、すぐに銃弾を放つ。

しかしそれすらも昂は弾いた。さきほどと同じように。


違いが出るとすれば、ここからだ。


「オレの腕は、2本のままだぜぇ?!」

「ぐっ?!」


受け止めたのとは反対側のガントレットで、準を殴打。

2丁拳銃を駆使してようやくなんとか戦いらしい戦いになっていた時とは違い、1丁を破壊された今、準の勝ち目は無くなっていた。


片方を捌くことは出来ても、もう片方は間に合わない。だからもう、あとは一方的だった。


「そろそろ限界だろぉ? 寝てろやっ!!」

「うあっ!!」


昂の拳が、準に炸裂。

内包された膨大な【心力】が準を吹き飛ばし、戦闘不能の状態にまで追い込んだ。


「はっ。【同列存在】だけあって、なかなか粘り強かったけどよぉ……オレも暇じゃねぇんだわ。

 そこんとこ、てめぇら理解してっかゴラァ?」


意識が再び、霊に向かう。

だが、その行く手を阻む存在がいた。


槍姫と、朗。


立ちふさがる様に昂の前に立ち、それぞれの【心器】を構えている。


昂はそのうちの一人、朗に向かって話しかけた。


「よぉ、お嬢ちゃん。昨日はありがとよ。おかげで霊を見つける事ができだぜぇ?」

「……こんなことするんなら、教えなきゃよかったよ」

「はっはっはっ。こんな手荒なマネをするつもりなんか、無かったんだぜ?」


軽薄に笑いながら、昂は二人に歩み寄る。


「オレはただ、霊を連れ戻しに来ただけなんだ」


一歩、また一歩、確実に近づいてくる昂。

朗と槍姫は、各々の【心器】を構える以上のことができない。あまりにも、力の差があり過ぎるから。


「だからよぉ……退いてろ」


昂がその気になれば、二人は動きを追う事すらできない。


一瞬で二人の間に現れた昂は、彼女たちの【心器】に触れ、自身の膨大な【心力】を流し込んだ。

霊や準と同等の【心力】。

そんなものを流し込まれた朗と槍姫の【心器】は、一瞬でオーバーヒートを起こし、煙をあげた。


「なっ……」

「うそ……」


戦いにすらならないことに愕然とする。

抵抗の術を失った二人は、昂がそのまま霊とこころのいる場所へ歩き出すのを、止められなかった。


「さてと……そこの女。霊を渡しな」


朗と槍姫の戦意喪失を確認した昂は、今度こそ狙いを霊に定める。


こころは、霊を守る様にして立ちはだかっていた。

霊は地面に横たえられており、2つのビットが彼を守る様にして浮いている。


こころの左腕には、4機のビットが連結させたシールドがある。


今、昂の視界に映っているのは6機のビット。

遠目から見たとき、この女は16機のビットを操っていたはず。だとすれば、残りの10機はどこへ?


疑問は、湧かない。なぜならすべて把握しているから。


「問答無用か。いい~ねぇ~。嫌いじゃないぜぇ、そういうのはよぉ」


上空、昂の真上から降り注いでくる、数発の黄色い弾丸。


発生源は、こころが操るビット。

降下しつつ【心力】の弾丸を昂に浴びせ、取り囲む。

そして絶え間ない連弾を、ビットの囲いの中心……昂に向かって叩きこんだ。


この波状攻撃なら、あるいは……。しかし、無駄だった。


「けどよ、格の違いってのをもう少し、意識しやがれゴルァ」


目の前に現れた、緑色の手甲。


「あうっ!!」


頭を掴まれるこころ。

凄まじい握力が、こころの頭部を潰そうと締め付けてくる。


「にしても、テメェ……本気で霊を守るつもりでいるのか?」


絶対的優位に立っている。だからこそ、余計な疑問が湧いていた。


こころの頭を掴みながら、昂は感じていた疑問を口にする。


「なんで力を抑えてんだ? 本気出しゃあ、もうちっと粘れんだろうがよぉ」

「なにを、言って……っ?!」


突然、口を利けなくなる。

昂の【心力】がガントレット型の【心器】を通して頭に流れ込み、何かをこじ開けようとしていた。


「あん? 違うな……抑えてんじゃねぇ。抑えられてんのか? へぇ……」


不思議だった。

この女から感じられる【心力】は、相当強い部類に入る。

だというのに、ビットから放たれた【心力】の弾丸は、感じた【心力】に比べれば大きく劣っていた。


「ぐぅっ?!」

「おもしれぇ……なんでこんな面倒くせぇことしてんのか知らねぇが、オレがテメェの蓋を、引っぺがしてやるよ」


口の端を釣り上げ、込める【心力】を徐々に大きくしていく。


頭が割れそうな、何かを無理矢理引き摺りだされるような、そんな感覚が、こころを蝕む。

それは、あまりにも辛かった。何故かはわからないが、とても耐えられそうにない、苦痛。


意識が、徐々に暗くなる。


そして暗くなった意識は、昔の記憶のなかを漂い始めたのであった……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




事の発端は10年前……霊が外の世界へ旅立ってしまう1ヶ月まえに遡る。


その日、【心衛軍】上層部の主催する会議があり、霊の祖父である御神弦斎(みかみげんさい)は彼を純愛家に預けていた。


普段から一緒にいる霊とこころ。

弦斎がいない、という状況を除けば何一つ変わらない日常。朝一に預けられてからお昼まで、霊はこころと二人で仲良く遊んでいた。


『ねぇねぇレイくん~。公園に行こうよ。新しい遊具ができたんだって~』

『いいけど……。こころのお母さんが帰ってくるまではダメだよ』


『ええぇ~~~。なんでぇ~~~』

『おじいちゃんが言ってた。子供だけで外に行っちゃいけないって。こころのお母さんだって、言ってたでしょ?』


『やだっ! やだやだやだ~~~! 行くのっ! 行きたいのっ! 行くったら行くの~!!』

『はぁ……』


幼い頃の自分達。


こころは、今とは違って非常に我儘だった。

髪は短く、霊のような普通の男の子と変わらない長さだった。顔立ちは可愛いのだが、後ろから見れば男女の区別はつかないだろう。


そんな、お転婆なこころの面倒をよく見ていたのが、霊だった。

両親はおらず、祖父に育てられていた霊は、幼いながらに聡い子だったのだろう。こころとは間逆で、大人しい利口な子だった。我儘もいわず、言いつけられたことを守る。


『行く行く行く行く~~~!! 絶対行くの~~~!!』

『……わかったよ。ちょっと待ってて』


そんな霊だが、こころが相手になると少し甘かった。

こころがあまりにも粘る子、というのも原因だったかもしれない。

とにかく、霊はこころの我儘を聞いてしまうことが多かった。無論、その後のフォローが出来るよう、いくつかの手は打っておく。


『え~っと……紙と、えんぴつは……あった』


5歳でありながら、すでに平仮名を習得していた霊は、紙に伝言を記しておく。


『こころと こうえんに いってきます。 おゆうはんまでには もどります』


祖父である弦斎は、この閃羽の【心衛軍】の予備役として、若手の教育に赴くことがあった。

その間は霊が一人で留守番か、期間が長ければ純愛家に預けられる。

であれば、口頭で伝えられないことも多々あったため、霊は最優先で平仮名を覚えさせられた。


幸い、おじいちゃんっこであった霊は、祖父との連絡手段を増やせるという理由で必死に覚え、幼い身でありながら簡単な読み書きをマスターしていたのである。


『これで大丈夫かな。ほら、こころ。行くよ』

『やった~~~!! 早く行こっ!!』


二人で手をつなぎ、公園に向かう。


この当時、純愛家や御神家が暮らしていたのは、第1居住区という都市開発初期の、古い建物が並ぶ住宅地だった。

個人住宅よりも3階建てのアパートがあちこちに点在しており、統一性のない景色をみせている。これは少しでも居住できるところを増やそうとした結果であり、初期段階の都市開発ではよくあることだった。


ただ、再開発の計画が持ち上がっており、その起点として公園の改修が行われていた。

公園に新しい遊具云々……というのは、その一環だ。


そのため、比較的真新しい雰囲気の公園として生まれ変わり、連日家族連れの人々で賑わっていた。


『うう~~~。人がいっぱいで遊べないぃ……』

『しょうがないよ。新しくなったばかりだから……。先に砂場に行こうか。あっちは前より大きくなったから、きっと遊べる場所もあるよ』


渋るこころを、霊が手を引いて連れて行く。


砂場には何人かの子供たちがいて、それぞれ思い思いの遊びをしていた。その砂場のなかに入り、先に遊んでいた子達に交じって、砂山を形成していく。

こころは新しい遊具に未練があるようだったが、霊がほかの子供たちとつくる砂の城に興味が移り、そしていつの間にか夢中になっていた。


そんな時間がしばらく経ったとき。


『どうしたの? レイくん』

『……空から、何か降ってくる』


霊につられて空を見る。

上空には、閃羽の中心に建つ巨大な時計塔から発せられる、半透明の膜状エネルギーバリアで覆われた空しか見えない。


だがよく見ると、小さな黒い点がいくつか見えた。


『あれ、なんだろう……』

『……落ちてくる』


その黒い点はシミのように広がり、やがて一滴の滴となってなって、霊たちのいる公園に落ちて来た。


遠目から見それは丸い。

しかし、よく見ると触手のようなものが、その丸い物体から生えている。


気付いたのは、一人の大人だった。


『し、【心蝕獣】だっ!!』


バスケットボール大の目玉に、複数の触手が生えた異形の生物。

【心蝕獣】としては最弱の部類、ポーンクラスに属するタイプだが、それでも一般人を食物とする。


『ど、どうしてだ?! ポーン・アイズは、シールドを突破できないんじゃなかったのか?!』


現在確認されている【心蝕獣】のなかで、唯一の飛行能力を持つのがポーン・アイズだ。

そのため、外縁防壁に阻まれず、上空から飛来する可能性のあるポーン・アイズの対策として開発されたのが、都市の上空を覆う半透明の膜状エネルギーシールドだった。


【心蝕獣】の体液は、特定の電磁波の影響を受けると蒸発する。この特性を利用したのがエネルギーシールドだ。


しかしこれは、ルーククラス以上の強力な【心蝕獣】には効果が薄い。

飛行能力を持つのがルーククラス以上にもいたらどうしようもなかったが、幸いなことに、ポーン・アイズ以外に確認されていない。


だが、今目の前に降りて来たポーン・アイズは、エネルギーシールドを突破してきた。


実はカラクリがあった。

複数のポーン・アイズが一斉にシールドへ突撃。一点に負荷をかけて突破してきたのだ。

その証拠に、他のポーン・アイズはシールドの外だ。


『に、逃げろっ! 【心衛軍】を、【心衛軍】を呼ぶんだぁ!!』


唐突な襲来に、逃げ惑うしかない人々。

各々の子供、家族を連れて必死に逃げ回る。

が、そんな集団に向けて、ポーン・アイズは容赦ない攻撃を繰り出した。目から光線を放ち、逃げる人々を焼き払う。


『うぁぁああああっ!!』


幼い悲鳴。

辛うじて生きていた子供に、触手を突きたて、その体液と心を奪い取って行くポーン・アイズ。

幼い子供の皮膚があっという間に干からびていき、ミイラのようになっていった。


『こころ、逃げるよっ!!』


大人たちと一緒に来たわけではない霊とこころは、自力で避難するしかない。

だがこころは、生まれて初めて見る【心蝕獣】に恐怖し、足が竦んで動けないでいた。霊が無理矢理に引っ張るが、そんな状態では当然、足を縺れさせて転ぶに決まっている。


『きゃっ!』

『立ってこころ!! 逃げないと……うっ?!』


転んだこころを立たせようとして、すぐに気付いた。


ポーン・アイズに、見られている。

複数の触手を生やす血走った目玉。見るもおぞましい化け物が、自分達に狙いを定めている。


『まずいっ!!』


霊は、咄嗟にこころに覆いかぶさる。


直後、背中に走る激痛。ポーン・アイズの触手が、鞭のように霊の背中を打つ。


『がぁっ!!』

『れ、レイくんっ!!』


慌てて起き上がろうとするこころを、霊は必至でその腕のなかに収めようとする。こころを丸まらせて懸命に抱き、【心蝕獣】から庇う。


容赦のない鞭打ちが、霊の背中を何度も襲う。その度に激痛が走る。


痛いが、熱いに。

熱いが、痺れに。

痺れが、無痛に。


あまりの痛みに感覚がマヒしたのか、霊は背中の痛みを感じなくなっていた。


そこでようやく、この状況から逃れるための思考を開始することができた。


と、目の端に石ころが映る。手を伸ばせば届く距離。

少しずつ、こころを抱きながらじりじりと移動し、その石ころを手に取る。


『くっ……このっ!!』


そして一瞬の隙をつき、背後を振り返って石ころを投げた。


その石ころは見事、ポーン・アイズに命中。その目玉の中央に当たった。


次の瞬間、こころの視界が、赤く染まった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




この先だ。この先を思いだそうとすると、ノイズが掛かったように思考が麻痺し、何も思い出せなくなる。


「ははっ! ずいぶん強力な封印じゃねぇか。このオレが、一瞬で破れないってぇと、霊の仕業か?」

「あっ……くっ……」


こころの頭を鷲掴みにしたまま、自身の【心力】を流し込む昂。

【心力】によって施されている心の鍵。それを強引にこじ開けようとしているのだ。


この鍵を開ければ、抑えられている【心力】が解放されるはず。


「神をぶっ殺すのに、使える駒が多いに越したことは無いからよぉ……精々、派手に撒き散らせよ?」

「うっ……! ああああああ―――っ!!」


無理矢理に流される【心力】に、悲鳴を上げるこころ。


昂は、この女が壊れてしまおうが構わない。

強力な【心力】を発現すれば儲けもの、程度の気持ちで封印を壊そうとしているに過ぎなかった。


だが、それを許せない人物がいた。


突如、こころの頭を掴んでいるガントレットに、青い筋が浮かび上がった。

それは徐々に光を強くし、やがて締め上げるようにきつく絡みついてきた。


「……あん?」


こころから手を放す。

苦痛から解放されたこころは、そのままよろけて地面に倒れ伏した。


「ぁ……ぅ……れ、レイ、くん……」


まだ意識があるようで、霊の名を呼ぶ。

視線の先には、起き上がっていた霊の姿が。全身ボロボロなのはさっきと一緒だが、違う点が一つだけ。


背中に、3対6枚の【心力】の翼を展開していた。


こころを放した昂は、意識を本来の目的に……起き上がっていた霊に向けた。


「おいおい霊よぉ……おまえ、こんな都市の真ん中んで【天使モード】になるって、正気か?」


立つのもやっと、という様子の霊に対し、昂は少しだけ焦りの色が込められた声で問う。


霊の表情は、暗い。

いつもと同じ無表情に近い、感情を表すことのない目を向けている。が、発する声があまりにも冷たかった。


「昂……【序列5位の力天使(りょくてんし)】ふぜいが、調子に乗るなよ……」


ゆっくりと、昂に向けて歩きはじめる霊。


背中の翼が、崩れ落ちて来た瓦礫片を瞬時に蒸発させた。


「ハッ……おもしれぇ。いくら【死天使(してんし)】のおまえでも、【殺神器】を持たない状態でオレに勝てる訳がねぇ。悪足掻きかよ? それならそれで……」


全身を、緑色の【心力】で覆い、身体能力を強化する昂。


「 た た き の め す だ け な ん だ よ ゴ ル ァ ! ! 」


ガントレット型【心器】にも【心力】を集中し、霊に向けて襲いかかる。


霊は、迎え撃つように両手の指から【心力】の糸を放出した。


御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

針村槍姫(はりむらそうき)――――背の高いクールな少女。こころの親友。

戯陽(あじゃらび)(ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。

照討(てらうち)(じゅん)―――――小柄で気弱な男子。孤児院の皆を何よりも大切にしている。

憤激(ふんげき)(こう)―――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。


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