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第24話【連レ帰ル者】

温かい……。


5月に入ったこの時期。朝方の気温は過ごしやすい。

眠りから目覚めるには少しばかり億劫で、このまどろみをもっと楽しみたいという気持ちが強くなる。


(なんでだろ……なんでこんなに眠たいのかな……。いや、すごく心地いいんだ……)


都市の外の世界では、これは生き死にに関わる致命的な油断だ。

だから霊は、この心地良さに身をゆだねる事が非常に危険なことで、必死に抵抗感を奮い起そうとした。


が、何故か、どうしても身をゆだねてしまう……。


(すごく、あったかい。それに良い匂いもするし、やわらかいなぁ……やわらかい?)


一瞬、ベッドだからか? とも思ったが……違うと断言できる。


霊は、布団派だ。

それゆえ自宅の高層マンションにはベッドを置いていない。


(でも……今、ぼくが寝ているところは、ベッド? あ、そういえば……)


昨日の孤児院での一騒動。

あの後、霊はたっぷりとこころに怒られ、気が付けばかなり遅い時間になっていた。


それで、こころを送ったのだが……その母親である志乃や、こころの妹である真心に捕まり……。


(いつかみたいに泊まることになって、これまたいつかみたいに、三人で川の字になって寝た……っ!)


そこで瞬時に目を見開く。

朝の日差しが差し込んでいたためか、真っ暗ではない。ちゃんと室内を視認できる。

むしろ、それが問題だった。


「……っ!」


目を開けて飛び込んできた光景に、思わず声を上げそうになる。が、寸前で留める。


「……すぅ……すぅ……すぅ……」


すぐそばで聞こえる、こころの寝息。

だからと言って、目の前にこころの寝顔は無い。


目の前にあるのは、瑞々しく綺麗な肌をした、深い谷間を形成する豊かな双丘。


「…………ゴクっ」


思わず、喉を鳴らしてしまった。


霊とこころは、お互い向かい合うように、横向けにして寝ていた。

ちょうど霊の顔が、こころの胸元にあるという位置。だから目の前にさきほどの光景があったのだ。


こころは淡いピンクのパジャマを着ていて、寝る前はちゃんとボタンをすべて止めていた。

しかし、彼女は寝ている間に第二ボタンまで外してしまったらしく、結果、胸元がはだけて際どいことになっていた。


(な、な、なんで……どうして、こんな状況に……)


このままでは色々と、本当にイロイロと不味い。


そう思い、距離を離そうとして……自分の背中に何かが引っ付いているのに気付き、動きを止めた。


「うぅ……前はこころ(の胸)、後ろは真心ちゃん、か……」


霊の背中に引っ付くようにして寝ていたのは、真心だった。

完全密着。

服を掴んで離さないという徹底ぶり。


純愛姉妹に挟まれ、霊は身動きの取れない状態になってしまっていた。


(うあ……このままじゃマズイ。そろそろ起きる時間だし、なんとか離れないと……)


二人を起こすのは、離れてから。

でないと、何が起こるか怖すぎる。誤解されるかもしれない。不可抗力のはずなのに。


とりあえず背中の真心を引き離すため、指先から【心力】の糸を生成。真心に絡ませ引き離そうと試みる。


「っ……服を掴まれてるから、無理か……」


無理矢理というのは気が引ける。というか、状況が悪化しそうで怖い。


そこで霊は、真心の身体を少し浮かせた。

これで動けるようになった。起こさないようにゆっくりと移動。


あるていど距離が離れたところで真心を背負ったまま起き上がり、二人に声をかけた。


「こころ、真心ちゃん、そろそろ起きて。朝だよ……」

「ん……ふぁぃ……起きまふ……」


霊の声に反応し、むくりと起き上がるこころ。

まだ眠たそうで、目をこするも目蓋がなかなか開かない様子。


「おはよう……ございます……」

「おはよ、ふたりとも。あと真心ちゃん? 動き辛いから離れてくれると嬉しいんだけど……」

「ふぇ? 真心……?」


ようやく開き始めた目で、霊を見る。


半身を起した霊の背中に、真心が引っ付いていた。

それも、霊の首に腕をまわし、腰に足を絡めているという状態。


静かに、しかし確実に、こころの心理温度が上昇していく。


(う、うわぁ~……こころの眼が、ゆっくり、確実に、細く鋭く……うわぁ~……)


眠たげだったこころの眼。

それが険しく冷たいものになっていくのを、間近で見てしまった。

凍てつくような視線が真心に向けられるも、彼女は相変わらず霊に引っ付いたままだ。


「……真心」

「――――――」


真心は一層、霊にくっつく。

顔は嬉しそうに笑っており、そして身を乗り出して霊の頬に頬ずり。


「っ?! 真心~~~!!」

「うわっ、ちょっ、こころ?!」


黙っていられなくなったこころが、真心に跳びかかる。


しかし、忘れないでほしい。

こころと真心の間に、霊がいるということを。真心に跳びかかるということは、霊に跳びかかるということ。


霊は真心を押しつぶさないよう、押し倒されながらも必死に背中を浮かせていた。


「真心っ!! 霊くんから離れなさいっ!!」

「―――っ!! ―――っ!!」

「ちょっと?! こころ落ち着いてっ! っていうか、のしかからないでっ……」


真心を守ろうと背中を浮かせれば、当然……胸元に当たる。こころの柔らかいものが。


かといって背中を沈めれば、真心が潰れるだろう。


とんだ板挟み。

それも朝一から神経を擦り減らすようなハプニング。


その後、騒ぎを聞きつけた純愛姉妹の父親、誠がやってきて騒ぎになったのは言うまでも無い。




「なるほど。だから御神はそんなに疲れているのか」

「てっきり昨日のお説教の影響が残ってたのかと思ったよ~」


ぐったりしている霊の理由を聞いて、槍姫と朗がそんな会話をする。


さしもの霊も疲れたようで、机に突っ伏していた。

起きぬけに白く深い谷間を見せられ、そしてその谷間による圧迫攻撃。

嬉しいよりも疲れがくるのは、霊の性格故だろうか。


「あ、ねえねえ御神くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどね?」


話を切り出す朗。

その内容は、昨夜遭遇した、長身の男との会話。


霊を探していたらしいことや、いつの間にか消えてしまったことを話す。


「2mに届きそうな長身の男……? その人がぼくを探していた?」

「うん。心当たり、ある?」

「う~ん……。外の世界の知り合いで、そういった知り合いはいないなぁ」


記憶を掘り返すも、該当する人物が引っ掛からない。


とりあえず頭の片隅にでも留めておく、として保留扱い。

朗も、霊ならば何かあっても対処できるだろうと思い、話を切り上げることにした。


「そういえば御神。照討をうちのチームで活動させるということだが、どうなったんだ?」

「うん。さすがに色々手続きがあるからすぐには無理って言われたよ」


「当たり前だろう。いくら理事長でも、そんな異例なことをすぐにできる訳が無い」

「とはいっても、朝からは無理ってだけで、今日の午後から合流することになってるよ」


「なっ……そ、そうか。意外に早いな……」

「うん。それに、その方が都合が良いよ。今日の午後は実戦訓練の戦闘学。照討くんの調整をすぐにでもしておきたいし」


照討の実力は昨日の一件で理解した。

が、今度は【心器】の問題も出てくる。【心力】をあるていど自在に引き出せるようになれば、【心器】の調整は必要不可欠だろう。最大出力に耐えられるかのテストもしておきたい。


「ふむ……そうだな。それに、その方が騒動が少なくて済むだろう。特に……」


霊に顔を寄せ、周囲に聞こえないよう小声で話す。


「大和あたりが激しく反発するだろうしな」

「そうだね。そしてその反発を鎮めるためには、今日の戦闘学は打ってつけかもしれない。実力を証明する、良い機会だよ」




◆ ◆ ■ ◆ ◆




お昼休みが終わり、午後の授業……戦闘学が始まる。


すでに霊たちはバトルスーツに着替え、野外訓練場に集合。


ちなみに、霊のバトルスーツは他の生徒とは違い、【心経回路】の織り込まれていない普通の防護服。

霊の【心力】に耐え切れず爆発するかもしれないため、敢えて普通の防護服をダナンに用意してもらったのだ。


「さてと。それじゃあ照討くん、さっそくやってみようか?」

「みみみ、御神くん、ぼぼ、僕、本当にここに居ていいのっ?!」


怯える小柄な少年、照討準。

こんなに早く1組へ編入することになるとは思わなかった彼は、何度も霊に確認していた。


「理事長からも言われたでしょ? 大丈夫。昨日の感覚を思い出して?」

「そそ、そんなこと言われても、ぼぼ、僕……」


あまりに怯えているせいか、涙交じりになっている準。

というか、ぶるぶると震えてしまっていた。


そんな彼を見て、霊は一つ溜息をついてから話を続けた。


「照討くん、ぼくは昨日言ったよね? ぼく一人じゃ無理だって。そのとき、一体だれが孤児院の人たちを守るの?」

「うぅ……」

「あのね、照討くん……」


霊は準に近寄り、二人以外には誰も聞こえないよう、小声で諭す。


「ぼくは正直、この都市がどうなろうが構わないんだ」

「っ、え、ええ?!」


「ぼくの目的は、閃羽の存続が絶対条件じゃない。もし状況が逼迫(ひっぱく)すれば、閃羽は見捨てる」

「そ、そんな……」


「本当さ。でも、それはぼくが一人だから、そうなってしまう可能性があるだけで、ぼくと同じくらいの【心力】を持ってるキミが戦えるようになれば、そうならずに済むよ? どうする?」


諭す……よりは、脅しに近いかもしれない。


霊は、こころさえ無事ならそれでいい。

閃羽が滅んだとしても、霊には行くあてがある。この都市を死守する理由足りえない。


だが、準は違う。

都市が滅べば、孤児院の皆は生活できない。生きていられない。

閃羽の存続は絶対条件であり、死守しなければならない場所だ。


「照討くん、キミ自身が力を示さないとダメなんだ。そうすれば、閃羽を守れる確率は高くなり、ぼくはその確率の高さから閃羽を守る方にメリットが大きいと考えるかもしれない。

いい? 孤児院のために、できるよね?」

「孤児院の……みんなの、ため……」


準の全身を、橙色の【心力】が覆う。

さきほどまでの怯えが嘘のように、その目には盲目的とも言えるような、目的を持った意志が宿っていた。


「よぉ~しおまえら~、集合~~~。ダリィからさっさと動けよ~~~」


ちょうどそのとき、戦闘学の担当であり霊たちの担任でもある篤情竹馬(あつじょうちくば)教官から声が掛かった。


皆、素早く竹馬のもとへ集まって行く。

その頃には、準の【心力】は抑えられ、通常状態に戻っていた。


「集まったな? 今日はこれから、第3訓練場にて、チーム対抗の模擬戦をやってもらう。

 あるていどは座学で学んでいるはずだから、各自それを実戦。出て来た問題点を見つけるのが、この対抗戦の目的だ。

 何か質問のある奴はいるか?」


ぐるりと生徒達を見まわす。すると一人、手を上げる人物がいた。


やはり、とういうか案の定、大和(おおわ)守鎖之(すさの)だった。


「篤情教官、一人見慣れない奴がいますけど、誰ですか?」

「あ~忘れてたわ。今日から、っていうか今からか。とにかく、4組から1組へ編入してきた照討準だ。

 第7チームに入ってもらうことになったから、みんな、よろしくしてやってくれな」


色々と、担当者としては失格な失言。

しかしこれは、この1カ月で慣れてしまったのか、誰もその失言を指摘する生徒はいなかった。


その代わり、別の問題を守鎖之は指摘し、大いに反発してみせた。


「待って下さい。そいつのランクは? 4組ということは、低ランクということではないのか?」


基本、組の数が若いところに高ランクの生徒を集めている。

これは、圧倒的なランク差による軋轢を回避するための処置であり、守鎖之が指摘した通り4組はD~Eランクの者が多くを占めていた。


「ダリィなぁ……。照討はFランク。そうだったよな? 照討?」

「はい」


間髪入れずに応えられたのは、さきほどの霊とのやりとりで、目的をはっきりと見据えていたから。


だが、見ようによっては過剰な自信ともとれる。

それが、守鎖之は気に入らなかった。


「ふざけるなよ……? すでにFランクが一人、1組にいるだけでも問題なのに、もう一人増やすだと?」


静かな怒りを燃やし、霊を揶揄するように睨みつける。


「大和、ランクでの組分けは1年のときだけだ。それ以後は、筆記と実技の試験による実力がすべてになる」


ランク=クラス、ではない。

ランクとはいわば、潜在能力の高さだ。

それを上手く引き出し、心の強さだけでなく、技術・体力を合わせた総合的な実力……すなわち『心・技・体』のすべてにおいて優秀なものが、ナイトクラスに近づいていくのだ。


入学してきたばかりの1年生に、それらの総合的な実力を求めるのは不可能。

だからこそ、唯一の明確な基準であるランク。それによって組分けが成されているのだ。


そういう意図を竹馬は伝えたつもりなのだが、守鎖之は理解しなかった。


「Fランクに実力があるとでも言うのか……?」

「御神が良い例だろうが」


バカかこいつ……と喉元まで登って来た言葉を呑み込み、霊に丸投げする。


目線を向けられたことに気付いた霊は、内心苦笑しながらも逆にこれをチャンスと捉え、引き受ける事にした。


「納得できないようなら、ぼくらと模擬戦をしてみない?」


挑発するように、守鎖之へ提案。

霊を憎悪する守鎖之は、簡単にその挑発に乗った。


「なに?」

「ぼくらが大和くんのチームに勝てば、認めてくれるよね?」

「……いいだろう。ただし―――」


視線を、霊から外す。

代わりに、こころをその視界の中心に置いた。


「オレ達が勝ったら、こころを第1チームに『返して』もらう」

「ふぅん……」


まるで、霊が奪ったかのような言い方。だがこれと言った指摘はしない。


無駄だから。


「人を景品みたいにするのは嫌いだけど……こころが、それでいいのなら」


正直、こころを巻き込むようなことはしたくない。

例えこちらの勝利が決定的なものであっても、こころを物扱いしたくないという心情が、霊には強く存在する。


だが、今ここで準を認めさせれば、後々有効なのだ。有益なのだ。


敢えて下品な言い方をすれば、『役に立つ』。


「はい。私は、霊くんを信じてますから」

「ありがとう。まあ、この面子なら絶対負けないけどね」


だから霊は、最低限の了解をこころに確認し、大和の【賭け事】に乗った。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




第3訓練場は、市街戦を想定した場所。

大小様々な建物が並び、最高で5階建ての建築物が建てられている。


今日、ここで訓練する本当の目的は、都市内に【心蝕獣】が攻めて来た場合を想定してのことだ。


すでに過去、何度も都市内への侵入を許している。

最近であれば、ジェネラル・メーカーが持ち込まれ、多数の【心蝕獣】を生み出された時だ。


そういう経緯もあって、大規模な都市外戦に不慣れな新人たちに、せめて安心して(そう感じてしまうのも問題だが)戦える都市内での戦闘を考えさせるのが、今回の戦闘学の目的だ。


(まあ、【心蝕獣】と人間とでは、戦い方が違うからあまり意味はないんだけどね……)


竹馬のダルそうな説明を独自解釈し、それについて内心で批評する。

やらないよりはマシだが、もう少し自分達が戦う相手を、生徒に理解させるべきでは? と思ってしまう。


竹馬をはじめ、ナイトクラスの人間は戦闘能力が高いから一緒くたにしてしまえるのだろうが、意識改革をしなければそのうち人間側から崩壊してしまいそうだ。


(まあ、そうなったらそいつらを全員殺すか、閃羽を見捨てるだけなんだけどね)


そんな自己完結と同時に、模擬戦の開始が告げられた。


思考を中断し、霊はチームメンバーに指示を出していく。


「それじゃあこころは、この建物のなかでビットによる索敵をよろしく。戯陽さんはこころの護衛。

 攻めは、ぼくと針村さん、それに照討くんね」


霊たちのスタート地点は、平屋の商店を模した建物。


この模擬戦は、どちらかのリーダーが倒れるか、あるいは全滅した方が負けとなる。


一応、すべての【心器】は出力が抑えられた非殺傷設定にされているため、深いダメージを受けたとしても気絶で済む程度に調整されている。

そのため、この訓練場には複数の教官たちが特定のポイントに配置されており、死亡の判定を下す審判の役目を担っていた。


「みんな、日頃の訓練通りにやれば大丈夫だから。敵と出会ったら、焦らず自分の戦い方にあったペースに巻き込み、難しいなら援軍を待つこと。

 照討くんはさっきぼくが言った事、忘れないで。いいね? じゃないと……」


意味ありげに、その先を言わない。


それだけで、準の心に灯る火が、大きく膨れ上がった。


「うん。わかってる。孤児院のみんなのためだもんね。僕は、この模擬戦に勝つよ?」


黒い二丁の拳銃型【心器】を掲げ、準ははっきりと宣言した。


中遠距離型の拳銃型【心器】を使う準。

近距離戦の槍型【心器】を使う槍姫。

そして全距離対応型の【心器】であり、日々ダナンに改良され糸の出力本数を1400にまで増やした【糸刀Ver.1.4】を使う霊。


あらゆる局面に対応できる布陣で、この模擬戦に挑む。


「うん。必ず勝とう。じゃあ、行こうか」


その言葉を合図に、市街地訓練場の中央へ走り出す。


そんな霊の背中を、槍姫は途中まで追いかけ、気になったことを問いかけた。


「なあ御神。照討は『孤児院のみんなのため』と言っていた。

それだけであいつの【心力】は膨れ上がったように感じた。……何故だ?」

「ん? それが彼の【戦える理由】だからだよ」

「た、戦える理由?」


普通は【戦う】理由ではないだろうか?

聞き間違いでなければ、霊は確かに【戦える】理由と言った。


言葉遊びの類にしては、霊の声音に冗談めかしたものを感じない。


その違和感が気になって更に問おうとしたとき、3人に追走するこころのビットから、接敵が知らされた。


「ぼくが正面から迎え撃つ。二人は横合いから攻めて」

「あ、ああ、分かった」

「了解」


槍姫は戸惑いながら、準はやる気満々に返答。


接敵が知らされた場所は、商店街の大通りを模して造られた場所。

様々な商店を装った建物が、一本の通りを挟んで両側に並んでいる。その通りの向こうから、守鎖之が向かってきていた。


『霊くん、気を付けてください。建物の屋根上から、霊くんを狙撃しようとしている人がいます』

「了解。ということで二人とも、ぼくが囮になるから狙撃主をよろしく」


上空に複数のビットを配置し、市街地訓練場の状況を把握。

ビットから送られる風景や熱センサーのデータ等々……それらすべてを瞬時に纏め、オフェンス組に追走させているビットを通して概要を伝える。


これが【感応者】の役目。情報の扱いが、彼女たちの戦いなのだ。


『霊くんから見て、右側から狙撃、来ますっ』

「―――っ」


銃声。そして足元の道路が爆ぜ、銃痕が刻まれた。


相手の位置を把握した霊は、糸刀から【心力】の糸を出力。

1000本の糸を駆使してドーム状に展開。不規則に乱れ舞う糸の檻が、二射三射の銃弾を弾く。


『左側から斧型【心器】、来ますっ!』


こころの警告通り、人の体ほどもある大きさの斧を持った男子生徒が、屋根から霊にむかって跳び下りてくる。


霊の糸を、その重量を持って撃ち破るつもりだったのだろう。

落下の勢いそのままに、叩きつけて来た。


が、簡単に弾かれた。それが予想外だったらしく、相手は無様な隙を見せる。


「針村さん」

「分かっているっ!!」


斧を弾かれ態勢を崩すその生徒に、槍姫が横合いから槍の一撃。脇腹に、槍姫の槍が突き入れられた。


無論、訓練用に先端は潰されているので貫くことはない。

それでも、【心力】を纏った槍の威力は強い。例え出力を抑えられていても。


衝撃の強さを表すかのように、斧を使う男は吹き飛ばされ、建物の壁面に激突。気を失った。


その結果、霊を狙っていた狙撃主に動揺が生まれる。霊に対する射撃が止まったのが、その証拠。


(止めるのなら、せめて移動しようよ。じゃないと―――)


じゃないと、ただでさえ居場所を特定されているのだ。強襲を喰らう。


そう思ったときに、狙撃主がいるであろう場所から銃声が響いた。


『霊くん。照討くんが狙撃主を倒しました。これで残るは守鎖之くんを含め、あと3人です』


どうやら、準がうまく立ちまわれたようだ。


この模擬戦で、霊は相手を直接攻撃するようなことはしない、と決めている。

自分がやれば、一撃で戦闘不能にしてしまうのは目に見えている。それではチームメンバーのためにならない。

敢えて囮役を引き受け、メンバーに攻撃を任せる。そうすることで攻撃面での経験を蓄積させるのが狙いだ。


最初から攻撃以外……立ち回り方や防衛方法など、すべてをこなせる訳がない。


総合的な実戦はもう少しあと。最低でも、雰囲気を掴めれば儲けもの。


『っ?! 霊くん、守鎖之くんの様子が―――』


だから、何か突発的なことが起ころうとも、霊はギリギリまで、すべてをメンバーに任せることにしている。


(この【心力】……なにか大きなことをやろうとしている?)


こころが告げる異変。

それは守鎖之が発しているであろう【心力】からもわかる。


通りの先にいた守鎖之の姿はなく、感じる気配は建物の裏……。そこで【心力】をためている、守鎖之の気配を感じた。

曲がりなりにもナイトクラス。その【心力】は学生はおろか、一般の【心兵】には出せないほど巨大なものだった。


その守鎖之は、両刃剣型の【心器】に【心力】を注ぎ、渾身の一撃を込めていた。


「白和一刀流―――斬撃波っ!!」


剣を横なぎに振るい、貯めていた【心力】を解放。

【心力】で強化されたその斬撃は……三階建ての商店を、文字通り切った。


やや斜めに切られた商店は、その荷重に従い表通りへ……霊のいる場所へ倒れて行く。


(ふっ……これで終わりだな。潰れて死ねッ! Fランクのゴミがっ!!)


建物をぶった切る、というナイトクラスならではの荒技。


迫りくる建築物が、霊を押し潰そうと倒れ掛かる。


『な、なんてことをっ! レイくん、逃げてっ!!』


霊を守るため、追走していたビットが、霊を庇うように真上に位置取る。


だが対照的に、霊は慌てず、冷静に呟いた。


「任せるよ……照討くん」




「任せてっ―――撃つよっ!!」


照討が表通りに姿を表し、二丁拳銃を構える。


橙色の【心力】をその身に纏い、二丁拳銃に注ぐ。

【心弾倉】に注がれた【心力】が圧縮され、引き金を引くと同時に発砲。


橙色の小さな弾丸が2発、霊に倒れる建物に命中。


直後、轟音とともに建物が吹き飛び、粉々になって地面に落ちた。


「な……何が、起きた?」


事を見ていた槍姫は、目の前で起こった出来事が理解できなかった。


準の放った【心力】の弾丸は、大きなものではなかったはずだ。

遠巻きに見て視認できるようなものではなかった。つまり、一般的な拳銃の弾丸と、大きさは変わらないということ。

だというのに、建物を吹き飛ばした。


見た目と結果のアンバランス。

非殺傷用に威力を抑えられているにも関わらず、その威力。

それはつまり、準の【心力】が建物を一瞬で粉々にするほど強力で、小さな弾丸に圧縮されていたという事実に他ならない。



「ば、ばかな……」


そして、理解できないのは守鎖之も同じこと。

建物を一瞬で破壊できるのは、この場ではナイトクラスである自分だけ。の、はず。


起こるべき正しい結果は、自分が切り倒した建物がゴミを押し潰す、というもの。それ以外の結果など、起こりようはずがない。


だが、目の前の現実は違う。

建物は一瞬で粉砕され、潰されるべきゴミが平然と立っていて、そのゴミと同じゴミが、二丁拳銃をこちらに向けている。


「くっ―――」


狙われている、と気付いて回避行動。

直後、自分がいたすぐ後ろの建物が爆発。粉々に消し飛んだ。


「照討くん。もう少し抑えて。今は市街戦を想定しているんだから、無用な被害を出す訳にはいかない」

「でも、あの人が【心蝕獣】だった場合、確実に倒しておかないといけないよね?」


霊の指示に、しかし準は暗い瞳を携えて反論。

なおも守鎖之に狙いを……膨大な【心力】を内包した拳銃を向ける。


その顔は、自分のしている事に自信があるかのよう。薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「確かにそうだけど、それで閃羽の都市機能がマヒしたら、真っ先に被害を受けるのは孤児院のみんなだってこと、わからない?」

「―――あっ」


霊のその言葉で、準はようやく我に返った。


(孤児院を守る手段が、敵を倒すことだけじゃないってこと、ちゃんと教えないとダメかな?)


そんなことを頭の片隅で考えるが、模擬戦はまだ続いている。


次の行動を起こそうとして、しかし大きな声が霊に振りかかった。


「おいFランクっ!! 貴様ら、【心器】の設定を非殺傷にしてないんだろう?!」


その声の主は、守鎖之。

霊たちの前に堂々と(考え無しにとも言えるが)姿を表し、そう抗議した。


「でなければ、建物を破壊できる威力を出せる訳が無い!!」


その抗議は、なんの証拠も無い推測に過ぎない。

しかも、建物を破壊したのは守鎖之が先だ。指摘すれば守鎖之も疑われる、のだが、頭に血が上っているのか考えもしていない。


いや、そもそも最初から考えていないだろう。

これは模擬戦であって、殺し合いではない。【心器】で直接殺さなければオッケー。など誰が認めようか。

建物を切断し、霊に向けて切り倒した行為は、明らかに度が過ぎている。迂闊、という言葉では済まされない。


それは各位置に待機していた審判役たちも思ったのだろう。

試合を中断させようとしているのか、慌ただしい空気が漂い始めた。


「やはり、Fランクは危険で排除するべきだな……。オレが、引導を渡すっ」


そんな空気を読めないのか、敢えて読んでいないのかはわからない。

しかし、守鎖之は霊に向かって剣を構え、襲いかかった。


(この自己正当化の結論を出す速さの、清々しいこと……。『ある意味で』Sランク『らしい』よねぇ)


呆れを通り越して感心さえしてしまう。

だが、降りかかる火の粉を払うため、守鎖之を迎え撃つ。


と、そのとき。


『霊くんっ! 上空から、人がっ―――!!』

「っ!?」


こころの警告。

同時に、霊と守鎖之の間に人影が落ちて来て、轟音をたてながら地面に激突。


「くっ……」

「ぐわあぁぁっ!?」


衝撃波が周囲に広がり、すべてを吹き飛ばす。


霊は糸を地面に刺して身体を固定。

守鎖之はもろに衝撃波を受け、身体を建物に叩きつけられてしまった。


「な、なんだっ?!」

「……人、だったよ?」


槍姫の乱暴な質問に、準が持ち前の動体視力で捉えたことを教える。


それは正しく、落下して来たのは人だった。


「……よぉ霊。ようやく、見つけたぜぇ?」


衝撃による砂埃が薄まったころ、その人物は出て来た。


茶色いフードに身を包み、全貌はわからない。

しかし立ち上がったその人物は、2mに届きそうな高身長。


瞬時に思い浮かぶ、朗が言っていた男の特徴。目の前のそれは、合致する。


「キミは……」


しかし霊がその男の正体に気付いたのは、朗が言っていた特徴と一致するからではない。

朗が話していた、自分のことを探しているらしい正体不明の男、その人そのものだということでもない。


何が言いたいかというと、正体不明の男……高身長の男に覚えは無いが、この男は知っている。


正確には、この男が両腕に身につけている、緑色に光るガントレットを知っている。


あのガントレットは、たった一人の人物以外、身につけることができないもの。ゆえに、この男は間違いなく、【自分が知るアイツ】であることの証拠に、他ならない。


「キミは……(こう)……憤激(ふんげき)(こう)、だよね? 背、伸びたね……」

「まあな。そう言うお前は、あんまり伸びてねぇなぁ? 2年前のままだ」


憤激(ふんげき)(こう)

それが、目の前にいる高身長の男の名前。


彼は、2年前は霊よりちょっと背の高い、程度の身長だった。だから、2mに迫る高身長の男と言われても、昂のことが思い浮かばなかったのだ。


「ちょっとは伸びたよ。ちょっとだけだけど」

「そうか。そうかよ。でもなぁ、んなこたぁどうでもいいんだよ……」


高身長に見合った、凛々しくも雄々しい顔付き。

肩まで届きそうな、金の長髪。


茶色のフードをまくりあげ、昂はその顔を露わにした。


「霊よぉ、神を殺すのがオレ達の目的だろうが。なのにてめぇ、こんな所でなに『ごっこ遊び』してんだゴルァ?」


しかしその顔とは裏腹に、言葉使いは汚い。いつの時代の不良だと言いたくなるようなものだった。


「ここに帰ること。それは【先生】や【老師】、それに【ババ様】も同意してくれた。

反対していたのは昂と【リン】だけ。賛成多数でぼくはここに帰って来た。それをキミに、とやかく言われる筋合いはないよ」


そんな言葉には慣れっこなのか、いつもの調子を崩さない霊。


正論に正論を重ね、霊は自分がここに居る事が疾しくないことを告げた。


が、憤激(ふんげき)(こう)という人間は、それで納得できるような人物ではない。


「っざけたこと言ってんじゃねぇぞ? オレは1秒でも早く神をぶっ殺したくてしょうがねぇんだよ。

ホームシック野郎の我儘に付き合っていられるほど……」


昂の両腕のガントレットが、緑色に光る【心力】を纏う。


「 気 ぃ 長 く ね ぇ ん だ よ ゴ ル ァ ァ ア ア ア っ ! ! 」


茶色のフードを脱ぎ捨て、黒を基調とした服を露わに、霊に殴りかかる昂。


動く霊は、緑色のガントレット型【心器】の一撃を、後ろに跳んで寸前で躱す。


勢い余った昂の拳が地面を殴る。

それだけで、地面は陥没。衝撃波が広がり、再び周囲を吹き飛ばした。


「てめぇは連れて帰るぜ? 抵抗しても無駄だ。【殺神器】を持ってねぇ状態で、オレに勝てるなんて思っちゃいねぇだろぉがゴルァ?」

「……」


無言を貫く霊。


その頬には一筋の汗……冷や汗であり、焦りを示す証拠が流れていた……。


御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

純愛(じゅんない)真心(まこ)――――こころの妹。【心蝕獣】に襲われたショックで声を失っている。

針村槍姫(はりむらそうき)――――背の高いクールな少女。こころの親友。

戯陽(あじゃらび)(ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。

大和(おおわ)守鎖之(すさの)―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。

篤情竹馬(あつじょうちくば)――――霊たちの担当教官。ズボラな性格だが閃羽のNo.2ナイトクラス。

照討(てらうち)(じゅん)―――――小柄で気弱な男子。孤児院の皆を何よりも大切にしている。

憤激(ふんげき)(こう)――――霊を連れ戻しにやってきた男。イケメンだが口が悪い。

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