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第21話【同類ではなく、同列】


 今日も今日とて、霊は純愛家にお呼ばれされた。


 どうやら霊の食生活を相当に疑っているらしい。

 事実、霊は食材をそのまま調理せずに食べてしまう。


 野菜はもちろん、肉すらも生で食べてしまうのが霊だ。それで体調を壊してしまうならば改善させられるのだが、厄介なことに、霊は【心力】によって身体機能を強化し、無害化してしまう。食べてしまえば栄養を無理矢理に補給できるので、栄養失調にならないのだ。


 だからといってそんな食生活を許せるわけもなく、こころやその母である志乃が、事ある毎に……それこそ毎日夕飯を食べに来るよう呼びつけていた。


 毎日それだと気が咎めるので、せめて食器の片付け程度は手伝っている。


「霊くん、コップはこっちの棚にお願いしますね」

「うん、わかった」


 この男、料理はしないくせに家事全般はソツなくこなす。

 他人の家だから置き場所に迷うくらいで、他は文句の付けようもない。


(はぁ……。さて、明日からどうしようかな……)


 片付けが一段落し、少しだけ思考に耽る。


 今日の昼間、凱との模擬戦で見せた、3対6枚の【心力】の翼。


 その説明を求められたが、いずれ話す、と詳しい説明を拒んだ。

 説明してもいいのだが、現段階では理解を得られないだろうと思い、はぐらかしたのだ。


 素直に引き下がってくれたのだからいいが、内心でどう思っているのか少し気になる。

 これから接する機会が多いであろう人達と亀裂を入れるような事態は避けたい。


(凱先輩が【同列存在】だという確証が得られれば、説明できるんだけど……まだ分からないんだよなぁ……)


 内心で溜息を吐き、どうしたものかと悩む。


(まさか【心力コンデンサー】をああいうふうに使うとは思わなかったなぁ……。だから、まだ断定できないでいるし……)


 【心力コンデンサー】。

 あれは【心力】を蓄えておくバッテリーのようなもの。

 もし戦闘中に【心力】が尽きてしまったら、適時【心力コンデンサー】から補給。継戦能力の向上を図った結果、生み出されたものだ。


 欠点としては、蓄えた本人しか【心力】を補給できないこと。そして半日しか【心力】を蓄えておけないこと。


 普通の人間は【心力】を完全回復させるのに一日以上かかる。なのに半日しか蓄えておけないのでは意味が無い。

 【心力】をコンデンサーに蓄える……つまり移すことになるのだが、当然その人の【心力】は消費される。そして回復には一日以上。なのに半日しかコンデンサーは保たない。


 ぶっちゃけ使えないのだ。


(なのに……凱先輩は使えている。単に【心力】の回復が速いのかもしれないけれど……)


 【心力】の完全回復は、霊ならば1時間もあれば余裕だ。ある程度でよければその半分以下でもかまわない。

 もし凱が、霊に匹敵するような回復速度を持っているのなら、【心力コンデンサー】を使っているのも、分からないでもない。


 問題は、その使い方なのだ。


(【心力】の高速収束。そしてあの威力。あれは【心力コンデンサー】に蓄えていた【心力】と、凱先輩自身の【心力】の二つを合わせて【心器】に注ぎ、一気に解放した結果だ)


 だからこそ、あの威力。

 もし霊が防がなければ、訓練棟はおろか学園の一部が消し飛んでいただろう。それはダナンの慌てぶりからも明らかだ。


(え~っと、なんて言ってたっけ? ガイズ・スペシャル・バズーカ、だっけ? あの威力は、間違いなくジェネラルクラス並みだった……)


 そう考える根拠。

 それは、霊が全力を出さざるを得なかったから。

 霊の【心力】を全開にし、3対6枚の翼に集約したアレは、全力の証。ジェネラル・ゴーレムのときですら出さなかった、霊の本気だ。


 霊が本気を出さなければならなかった相手……それが、輝角(きかど)(がい)


(【心力コンデンサー】を併用しての【心力】。それが問題なんだよなぁ……。単体でどれほどの【心力】を有しているのか……。それさえわかれば、凱先輩が【同列存在】かどうか、判断できるのに……)


 仮に凱が【同列存在】であれば、3対6枚の【心力】の翼のことも説明できる。否、説明しなければならない。


「霊くん?」


 一人悩んでいると、こころが顔を覗き込むようにして目の前にいた。


「あ……こころ。どうしたの?」

「それは私の台詞です……。もしかして、昼間のことで悩んでいるんですか?」

「え……えっと……」


 図星。

 そしてそれ以上に、こころに気付くのが遅れたことで、平常心が保てなかった。


(もし凱先輩が【同列存在】で、ぼくの事と一緒に説明した場合……こころは、ぼくをどう思うのかな……)


 そこでふと、自分の思い違いに気付く。


(いや。どう思われようとも守るだけだ。ぼくのやることに変わりは無い……無いんだよ)


 そう自己完結させる。

 すると、自分でも驚くほどに心中のさざ波が治まった。


「ううん。ちょっと考え事してただけだよ」

「それを悩んでいる、というんです」

「うっ……」


 早くも心が折れかけた。


「霊くん……。霊くんはいずれ話すと言ってくれました。だから、私は霊くんが話してくれるまで待ってます」

「っ……こころ」

「きっと槍姫ちゃんや朗ちゃんだって、分かってくれてます。先輩たちだって、待つって言ってくれたじゃないですか」

「うん……。そうだね。うん……いずれ、必ず話すよ」


 いずれにしても、賽は投げられている。自分がこの閃羽に戻って来たときに。

 である以上、受け入れてくれようがくれまいが、行動するしかない。


 行動しなければ、この閃羽ごと、こころが殺されるだけ。


 それは変わらない事実であり、それを避けるために自分は強くなった。


 改めて決意した霊だが、翌日にまた悩む羽目になるとは、この時は露ほども思わなかった……。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 5月に入った心皇学園は、今日から本格的に部活勧誘が始まる。


 4月に行わないのは、部活が単位取得に大きく関わるから。

 各々の適性を見極めさせ、どの部活に入るか考えさせるのである。


 この勧誘期間中は、休み時間……特に昼休みに盛んに行われ、学園祭に次ぐ賑わいになる。


 そして今年は、希代の新入生がいる。


 その名は、純愛こころ。

 数少ない【感応者】にして、入学前から閃羽最大のビット操作数を誇り、【感応心療】も施せる才女。


 戦闘が常となる戦術部や治安部、医療を主とする医療部、さらには全く関係無さそうな多種多様な部、つまりすべての部が、こころを招こうと躍起になっていた。


 そう……もうそれは過去形である。


「うおおおぉぉ……何故だぁぁあああ!!」

「すでに、入部済みだとぉぉおおお?!」

「そんな……2か月掛けて練ったプランが台無しよぉぉおおお!!」


 こころに対する勧誘は、彼女自身がすでに特定の部に籍を置いていると説明したことで、玉砕の様相を呈していたのだ。


 今は昼休み。

 授業が終わって早々に1組になだれ込んだ上級生たちは、教室の廊下に折り重なるようにして崩れ倒れていた。


「なんか……悪いことしたみたいですね……」

「こころが気にすることじゃないよ。どの道、どこかの部に入ればこうなっていたはずだし」


 廊下を歩きながら、フォローを入れる。


 このバカ騒ぎでクラスメイトに迷惑が掛かることを懸念したこころ。

 それを察した霊が、どこか人気のないところで昼食を食べようと提案。第7チームのメンバー全員で移動中だった。


「そうだねぇ~。それに、こころちんに責任は無いんじゃないかな?」

「ふふっ……そうだな。どっちかというと、道連れにした御神が悪いか?」

「うっ……」


 本当のことなので言い返せない。


 霊だけでなく、こころや槍姫、朗も一緒にいつの間にか入部することになっていた。

 凱の目的は霊個人だったようだが、部員が少ないという理由で第7チーム全員、まとめて入部させられてしまったのだ。


 質を落とす訳にはいかないと言っていたが、部員数が足りないのはさすがにマズいとのこと。霊ほどではないが今後に期待できるということで、試験無しで三人娘は入部させられたのだった。


「まあ探索部はすべての単位を取得できるとのこと。御神のおかげで簡単に入れたんだ。むしろありがたいと思っているよ」

「なら、ぼくの所為にしないでよ……」

「はははっ……お約束と言うやつさ」


 霊が珍しくやり込められつつ、4人が廊下を歩いていると……。


「きゃっ!」

「うわっ!!」


「おっと……」


 廊下の一角で、こころが誰かとぶつかった。


 階段に通じる一画で、お互いに気付かずぶつかってしまったのだ。

 よろけるこころを、霊がさり気無く支えたので事無きを得た。が、ぶつかって来た相手はそうはいかなかった。


「イッテテテ……あっ! ごごご、ごめんなさいすみません不注意でしたごめんなさい!!」


 こころとぶつかったのは、霊以上に小柄な男子生徒。


 ぶつかったのに気付いたその生徒は、大慌てで謝り倒す。それはもう見ているこっちが気の毒になるくらい。


「大丈夫ですよ。私のほうこそ、すみませんでした。あ、お弁当箱を落としてますよ」


 ぶつかったときに落としてしまったのだろう。

 こころは黄色の弁当箱を拾って渡す。


「あわわわ、すみませんごめんなさいありがとうございます!!」

「あ、あの、私は本当に大丈夫ですから、そんなに謝らないでください……」

「すすす、すいませんすみませんごめんなさい申し訳ありません!!」


(悪循環だなぁ……)


 とりあえず傍観していた霊が、心中で溜息をつく。

 この小柄な男子生徒、謝るのが癖なのか、とにかく謝りまくる。


 これではまるで、こころが悪いことをしたかのような雰囲気だ。


(まあ、そう思う人なんていないだろうけれど。いたら分らせればいいだけだし)


 無論、それは力尽くで、という意味だが。


 謝りまくる小柄な男子生徒と、恐縮するこころ。

 そろそろ助け船を出そうと思ったとき、新たな乱入者が現れた。


「くぉおおらぁあああ!! 照討(てらうち)ぃぃいいい!」


 廊下に響く、ドスの利いた声。


 おそらく小柄な男子のことであろう、照討と呼ばれた人物が下って来た階段から、3人の男子がやってきた。

 全員ガラが悪い。

 どれも体格ががっしりしており、見た目だけなら熊に見えなくもない。


 彼らは、いまだ地面に座ったままの獲物を見つけると、その胸倉を掴んで怒鳴りつけた。


「コラ照討ぃ……てめぇ何逃げてんだぁ? さっさと昼飯寄こせって言っただろうがぁ?」

「つうか、逃げられるとか思ってんじゃねぇよ。バカかてめぇは?」


 照討と呼ばれた小柄な男子生徒を囲み、ガラの悪い3人が脅す。


「うぅ……こ、これは僕のお弁当だか、ら……」

「んなこたぁ関係ねぇんだよ!! ゴミとしての価値しか無いFランクのてめぇに、下僕っつう役目を与えてんだ! 下僕は下僕らしく、てめぇが持ってるもん全部差し出しゃあいいんだよ!!」


 壁に叩きつけ、さらにどなり散らす。


 しかし照討は、弱々しくもそれに抗った……。


「でも、これは……これは、孤児院のみんなが作ってくれた、お弁当だから……」

「はぁ? 親無しどもの作った弁当だぁ? はっ。ゴミに作った弁当なら……」

「あっ!」


 弁当箱を取り上げる。

 すぐに反応する照討だが、彼の手が届く前に―――


「ゴミにしたって構わねぇよなぁ?!」


 弁当箱を地面に叩きつけ、あげく踏みつぶしてしまった。

 中身が飛び散り、無残に潰されていく。


「なっ、やめてよっ!」

「ああん?! なんでFランクのゴミがオレに指図してんだぁ? ぶっ殺されてぇかゴミがぁっ!!」


 叫ぶと共に、照討の横っ腹に蹴りを入れる。

 呻く照討は、それでも弁当箱に手を伸ばしていた。


 どうやら、照討はFランク……つまり、霊と同じようだ。

 人間の失敗作、弱い心の持ち主、社会の底辺。ゴミとしてしか認識されない人間。


 それを黙って見ていなかったのが、こころだ。


「っ! あなた達っ!!」

(だよね。こころなら黙ってないよ……)


 ガラの悪い3人に詰め寄ろうとするこころ。

 それを予期していた霊が、【心力】の糸を出そうとしたとき、それは起こった。


「やめてよっ!!」

「ぅぉ―――」


 再び踏みつぶされそうになった弁当箱。

 照討がひと際大きな声を出したとき、橙色の光が彼の全身を覆った。


 弁当箱を踏みつぶそうとした1人を突き飛ばす。そして、突き飛ばされた生徒は壁に激突し、めり込んだ。


「なっ……今のはっ……」

「御神くんと同じ、全身から【心力】を!?」


 槍姫と朗が、驚愕する。


 照討の全身を覆っていた光は、【心力】で間違いない。

 そしてそれを出来る人間は限られている。その限られた人間は自分達のチームリーダーであり、その人だけだと思っていただけに、目の前で起こった出来事が信じられなかった。


 それは、霊も同様だった。


「っ……まさか……」

「? 霊くん?」


 霊の声。

 それは、彼にしては珍しく動揺の色を含んでいた。


「まさか……【同列存在】……」

「え……?」


 それに気付いて、霊に振りかえったこころの耳に届いた、ある単語。


(そんな……こうも連日、【同列存在】に出くわすものなのか? いや、まだ凱先輩がそうだと決まった訳じゃない)


 聞かれてしまったことにも気付かず、霊は思考を繰り返す。


(いや、それより今は、目の前の彼だ……)


 思考を切り替え、照討と呼ばれた生徒に意識を向ける。


 照討は自分がやったことに驚いているのか、震えながら壁にめり込んだ生徒を見ていた。


「て、てめぇ……今なにしやがった?!」

「この、ゴミのくせに、人間様に盾突こうってのか?!」


 残る2人が、照討を襲う。


 その2人を、青く光る糸が絡め取り、縛り上げた。


「な、なんだ?!」

「その辺で、やめてあげてくれないかな……」


 無論、その糸を操っているのは、霊。

 右手の指先から【心力】の糸を放出し、ガラの悪い男子生徒2人を捕まえたのだ。


「お、おまえは確か、大和を倒した……」

「Fランクの、御神霊か?!」


 守鎖之との決闘で、霊のことは知られている。

 この2人もあの決闘を見ていたようで、霊の姿を見て顔を真っ青にした。


「へ、へへ……同類のことを思いやって、助けたってか?」

「Fランクのゴミのくせに、同類意識は持ってやがんだな?」


 だがその2人は、霊が所詮はFランクであると(たか)を括っていた。

 Fランクであるのなら、例えどんなに強かろうが、付け入る隙はあると思っている。

 なぜなら、彼らは総じてゴミだから。


 だがそんな思いは、次の霊の発した言葉で霧散してしまった。


「同類じゃないよ。彼は、ぼくと【同列】だ」

「「あ?」」


 霊の目が、縛り上げている2人ではなく、照討を見たのはその台詞の直後だった。


「あ……あのっ……」

「……」


 視線を向けられた照討という生徒は、怯えながらも目を逸らさなかった。


 いつもの彼なら、俯いてしまっただろう。

 だがこのときばかりは、彼の目を見ていなければならない……そんな強い焦燥感に駆られ、見つめ返していた。


御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

針村槍姫(はりむらそうき)――――背の高いクールな少女。こころの親友。

戯陽(あじゃらび)(ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。


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