第19話【if & tomorrow】
思わず、告白っぽいことをしてしまった。
それに気付いて、こころは大いに慌てた。
「あの……その、今のは……なんというか……」
「う、うん……」
釈明しようとして、しかし上手く言葉がでない。
なにしろ、自分の本音だったのだ。釈明すべきことなんてない。
ならば、このまま勢いに任せて言いたいことを言ってしまうのもあり、なのでは……しかし、喉下で言葉がつっかえてしまう。
二人の間にぎこちない空気が流れ始めた。
その時。
「く、霊くん……今のは、私はっ―――」
『 こ こ ろ ち ~ ん ! ! 御 神 く ~ ん ! ! だぁ~いじょ~ぶぅぅうう?!』
真上から響き降りる大きな声。
落ちて来た穴から、朗が大声で呼びかけてきているのだ。
「うんっ! ぼくもこころも、大丈夫だよっ!! いま登って帰るから、心配しないで待ってて!!」
霊も大声で返す。
次いで、槍身を構成していた1000本の糸のうち、一本を解きほぐして上へと伸ばした。
「みんなが心配してる。帰ろう?」
「……はい」
伸ばした糸で自分達を引っ張らせ、登っていく。
「……」
ほっとしたような、しかしもったいないような……。
もし、勢いで言っていたら、霊はなんと返してくれただろうか……。
霊に抱かれたまま、こころは訪れなかったifの未来を夢想した。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
こころが言おうとした言葉。
霊はその先を想像して……すぐにその考えを振り払う。
(ダメだ……それはダメだよ……)
『私の幸せはっ! 霊がくん一緒じゃないとっ!! 霊くんと一緒に、幸せになりたいんですっ』
(できないんだ……それは、絶対にできないことなんだよ……)
霊はFランク。
最底辺の人間であり、失敗作であり、犯罪者予備軍とも考えられている、弱い心の持ち主。
本人がどんな人間であろうと、世間は霊をそう認識する。
そんな人間と一緒に、幸せになれるはずがない。
例え犯罪を犯さなくても自分と一緒にいれば、こころまで奇異の目で見られてしまう。
(そんなの、ぼくが耐えられないよ……)
自分に関しては全く構わない。
しかし、こころまで自分と同じだと認識されるのは我慢ならない。そうなれば……。
(ぼくは、閃羽そのものを破壊するかもしれない。そうしたら、こころが悲しむ……)
自分がFランクだという自覚はある。
もし閃羽が、こころに不利益にしかならないような場所になれば、破壊する気でいるからだ。
それはとても異常なこと。
考えることすら異常で、しかし実行できてしまうのだから始末に負えない。
だが、偽らざる気持ちであることも確かだ。
自分が異常だと自覚している。しかしそうでなければ、こころは守れない。
―――神を殺す―――
それは、正常な精神では絶対に思いつかないこと。
だがやろうとしている。
そのための布石は打ってきた。
そのための力は付けてきた。
あとは神を炙り出すだけ。そうすれば……。
(そうすれば、ぼくが『殺されたとき』のあの恐怖を、こころに経験させないで済む……。)
寿命による死はどうしようもない。
しかし殺されるとあれば、それは別だ。その危険を少しでも無くすためには、世界の頂点に君臨している【心蝕獣】……それらを統べる神を殺すしかない。
他の人が聞いたら、なんと我がままで自分本位な考え方だろうと、霊を嘲笑するだろう。
だがそんなものは全て承知のうえだ。すべては、こころのために。
「あ、こころち~ん! 御神く~ん!」
「二人とも、大丈夫なんだな!?」
「怪我はしてないか?」
穴の上から、朗、ダナン、そして槍姫が心配そうな表情で呼びかけていた。
思考に深く嵌っていたのか、出口が近づいていたのに気付けなかったようだ。
伸ばしていた糸は落ちて来た穴を超え、天井の坑道に突き刺していた。そうやって引っ張らせ、無事に脱出。
「うん。霊くんのおかげで怪我は無いよ。心配かけてゴメンね」
「それとダナン先輩。すみません……せっかくの鉱石、全部穴の底に落ちてしまいました……」
「気にすることはないんだなぁ。二人が無事なこと。これが一番嬉しいんだなぁ」
ダナン達に迎えられ、地に足をつけて着地。
「こころ……すまなかった。俺の所為で……怪我は無いか?」
直後、守鎖之が申し訳なさそうに謝罪してくる。
そもそもの原因が守鎖之にあるからだ。
こんな狭いところで、しかも放置されている坑道であんな威力の技を放てば、崩れることなど容易に想像できたはず。
しかも守鎖之は、霊やダナンとは違い、【心蝕獣】の接敵に気付かなかった。
霊が注意を促していたのに、陽の光の届かないところでは【心蝕獣】は活動しない……その概念に囚われ、完全に油断しきっていたからだ。
そして、霊によって倒されていたにも関わらず、【心蝕獣】の肉片に驚き、取り乱し、あのような蛮行をやってしまった。
こころが開いた穴に落ちて、守鎖之は自分の迂闊さを呪ったくらいだ。だからこそ今回は、プライドの高い彼であっても、他の面々の前で謝罪したのだ。
「ううん。大丈夫……霊くんのおかげで、怪我は無いから……」
こころは、謝罪を素直に受け入れた。
わざとで無いことは分かっているし、結果的に無事だったのだから良しとしていた。
それに、【心蝕獣】に気付かなかったのは自分も同じ。守鎖之を責める気にはなれない。
「こころ、降ろすよ?」
霊は、抱えていたこころを降ろし、立たせる。
しかしこころは、ぺたんと力なく座り込んでしまい、霊が慌てて支えた。
「こころ?!」
「あ……ごめんさない。腰が、抜けてたみたいです……」
心配かけまいと、乾いた笑いで気丈にふるまう。
というか、さっきの霊とのやりとりが少なからぬ原因になっている気がして、過剰に心配されるのが恥ずかしい、という思いもあったりなかったり……。
「まあ、怪我は無いみたいだから、ぼくが運んで行くよ」
「待て。俺の責任でもあるから、俺が運ぼう」
守鎖之が前に出てそう言い、霊に支えられているこころに手を伸ばす。
しかし、霊がそれを遮った。
それも、かなり険しい表情を見せながら。
「なんだ。邪魔をするなFランク」
「また【心蝕獣】が現れたとき、キミはこころを抱えたまま戦える?」
「なにぃ……そういうお前こそ、どうなんだ?!」
「戦えるよ。少なくとも、こころを抱えたままキミを縛り上げるくらいはできるよ」
こころを抱きかかえる……俗に言う、お姫様抱っこだが、その状態で指先から素早く【心力】の糸を生成。
瞬時に伸ばし、守鎖之を簀巻きにしてしまう。
「なっ……!!」
「こういう狭いところでの奇襲は、各自で素早く対処するしかない。この程度のことにも反応できないんだから、大人しく自分の身だけを守っていてよ。その方が面倒が少なくて済む」
(うわぁ~~~……御神くん、もしかして珍しく怒ってる?)
(だろうな。少なくとも、いつものあいつなら、あんな挑発的な物言いはしないはずだ)
朗と槍姫が、いつもと違う霊を見てヒソヒソと囁き合う。
普段の訓練で二人が失敗しても、霊はそれを咎めるようなことは絶対にしなかった。
何度失敗しても、出来るまで繰り返し指摘し、実践させ、ときには自ら相手になって教える。それが霊のスタンスだ。
その分かなりキツイ訓練内容になるのだが、霊も一緒にやっているため文句も言えなかったりする。
一方、霊にお姫様抱っこされているこころは、というと……。
(はわっ、はわわわぁ~! わたし、霊くんに抱っこされてるっ。お姫様抱っこしてもらってる~~~!!)
乙女なら一度は憧れるシチュエーションに、思いっきり浸っていた。
霊はこころと大して変わらぬ身長なのだが、しっかりした安定感をもって抱っこしている。この状態で守鎖之を手玉に取るのだから、その実力差は推して測るべし。
……などという考察を皆がしているところを、こころは有頂天気味になっているためできなかった。
表面上には出さず、ただ固まっているだけなので、誰もそれに気付かないのは幸か不幸か……。
「さて……ダナン先輩。ここは一刻も早く閃羽に帰還し、これらの【心蝕獣】のことを早急に報告したほうがいいでしょう。申し訳ありませんが、鉱石の採掘はまた後日、しっかりと装備を整えるか、心衛軍の人たちに付いてきてもらうかしたほうがいいと思います」
「わかったんだなぁ~。まあ、鉱石のほうは穴に落ちてしまったもの以外にも確保してあるから、気にすることはないんだなぁ~」
「ありがとうございます」
当初予定していたよりも大分少ない成果となってしまった。
そのことを詫びた霊だが、ダナンは寛容にそれを受け入れた。そもそも、今までの生態とは明らかに違う【心蝕獣】と遭遇したのだ。
採掘よりも報告を優先すべきだという霊の意を、ダナンは誰よりも汲んでいた。
「じゃあ、さっそく戻りましょう。ぼくが前を警戒するので、申し訳ありませんがダナン先輩……」
「わかってるんだなぁ。後ろは任せて欲しいんだなぁ~」
ポーン・アイズを叩き潰したハンマー型【心器】を構え、ダナンは和やかな表情で頼もしい言葉を述べた。
「あ! 御神くん御神くん!! 大和くんを忘れてるよ!?」
「(ちっ)……あ、そうだった」
【心力】を抑え、糸を消失させて守鎖之を自由にする。
このときこっそりと舌打ちしていたのを、抱っこされているこころならば気付いたはずだが、幸いなことにまだ興奮の只中にいるため、まったく気付かれなかったことを追記しておく。
(くっそ……Fランクのゴミが……今に見てろよ……)
解放され、第1チームのメンバーの手を借りて立ち上がった守鎖之は、忌々しいという視線を霊の背中に叩きつけた。
このときから、守鎖之の憎悪は大きくなっていく。
膨れ上がり肥大化した憎悪は、やがて【同列存在】となる切っ掛けになり、神殺しの戦いに影響を及ぼすこととなる。
だがそれは、まだまだ先の話である……。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
あれから何事も無く、霊たちは閃羽に帰還した。
学園長とNo.2ナイトクラスにして教官でもある篤情竹馬を通じ、心衛軍に陽の光のないところでも活動する【心蝕獣】の存在を報告。
物証として、霊とダナンが倒した【心蝕獣】の残骸を持って帰り、現在それらを検査中。
同時にナイトクラスたちは今後の対策を話し合うことになった。
「いや~……それにしても、久しぶりの実戦だったんだなぁ~。御神くんといると、退屈しないんだなぁ~」
一人で工学棟に戻ったダナンは、採掘した鉱石を第8技術班専用の保管庫へしまう。
明日からこれらの素材を使い、霊専用の【心器】を作る予定だ。
彼の底知れぬ【心力】に耐えられるのかは分からない。だが自分の限界に挑戦できるまたとない機会。
その癒しぽっちゃりな顔の奥では、技術者魂が熱く熱く、燃え上がっていた。
「ホント、楽しくなってきたんだなぁ~」
「ふむ。それは重畳だ。我が同志よ」
突如、ダナンの背後に現れた人影。
振り返ると、そこには身長180後半の、長身の男子生徒が立っていた。
黒いジャージ姿で、スポーツマンという印象を受ける、真っ赤な短髪が特徴的な男子。
野生児とでもいおうか、獰猛な雰囲気を惜しげも無く晒す目つきをしていた。
「あ、凱くんなんだなぁ~。強化合宿は終わったんだなぁ~?」
どうやらダナンの知り合いのようだ。
凱と呼ばれた男子生徒は、腕組みをしながら自信満々な態度で応じる。
「うむ。これで俺様の野望がまた一歩近づいた訳だ。して、ダナンよ。貴様ずいぶんと面白そうな奴と一緒につるんでいたそうではないか?」
「そうなんだなぁ~。とぉ~っても楽しかったんだなぁ~。そして明日以降も楽しみなんだなぁ~」
「ふっ。たしか、御神霊……と言ったか。今年は活きのいい奴が入ってきたではないか?」
「さすが凱くん。耳が早いんだなぁ~」
「ふっふっふっ……まさに我が【探索部】に相応しい人材ではないか。あと一週間で部活への勧誘が始まる。是非、是が非でも我が部に招かなくてはな」
「あ、それなら霊くんのチームごと誘ったらどうなんだなぁ~? きっと入部してくれる確率があがるんだなぁ~」
「ほぉ……さすが我が同志。なかなかに策士な助言をしてくれる……む?」
凱が、窓辺に近づき校庭を見降ろす。
その視線の先には、これから下校するのであろう、霊とこころの二人がいた。
「あ、御神くんに純愛さんなんだなぁ~。あの二人は本当に仲がいいんだなぁ~」
鉱山から帰ってくるとき、霊はこころをバイクに乗せてきた。
運転席から見えたこころの表情は至福そのもので、霊もまんざらではない様子が窺えた。
二人の幸せそうなツーリングを見て、ダナンは普段の5割増しくらいに微笑んでしまったくらいだ。
「ふむ……まるでオシドリ夫婦のような……これは、うまくすれば面白い展開になりそうだな……」
「あんまりからかっちゃダメなんだなぁ~。霊くんは、たぶん凱くんより圧倒的に強いと思うんだなぁ」
「ほぉ……それは願ってもない人材ではないか。ふっふっふっ……胸が躍るというものだ」
まるっきり正反対であるはずの二人。
しかしお互いに意気投合しているようで、1週間後に始まる部活勧誘に、思いを馳せるのであった。
――――――次回へ続く。
*補足*
―――【殺神器】―――
・霊がダナンに渡した設計データに記されていた【心器】。詳細は不明だが、霊の力を最大限に引き出せる特別な【心器】であることが窺える。これを持っていると【同列存在】なるものを呼び寄せてしまうらしく、ゆえに霊は普通の【心器】を使用している。
―――【同列存在】―――
・霊が誠との会話のなかで言及した単語。本来の力を最大限に引き出すための【殺神器】を持ってこれない理由としているが、詳細は不明。【心蝕獣】を指していることは確かだが、それ以外の意味も含まれている様子。神を戦いの場に引き摺りだすために、この【同列存在】を倒す必要があるとも言っていた。その口ぶりから、どうやら霊に匹敵する能力を持っている模様。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●針村槍姫――――背の高いクールな少女。こころの親友。
●戯陽朗――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。
●ダナン・デナン――心理工学科のぽっちゃり系3年生。【心器】に関する技術はなかなかのもの。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。