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第2話【異質なゴミ】

「それじゃあさっさとチームを決めるか。オレが適当に出席番号を言うから、その通りにしろよ!」


 クラスの雰囲気が、必死になにかを祈るようなものに変わる。


 全員、こころと同じチームになれるよう祈っているのだ。


「3とか……8とか? あと18、14、20……で、とりあえず一組だ」


 そのなかに、こころは該当していない。

 番号を呼ばれた生徒は絶望に身を沈めた。


 そんな調子で篤情(あつじょう)教官が番号を呼び、そしてこころは呼ばれず、呼ばれた生徒は次々と死屍累々の屍となっていった。


「残るは4と、1、12……おお? 3人になっちまった……ああそうだ。おい御神。おまえ、この第7チームに入れ」

「わかりました」


 こころの出席番号は、4。

 しかも、1と12は仲の良い友達。

 そこに、あの男子生徒……御神霊(みかみくしび)が入る。


「「「「なぜだぁぁああああ!!!?」」」」

「あ~あ~あ~うっせぇよっ。適当に決めたんだから別にいいだろうがよ。

 先に申請していた大和のチームはそのままだし、さっさと決めねぇテメェらが悪いんだ。

 んじゃあ今日はこれまで。授業が本格化すんのは明日からだ。自主練でもなんでも、ここの施設を見て回って、各自精進しておくように」


 しっしっ、と詰め寄る生徒達を追い払う篤情教官。

 しかし生徒たちも諦めきれないのか、しつこく、しつこ~~~く、教官に抗議。


 そんな騒動を無視し、霊は空いている席に着く。

 一番うしろ……こころの後ろの席だった。


「あ、あの……」

「ん?」

「さっきはありがとうございました。改めてお礼を言いたくて……。

それと、これから同じチームだから、よろしくお願いします」

「わざわざありがとう。こちらこそよろしく」


 こころから差し出された手を握り、握手を交わす。


「こころち~ん! 私たちも一緒なの忘れないでよ~~~!」


 と、そこで握手を交わす二人に声が掛かる。


(ほがら)ちゃん。槍姫(そうき)ちゃん」


 やって来たのは二人の女子生徒だった。

 一人はこころより背が低く、もう一人はこころより背が高い。というか、霊より高い。


「この人達が1番さんと、12番さん?」

「はいは~い! 出席番号1番! 戯陽朗(あじゃらびほがら)で~す! よろしくぅ!」


 霊の質問に勢いよく答えたのは、背の低い女子の方。

 戯陽朗(あじゃらびほがら)

 横髪を左右に縛った、ショートツインテールの髪型。そして底抜けに明るい笑顔が特徴的だった。


「12番の針村槍姫(はりむらそうき)だ。私達はこころの友人でね。よろしく」


 朗とは対照的に、やや凜とした雰囲気で自己紹介したのは、背の高い方。

 針村槍姫(はりむらそうき)

 こちらは腰まで届きそうな長い髪を後ろに縛った、ロングツインテールが特徴の女子だった。


「よろしく。御神霊(みかみくしび)です」


 朗と槍姫とも握手を交わす。


「半月遅れの入学って珍しいよね~!」

「そうだね。この近くに引っ越して来たんだけど、ちょっと色々と問題がおきちゃって。それで今日に……」

「どこに引っ越して来たんだい?」

「この心皇学園から、歩いて……10分くらいのところかな? ちょっと斜面を登ったところにある……」

「あ! もしかして最近建てられた、あの新しい高層マンション!?」


 思い当たった朗が、霊の言葉を遮って発言。

 遮られた本人は、しかし特に気分を害した様子も無く肯定する。


「正解。でも、最近建てられたのは知らなかったよ」

「? この辺にはあまり来たことがないのかい?」


 いくら広いと言っても、外縁防壁に囲まれた都市内でのことだ。

 何か真新しい建物や話題が発見されれば、瞬く間に広がる。霊が知らないのを、槍姫が少しだけ疑問に思うのも無理からぬことだった。


「うん、そう。だからこの辺のことはあまり詳しくないんだ」

「じゃあ、御神くんにこの区域の案内をしないといけませんね」

「あっ! こころちんナイスアイディア! ついでに美味しいケーキのあるお店に連れて行こう!」


 とはいえ、そういう事もあるのだろう。

 他意の無い霊の答えに違和感などあるはずもなく、4人はすぐに打ち解けた。


 そんな第7チームを見て、険しい視線を向けるクラスメイト一同。

 これ幸いとばかりに、篤情教官は教室の隅っこに退避した。


「誤解しているようだが、まだ完全に決まった訳じゃない」

「? 守鎖乃(すさの)くん?」


 クラス中の視線を受ける第7チームに声が掛けられる。

 数名の生徒を引き連れた守鎖之がそこにいた。


「御神、とか言ったか……キミ、ランクは?」


 守鎖乃が引き連れているのは、同じチームメンバー。

 つまり、全員Sランク。

 よく見れば、全員が自信満々な態度であり、仁王立ちする守鎖乃に対し、座って話す霊を文字通り、見下していた。


 もしこれで霊がSランクでなかったら、きっと何か因縁をつけるつもりだろう。


 そして正しく、その予想は当たった。


「ぼくですか? Fランクですけど?」


 瞬間、教室が静まり返った。


「――――――はっはっはっ……おいおい? 

ここは最低でもAランク以上のものが集まる1組だ。冗談にしては、性質が悪いな」

「とは言っても、本当にぼくはFランクなんだけど……」


 困ったように言う霊に、他意は無い。


 どうやら、本当のようだ。彼がFランクであるというのは。最低ランクであるというのは。


「はっ……ゴミが」


 しんっ、と静まり返った教室に、守鎖乃の言葉が冷たく響いた。


「守鎖乃くん! そんな言い方っ……」

「こころ。さっきも言ったはずだ。付き合う友達は選んだほうが良い、と。そこの二人なら、まあ、まだ許せる。

 しかしFランクという、最低最悪の卑しい心しか持てないゴミとチームを組むなど、オレは絶対許容できない」


 心の強さ、【心力】の強さを表わす【ランク】。

 そのなかでもFランクは最底辺。ある意味での特異ケース。

 Fランクの人間は総じて心が弱く、社会不適応者と呼ばれる人種が数多く該当する。


 ゆえに、ゴミ。


 戦いでは役に立たない、まともな日常生活も送れない、捨て石以外に使いようの無い、という意味での、ゴミ。


「はぁ……篤情教官。なんでゴミが我が1組に? 何かの手違いですか?」

「いんや。確かに学園長から『Fランクの御神霊は1組に編成』と聞いたが?」


 教室の隅で成り行きを見ていた篤情教官が、ダルそうに答えた。

 嘘は……言ってない。


「Fランクと知っていて、1組に編成した? 冗談じゃない。百歩譲って1組だとしても、こころと同じチームに編成など、オレは、オレが認めない」

「でも、もう決まっちゃったことだけど……」


 霊が遠慮がちに、困ったように言う。

 その表情に怯えや卑屈などと言ったものはなく、苦笑だけが張り付いていた。


 それが、守鎖乃の感に触った。


「いい気になるなよFランクっ。

 あんな適当な決め方があってたまるか。おまえはこころとチームを組むのに相応しくない。分を弁えろっ」

「守鎖乃くん! それは言い過ぎっ―――御神くん?」


 守鎖乃に詰め寄ろうとしたこころを、霊が間に入って制止する。


「相応しくないとして、どうするの?」

「として、じゃない。相応しくないんだ。こころは俺のチームに入れる」

「ちょっと待ってよっ! こころちんは私達のチームでもあるんだよ?! 今さら変更なんてズルイよ!!」


 朗が猛抗議。

 せっかく親友と一緒のチームになれたのに、あんまりな言い分に憤慨した。


「黙れよAランク。Sランク同士が組むのは当然のことだ。その方が危険も少ない。

 知らない訳じゃないだろ? この心皇学園には、【心蝕獣】との実戦訓練もあると。

 ……こころを危険な目に合わせたいのか?」

「そ、それは……」


 確かに、高ランク同士の者が組めば危険は減る。

 こころもSランクなのだが、自分と組むよりは、Sランクのチームと組んだ方が良いかもしれない。


 そう、朗が思った直後だった。


「それじゃあ、ぼくが君より強ければ、文句は無いんだね?」


 霊が、そんなことを言ったのは。


「……もう一度言う。分を弁えろ。ゴミ以下の心しか持てない、―――落ち零れがっ!!」


 殴り掛かる守鎖乃。

 正規兵として訓練を受けたその拳は、一般の生徒が避けられるようなものではない。


 そう……一般の生徒であれば。


 殴り殺す、そのつもりですらいた拳は、空を切るだけだった。


「っ?!」


 紙一重で、霊は避けた。


 首をずらしただけ。大仰な動きは一切ない。見えているのだ。正規兵の拳が。


「ちょっとここは狭いかな。みんなを巻き込んでしまうから」


 自然な流れで守鎖乃の腕を掴み、そのまま押し返す。

 第7チームから離れるために、ずいっと守鎖乃を押し、教室の半ばまで移動する。


「っ?! ゴミが気易く触るなっ!!」


 一呼吸遅れて、霊の腕を振り解く。


 そんな守鎖乃の、今さっきまで掴んでいた腕を指さす、霊。


「? なんだ?」

「今ので……切り落とされてたよ? 普通だったら」

「っ!? 調子に乗り過ぎだ、Fランク」


 腰に携帯していた、両刃剣の【心器】を抜刀する守鎖乃。

 白色の剣が、鈍く光る。


「す、守鎖乃くん! いくらなんでも【心器】なんて―――!!」

「こころちん! 危ないよっ!!」


 守鎖乃を止めようとするこころを、朗が腕を掴んで止める。


「……校内での【心器】の持ち込みは、禁止のはずじゃ?」

「残念だったな。オレはSランクであり、そして【ナイトクラス】の【精鋭心兵】だ。特例で携帯が認められている」


 ランクとは別に、総合的な実力を表わす指標。

 それが、【クラス】。

 これは人間、【心蝕獣】ともに共通であり、下からポーン、ルーク、ビショップ、ナイト、と上がっていく。


 ポーンは……云わば雑兵。もっとも数が多く、強さも一般兵と同じ。


 対して、ナイトクラスは守鎖乃が言う通り精鋭兵。

 閃羽でも彼を含めて5人しかいない、エリート中のエリート。ゆえに、様々な特権を持ち、校内での【心器】の携帯も認められているのだ。


「そっか……君が5人しかいないナイトクラスなんだ」

「今さら理解したか? オレとキミの、格の違いというものを。これでこころをオレのチームに入れるのに、反対は無いな?」


 剣の切っ先を霊に向け、そう宣言する守鎖乃。


 だが霊に動じた様子は一切なかった。


「君の言いたいことはよくわかったよ。それで? どうしたら相応しいと認めてくれるのかな?」

「……おまえは、本当にゴミだな。オレの言っていることを、オレと言う【格上の存在】を理解していないのか?」

「格上かどうかはともかく、君がナイトクラスであることは分かったよ。説明だけで十分。ハッタリだなんて言うつもりはないから安心して」


 苦笑する、霊。

 嫌味が含まれていない。ただ事実を言っているだけ。守鎖乃がナイトクラスであることも、ハッタリではないことも、彼は理解している。


格上でないことも、だ。


「っ!! 心で理解できないのなら、身体に教えてやろう」


 徐に、剣を振り上げる守鎖乃。


 息を呑むクラスメイト建ち。


「やめてっ! 守鎖乃くんっ!!」


 こころの悲鳴と同時に振り下ろされる、守鎖乃の剣。


 だが空を斬るだけ。

 霊は身体を逸らして避けた。


「っ!? このっ―――!!」


 続けて斬り掛かる守鎖乃。

 苦も無く避け続ける霊。

 斬り上げ、斬り落とし、袈裟斬り、横薙ぎ、突き。ありとあらゆる斬撃が霊を襲い、そしてその全てをかわしていた。


 ちなみに、一連の動きは他の生徒には見えていない。


 右に左にゆらゆらとブレ(・・)る霊。

 剣を持つ守鎖乃の腕が、一瞬消えては現われる。動体視力の追いつかない生徒たちには、子細がわからずただ呆然と見ているしかできない。


「……さすが」


 だが、教室の隅っこで見ている篤情教官だけは、すべて見えているが。


 篤情教官もナイトクラスだ。

 有事の際は正規兵とともに【心蝕獣】と戦い、都市を防衛する。しかも……ナイトクラスのNo.2。守鎖乃よりも、強い。


「確かにナイトクラスだね。ナイトクラスの【心蝕獣】と、ギリギリ互角くらいは戦えそうだ」

「っ?! わかったふうな事をっ」


 霊から離れ、距離を取る守鎖乃。


 そして剣に【心力】を集中。

 白色の剣を白いオーラが覆う。


「バッ……さすがにそれは見過ごせねぇぞ」


 ここにきて、初めて狼狽の色を見せる篤情教官。


 守鎖乃は、【心力】を纏わせた斬撃を、文字通り飛ばすつもりだ。

 ――― 斬撃波 ―――

 【心力】を剣撃として飛ばす、中距離用の【心技】。


「……」


 その標的となっている霊は、一瞬だけ後ろを振り返った。


(っ!? 御神くん、避けるつもりがないの?! 避けたら私達に当たるから?!)


 守鎖乃の射線上には、こころ達第7チームがいる。


 霊は守鎖乃に向き直った。

 受けて立つ気だ。


「っ!? だめっ!! 御神くんっ!!」

「白和一刀流心剣術―――斬撃波っ!!」


 振り下ろす守鎖乃。白い斬撃が霊を襲う。


 霊は……避けようとしない。

 その代わり、右腕を前に突き出し、掌を相手に見せるように開く。


 すると、霊の全身から青い光が揺らめいた。いや、噴出した。


(っ!? さっき、私に見せてくれた、【心器】なしの【心力】?! 全身から?!)


 白い斬撃が、霊の青い光とぶつかる。


 激しい火花が散り、やがて―――


「……ふっ!!」


 短く息を吐き、気合を入れて白い斬撃を掻き消した。


「……ば、馬鹿なッ!!」


 動揺する守鎖乃。

 目の前の相手は、確かに【心器】もなしに【心力】を使った。それも、全身から【心力】が溢れ出ていた。


 【心力】を全身に纏う術はある。

 しかしそれとて、【心器】の派生である【心装】……【心力】を纏わせるためのバトルスーツがなければ、到底出来ることではない。


「技が効かないから動揺する。気持ちはわかるけど、【心蝕獣】にはそういうのが沢山いるから、命取りになるよ?」

「なっ……ふざけるなっ!! おまえ、【心器】を隠し持ってるな?! 馬鹿がっ! これでお前は牢獄行き―――」


 ごちんっ。


 喚く守鎖乃の脳天に、篤情教官の拳骨が落ちた。


「バカはお前だ大バカ者。【心器】の携帯は許されていても、殺人までは許されてねぇよ」

「……教官。ぼくはまだ生きてますけど?」

「アホ垂れ。おまえ【だから】死ななかったけどな、普通はそうじゃないんだよ」

「はぁ……そうなんですか?」

「そうなのっ。おら、ちょっと来い。生徒指導室でみっちり扱いてやるよ」


 守鎖乃の髪をむしり掴み、引っ張り上げる篤情教官。

 毛根が強いのか、髪は守鎖乃の身体を引っ張っていった。


「は、離せっ! Aランクがオレにこんなことしていいと思っているのか?!」

「ば~か。ナイトクラスで一番の下っ端が吠えるな。

 あ、そうそう。他の奴はオレが戻るまで自習! 全員、この教室から一歩も出るなよ?」


 篤情教官により、守鎖乃は教師から退去。

 喚き散らす声がどんどん遠ざかる。


「ふぅ……初日から問題起こしちゃったな。普通って、難しいなぁ……」


 手をパンパン、とはたきながら呟く霊。


「み、御神くん! 大丈夫ですか?!」


 こころが慌てて駆け寄り、霊の右手を取って看る。

 守鎖乃の斬撃波を受け止めたはずの右手には、傷一つ無かった。


「【心力】を纏っていたから大丈夫だよ。見えてたでしょ?」

「で、でも……御神くん、私たちが後ろにいたから、避けられなかったんですよね? ごめんなさい……」


 消え入りそうな声で謝るこころ。

 今の騒動は自分が原因。その所為で霊が危険な目にあった。それがこころを苛む。


 しかし、そんなこころの心情とは裏腹に、霊は穏やかに答えた。


「気にしないで。それに、守るって約束したからね」

「……え?」

「戻ってくるのに、本当に10年もかけちゃったけど、今なら約束を守れるから」

「え……あ……まさか……っ?!」


 守るという約束。

 10年という月日。

 これらのキーワードは、こころにとって大切な意味を持つ。こころだけの、大切な意味。


 その意味を持つ言葉が、霊の口から出来た。それが意味する事は一つ。


「ほ、本当に……レイ、くん?」


 (くしび)は、レイ。

 10年前に都市の外へ出ていった、自分を守るという約束をした、あの少年だ。


「あははっ……その呼び方、懐かしいね……」

「あっ……レ、レイ……レイくんっ!!」


 目から涙が溢れ、感極まったこころは、霊に抱き付いた。


 レイ。その名を何度も呼ぶ。

 何度も、何度も、何度も。

 そこにいることを、確かめるように……。




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