表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/64

第15話【約束の証】



緊張感に満ちた二者面談(ただし、それは誠のみ)は、そろそろとお(いとま)するという霊の申し出で終わりを迎えた。


「泊まってはいかないのか? 仕事の話を抜きにして、色々と聞きたいこともあったのだが……」

「その機会はまだまだありますよ。何より着替えを持って来てないんですから」

「そうか……」


霊は当分の間……少なくともこころがいる以上、霊はこの閃羽に留まるだろう。昨日今日の知りあいではないのだから、また食事を共にする機会もある。


誠は改めてそう考え、無理に引き止めることはしなかった。


書斎のドアを開け、廊下に出ると、そこにはバスタオルとパジャマ服を持った真心がいた。


「どうしたの? 真心ちゃん?」

「―――」

「え?」


口をぱくぱくと動かす真心に対し、読唇術によってその意思を理解した霊は、少々戸惑ったような声をあげた。


「霊くん? 真心はなんと?」

「それが、『一緒にお風呂に入ろう?』って……あのね、真心ちゃん」


床に膝を突き、目線を真心に合わせる。


「ぼくはそろそろ帰るから、一緒には入れないよ。それに、着替えを持ってないんだし……」


先ほど誠に言ったようなことを真心にも言って聞かせる。

目線を合わせた理由は、真心の申し出を断るためだ。上から目線では子供に圧迫感を与えてしまうので、やんわりと断るときや、言い聞かせるときはこうするのが吉。


「あらあら霊くん。着替えの心配なら要らないわ。実はあなたのお父さんの服が、うちにあるのよ」

「え?」


会話に入って来たのは志乃だった。

にこにこ笑いながらやってきて、真心の目線に合わせて片膝立ちしている霊の肩に手を置いた。


「あなたはお父さん……(ゆずる)くんと同じ背丈だから、大丈夫だと思うわ」

「父さんの……?」

「大切な形見ですもの……捨てるなんてできなくて、ずっと大切に保管していたのよ?」

「弦斎さんからは聞いていないのか? 私たち夫婦とキミの両親は、幼馴染だったんだよ」

「そう、だったんですか……」


呟く霊は、改めて知った事実に戸惑う。


霊の両親は、霊が生まれてすぐに亡くなった。例によって【心蝕獣】の襲撃が原因だ。


「二人とも優秀な【心兵】だった。生きていれば、オレではなく弦が閃羽心衛軍のリーダーだったろうな」


霊の父親もナイトクラスであり、その実力は誠と互角かそれ以上。そして……。


「そしてキミの母親……麗那(れいな)は【感応者】でもあった。当時は私たち3人で心衛軍の中核を担い、幾度となく【心蝕獣】の襲撃を退けていた。だがあの日、高位の【心蝕獣】数体に攻められ、心衛軍に多大な被害が及んだ」


ナイトクラスの【心蝕獣】が2体、ビショップクラスが4体、計6体の【心蝕獣】が閃羽に襲来。

当時の閃羽にはナイトクラスが3人しかいなかった。誠と弦、そしてその妻……つまり霊の母親だ。


「私と弦はナイトクラスを相手にするので精一杯でな……ビショップクラスまで手が回らなかった。麗那が奮戦してくれたおかげで壊滅的な被害を受けずに済んだが、無傷と言う訳にはいかなかった。出産直後ということもあり、重傷を負って……」

「そう……だったんですか。知らなかったな……。父さんも、その時の戦いで?」

「ああ……当時の私はナイトクラスに成りたてでな。やられそうになったんだ。しかし、弦に助けられた……。

 ナイトクラス2体を道ずれにして、相討つ形となったのだ……。」


今でこそ誠はナイトクラスの【心蝕獣】を倒せるほどに腕を上げている。

しかし10年以上昔は違った。ナイトクラスとギリギリ互角に戦うのが精一杯。1体相手に奮戦するも、かなり危うい戦いを強いられていた。


「その後、私たちがキミを養子に……と思っていたんだが、弦斎さんがキミを引き取りにきてな」

「この人、かなり粘ったんだけど弦斎さんに、逆に説得されちゃって」

「説得、ですか?」

「そうだ。自分の身内は霊くんしかいないから奪わないでくれ……そう言われたら、引き下がらざるを得なかったよ」


唯一の肉親を奪う……そんなつもりはなくとも、向こうがそう感じてしまうことも、あるものだ。


「【心蝕獣】との戦いで死んだのは聞いていましたけど、何も知らなかったな……知ろうともしなかった……」

「それだけ弦斎さんが、霊くんのことを大切にしていたのね」

「そうですね……。正直、親がいなくてもおじいちゃんがいてくれたから、寂しくはなかったですし」


強がっている訳ではない。

確かに、自分には親がいない、というのは自覚していた。

だからといって何か負い目があった訳ではないし、それ以上に自慢できる祖父がいた。だから特に親の事を聞いたりはしなかったのだ。


「―――っ!」


くいっ、と真心に引っ張られ、霊は我に返った。

まだ真心の話が終わっていないのに、誠や志乃と話し込んでいた事に気づく。


「え、ああ……でも、夕飯を御馳走になって、これ以上お世話になる訳には……」

「水臭いこと言わないの。真心とお話できるのは霊くんだけなんだから、色々と聞いてあげて?」

「は、はぁ……」


そう言われると断り辛い。


結局断り切れず、霊は真心に連れられて一緒にお風呂に入ることになった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




御神霊、という人間は子供の相手をすることに慣れているらしい。


髪を洗うとき、シャンプーの泡が目に入らないように、真心の顔を上に向かせて洗っている。

自分は真心の後ろにいるので、バランスを崩して倒れても受け止められるから安心という訳だ。

流す時も上を向かせ、おでこのところで水が止まるようシャワーを器用に動かす。


これら一連のテクニックは、幼い子供の髪を洗うのに非常に有効な手段となる。


「―――」

「う~ん……シャンプーハットは使い難いんだよねぇ。洗い残しとかしちゃいそうで、しっくりこないし」

「―――」

「うん、使った事ないよ。このやり方だってぼくのおじいちゃんがやってくれてたし」


今のは『シャンプーハットを使わないのに上手だね』『シャンプーハット使ったことないの?』という真心の質問に対する答えだ。

目を瞑りながらぱくぱくと口を動かす様は、生まれたばかりのヒナ鳥がエサをねだるのに似ていた。


「さてと……ぼくが頭を洗ってる間に、真心ちゃんは身体を洗ってて」


指先に【心力】を集中し、糸を形成。その糸でタオルと石けんを絡め取り、器用に泡だてて真心に渡す。


「―――」

「え? 真心ちゃんが?」

「―――」

「わかったわかった。それじゃあお願いするよ」


真心が霊の髪を洗う、と伝えて来た。

断るつもりだったのだが、それを言う前に畳み掛けられたので、苦笑しつつ了承。


許しを得た真心が嬉しそうに霊の後ろに回り込む。


その途端、真心の目が驚愕の色に染まった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




「あれ? お母さん、霊くんはどこに?」


洗い物が終わり、霊と談笑しようとリビングに戻ると、母親しかいない。


母……志乃はコーヒー片手に夜ドラを見ており、優雅な表情で次のようなことを言った。


「霊くんなら、真心と一緒にお風呂に入ってるわよ?」

「   え?   」


思考回路が焼き切れた。それも一瞬で。

何度も母親の言葉を頭の中で反芻するが、理解が追いつかない。


そんな娘の心中を知ってか知らずか、志乃はコーヒーを一口飲んで言葉を続ける。


「真心と会話できるのは霊くんだけだし、色々お話してもらって、真心のこと聞こうと思ってるの」


母親だから娘のすべてを理解している、などと自惚れてはいない。


会話をしてこそお互いを分かりあえると思っているのが志乃という女性だ。なのに、真心は声を失い会話ができない。

無論、その分愛情を掛けているつもりだが、やはり何か物足りない。

それを少しでも埋めるには、霊という人間はまさに打って付けだ。彼を通して少しでも今の娘の【声】が聞きたかった。


まあ、親の心子知らずという言葉がある通り、こころにはそんなこと知ったこっちゃないのだが。


「で、でも……二人っきりで入らせるなんて……そんな、そんなの……」

「あ~ら、何を心配しているのかしら? 霊くんが真心に手を出す心配? こころったら霊くんをどういう目で見ているのかしらねぇ~~~?」

「なっ?! ち、違うわよ!! 真心が霊くんに手を出さないか心配してるのよ!!」

「……あなた、実の妹をどういう目で見ているのよ」


真心はまだ6歳でそこまでマセてない……はず。


夕食の出来事は、どちらかといえば兄に向ける感情ではないかと志乃は思っており、霊も真心を妹のようにして接していたのが分かる。


「はぁ……じゃあ、こころも一緒に入っちゃいなさいな」

「へぇ?! そ、そんな大胆なこと、出来るわけ……」

「素っ裸で入れなんて言わないわよ。そうしたいならいいけど。っていうか、昔はよく一緒に入ってたじゃない」

「それは小さいころの話でしょ!!」


真っ赤にして怒鳴るが、事実なだけに否定はできない。しかも、お風呂に誘っていたのは自分なのだから……。


「嫌ねぇ~、思春期の娘を持つと苦労が絶えないわ~」

「私は奔放な母を持って苦労してるの!!」

「はいはい。それで、まじめな話。そんなに心配なら水着でも着て一緒に入ればいいじゃない」

「……水着が、ない」

「中学で使ってたスクール水着で十分でしょ?」

「え~~~……」


胸元に『純 愛』と書かれた白いゼッケン付きの、学校指定の紺色水着。

確かにあれも水着だが地味な色なので、こころ自身あまり気に入っていない。どうせ見せるならもっと可愛いデザインのが良かった。


「大丈夫! あれはあれでイケるはずよ! それに、霊くんは中学時代のあなたをまったく知らないんだから、10年間の空白を埋める意味でも、見せてあげなさいな」

「う、う~~~ん……」


そう言われると、見せてあげたくなる気もするから不思議だった。


素早くスクール水着を持ってきた母親に押し切られ、いざ、霊を連れ去った妹の待つアジト(注*:こころ主観)へ。


風呂場のドアを開け、中を見ると、ちょうど真心が霊の後ろに立って髪を洗っているところだった。


幼い頃、互いに洗いっこしていた仲なのだが、それを忘却の彼方に押しやって『な、なんて羨ましいことを……』などと脳内で呟いたのは内緒だ。


「お、お邪魔します……」

「っ!? そ、その声……まさか、こころ? なんで?!」


予期せぬ侵入者に、驚きの声を上げる霊。

普段何事にも動じない彼が、珍しく狼狽している。そんな姿がなんだか可愛かった。


「わ、私も一緒に入ります」

「待って! ちょっと待って!!」


慌ててシャワーを取り(もちろん、【心力】で生成した糸で取った)、泡を洗い流す。


真心が不満そうな顔をしていたが、目を瞑っていた霊には見えていない。


それから霊は、恐る恐る自分の状態を確認。

セーフだ。ちゃんと腰にタオルを巻いていたからパーフェクトなセーフだ。知っててよかった、銭湯スタイル。


後ろを振り向かず、霊はこころに告げた。


「こ、こころ? なんで? っていうか、ちゃんと服着てるよね?!」

「なんでお風呂入るのに服を着るんですか。水着だから大丈夫です」

「あ、ああそう……ふぅ」


それを聞いて、ほっと安心する霊。


だから後ろを振り向いたのだが、それが油断以外の何物でもなかったことを痛感することになる。


「―――なっ!?」

「あ、あんまり見ないでください……去年着ていた物なので、サイズが合ってないんです……」


こころは、なんというか……イロイロ大変な状況だった。

1年でそれなりに成長したのか、かなりきつそうだった。身長が伸びた所為もあるだろう。全体にぴっちりくっ付いていて、身体のラインがモロ分かり。


だが何より大変なのは、水着をはち切らんとばかりに膨らんでいる胸。どうやらその部分の成長が際立っていたようで、ぴっちりしている理由は大半がその部分の所為らしい。


何故だかわからないが、咄嗟に手で目を覆い隠した。


真心の目を、だが。


「ね、ねぇ……こころ? サイズが合ってないのを着る理由は?」

「こ、これ以外に水着がないんです」


絶望した。着替えて来なさいとすら言えないことに絶望した。


そんな霊の心情を知ってか知らずか、風呂場に入ってくるこころ。


「と、とにかく! ……お、お背中お流ししますっ」


消え入りそうな声で、そんな健気なことを言われたからだろうか。止める間もなく背後を取られてしまった。


これで相手が【心蝕獣】だったら、自分は間違いなく死んでいるなぁ……などと現実逃避気味に思った。


そしてそれが失敗だった。

こころが霊の背中を見て目を見開き、絶句。


その表情がさっきの真心と似ていて、やっぱり姉妹だと、再び現実逃避気味に思った。


「く、霊くん……その背中……」

「あ、あはは……うん、まあその、ね? もう治ってるし、古傷だから、さ……」


霊の背中は、酷かった。

皮膚がドス黒く変色していて、ムチで打たれたかのようにミミズ腫れの跡が残っていた。背中のほとんどを覆うその傷痕は、あまりにも醜い。醜悪と言っても過言ではないだろう。


これは外の世界で付いた傷……ではない。それをこころは、理解した。


「こ、この傷……あの時の? こ、こんなに酷かったんですか……?」


震える声でそう呟くこころ。


あの時……それは、霊が外の世界へ行ってしまうよりも前。


いつぞやの医療室で思い出した、【心蝕獣】に襲われたときの幼い記憶。

【心蝕獣】から身を呈してこころを守った霊は、当然のことながら重傷を負った。5歳の幼子が【心蝕獣】と戦える訳も無く、霊はこころを抱きかかえて我が身を犠牲にすることしかできなかった。


その時に付いたのが、この醜悪な傷痕なのだろう。


「ご、ごめんなさい……私、知らなかった……霊くんが、こんな酷い目にあってたなんて……知らなくて……」

「気にしないでよ。全然支障なんかないし、傷が開いたりする訳でもないしさ」


そうやって、明るく笑う。

そこに偽りは無い。何よりこの傷は、こころを守ってできた傷。


この傷が幼い自分が無力であったという証明であり、強くなりたいという原動力になっていた。


そしてこの傷痕そのものが、霊にとって約束の証なのだ。


「で、でも……」

「それより、背中流してくれるんでしょ? それとも、やっぱりこんな醜い傷痕、触りたくもない?」


意地が悪いと思いつつ、そんな聞き方をする。


でもこれが一番、こころを落ち着かせるのに有効だと心得ている。自責の念に駆られるにしても、前向きになってくれるはずだから。


「そんなこと、ある訳ないじゃないですか!! 私を守って付いた傷を、醜いだなんてっ……」

「じゃあ、お願いするよ。真心ちゃんの背中はぼくが流すから」


最初のドキドキ感はどこへやら。


霊は真心の背中を洗いつつ、こころに背中を洗ってもらった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




背中を流してもらった後、霊は一足先に真心と湯船に浸かる。

こころがいるので腰のタオルを外す訳にもいかず、少々マナー違反だがそのまま入った。


「霊くん、あの……私も身体を洗いたいので、向こうを向いててもらえますか?」


そんな折、こころが恥ずかしそうにそんなことを言ってきた。


「あ、ああ、うん。ごゆっくり」


なんと返せばいいか迷って、そんなことを口走ってしまう。


こころの方を見ないように体ごと逆をむき、そのまま目を瞑った。


水着の擦れる音が聞こえて、それからシャワーの流れる音が風呂場を満たす。

なぜ最初からシャワーを出してくれなかったのか、霊は切にそう思った。


それから髪を洗う音、身体を洗う音が続いて、霊はずっと早鐘のように鼓動が打ちっ放しだった。


ちなみに、真心は霊の膝の上に座り、アヒルのおもちゃをぷかぷか浮かべて遊んでいる。


「し、失礼します」


こころが湯船に入ってきて、場所を空けるために移動する。もちろん、こころの方は見ないように。


(あ……でも水着なんだよね? 身体を洗ったんだから、着てるよね?)

「あの、こころ―――」

「ま、ちょっと待ってください霊くん! こっち見ちゃだめです!!」


話しかけようとして、そして振り向こうとしたら遮られる。


「私、今なにも着てないんです!!」

「っ―――なんでぇっ?!」

「お風呂に水着はダメだと思うからです!!」


湯船に浸かるのに水着は邪道といえば邪道だが、この状況下では止む無しだろう。何故わざわざ脱いだ。混乱しながらも振り向き切る前に停止し、再びこころとは逆側へ。


対するこころも霊と逆を向き、背中あわせになって浴槽に座った。


「あのさ、こころ。なんでこんなことに、なってるの?」

「それは、その……」


何かを言おうとして、結局言い淀む。

しかし沈黙に耐えられず、絞り出すように口にした。


「霊くんと、もっとお話がしたかったんです……」

「でも、今じゃなくたって、話をする時間はこれからいくらでもあるよ」

「そうですけど……でも、ここに来て正解でした。霊くんの背中の傷痕のことも、知れましたし……」


たぶん、こんな機会でもなければ知らないままだっただろう。


幼い頃、こころを守って付いた傷痕。10年経っても消えない、深い深い傷跡だ。


「そういうことも含めてお話して、知りたかったんです。私たち、10年も離れ離れだったんですから……」

「……そう、だね」

「寂しかったんですよ?」

「ぼくもだよ。ぼくには、こころしかいなかったんだから」


霊がFランクであると診断されたその日から、遊び友達が極端に減った。

否、誰も遊んでくれなくなったと言ってもいいだろう。こころを除いて。


Fランクは人間の失敗作。社会の役に立たない、むしろ足を引っ張るだけの存在だから。


霊にとって、こころしかいなかったというのは、誇張でも何でもない。事実だ。


無論、祖父やこころの両親はよくしてくれた。それでも、こころを除く同世代の子供たちは、霊を遠ざけ、蔑んだ。


「だからぼくは、こころを守りたいと思った。あのとき、【心蝕獣】に襲われたとき、おじいちゃんが来てくれなかったら、ぼくはこころを守れなかったと思う。それが悔しくて、だから強くなりたくて、そして……強くなった」

「……はい」


ただ蹂躙されるだけだった霊とこころを助けたのは、霊の祖父、御神弦斎(みかみげんさい)だ。

彼がいなければ、二人は今頃、一緒に【心蝕獣】のエサとなっていただろう。

仮定の話にしか過ぎないが、それでも霊は許せなかった。【心蝕獣】に対してあまりに無力な自分を。


「霊くんは強くなって、そして約束通り、私を守ってくれました。だから、もうどこにも行かないですよね?」

「うん。そのためにぼくは、ここに戻って来たんだから……」

「じゃあ、私も約束を守らないといけませんね」

「え? こころの約束? 何か他にしてたっけ?」

「しましたよ。覚えてないんですか?」

「えっと……ぼくがこころを守るって約束はしたけど……他にした記憶が無いような……」


首を傾げながら必死で過去の記憶を掘り起こす。

閃羽での思い出には必ずと言っていいほど、こころが一緒に想起される。忘れるはずはないのだが……。


一向に思い出せそうにない霊に対し、こころの顔が徐々に脹れっ面になってきた。


「一番大事なことなんですけど……」

「ええ? う~ん……」

「私は約束しました。もし霊くんが約束を守ってくれたら、その時は私、―――」


そのとき、真心が霊を叩き、口をぱくぱく動かして何事かを訴えた。


「―――」

「え、上がる? そうだね、長湯し過ぎるとのぼせるもんね」


無理をさせるわけにもいかないので、真心を抱き上げて湯船からあがる。

それから自分も上がるが、当然ながら、この際に指先から生成した【心力】の糸で、ちゃんと腰のタオルが落ちないよう留意。


それから掛け湯を真心にしつつ、こころに向き直る。


「それで、こころがした約束って?」

「……思い出してください。それまでは秘密です」

「え~~~……」


宿題を出され、とりあえずは保留という形で落ち着く。


とはいえ、こころは思った。

あの様子では思い出さないだろう。それ以前に、ちゃんと聞いていたかどうかすらわからない。あの日自分は、一方的に言っただけにしか過ぎないから。


『レイくんが戻ってきて、約束を守ってくれたら、わたし、レイくんのお嫁さんになって、一緒に戦ってあげる!』


それが、こころが霊にした約束だった。


だから、【心兵】を養成する心皇学園に入ったのだ。霊と一緒に戦うために。霊だけを一人にしないために。


もし10年経っても帰らなければ、自分が探しに行くことまで考えて。



御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

純愛(じゅんない)(まこと)―――――閃羽のNo.1ナイトクラス。こころの父親。

●|純愛《じゅんない》真心(まこ)――――こころの妹。【心蝕獣】に襲われたショックで声を失っている。

●|純愛《じゅんない》志乃(しの)――――こころと真心の母親。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ