第14話【ジェラシー】
「では賛成4、反対1で、御神霊に、ナイトクラスと同等の権限を与える」
ナイトクラスによる軍事会議。
その議題は先日の【心蝕獣】の群れと、商業区に現れた【心蝕獣】および、奴隷商人たちに関するもの。
その過程で霊の活躍が報告され、彼にはナイトクラスと同等の権限が与えられることとなった。
もっとも、すんなり決まった訳ではない。反対する人間が当然いた。
「Fランクとナイトクラスを同等にするなど……どうかしている」
No.5ナイトクラス、大和守鎖之少尉。
霊を敵視している最年少ナイトクラス。彼だけが霊に対する権限について、反対の立場を崩さなかった。
「ダリぃ奴だな大和。Fランクとナイトを同等に扱うんじゃねぇ。御神をナイトクラスとして扱うんだよ」
窘めるはNo.2ナイトクラス、篤情竹馬少佐。
心皇学園で霊と守鎖之の担当教官を務める彼は、教育者としての立場もある。
そして二人の会話に追従するように、No.1ナイトクラス、純愛誠大佐が発言する。
「実際はナイトクラス以上だがな。ジェネラルクラスを単騎で倒すその実力は、敵対するより味方に付けた方が遥かに有益だ。大和よ……ランクに考えを縛られているようでは、これ以上の成長など望めん。世界は広いのだから」
「そのジェネラルクラスというのが嘘臭いではありませんか! 純愛大佐、自分は今までそんなクラスがあることなど、聞いたことがありません! ただデカイだけのナイトクラスではないのですか?!」
「大和くん、何をどう言おうがすでに決まったこと。これ以上はあなたの品格が疑われますよ?」
冷静に大和を静止する、No.4ナイトクラス、冴澄理知子中尉。
彼女も最初こそFランクの霊を侮っていたが、群れの殲滅やジェネラルクラスとの戦いをまざまざと見せつけられて考えを変えた。
「それでは、次の議題に移りましょう。技術部からいくつかの報告があるそうです。建持技術官」
「はっ!」
冴澄中尉に呼ばれ、閃羽心衛軍の技術官が立つ。
「まず、昨夜に回収された水晶玉……ジェネラル・メーカーの解析を始めました。まだ正確な解析はできていないのですが、他の【心蝕獣】と同様、心を蝕み自身のエネルギー源とする【心経器官】が見つかりました。しかし報告にあるような、【心蝕獣】を生み出すという仕組みがわかりません。これからも解析を続け、解明に努力します」
奴隷商人によって持ち込まれたジェネラル・メーカーは、霊によって破壊された。
その死骸は竹馬が回収し、技術部へ解析に回されていた。
「次に、御神霊より心皇学園の心理工学科へもたらされたデータですが、我が軍でも解析中です」
心皇学園のデータバンクは心衛軍ともリンクしている。
学生から軍へのアクセスは厳しく管理されているが、逆側からのアクセスは比較的容易。
霊がダナンに託したデータは、すでに心衛軍の知るところとなっていた。
「御神霊からもたらされた設計データを調査したところ、そのほとんどがオーバーテクノロジーであり解析は困難なものでした。しかし僅かながら流用できる技術を確認。このデータを研究することで、我が軍の【心器】の性能を向上させることができます。これらの研究結果を応用した心器の改良、【第一次心器改良計画】を提案します」
ダナンも言っていたが、霊が渡した【心器】の設計データは、閃羽の技術力では再現不可能だった。
とりあえずという形で作った【糸刀】も、オリジナルの性能には程遠い。
しかし、【糸刀】は【心経回路】が閃羽では普及していない複雑な構造になっている。複雑ゆえに難しいが、【心力】の出力性能が向上するというシュミレーション結果が出ていた。
これは喜ばしいことであり、誠大佐は【第一次心器改良計画】を受け入れることにした。
「うむ。許可しよう。【心器】の発展は長らく停滞していたからな。朗報を期待している」
「はっ! 全力を尽くします! 以上で技術部からの報告を終わります」
その後、細々としたことを話し合い、決定し、解散となった。
いち早く会議室から出て行ったのは守鎖之であり、乱暴な足音を響かせて退出していった。
「大和のやつ、かなり御神を敵視していますねぇ。これじゃあランクに関する真実を話しても、受け入れようとしませんよ? あ~~~ダリぃ」
「仕方あるまい。彼の心情を考えれば無理もないことだ。ランクを心の支えにして、実力を伸ばしてきたようなものだからな」
ランクに拘るのはバカバカしい。
誠はそう考えてはいるものの、守鎖之の境遇を知っているだけに同情している。
いつかはそんな境遇を乗り越える強い心を持って欲しい……そんな願いを込めた憂いの表情を見せた。
それから自身も会議室を出て、徐に携帯の電源を入れる。携帯には一件のメールが届いていた。
「ん? ほう……件の霊くんが、今夜うちで夕食を食べるそうだ」
「じゃあ大佐の方から今日の結果を伝えてくれませんか?」
「承知した、篤情少佐。これでダルい事項が一つ減ったかね?」
「理解のある上官を持って幸せであります」
そんなやり取りをしつつ二人は別れ、誠は家族の待つ家路に着いた。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
「なぁ母さん。オレは今、目の前で自分の娘二人を侍らせているクソガキをブチ殺したい衝動に駆られている」
帰宅し、霊との再会を喜び、家族4人+1人の計5人で、最愛の妻が作ってくれた夕食に舌鼓を打つ。だが、誠は時が進むにつれ、腸が煮え繰り返るような感情に襲われていた。
「ちょっと、真心! 霊くんにべったりくっつき過ぎ!! それじゃあ食べにくいでしょ!!」
「―――! ―――!!」
霊の隣に陣取り、しかも椅子をくっつけるほど近くで夕食を食べる真心。
その正面にはこころがいて、霊にべったりな妹を引き離そうとテーブルに乗り出していた。
「えっと……あの、こころ? 真心ちゃん? お願いだから、食事のときは静かにしようね?」
「霊くん! 今、真心はなんて言ったんですか?!」
「うぅ……その、こころには関係ない、的なことを……」
「関係あるわよ!! 自分はちゃっかり霊くんの隣に陣取って、腕にくっつきながら『あ~ん』なんて!! 本当なら霊くんの隣はお姉ちゃんの場所なんだから!!」
「―――!! ―――!!!!」
「えっと……そんなの決まってない、って……真心ちゃんが……」
「決まってるの!! 10年も前から、霊くんの隣はお姉ちゃんって、決まってるんだから!!」
真心は声が出せない。
だが霊は口の動きと微弱な【心力】で真心と会話ができるため、彼を甚く気に入ったのだ。
霊に甘えまくって食べさせてもらったり、食べさせあったりと、気分はもう恋人同士。
それを黙って見過ごせないのが、こころ。
幼いころはその隣が自分の場所であったから、それを取られて激しい嫉妬の炎を燃やす。
「こころだけでなく、真心まで……何故だっ」
誠の怒りの原因は、最愛の娘が二人とも霊にお熱だから。
目の前で娘二人を侍らせている(ように見える)霊が、憎くて憎くて仕方が無かった。
親馬鹿ここに極まれり。
「あなた、どうせ返り討ちにされるのが関の山なのだから見守ってあげなさいな。それに、霊くんなら文句のつけようもないでしょう?」
「しかしな母さん……こころはともかく、真心までもだぞ?! 今日会ったばかりの男に、何故だ!?」
「そりゃあ、自分と普通に会話できる人なんだもの。気に入って当然よ」
真心のことを思えば、霊の特殊技能は喜ばしいことだ。
しかし、だからといって納得できるかと言うと、そんな訳が無い。
感情的に、娘二人ともが特定の男に取られるという状況は、父親として面白くない。何より、自分は真心と会話できないのに、霊ができるというのはずるい気がする。
はっきり言ってshitt全開なのだった。
「真心! いい加減に霊くんから離れなさい!! お行儀が悪いですよ!!」
「―――っ」
「えっと……『お姉ちゃんの方こそ、テーブルに乗り出すなんてお行儀が悪いよ』って……うっ?!」
単なる通訳として代弁しただけなのだが、何故か霊は睨みつけられた。
「霊くん? 食べ難くないですか? 食べ難いですよね? なら真心を引き剥がしちゃってください」
「あぁ……いや、うん……でもさ? ぼくは気にしないから……」
「く~し~び~く~ん~~~?」
「うぅ……」
相手は小さい子だし、何よりこころの妹なのだから優しく……という気遣いは無駄だった。
それどころか余計に怒らせる結果に。
昼休みの一幕と同様、霊は涙目になって言い淀んだ。
「……なあ母さん。うちの娘が、【心蝕獣】の群れを単騎で殲滅した男を、涙目にして追い詰めているんだが」
「あらあら……。なら三人とも詰めて、並んで食べなさいな」
「母さん!? 煽ってどうする?! そっちの詰めるじゃないぞ!!」
誠が妻を諌めるが時すでに遅し。
というか、ナイトクラスである誠はもちろん、霊ですら気付かない間に、こころは真心とは正反対の位置……霊の左側に移動した。
「真心、もうちょっとそっち行きなさい。というか、お父さんのところに行きなさい」
「―――! ―――!!」
「えっと……『嫌だ。お姉ちゃんが行けばいい』って……」
「おい霊くん……貴様、それは本当なのだろうな?」
嫌だ、という部分に過剰反応した誠が、引き攣った怒りの笑みを霊に向ける。
「お父さんは黙ってて!! 霊くんは右利きですよね? 真心が邪魔で食べられないでしょうから、私が食べさせてあげますね」
「―――! ―――!!」
こころのその言葉を皮切りに、真心も霊に食べさせようと食事を口元に持ってくる。
二人ともが無理矢理に霊の口の中に入れるものだからさあ大変。
こころはマカロニグラタン。真心は鳥の唐揚。
「うぅ……味が分からない……分からないよぉ……」
左右から激しいプレッシャーを掛けられ、霊は消え入るような声で呟いた。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
胃の痛くなるような怒涛の夕食を終え、霊と純愛一家は一先ずの平穏を取り戻した。
今は志乃とこころ、そして真心の三人が食器を洗っている。
霊の取り合いで姉妹喧嘩をしていたこころと真心だが、二人は基本的に仲が良い。母である志乃も交えて談笑しながら仲良く食器を洗っている光景が微笑ましかった。
一方の霊はというと、誠に連れられて書斎部屋に来ていた。
「少々カビ臭いところだが、まあ座ってくれ」
部屋の壁一面に並ぶ専門書の数々を背に、霊は椅子に座る。
テーブルを挟んで対面に誠が座り、いくつかのファイルを霊に渡した。
「これは?」
「今日の会議で話し合われ、決定した事項だ。キミには弦斎さん同様、ナイトクラスと同等の権限が与えられる。
詳細についてはそれで確認してくれ。まあ、この都市を守ってくれるのならば、色々と融通してやれるということだがな」
パラパラとめくって大まかに読んでいく。
自分に与えられる権限の内容。これからの【心衛軍】の方針。先日の【心蝕獣】の群れとの戦闘被害。等々。
十数ページに簡略化されているが、内容は十分伝わる。
それに、議事録もちゃんと記載されており、どういう意図の下、どういう流れで決定したのかが分かるので問題は無い。
「ああ……やっぱり反対者が出ましたか。大和くんですね?」
「そうだ。彼のしたことについては謝罪する。あいつはまだ、色々と知らないことが多いのだ」
「気にしてませんよ。気にするほどのことはされていませんから」
そう。霊にとって、守鎖之にされた数々の侮辱と仕打ちは、別段気にするようなことでもない。あの程度で音を上げるようなら、外の世界で生きて行くのは不可能だ。
一番許せないのは、こころを危険に晒したこと。
【感応者】であるこころの役割を無視し、身勝手な自己満足のために戦線に連れ出したことが許せない。
それはこころの父親である誠も同じだった。
「娘を助けてくれたこと、改めて礼を言う。キミが群れを殲滅した後に詳細を聞かされたのだが、今でも背筋が寒くなる。真心の二の舞になるのでは……いや、それ以上に取り返しのつかないことになるのでは、と……」
娘を失いかけたのは、これで二度目だ。
一度目は真心。【心蝕獣】の所為で声を失い、会話することができなくなってしまった。
そして今回の群れの襲撃で二度目。もし霊がいなかったらと思うと、それだけで誠の胸中は締め付けられるような苦しい感覚に襲われた。
「キミには驚かされる。【殺神器】ではなく、普通の【心器】……それも急造したもので、あれだけの戦闘能力を見せるとはな……。だがどうして、【殺神器】を持ってこなかったのだ?」
霊の本来の力を引き出すには、普通の【心器】では不可能。
だから専用の【心器】を、彼は祖父の弦斎から譲り受けているはず。【継承】しているのならばなおさらだ。
「あれを持っていれば、【同列存在】を呼び寄せてしまう可能性があります。こころを危険に晒すわけにはいきませんから」
「だからといって、それで全く戦えなくなる可能性を考慮しなかったのか?」
「形振り構わなければ、【同列存在】以外の【心蝕獣】は倒せます。今回、心皇学園の先輩に、紛い物とはいえ【糸刀】を作ってもらったのは、閃羽でのこころの生活に影響が出るのを防ぐためでした」
簡単な話だ。
霊はその力でこころを守ることはできても、都市そのものを守ることはできない。先日のように群れ単位で襲われた場合、霊一人で広範囲をカバーするのは物理的に不可能だ。だから万能武器である【糸刀】が必要だった。
「こころを守るだけならこの身一つで事足ります。しかし、例えばこころの父親であるあなたが死んでしまったら、こころが悲しむ」
「すべてはこころのため、という訳か。つまるところ、キミはこころ以外がどうなろうと構わない。そういう事だな?」
「そうですよ? 一番大事なのはこころの命。次に、こころの負担になるようなことを極力避けること。よってもしも閃羽が滅びるようなことにでもなれば、ぼくは真っ先にこころを連れて、この閃羽を切り捨てますから」
特に気負うでもなく、淡々とした口調で断言した。
霊にとって守るべきはこころであり、閃羽は彼女が暮らすのに必要だから、ついでに守っているに過ぎない。
閃羽が壊滅し、そこで生きることが困難になれば、霊はこころを無理やりにでも連れ出し、別の都市に避難させるだろう。
「はっきり言ってくれるな。父親としては嬉しいが、軍人としては喜べんよ」
父親であり、軍人でもある彼は、霊のその言葉を素直に受け取れない。
娘を守ってくれるのはありがたいが、軍人としては、彼のような力を持った人間が最後まで閃羽のために戦ってくれないのは問題だ。
本来ならそれを咎めるべきなのだが、それは無駄だ。説き伏せるだけの力も無い。
「【糸刀】といえば、キミが心理工学科の生徒に渡した設計データ。こちらの知るところとなった」
「構いませんよ。どうせ全てを解析しきれないでしょうし、知られて困るようなものでもありません」
「確かに……。技術部の人間も、オーバーテクノロジーの塊だと言っていたからな……しかし―――」
テーブルに乗り出し、誠は対面に座る霊を睨みながら言う。
「あまり我々を舐めないでもらいたいな、御神・ロード・霊。確かに我々は、キミたち【ロードクラス】に比べれば取るに足らない存在だ。だが【心蝕獣】が現れて200年。練磨と研鑚を続けて来た閃羽心衛軍は、常に新しい技術を取り入れ、発展させようと努力してきた。それがどれだけ難解なものであろうと、だ。必ずや、あの設計データを解析し、キミたちに追いついて見せる」
現状では、目の前の少年に勝つことはできない。こころがいる以上あり得ない話だが、霊がその気になればこの閃羽の人間を皆殺しにすることなど造作も無い。それほどに彼の【心力】は強いのだ。
しかしこの状態のままでいるなど、あり得ない。
【心蝕獣】に抗い続けているように、いつの日か霊にも対抗できる力を身につける。誠はそう宣言したのだ。
「クスっ……そういう事じゃないんですけどね。まあ、期待せずに待っています。ただ、近いうちに終わらせますから、急いでくださいね?」
「なに……?」
意味深な霊の言葉に、理解不能な態度を見せる。しかし霊は気にした様子も無く続けた。
「残る【同列存在】は4体。それらを倒してしまえば、次は神です。それですべてが終わります」
「神……弦斎さんの言っていた、すべての【心蝕獣】の生みの親にして頂点……【ゴッドクラス】」
「ナイトクラスで精一杯の賢者と、神を殺そうとする愚か者……どちらが生き残れるんでしょうかね」
愚かゆえに霊は戦える。そして殺せる。
それが人類の天敵【心蝕獣】であろうと、神にも等しい存在ゴッドクラスであろうと……。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。
●篤情竹馬――――霊たちの担当教官。ズボラな性格だが閃羽のNo.2ナイトクラス。
●純愛誠―――――閃羽のNo.1ナイトクラス。こころの父親。
●冴澄理知子―――閃羽のNo.4ナイトクラス。秘書然としたメガネの女性。
●針村槍守――――Cランクにして閃羽のNo.3ナイトクラス。槍姫の父親。
●|純愛《じゅんない》真心――――こころの妹。【心蝕獣】に襲われたショックで声を失っている。
●|純愛《じゅんない》志乃――――こころと真心の母親。