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第13話【御招待】

 群れの襲撃、そして夜の商業区を急襲された翌日。


 竹馬の言葉通り、軍に捕まることもなく、霊は普通に登校していた。


 ちなみに、群れの件に霊が関わっていたことは伏せられている。これは霊が望んだことであり、また都民に要らぬ混乱を引き起こさせないためである。

 学園で知っているのは第7チームの面々と、心理工学科のダナン・デナンのみ。


「へぇ~……ジェネラル・メーカーねぇ~~~」


 その日の昼休み。


 事件の一部始終を聞かされた朗は呑気に呟く。


 その隣には槍姫もいて、「うちの父親、恥ずかしいことをしてないだろうな」などとぶつぶつ言っていた。

 これは霊を助けるために、こころが監獄所への同行をナイトクラスである槍姫の父親、針村槍守に頼んだことに由来する。


 都市の中に突如現れた【心蝕獣】による襲撃の影響は、商業区だけにとどまっていた。

 影響が皆無という訳ではないが、それでも霊たちの通う心皇学園区(一区画丸ごと学園が管理している)はほぼ平常運営。

 午前中は一般教養と理論講習を受けるという、心皇学園の一般的な授業をこなした。


 そもそも、一つの区画が麻痺したから全部道連れ、では話にならない。


 閃羽に限らずほとんどの都市には行政区や商業区、医療区といったように機能を区画毎に集積している。

 だが特化させている訳ではなく、最低限の機能をそれぞれの区画に持たせている。

 商業区だから病院がないとか、医療区だから商店がないとか、そういったものはない。だから昨夜の襲撃で商業区が襲撃されたからといって、都市全体の流通が麻痺することはない。(多少の弊害はあるが)


「それで御神くん、こころちんの話だと酷い怪我をしてたって話だけど、大丈夫なのかな?」

「うん。【心力】で活性させれば回復も早くなるしね。でも血だけは作り出せないから、しっかり食べなきゃいけないけど」


 そういって霊は鞄から包みを取り出す。包みの中は保冷機能の付いたタッパー。


 男ながらに自炊しているのかぁ~……などと感心したのも束の間。


 タッパーのふたを開けて出て来たのは、ピーマンやキュウリ、トマトといった、調理も何もされていない、ザ・丸ごと野菜。

 そして何より目を引くのは、タッパーの中心にどんっと置かれている、生の鳥むね肉だ。


「あ、あれ? 御神くん、これってなに? これから料理する、のかな?」

「え? ううん。料理はしないよ。べつにこのままでも食べられるし」

「た、食べる? このまま? 野菜はともかくとして、この生肉も?」

「うん」


 そういって生肉を手に取り、そのまま齧り付く。


 瞬間、第7チームの乙女三人は絶句した。

 朗は目を点にして口を半開きにしており、槍姫は思いっきり身を引いて引き攣った笑いを見せている。


「へ……へぇ~……お肉って生でも食べられるんだ~~~……」

「そ、そんな訳ないだろ朗! 御神が人外過ぎるんだっ!」


 朗と槍姫は忘れていた。

 普段、のほほん……というか、にへらっ……というか、とにかく人畜無害な顔をしている霊は、決して額面通りの人物ではないということを。


 Fランクでありながら【心器】も【心装】も無しで【心力】を自在に操り、Sランクを圧倒し、たった一人で【心蝕獣】の群れを殲滅し、ジェネラルクラスをも倒してしまうような人間。

 おまけに10年間、人類の天敵【心蝕獣】が横行するような世界を放浪していた、都市育ちの小童(こわっぱ)共とは一味も二味も違う曲者。


 何かと普通を意識しているようだが、まったく出来ていないのがザ・非常識少年こと御神霊なのだ。


「く、霊くん!! なにを生で食べているんです!? お腹壊したらどうするんですか!!」


 そして最後の乙女、純愛こころは霊を激しく一喝。

 顔を真っ赤にして怒り、霊を怒鳴りつけた。


「え……だ、大丈夫だよこころ。慣れてるし、【心力】で活性させれば問題ないよ」

「栄養のバランスとかあるじゃないですか!! ちゃんと調理してからじゃないと駄目です!!」

「だ、だって結局食べるものは同じなんだから、料理しようがしまいが変わらない……よね?」


 またも炸裂、ザ・非常識。


 この認識は甘い。人類が築いてきた食の歴史に核戦争を仕掛けるかの如き暴挙だ。


「そんな訳無いじゃないですか!! いいですか―――」


 料理の意義の一つとして、食物を加工することによって細菌などを除去・殺菌して安定性を得ることがあげられる。もっとも、霊は【心力】で身体機能を活性化させ体内で殺菌してしまうから然程意味は無い。


 だが二つ目。

 調理することで栄養の消化吸収を補助し、より効率的に栄養を補給することができるようになるのだ。

 【心力】で消化機能を強化すれば良い、というのは甘い。身体機能を強化するということは、それだけエネルギーを消費するということでもある。わざわざ大量のエネルギーを消費して栄養を補給するなどバカバカしすぎる。それは補給した分だけエネルギーを浪費するということで、つまり±0になってしまうからだ。


 とまあ、以上のようなことを懇切丁寧に説明するこころ。


 そこで朗は、ふと気になったので霊に質問してみた。


「ねぇねぇ御神くん。もしかして毎日こんな食事? 家でも?」

「う、うん……スーパーで買ってきて、そのまま食べてるんだけど……」


 やっぱり。やっぱり第7チームのリーダーは非常識だ。そう、改めて思った。


「く~し~び~く~ん……」

「はっ、はいっ?!」


 底冷えのするような低い声で呼ばれ、思わず背筋を伸ばして返事。

 都市一つを消滅させるジェネラルクラスを倒したはずの霊は、しかしこころの発する雰囲気が怖くて従順な態度を見せた。


「今夜、うちで夕飯を食べていってください」

「え? でも……」

「でももなにもありません!! いいですね?! 今夜は! うちで! 夕飯を! 食べるんです!!」

「わ、わかった……」


 仁王立ちし、憤怒の形相で霊を見下ろすこころ。

 錯覚なのか、こころの長く艶やかな髪がゆらゆらと逆立っているように見えた霊なのであった。


「うわぁ~……久々に、こころちんがキレたねぇ~~~。御神くんの食生活がよっぽど許せないのかな?」

「というか御神のやつ、少し涙目になってないか?」


 霊はSランクを圧倒し、たった一人で【心蝕獣】の群れを殲滅し、ジェネラルクラスをも倒してしまうような人間……なのだが、たった一人の少女に怒られて涙目。

 こころのお説教によりどんどん小さくなっていく様に見えるのは気のせいだと思いたい。


「【心蝕獣】を恐れないのに、こころを恐れるとはこれいかに?」

「相性かもしれないよ? ずばり御神くんの弱点はこころちん!」


 名探偵の如く霊を指さし、自慢げに指摘する朗。

 だがこのとき言った冗談が、まさか霊の強さの秘密そのものであるとは思いもしないのだった。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




「ねぇ、こころ。急にお邪魔して大丈夫なの?」

「はい。お昼休みのあと、すぐに連絡したので心配無用です。お母さん、今夜の夕食は腕に()りを掛けて作るって、ハリキッてました」


 放課後、霊はいつもと違う帰り道を、こころと二人で歩いていた。


 純愛家は8年ほど前に引っ越しをしたらしく、霊の知っている場所とは違う所に家を構えたそうで、こころに案内されることとなった。


 あの恐怖のお説教が終わった後、こころはあっという間に段取りを済ませ、霊を招待することに成功。


 閃羽に帰郷して数日。

 霊は幼馴染であるこころの両親に会っていない。なるべく近いうちに挨拶に行こうと思っていたのだが、大和との決闘や【心蝕獣】の襲撃などが重なり、それは叶わなかったのだ。


「久しぶりだなぁ……おじさんやおばさん、変わり無い?」

「はい。二人とも元気ですよ。あ、それと霊くん、実はですね……私に妹が出来たんですよ?」

「妹? そうなの?」


 初耳なことに、多少驚く霊。

 積もる話も……という機会は、意外な事に今までしていなかった二人。というか、身の上話はこころが一方的に霊の今までを聞き出す、というのが常だった。


「いくつになるの?」

「今年で6歳になります。真心(まこ)って言うんです」

「ふ~ん……ということは、10歳も離れてるんだ……」

「そうなりますね。歳が離れていると、私が母親代わりになることもありますよ?」

「それだけ離れていれば、そうだろうねぇ」


 幼い頃のこころは、霊にべったりで我儘。どちらかといえば霊が兄で、こころは妹。

 そういう構図だった。

 今の彼女の面倒見の良さは、そういう環境もあって育まれたようだ。


「ただ……真心は喋れなくって……」

「え? どうして……」

「実は2年前にも、【心蝕獣】が閃羽に侵入してきたことがあったんです。運悪く真子はその現場に居合わせてしまって……目の前で友達を、その……【心蝕】されたのを見てしまったんです」

「その時のショックで、喋れなくなってしまった、と……?」

「はい」


 【心蝕獣】に【心蝕】される様子は、幼子には精神的衝撃が強すぎる。

 心を蝕まれ、生気を奪われていくその様子は、生きながらの死というものを体現したようなものだ。

 大人でさえその様子に吐き気を覚えるものだというのに、それを目の前で見てしまったこころの妹の心中は察するに余りある。


「最初はすごく無口に見えるかもしれませんが、良い子なんです。仲良くしてくれると、嬉しいです」

「うん。大丈夫だよ。心配しないで」


 やがて二人は住宅街に入る。


 比較的落ち着いた雰囲気の街並みで、建物の高さや屋根の色が統一されていた。

 基本的に2階建ての建築物で構成されており、ちゃんと区画分けされていて迷うことなく道を覚えられるだろう。


 こころの家は住宅街の中央に位置し、庭付きの一戸建て。

 しかし何より目を惹くのは、その裏手にある大きな道場だろう。高さはほかの家と変わらないが、横に広く、古風な外観を持っていた。


「ここが私の住んでいる家です。……その裏手が、白和一刀流道場……大和くんの家なんです」


 8年前にここへ引っ越して、こころは守鎖之と知り合った。

 家が近いのでよく一緒に学校へ通い、道場で遊ぶこともあったそうだ。


 そういえば遅れて入学した初日、守鎖之が言っていた【心技】に【白和一刀流】と前置きしていたのを思い出す。


「そういえば霊くん、あの話は本当なんですよね? 大和くんが言っていた軍令反、無かった事になるって……」

「うん。篤情教官が、今日の会議でそう決まるって言ってたよ。おじさんに聞けば、詳細が分かると思うけど」


 すでに第7チームのメンバーには、霊の受けた処遇とその後の展開を説明済み。

 権限云々はまだ話していないが、大和の命令を聞かなかったことが帳消しにされるのは話した。


 群れとジェネラルクラスを倒したのだから当然だろう、と朗や槍姫は納得。その本当の理由は別の所にあるとは知る由もない。


「で、では、どうぞ」

「お邪魔します」


 こころに先導されて玄関へ入る。


「ただいま~」

「おかえりなさ~い」


 廊下の向こうから一人の女性が出てくる。


 料理をしていたのかエプロン姿で、長い黒髪を後ろで一つに纏めている。

 こころに似ていて、一目で親子だとわかる顔立ち。

 純愛(じゅんない)志乃(しの)は、霊を見るなり笑顔を見せた。


「まあまあ……霊くん、よね? 大きくなったわね~」

「お久しぶりです」


 ぺこり、とお辞儀。

 5歳のころに閃羽を出て行った関係で、記憶は随分曖昧だが色々とよくしてもらったのは覚えている。


「すみません、急にお邪魔して……」

「何を言ってるの。知らない仲じゃないんだから遠慮しないの。

それに、こころを助けてくれたのでしょう? 今夜はその御礼も兼ねているのよ?」

「昨日の今日で、もう知っているんですか?」

「ええ。こころったらあなたのこと、熱心に話をするんだもの」

「お、お母さん!」


 顔を赤くしながら、こころは母親が余計なことを言わないよう牽制。

 正直何を言ったのかよく覚えていないのだが、夢中になって褒めちぎったという自覚だけはあり、照れ臭くて知られたくない、という心中だ。


「うふふ。さあさあ、こんな所でいつまでも立ち話をするものじゃないわ。上がって頂戴」


 そんな娘を微笑ましく思いながら、志乃は家に上がるよう促した。


 霊はお邪魔します、と礼儀正しく言い、靴を揃えてから上がる。

 最初に案内されたのはリビングで、家族が団欒するためにテーブルやソファーが置かれていた。そのソファーに座って待っているよう言われたが、すでに先客が……女の子がいた。


「あ……もしかして?」

「はい。私の妹、真心です」


 こころに紹介される、ショートカットの女の子。

 純愛(じゅんない)真心(まこ)はしばらく霊を見つめたあと、口をぱくぱくと動かしてお辞儀をした。


「はじめまして。御神霊です」

「霊くんはお姉ちゃんの幼馴染なんです。仲良くしてくださいね」

「―――」


 また口をぱくぱくと動かし、首をかしげる真心。


 何かを疑問に思っているようだが、喋れないので分からない。


 だが……。


「うん。大和くんとは違うよ。ぼくは10年前にこの都市から外の世界へ出て行っちゃったから、真心ちゃんがぼくのこと知らないのも、無理ないかな」

「っ! ―――」

「うん。読唇術って言ってね、唇の動きで大体わかるよ」


 真心が口を動かし、そこから読み取った疑問に答える。

 それを聞いた真心の表情が、驚愕を露わにした。


 こころも同じような感じで、霊に詰め寄る。


「ほ、ホントですか?! 本当に真心の言ってる事がわかるんですか?!」

「う、うん。あ、でも読唇術って言っても読み取れるのは半分もないから。微弱な【心力】を読み取って、読唇術と合わせて会話してるんだ」


 読唇術といっても、唇の動きだけでは全てを読み取れない。濁音の判断などは特に困難を極める。

 だが霊は、微力ながらも相手の【心力】をも読み取って、読唇術と合わせて相手の意図を理解していた。


「【心力】を読み取る……それは、真心が霊くんと同じ、【心器】なしで【心力】を使える、ということですか?」

「違うよ。実はね……」


 霊によれば、人は普段から無意識に微量な【心力】を放っており、訓練次第でその【心力】を読み取ることができるそうだ。

 この発する【心力】は、その人の感情に呼応して性質が変わる。心が読めるという程ではないにしろ、表情のように読み取ることができるらしい。


 ちなみに昼休み、霊が涙目になるほどこころに怯えたのは、彼女が無意識に発していた【心力】が原因。怒りという感情を文字通り見せつけられたからだ。


「―――」

「え? う~ん……【心力】を読み取れる人は少ないからなぁ……」

「あの……真心はなんて言ったんですか?」

「『外の世界には【心力】を読み取って会話する人がたくさんいるの?』って。でも少ない方じゃないかな。読唇術だって難しいから」


 この二つは習得難易度が高い。

 霊でさえ読唇術よりも【心力】を読み取る方に比重を置いて、ようやく相手の意思を理解しているくらい。

 その【心力】を読み取る術も、一筋縄ではいかない技術だ。


「―――」

「え? ううん。ぼくはここにいるよ。こころと同じ心皇学園に通ってるし」

「―――」

「うん。ずっとここにいるよ」


『またどこかに行くの?』『じゃあずっとここにいるの?』という質問に対する答えだったのだが、霊のその言葉を聞いて、真心の表情が喜びに染まった。


 傍から見れば、一方的に霊が真心に話しかけている構図だが、しっかりと意思疎通が取れていた。


「むぅ~……」


 それを見て面白くないのがこころだった。


 可愛い実妹と会話が出来る……という家族愛ではない。

 真心に霊を取られたような気がして面白くないのだ。何しろ、二人だけしか分からない会話。二人だけ、という部分が激しく気に入らない。


 ぶっちゃけジェラシー( 嫉 妬 )なのだが、真心の嬉しそうな顔を見ると邪魔ができないお人好しなこころだった。


「あらあら、やっぱり霊くんは弦斎さんと同じなのね。あなたなら真心とお話できると思っていたわ」

「お母さん? 知ってたんですか?」

「弦斎さん……霊くんのおじいさんもそうだったわ。とても博識な人だったから。

 さあさあ、夕飯前に軽くおやつを用意したの。うちの主人ももうすぐ帰ってくると思うから、自分の家だと思ってくつろいでね」


 真心に引っ張られながら席に着く霊。その隣に座り、おやつとして出されたマフィンを霊へ渡す真心。


 ちゃっかり霊の隣を妹に取られ、複雑な視線を向けるこころだった。


 が、こころはまだ気付いていなかった。

 すでに争奪戦は始まっているのだということを……。


御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

針村槍姫(はりむらそうき)――――背の高いクールな少女。こころの親友。

戯陽(あじゃらび)(ほがら)――――いつも元気で明るい少女。こころの親友。

純愛(じゅんない)真心(まこ)――――こころの妹。【心蝕獣】に襲われたショックで声を失っている。

純愛(じゅんない)志乃(しの)――――こころと真心の母親。

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