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第11話【ジェネラル・メーカー】



「弦斎様のお孫さん……霊くんと言いましたか。彼は私たちの予想を遥かに上回る力を見せてくれましたね」


 霊たちの通う心皇学園理事長・穏宮静奈(おだみやせいな)は、理事長室に備え付けられたプロジェクターに映る【心蝕獣】の群れとの戦闘映像を見て、嬉しそうに述べた。


 静奈理事長は小柄な老婦人。いつも笑顔で和やかなおばあちゃんといった印象を持つ人だ。


 その理事長の傍らには、この映像を持ってきた篤情(あつじょう)竹馬(ちくば)教官が控えている。

 彼は冴澄中尉がビットで記録していた映像を報告書と一緒に提出してきたのだ。


「ジェネラルクラス……話には聞いていましたが、まさかあれほどとは思いませんでしたよ。御神がいなかったらと思うとゾッとしますね。というか、あんな奴を倒そうなんて、ダル過ぎてやる気起きませんよ」

「あらあら。あなたはいつだってやる気がないじゃありませんか」

「オレは普段から気張って疲れないよう調節しているだけっすよ」


 もっともらしい理屈を述べて誤魔化す。しかし如何な篤情といえど、この人の前では子供も同じ。

 特に反論らしい反論もせず、素直に自分の気質を認める。


「ところで、霊くんは【殺神器】を持ってきていないという話でしたが……」

「どうやら心理工学科の生徒に設計データを渡して用意してもらったようです」

「まぁまぁ。加工機が自動で製造してくれるとはいえ、【糸刀】は【心経回路】の精密な調整が必要不可欠。とっても優秀な生徒さんなのね」

「3年のダナン・デナンですね。オリジナルには遠く及ばずとも、本来の戦い方に近い実力を御神に出させていました。久しぶりに見ましたよ……心弦曲。鳥肌もんですね」


 自分達が一割倒すのもやっとだった【心蝕獣】の群れを、短時間で殲滅した霊の心弦曲。


 この技は霊の祖父、御神弦斎(みかみげんさい)のもの。

 10年前、霊を連れて閃羽を出るまで、彼がこの都市で最強の【心兵】だった。その頃の竹馬はまだ学生であったが、見習いの【心兵】として弦斎と共に戦ったこともある。だから心弦曲のことも、ジェネラルクラスのことも、霊のことも知っていた。


「ところで、大和のバカが色々やらかしてくれましたが、どうしますか?」

「そのことなんですけどねぇ……とりあえず早急に霊くんを解放するよう手配しています。弦斎様との【契約】は続いていますし、何より霊くんは【継承】しているのでしょう?」

「直接は聞いていませんが、おそらく」

「では、霊くんにも弦斎様と同じように、相応の地位と権限を与えねばならないでしょう」

「了解です。ったく、なんで上層部の連中は大和をナイトクラスにしたんでしょうねぇ。まだ早過ぎると言ったのに……」

「大和くん以外のナイトクラスは、上層部と折り合いが悪いそうですからねぇ……飼い易い人材が欲しいのでしょう」

「……苦労をお掛けします」


 自覚しているだけに、今度はまったく反論できず。

 竹馬は頭を下げながら、静奈理事長に感謝の念を送る。


 閃羽の上層部……政治屋連中は、自分達に都合のいい手駒をナイトクラスに欲しがっていた。しかしほとんどのナイトクラスはそれを良しとせず、閃羽を守ることだけに集中。


 そこで上層部の目に止まったのが、守鎖之だった。彼の【心力】は同年代に比べて遥かに高く、実家が剣術道場の関係で実戦経験もあった。


 確かな実績と上層部の推薦により、【閃羽心衛軍】は断れず、守鎖之をナイトクラスとしたのだ。


「うふふ……それでも霊くんが来てくれたのだから、これからは上層部も大人しくなるでしょう。弦斎様がいたころのように、命欲しさに死にもの狂いで働いてくれることを期待します」


 物騒なことを言いながら、穏やかに笑う静奈理事長。


 その言葉を()めとし、竹馬は理事長室から退出した。




◆ ◆ ■ ◆ ◆




 陽が沈み、地平線を覆っていた赤い空が暗くなるころ。


 閃羽の一角にある閃羽監獄所。

 法令に違反し刑罰に服することとなった者を収容する施設。


 基本的にこのような刑事罰を与える施設は、外縁防壁に沿う形で建設されている。有事の際、真っ先に被害を受けるのがこれらの施設であり、犯罪を犯せば危険な場所に留置されるという心理的恐怖による抑止力を狙っている。

 もっとも、【心兵】がそれなりに配置されており、しっかりとした避難プログラムも組まれているのだが。


「おい……さっき牢屋に入ったっていう奴、血だらけじゃなかったか? 手当はしないのかよ?」

「ナイトクラスの大和さんが、軍令違反の罰として放置しとけ、だとよ」

「おいおい……一応最低限の生命は保障しなきゃいけないんだろ? ってか、ここで死なれたらオレらにも責任の追及がくるんじゃないのか?」

「だよなぁ……でもあいつ、Fランクだそうだから死なれても困りはしない、ってのがホントのところ」

「あ、なんだFランクかよ。そういうのは先に言えよな~。あ~焦った……」


 ランクによる差別は、この閃羽では禁止されている。

 が、末端まで行きとどいている訳ではなくこのような会話は珍しくない。それもFランクの話題になると、差別禁止はあって無きが如く、公的な場所でも平気でなされる。


 Fランクとはそれだけ社会にとってマイナスでしかない。

 一種の精神異常者と呼ばれていた時代もあったが、彼らは自らの意思で社会の底辺を生き、自らの意思で働かず、そして自らの意思で絶望している。

 状況がそうさせるのではない……自らの意思でそのような状況に身を置くのが、Fランクの異常な所なのである。


 この監守たちも例に漏れずそんな会話をしていると、一人の男性がやってきて話を止めることになった。


「おい、ちょっとおまえら席を外してくれねぇけ?」

「え……は、針村槍守(はりむらそうじゅ)大尉!? 何故このようなところへ?!」


 監守たちの前に現れたのは、無精ヒゲを伸ばし、頭にねじりハチマキをしている壮年の男性。

 閃羽のNo.3ナイトクラス、針村槍守大尉。

 針村槍姫(はりむらそうき)の父親で、Cランクでありながらナイトクラスに昇り詰めた叩き上げの軍人だ。


「ちょいとな、今日収監された奴に話があるんけ、席外せや」


 ガラの悪いしゃべり方で、暗に言う事聞けよ、と監守たちを脅す槍守。

 ただでさえ様々な特権を持つナイトクラスに逆らうはずもなく、監守の二人は持ち場から離れることになった。


「いいぜ嬢ちゃん。今のうちに入ってきな」


 槍守が呼びかけると、隠れていた人物が出て来た。

 その人物とは……こころ。


「すみません、おじさん。無理を聞いてもらって……」

「なぁに気にするこたぁ無ぇけ。特権ってぇのはこういう時に使うもんけ。早く行ってやり」


 監獄のなかに入り、こころは霊の姿を探す。


 守鎖之によって、霊が理不尽にも収監された。こころは何とか霊を助け出すべく、守鎖之と同じナイトクラスを父親に持つ槍姫にすべてを話し、それを聞いた槍守がこの監獄所まで連れてきてくれたのだ。


 霊は一番奥の牢屋に入れられており、その姿を見たとき、こころは絶句した。


 後ろ手に手錠をかけられたまま、仰向けに倒れている。しかも制服の左袖は真っ赤。

 まったく手当てをされていないため血だまりらしきものまであった。


「く、霊くん! 霊くん!! しっかりしてください!!」

「嬢ちゃん、カギ使って中に入りな!」


 槍守がその怪力で、カギの一つを束から引き千切って投げ渡し、こころは急いで牢屋のカギを開けた。


 中に入り、霊を抱き起こして呼びかける。


「霊くん!」

「……あれ? こころ? どうしてこんな所に?」

「霊くんを助けにきました」

「助けにって……今のぼくは違反者で、そんなことしたらこころまで牢屋に入れられちゃうよ」

「……霊くん、一緒に逃げましょう?」

「―――は?」


 一瞬、こころが何を言っているのか分からなかった。


 逃げるって、脱獄でもするつもりなのか。そんなことしたら大事になる。霊は慌てて立ち上がりこころに詰め寄る。


「何を言っているのこころ。そんなのは駄目だ。キミの生活が無茶苦茶になってしま―――」

「ダメですよ動いたら! 霊くん、怪我してるのに!! すぐに怪我の手当てを……あれ?」


 破れた袖から見える霊の左肩。

 血の跡がべっとりと付いているが、そこに傷は無い。


「忘れたの? ぼくは【心力】で身体を活性させて、ある程度の傷は治せるんだ。とはいっても、ちょっと血を流しすぎちゃったけどね」


 心なしか顔色が悪い。

 造血しようにも栄養を補給しなければならないので、いくら【心力】で身体を活性させても失った血の分まで取り戻すことはできなかった。

 しかも、霊は戦闘中に筋力を活性させたせいで血流が加速。噴水のように左肩の傷口から大量の血液を噴出させてしまった。

 明らかに血が足りていないだろう。


「それより、脱獄なんてダメだ。キミをここまで連れて来たそこの人にも、迷惑がかかるよ?」


 こう言えばこころが思いとどまることを、霊は知っている。

 他人に犠牲を強いることの出来ない性格だというのは、すでに見抜いていたのだから。


 とはいえ、こころ以外の人間がどうなろうと構わない。そう考えているのが霊という人間なのだが、こころは気付いてない。


「でも……こんな酷いことって……霊くんのおかげで私は、この閃羽は助かったのに……」

「大丈夫だよ、こころ。実はね、ぼくは捕まっても、たぶんすぐに出れると思うんだ」

「え?」

「おじいちゃんがね、この閃羽とある【契約】を交わしたんだ。おじいちゃんが亡くなっても、ぼくがすべてを【継承】しているから、今でも有効でさ。だから、こころは戻るんだ。明日になればまた会えるから」

「そんな……霊くん、それはどういう……」


 霊の言っている意味を問い直そうとした時。


 外から爆発音が響く。


 そして牢獄の壁に亀裂が奔り、砕けた。そこから現れたのはティラノサウルス型のビショップ級【心蝕獣】。

 壁を突き破り、鉄格子のなかにいる霊とこころ認識すると、鋭利な牙を露わにして威嚇。


「【心蝕獣】?! どうして、こんなところに?!」


 こころが動けない霊を守ろうと前に出る。


 【心蝕獣】が前に踏み出し、鉄格子に体当たり。飴細工のように簡単に曲げられた鉄格子の隙間を縫い、【心蝕獣】の牙がこころを捕えようと迫る。


「―――ふっ!」


 霊は短く呼吸し、気合とともに手錠を引き千切る。

 そしてすぐに【心力】を纏い身体能力を強化。指先から一本の指につき一本の糸を【心力】で作り出し、【心蝕獣】の口を拘束。


「こころ、下がって!!」


 前に出ていたこころを自分の後ろへ。


 拘束を解こうとする【心蝕獣】だが、あっという間に霊の糸が絡め取る。

 右手5本の指からそれぞれ作り出された合計5本の糸は、ビショップ級【心蝕獣】の動きを完全に封じていた。


「あ、そうだ! 霊くん、【糸刀】をダナン先輩から預かってます!」

「それはあと! このまま殺すっ!!」


 開いていた右手を徐々に握る。

 その動きに合わせて糸が【心蝕獣】に喰い込んでいく。このまま圧殺……しようとしたところで―――。


「貫けぇぇえええぃ!!」


 【心蝕獣】の頭を、鋭利な槍が貫く。

 しばらくビクビクと震えていたが、やがて力尽きた【心蝕獣】は倒れ伏した。


「手ぇ貸す必要はなかったようだが、一応昼間の戦闘で助けてもらった礼代わりだけぇ」


 入り口で投擲の格好で話しかける槍守。

 【心蝕獣】を貫いた赤い槍型の【心器】は、槍守の投げたものだった。


「いいえ、助かりました……。あなたは?」

「針村槍守。娘が世話になってるみたいだけぇ。よろしくのぉ」

「槍姫ちゃんのお父さんです。霊くん」

「そうなんだ。それより……」


 【心蝕獣】が砕いた壁から外が見える。

 その向こうを見ると、あちこちから爆発が断続的に起きており、戦闘状態であることが分かる。


「……【心蝕獣】が、都市のなかに入ってる」

「え?! ど、どうして……」

「とにかく非常事態なんじゃけ、二人は安全な場所へ避難しろけぇの。オレは軍の連中と落ち合うけぇよ」


 投擲した槍型の【心器】を回収し、二人に避難を促す。


「わかりました。こころ、【糸刀】を」

「あ、はい」


 こころから【糸刀】を受け取り、それを見届けた槍守はこの場を去った。


 その時、かなり近くで爆発音。

 続いて【心蝕獣】の雄叫びが上がる。近くに【心蝕獣】がいて、ここに配属されている【心兵】と戦っているらしい。


 そして先ほど壊れた壁から、ポーン・アイズ2体が侵入。二人に向かって触手を伸ばす。


「こころに触るなっ」


 【糸刀】から糸を射出。貫き、糸を波打たせて引き裂く。


「こころ、ぼくに掴まって」

「は、はい!」


 こころを抱き寄せ、壊れた壁から外へ跳ぶ。

 それから監獄所の外壁の上に立ち、爆発の起こっている商業区へ目を向けた。


「一体、どうして【心蝕獣】が都市のなかに……」

「たぶん、だけど……っ!?」


 後ろから迫るポーン・アイズに気付き、再び跳躍。


 糸で絡め取り圧殺しつつ、爆発の起きている商業区へ進む。


「ごめんね、こころ。キミ一人じゃ危ないから、ぼくと一緒に来て」

「そ、それは構いませんけど……どうするつもりですか?」

「この騒動の原因は、おそらく都市の中にジェネラルクラスの【心蝕獣】が持ち込まれたからだと思う」

「え……都市の中に、持ち込む?」


 意味が分からず混乱するこころ。

 【心蝕獣】を持ち込むという意味がさっぱり分からない。ジェネラルクラスと言っていたが、昼間に戦ったあの山のように巨大な【心蝕獣】の事だろうかと考える。しかし、あんな巨大な怪物をどうやって持ち込むというのだろうか?


 こころの疑問を察し、霊は説明を続ける。


「昼間戦ったのとは別のタイプのジェネラルクラスだよ。

【心蝕獣】を生み出す【心蝕獣】……ジェネラル・メーカー。拳大の水晶体で、そこから次々と【心蝕獣】を生み出して都市を奇襲するんだ」

「【心蝕獣】を生み出す……? でも、持ち込んだって、一体だれが……」

「過去に同じような事件に遭遇したことがある。事件の直前に都市外から来たグループが、その水晶体を持ち込んだんだ」

「事件の直前に都市外から……まさか?!」


 該当するグループが、一つだけある。

 それは昼間、【心蝕獣】の群れの接近を知らせた、都市外から来た行商人たちだった。


「でも、どうしてそんなことを?! 自分達だって危険じゃないんですか?!」

「……世の中には、色々な人がいる。【心蝕獣】を使って、金を儲けようとか……ね」

「そんな……一体どうやって……」

「混乱した都市から人がいなくなっても、【心蝕獣】に喰い殺された、で済むからね」


 いなくなっても……それは、つまり……。


「人攫い、だろうね。能力のある人間を混乱に乗じて攫い、人身売買をしている他の都市で捌く……」

「そ、そんな……」

「ジェネラル・メーカーは【心蝕獣】を生み出すだけの、ただの置物にしかすぎないから、そういう人間に利用される。だから……」


 そう……やることは決まっている。

 霊にとって、こころ自身と、彼女の生活する場所を脅かす存在はすべて……。


「ジェネラル・メーカーを持っている人攫い……奴隷商人を探し出し、いっしょに殺すっ!!」


 すべて、抹殺対象でしかない。


 人類の天敵【心蝕獣】はもちろんのこと、こころを脅かすなら人間も然り。


 神でさえも、然り。


御神(みかみ)(くしび)―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。

純愛(じゅんない)こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。

篤情竹馬(あつじょうちくば)――――霊たちの担当教官。ズボラな性格だが閃羽のNo.2ナイトクラス。

穏宮静奈(おだみやせいな)――――閃羽心皇学園の理事長。小柄な老婦人。

針村槍守(はりむらそうじゅ)――――Cランクにして閃羽のNo.3ナイトクラス。槍姫の父親。

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