第10話【ジェネラル・ゴーレム】
「あ~……ったく、マジだりぃ~~~」
白銀の刀身を赤い血のりで装飾した小太刀二刀。
それを逆手に持ち、緑色に発光する甲冑姿のナイト級【心蝕獣】を切り裂く。
霊たちの教官にしてNo.2ナイトクラス篤情竹馬は、自身に迫っていた2体のナイト級【心蝕獣】を撃破した。
ボサボサの髪を掻き、ついでにケツまで掻いて駄目人間をアピールする駄目男。
繰り返すが、こんなのでも閃羽のNo.2ナイトクラスである。
「篤情少佐! ケツ掻いてないで次へ向かってくださいよ!!」
「もうオレ達んとこのナイトクラスは倒しただろ~。ってか数の差ありすぎだろダルくてやってらんねぇよぉ」
同じ小隊員がティラノサウルス型のビショップ級【心蝕獣】を銃撃しながら抗議。
しかし竹馬は怠惰な態度を崩さない。
そんなやりとりを隙とみたのか、狼型のルーク級【心蝕獣】が竹馬に襲いかかる。
しかし次の瞬間、ルーク級【心蝕獣】は4つに分割されていた。
「寝むてぇ~~~。酒欲しい~~~。タバコ吸いてぇ~~~。あんみつ食いてぇ~~~」
「なんで最後が甘味?! ってか真面目に戦ってくださ―――うわっ?!」
律義に突っ込みをする小隊員に、3体のポーン級【心蝕獣】―――通称・アイズの触手が迫る。
余所見をしていた所為で反応が遅れた。迎撃できない。
死を覚悟したとき、3体のポーン・アイズは空中で2分割。血しぶきを上げながら地面へ落下した。
「よっと……余所見してんじゃねぇよダリぃなぁ~」
「誰の所為だと思ってやがりますかね?!」
「ぇ――――――……オレの所為なの?」
「んがぁあああ!! なんっっでこの人がナイトクラスなんっっっじゃぁあああ?!」
「オレだって聞きてぇよダリぃな~~~」
地団駄踏む小隊員。
その間にも次々と小太刀二刀の【心器】で【心蝕獣】を斬り伏せる竹馬。
やる気のない態度と反比例するかのように、その太刀筋はどんどん研ぎ澄まされていく。
竹馬の【心器】は【心力】を通し難い刀型に分類される小太刀二刀。
小回りが利き、竹馬のナイト級【心力】の相乗効果で鋭い切れ味を見せる。
「お~い後方支援~。あとどんくらいだ~?」
『まだ全体の一割も減ってません』
都市の外縁防壁付近に待機させている【感応者】・冴澄理知子中尉のビットから声が届く。
彼女はNo.4ナイトクラスにして、同クラスで唯一の【感応者】。
操作できるビット数は12機。これらを同時に操り戦況を把握。各グループに伝えるのが彼女の役目だ。
『ちなみに、純愛大佐のところは3体のナイトクラスを撃破。一体あたりに掛かる時間は、篤情少佐より24秒早いですよ』
「え? それって嫌味? 人がダルい思いして戦ってんのに、労いの言葉の一つもないの?」
『事実を述べたまでですが何か?』
「……超ぉ~~~ダりぃ~~~め~~~っちゃ惰りぃ~~~」
逆手に持った小太刀で後ろから迫るルーク級【心蝕獣】を一突き。そして頭を掻く。
『それより、大和くんの小隊が芳しくありません』
「ナイトクラスに手こずってんのか?」
『というより、やられそうです』
「ダりぃぞこんちくしょう。こっちだって援護に向かわせられないぞ?」
周囲は【心蝕獣】の群れに囲まれ乱戦状態。
ナイトクラスを倒したとしても、この物量差は容易くひっくり返りはしない。
『さらにマズいことに、純愛大佐のご息女が大和くんの小隊に組み込まれています』
「はっ? そんなこと聞いてないが?」
『どうやら独断で組み入れたようですね。しかも前線に投入しています』
「……おいおい、あいつ馬鹿か? 【感応者】を前線に出すなんて何考えて……ちっ。格好付けたいだけかよ。
そんで? 純愛大佐にそのことを報告したのか?」
『するべき、でしょうか……。動揺されたら一気に戦線が崩壊する恐れがあります』
いくらNo.1ナイトクラスといえ、実の娘が知らないうちに戦場に放り込まれているなどと分かったら、どんなことになるかは想像に難くない。
まして理知子は先日の守鎖之と霊の決闘で、誠が親馬鹿であることを知ったのだ。報告をためらうのも無理はない。
『っ?! マズいですっ!! 純愛大佐のご息女がナイト級【心蝕獣】に!!』
「やべぇのか!?」
『え……【心蝕獣】が、空中でバラバラに……? え?! あの子っ!!』
「おい、どうした?! 報告は正確にっ!!」
『御神霊、と言いましたか……彼が次々と【心蝕獣】を殲滅……いえ、これはもう虐殺に近いあり様だわ……』
微かに、理知子の声音が震えているのを、竹馬の耳は捉えた。
「御神が来たのか……。しかしあいつは普通の【心器】じゃまともに戦えねぇぞ?
おい冴澄中尉。御神は何の【心器】を使ってんだ?」
『わ、わかりません……見たことのない【心器】を使っている模様です。刀身のない、柄だけの……そこから糸のようなものが出ていて、【心蝕獣】を薙ぎ払っていますが……。
え? うそ……わずか12秒で37%の【心蝕獣】が殲滅?! 信じられない……何かの間違いよ」
先ほど理知子が報告したように、閃羽の【心兵】が今まで倒した【心蝕獣】は1割にも満たない。
それを霊は、たった12秒で4割近くの【心蝕獣】を倒してしまったのだ。
戦況を随時把握している理知子からすれば、それは悪夢にも思える所業だ。人知を超えていると言ってもいい。
「糸……あいつ、【殺神器】は持ってきてないって言ってたんだが……設計データから作ったのか?」
糸、と聞いて思い当たる可能性を幾つか呟く竹馬。
しかし考えを整理するまえに、事態は大きく動く。
「ん……? 風……いや、これは?!」
どんどん強くなる風。
やがてそれらは勢いを増し、砂塵を巻き上げ、そして【心蝕獣】のみを巻き上げる。
「あ、篤情少佐!! 一体何が起きてるんですかぁ!!」
「これは、竜巻弦?! おい! 全員ヘタに動くなよぉ!! 巻き込まれたら確実に死ぬぞぉ!!」
その言葉は理知子のビットを通して全軍に告げられる。
直後、【心兵】以外の【心蝕獣】すべてが竜巻に巻き上げられ、引き裂かれ、バラバラに散る。
空を赤い霧が多い、流れる風が遠くへ運ぶ。
そして竜巻が止まったと同時に、荒野の向こうに赤い雨が降り注ぐこととなった。
「へっ……美味しいとこ全部もっていきやがって。ダりぃぞこんちくしょう」
口の端を釣り上げながらニヤリと笑い、お決まりの文句を垂れる竹馬。
しかし、このあとさらに文句を垂れることになる。
大地が揺れ、盛り上がり、巨人が現れたのだから。
「少佐! あれも【心蝕獣】、でしょうかね?」
山の如き巨人。
岩の人形とでもいうべきその姿形は、ファンタジーに出てくるゴーレムを彷彿とさせる。
丸い顔に二つの赤く光る眼。
ずんぐりと太い胴体。そして同じくらい太い両腕。
大地を陥没させる巨大な足。
「おいおいマジでダりぃことになってんぞ……。あれは、弦斎のじいさんが言ってたジェネラルじゃね?」
「ジェネラル……? 少佐、ジェネラル、とは……?」
「ナイトクラス以下を束ねる【心蝕獣】。つまりだな、ナイトよりも上のクラスなんだよ」
「そ、そんな……」
ナイトクラスでさえ厄介なのに、その更に上がいる。
絶望を通り越して思考ができなくなるのを、突っ込み小隊員は感じていた。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
こころを抱え、空高く跳躍して後方に下がる霊。
然しもの霊でも、ジェネラルクラスを相手にこころを庇いながら戦うのは難しい。
「ゴーレムタイプ……一番メジャーなタイプだ」
「ゴーレム、ですか?」
「うん……ジェネラルクラスにも幾つかの種類があるんだけど、あれは一番見かけるタイプだよ。
【大地の岩人ジェネラル・ゴーレム】……その巨体で都市を丸ごと喰いつくす化け物だ」
空中にいる二人に、ジェネラル・ゴーレムが敵意を向ける。
両腕を上に掲げ、その腕に針のように鋭い無数の突起物が浮かび上がった。
そしてその突起物は腕から放たれ、矢のような速さで霊たちに迫る。
「こころ、動かないで」
左手でこころを抱え直し、右手にもつ【糸刀】から糸を射出。
何百本もの糸が、ジェネラル・ゴーレムから放たれた突起物を迎撃するため、鞭打つようにしなる。
だが勢いを殺しきれない。ほとんどは軌道を逸らせたものの、いくつかの突起物は霊たちに向かう。
(出力が足りないっ……でもこれ以上は【心器】が―――っ!!)
ここに来て霊の膨大な【心力】が仇となる。
いくら使い慣れたタイプの【心器】とはいえ、普通の【心器】であるが故に膨大な【心力】に耐えられない。
もっとも、この出力で迎撃しきれないのないのならば、どの道結果は同じだが。
「くっ!!」
【心力】を全身に纏い、防御力を強化。
同時にこころを抱きかかえて庇う。
人の身体ほどもある大きさの突起物が、霊を襲う。糸のおかげで狙いが僅かに逸れたのか、串刺しになることは避けられたようで、左肩を抉られただけで済んだ。
「っ! 霊くん!?」
「大丈夫」
学生服であるため強度に期待を持てるはずもなく、霊の左肩は抉られ血が流れ出していた。
それでも空中でバランスを維持し、閃羽の外縁防壁に着地する。
「霊くん、すぐに怪我の手当てをっ!」
「そんな暇はないよ。こころはここにいて。いいね?」
返事を聞かずに再び跳躍。
【心装】無しで【心力】を全身に纏い、身体能力を強化した霊の跳躍力は膨大な【心力】に比例して凄まじい。
まるで空を飛ぶかのように高い。地平線の向こうにまで跳ぶのでは……そう錯覚する勢いだ。
もっとも、ジェネラル・ゴーレムが地平線までの視界を遮り、霊を叩き落そうと再び攻撃態勢に入る。
「閃羽は、こころが暮らす場所……守ってみせる」
再び突起物を両腕から射出するジェネラル・ゴーレム。
雨のように向かってくる突起物を、【糸刀】から射出する糸で軌道を逸らし、逸らし切れないものは体を捻って足場代わりに。
だが外れた突起物に異変が起こる。
突起物は粘土のように形を変え、鋭利な先端を別方向……過ぎ去った霊に向けて形成し直す。
それは加速のベクトルまでも変え、一度は外した標的に向かっていく。
(見たことの無い攻撃っ―――更新されている個体か)
実は過去に何度か同じタイプのジェネラルクラスと戦ったことはある。
その攻撃パターンもある程度は予測していた。相手の強さを知っているから、こころを安全な場所へ避難させることを優先した。
だが今回の攻撃は知らない。初めて見る。
かわしたはずの攻撃が直後に反転し、霊を貫こうと縦横無尽に降り注ぐ。
「キリが、ない……」
いずれジリ貧になると悟る。
この嵐から離脱するため、迫る突起物に糸を巻きつけて自身の体を引っ張らせる。
抜け出した霊は形を変えつつある突起物を蹴り、ジェネラル・ゴーレムの横合いから攻めようと試みた。
< ブ ォ ォ オ オ オ ! ! >
雄叫びを挙げながら、霊めがけて巨大な腕を振り下ろすジェネラル・ゴーレム。
まるで山が天から落ちてくるような、圧倒的な質量が迫ってくる。
霊は……焦らない。
【糸刀】から伸ばしていた糸のうちの一本に指令をくだす。引っ張れ、と。
その一本は遠く離れた大地に突き刺さっており、空中を跳ぶ霊の動きを変える。
急激にその進路を変え、巨大な腕から離脱。糸を突き刺していた地点に着地した。
「さて……どうやって近付こうかな……」
< ブ ォ ォ オ オ オ ! ! >
再び雄叫びを挙げ、殴る姿勢を取るジェネラル・ゴーレム。
その際、腕は緑色に発光。すべてを潰す膨大なエネルギーがその巨腕に集中しているのだ。
「クスっ……それは知ってる。見たことあるよ」
直後、その巨体からは考えられないほど速く……それこそ弾丸か何かの勢いで、ジェネラル・ゴーレムの腕が大地を殴った。
陥没する大地。巻き上がる砂塵。大地を舐めるように広がる衝撃波。
「霊、くん……」
巨大な爆発でも起きたかのような光景。
遠目から見ても分からないこころは、ただ霊の名を呟くことしかできない。
すでに【シールドビット】全機が使い物にならなくなっているからだ。ナイトクラスに12機のビットを破壊され、待機させていた残り4機も盾として使ったときに機能しなくなっていた。
霊の安否を確認したくてもできない。
無力感がこころを飲み込もうとしたとき、ジェネラル・ゴーレムに異変が起きる。
大地を陥没させたのとは逆の腕が動き、そのまま両腕がくっついたのだ。
「……あっ! 霊くん!!」
思わず声を上げる。
遠目からではわかり辛いが、ジェネラル・ゴーレムの腕の上を走る霊が見えたのだ。
仕掛けはこうだ。
繰り出された腕に糸を絡め、同時に霊は高く跳躍。衝撃波は絡めていた糸を使って自身を繋いでやり過ごす。
そしてもう片方の腕にも糸を絡ませ、引っ張り、両腕をくっ付けさせた。
糸に手錠のような役割を持たせて動きを封じたという訳だ。
それから霊はジェネラル・ゴーレムの胸元へ跳ぶ。
【糸刀】を左手に持ち替え、右手で拳を作った。
「心拳闘術―――瞬破拳!!」
右拳に青い光が……【心力】が凝縮される。
その拳でゴーレムの胸元を打ち、膨大なエネルギーを解放。
巨人の胸元に亀裂が走る。
< ブ ォ ォ オ オ オ ! ! >
霊の放った拳の威力は如何ほどのものか……。山のごとき巨人が浮き、仰向けに倒れたのだ。
しかも霊は、ゴーレムに取り付いたまま。
右拳を当てたまま、更に【心力】を拳に集中させる。
「ぐっ!!」
だが同時に、抉られた左肩から噴水のように大量の血液が噴出。
【心力】による身体能力の活性を、すべて攻撃に回している弊害だ。
通常人間の身体は代謝のためにエネルギーを使っているが、重い荷物を運んだり、走ったりしているときに筋肉を効率よく使うため、送るエネルギーの配分をコントロールする。
今の霊は拳に【心力】を集中するため全身の筋肉を超活性。
代わりに生命維持に必要な止血能力などが失われ、しかも筋肉の超活性が原因で血流が加速。
結果、噴水のように血液が噴出するのだ。
「―――っ、瞬破拳・連拳」
大量出血を無視し、攻撃を続行。
圧縮した【心力】をピストンのように右拳へ連続輸送。
右拳から攻性の【心力】がジェネラル・ゴーレムに打ち出され、その度に爆発音にも似た衝撃音が響く。
同一箇所に凄まじい衝撃を与えられ、胸元の亀裂が広がり、深くなる。
そしてとうとう、ジェネラル・ゴーレムの胸殻が砕けて皮膚が露わになった。
「外殻は、今の僕では壊せないけど……中からなら、どうかな?」
手錠代わりにしていた糸を【糸刀】に回収。跳躍してジェネラル・ゴーレムから距離を取る。
そして砕けた胸部向けて糸を射出。
その数……264本。
ジェネラル・ゴーレムの内部へ侵入し、血管のように全身へ行き渡らせる。
「心弦曲―――」
【糸刀】から垂れている糸の一本一本が、二本に裂けていく。
それはジェネラル・ゴーレムの体内へ侵入している糸にも伝播し、内側から引き裂いてく。
「―――百花繚乱」
ジェネラル・ゴーレムの体内から体外へ、264本から528本へ分割・増数された糸が乱れ舞う。
【心弦曲・百花繚乱】。
数百単位の糸で敵を貫き、一本一本を幾つかに裂いてそのまま敵をも引き裂く技。
現状の【糸刀】では528本までが限界なので262本から二本ずつにしか裂けないが、本数が多ければそれだけ敵を細かく裂くことができる恐ろしい技だ。
山のように巨大なジェネラル・ゴーレムは、体内を幾重にも引き裂かれて生命力を失い絶命。
閃羽の危機は何とか回避されたのだった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……」
左肩から流れる血が、制服を真っ赤に染め上げる。
心底、こころの避難を優先してよかったと思う霊。
庇いながら戦っていたら、こころに大きな負担を掛けなければならなかった。
何より、怪我を無視して戦うやり方……彼女が許すはずもない。
「霊くんっ!!」
閃羽の方から霊に走って向かってくるこころ。
左腕を真っ赤に染め上げる姿を確認して表情を険しくするが、すぐに霊の左肩に手を置こうとする。
「駄目だよこころ……手が汚れちゃう」
「言ってる場合ですか!! すぐに【感応心療】を―――」
「御神霊っ!!」
怒声にも等しい声音が、こころの手を止めさせた。
何事かと思い振り返ると……何人かの部下に肩を貸してもらって立っている守鎖之がいた。
「す、守鎖之くん……」
「御神霊……貴様がどうしてここにいる? オレはおまえに待機しているよう命令していたはずだがな?」
【心器】をまともに扱えない。
霊はそういう理由で戦闘への参加を禁じられていた。ナイトクラスである守鎖之の命令を絶対に守らねばならないのが、霊の立場だ。
言い訳のしようもないくらい、完璧な軍令違反。
「待って守鎖之くん! 霊くんは、この【心蝕獣】の群れを殲滅して、しかもあの巨大な【心蝕獣】を倒してくれたんだよ?!」
「ふん……Fランクであるこいつに、そんなことが出来るものか。大方、また何かイカサマでもして他人の手柄を、然も自分がやったように見せかけただけだろうが」
「そんな訳無いじゃない!! 守鎖之くん、おかしいよ!!」
どうにも守鎖之は、霊が絡むと正気を疑うような言動をする。
だがナイトクラスとして……何より至高なる心の持ち主Sランクの人間。
現実の食い違いに戸惑うばかりだった。
「おい、このFランクを拘束しろ」
「はっ!」
守鎖之の部下が霊を取り囲み、乱暴に地面へ組み伏せる。
抵抗するのは簡単だが、厄介な事になるのが分かり切っているので大人しくする霊。
だがこころは霊を助けようと抗議する。
「待って!! 霊くんは怪我をしているんです!! やめてください!! やめてっ!!」
「こころ。ナイトクラスであるオレの命令を無視したんだ。こいつは牢獄行きだ」
「やめてよ守鎖之くん!! 霊くんのおかげで、私たち助かったんだよ!? どうして―――」
「そんな訳がない!! Fランクのゴミにそんなこと、まして【心蝕獣】の群れを殲滅するなど、できっこないだろ!!」
「―――ダメだよこころ。大和くんの言ってる軍令違反は正しいから」
守鎖之に喰ってかかるこころを、霊の静かな声が静止する。
その霊は手錠を掛けられているところだった。
「そんな……だって……」
「僕は大丈夫だから。それに、戦闘中に気絶していた彼に何を言っても無駄だよ」
「―――っ! ゴミがっ!!」
事実を指摘され、それが嘲笑に聞こえる守鎖之。
大量に出血している霊は笑ってもいないのだが、守鎖之は霊の無表情が嘲笑に歪む幻覚を現実として認識した。
そして地面に組み伏せられている霊を、思いっきり蹴る。蹴った個所は出血している左肩で、守鎖之の靴に赤い血が付着した。
「ぅ―――」
「っ!! 守鎖之くん、なんてことを!!」
「ふん……ゴミの血か。汚らわしい。おい、早く連れて行け」
靴のつま先を地面に擦りつけて血を払い、部下にそう命令する守鎖之。
「待って!! せめて怪我の治療をさせて!! お願いっ!!」
だが無情にも、霊は手荒く連れて行かれてしまう。
こころにそれを止める力は……無かった。
「どうして……どうしてこんな酷いことを……」
その場に泣き崩れるこころは、ただ自分の無力さと現実の理不尽……そして守鎖之の横暴を嘆くしかなかった。
◆ ◆ ■ ◆ ◆
閃羽を襲った大量の【心蝕獣】の群れ。
その群れの接近を知らせた行商人のグループにより、【閃羽心衛軍】は早期の迎撃態勢を整えることができた。
件の行商人達は閃羽側からの御礼として宿を無償提供し、彼らは借りた宿の一室に集まって密談を交わしていた。
「おい、話が違うではないか。ジェネラル・ゴーレムを撃退する戦力は、閃羽には無いはずだったろ?」
「くっ……予想外だ。せっかく苦労して群れをここに呼び寄せたというのに」
「案ずるな。まだ手はある。【匂い袋】はまだ十分にあるからな……次の手でこの閃羽は確実に終わる」
商人の一人が、懐から拳大の水晶玉を取りだした。
僅かながら緑色に発光しており、怪しい存在感を放っている。
「ジェネラル・メーカー。これで閃羽を混乱に招き、我らの目的を遂行する」
「で、獲物の居場所は把握しているのか?」
「ええ。閃羽の人間は上物ばかりですからね……目当ての人間の住所・その他は簡単に掴めましたよ」
別の商人が一冊のファイルを取りだした。
それをパラパラとめくり、何かの印をつけていく。
そのファイルには顔写真が張られており、住所や職業などの個人情報が記載されていた。
「お、この女はいいな……高く売れそうだぞ?」
「それ以前に美味そうじゃないか。オレ達で先に喰っちまっても、値段はかなりのものになるだろ?」
「ああ……【感応者】でもあるらしいからな。処女でなくても高値は期待できる」
商人達が見ている写真には、こころの姿が写っていた……。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。
●篤情竹馬――――霊たちの担当教官。ズボラな性格だが閃羽のNo.2ナイトクラス。
●冴澄理知子―――閃羽のNo.4ナイトクラス。秘書然としたメガネの女性。