第9話【虐殺の糸】
戦端を切ったのは守鎖之だった。
【心力】を剣に纏わせ斬撃として放つ【斬撃波】で、【心蝕獣】の群れに先制攻撃を仕掛けた。
先頭を浮遊する、バスケットボール大の目玉に複数本の触手が生えたポーンクラスの【心蝕獣】……通称・アイズが、守鎖之の【斬撃波】によって数体纏めて切り裂かれる。
さらに数体の狼型【心蝕獣】のルーククラスも深手を負わされた。
「このまま蹴散らす!」
黒のバトルスーツ【心装】に仕込まれた【コア】と【心経回路】を通して【心力】が全身に行き渡り、身体能力を強化して群れの中に突っ込む。
白色に輝く両刃剣を振るい、ザコのアイズを一刀両断。
続けて襲いかかる二体目も突き刺し、【斬撃波】で振り散らす。
側頭部に三対六つの複眼を持つ狼型【心蝕獣】のルーククラスも、守鎖之の剣によって切られ、後続の 【心兵】が止めを刺す。
「こころ! ナイトクラスの【心蝕獣】はどこだ?!」
遅れてやってきたこころに、【シールドビット】で索敵を行わせる。
上空から12機のビッドが戦場を見降ろし、目当ての敵を見つける。
「居た! 正面!」
「よし! 付いて来い、こころ!!」
襲い来る【心蝕獣】を次々と薙ぎ払い、突破口を開いて行く守鎖之。
こころも【シールドビット】の何機かを援護にあて、守鎖之の進攻を補佐。
やがて見えてくる人型の甲冑。
剣と丸い盾を構え、緑色に発光して守鎖之を威嚇していた。
「まずはこいつだっ!! 死ねっ!!」
斬り掛かる守鎖之。
白い【心力】を纏わせた斬撃がナイトクラスの【心蝕獣】に振り下ろされる。
その斬撃を【心蝕獣】は盾で防ぎ、すぐに自身の剣で反撃する。
「ちっ! 生意気な!!」
剣を振り下ろせば盾で防がれ、反撃される。それを避けてまた再度攻撃。
ナイトクラス……強さの指標でいえば守鎖之と互角であるが故に、ポーンやルーククラスのように簡単には倒せない。
しかも、【心蝕獣】の方が数が多い。
横合いからティラノサウルスに酷似した、一般の成人よりも一回り大きいビショップクラスの【心蝕獣】が、鋭い牙で守鎖之に襲いかかる。
「守鎖之くん、危ない!!」
気付いたこころが【シールドビット】2機を守鎖之のそばに向かわせ、盾にする。
そしてさらに2機の【シールドビット】を、【心蝕獣】の真上から攻撃させる。【シールドビット】から、圧縮された【心力】の弾丸を射出。黄色に光る弾丸が見事に命中し、ビショップクラスの【心蝕獣】を怯ませた。
「いいぞこころ! やはりおまえはオレにこそ相応しいんだ!!」
こころとチームを組めず、Fランクのゴミにプライドを傷つけられていた守鎖之は、鬱憤を晴らすかのように激しい攻撃をナイトクラスの【心蝕獣】に浴びせる。
だが忘れてはいけなかった。
こころは横合いから襲ってきたビショップクラスの【心蝕獣】を倒した訳ではない。生きている。
絶命していなかった【心蝕獣】は口から光弾を放ち、守鎖之を攻撃。
光弾は直撃し、爆炎をあげて守鎖之を吹き飛ばした。
「ぐはぁっ!?」
いくら【心装】によって受けるダメージを減衰させられるといっても、直撃を受ければ当然タダでは済まない。
ましてナイトクラスに次ぐ戦闘能力を持つビショップクラスの攻撃。
直撃を受けた守鎖之は為す術もなく地面に叩きつけられた。
「撃てっ、撃てっ! やらせるな!!」
やられた守鎖之を助けようと、同じ小隊の【心兵】がアサルトライフル型の【心器】で応戦する。
だが効果は今一つ。
ポーンクラス程度なら何とか退けるが、ルーククラス以上になると足止めが精一杯。
守鎖之に追撃を掛けようとするナイトクラスの【心蝕獣】に至っては、銃弾そのものが効いていなかった。
「くっ、くそぉっ!! 数が違いすぎるっ」
しかも数が多い。
閃羽の【心兵】側はルーククラスまでを相手にするのが精一杯であり、物量差で圧倒されていた。
そうなれば……瓦解するのはあっという間だ。
一人の【心兵】がポーンクラス・アイズに肉薄され、その触手に貫かれる。
「ぐぁぁああ!! やめろっ! やめてくれぇええええ!!」
触手から【心兵】の心に干渉し、蝕む。
そして【心力】の源になる心を喰らい、自らのエネルギーにする。
これこそが、【心蝕獣】と呼ばれる由縁。
人の心を蝕み、弱らせ、喰らう。特に複雑な心を持つ人間は、動物と比べて非常に濃厚なエサとなる。
【心蝕獣】にとって人間は、最高の栄養源なのだ。
「ぁ……ぁっ……」
心を喰われれば、その人間は生きながらにして屍となる。魂のない人形だ。
エネルギーを満たした次は、その体組織を維持するために血肉も喰らう。
アイズの場合、人間の体液……血を吸収する。人体に侵入させた触手から血液を大量に吸い上げ、たちまち干からびる【心兵】。
血の気が失せ、肌から瑞々しさが失われ、ミイラのように皮と骨だけになる。
ルーククラス以上の【心蝕獣】になればその牙で獲物突き刺し、心と血肉を同時に喰らう。
数人ほどルークやビショップが存在するが、ほとんどはポーン程度の戦闘能力しかない人間側は、ナイトクラスを失えば単独で撃退することは不可能だ。
(どうすれば……どうすればいいの……)
混戦状態になったことで、こころは守鎖之から離されてしまう。
それでも【シールドビット】を駆使して【心蝕獣】を撃退するが、ティラノサウルスタイプのビショップ級【心蝕獣】はなかなか倒せない。
しかもこころの【心力】が上質なものだと悟ったのか、ビショップクラス3体に狙われてしまう。
他の【心兵】は唯一の望みである守鎖之を守ろうと応戦。もしくは喰われているかのどっちかだ。
守られている守鎖之は気絶しているようで、しばらく起きそうもない。
(ビショップが3体……1体あたり4機で応戦すればっ!!)
【シールドビット】の弾雨を浴びせ、ルーク以下の【心蝕獣】を一掃。そして周囲に展開して砲台とし、向かってくるビショップ級【心蝕獣】を迎撃する。
12機の【シールドビット】から放たれる【心力】の弾丸。
黄色く光る弾丸が雨のように降り注ぎ、【心蝕獣】を次々と撃つ。だが倒せてはいない。近づけないようにしているだけだ。
それでも守鎖之が目覚めるまでの時間稼ぎにはなる……と思っていたが、それは儚い希望だった。
突如、12機の【シールドビット】がすべて爆発。何かの攻撃を受け、撃墜されたのだ。
「え……」
状況を飲み込めていないこころに、守鎖之を倒した甲冑が……ナイトクラスの【心蝕獣】が襲いかかる。
「きゃっ―――!!」
気付いて、咄嗟に左腕に待機させていた残り4機の【シールドビット】を、そのまま盾にして防ぐ。
しかし威力が予想以上に強く、ナイト級【心蝕獣】の剣を受け止めるも押し倒されてしまう。
ナイト級【心蝕獣】は、倒れたこころに馬乗りになり、逃げられないよう押さえこんだ。
「ひっ――――――」
何か蠢くような音がしたかと思うと、面部が上下にスライドして中身から触手が出て来た。
ポーンクラス・アイズと同じ、ナイトクラスも触手で獲物を喰らう。
緑色に発光する甲冑とは違い、赤くヌメった触手。
それはこころの頬を舐めるように這う。
「ぃぁ……」
嫌悪感と死の恐怖に、心が折れそうになる。
助けを呼びたくても、声が出ない。そもそも助けられるのだろうか。ナイトクラスの守鎖之を倒した【心蝕獣】を、他の【心兵】が倒せるはずがない。
『こころの呼びやすい名前で呼んで? どっちで呼んでも、ぼくは振り返るし、助けに行くから』
脳裏に浮かんだ、霊との会話。
それを思い出した瞬間、こころの声帯が恐怖を払い、空気を震わせた。
「たすけ、て……レイく、ん……レイくぅぅうううんっっっ!!」
重みが……消えた。
こころに馬乗りになっていたナイトクラスの【心蝕獣】が、空高く舞い上がっていた。
空中で静止し、カタカタと震えている。まるで何かに抵抗するかのように。
<ギッ、ギギギッ――――――ギィィイイイッッッ>
奇声を上げ、空中で緑色に発光する甲冑がバラバラになる。
リーダーの断末魔を聞きつけた他の【心蝕獣】が、一斉に振り返った。
その視線の先には、こころが待ち焦がれた人物が……御神霊がこちらに向かって走ってきていた。
「レイ、くんっ……」
霊は、刀身の無い柄だけの【心器】を……名称【糸刀】を持っている。
柄の先端……刀身を収める茎から無数の青い糸を射出し、その糸が波打つように乱れ舞い、【心蝕獣】を手当たり次第に引き裂いていった。
事態に気付いた多くの【心蝕獣】が、霊に敵意を向ける。
ポーンクラス・アイズは、目から光線を放ち、ルーク以上の【心蝕獣】は口から光弾を発射する。
「レイくん!!」
光線と光弾の嵐が、霊の全方位から迫る。避けられる訳が無い。
そう思った矢先、霊は真上へ跳んだ。
「こころに……手を出すなっ」
【心蝕獣】の群れを見降ろし、吐き捨てるように呟く。
その目にはすべてを憎悪する暗い瞳。大切な人を傷つけようとしたモノを容赦なく虐殺できると主張する、狂気の眼が映っていた。
「心弦曲―――五月雨」
真下に【糸刀】を向け、そこから糸が数百本……高速で吐き出される。
それらの糸は【心蝕獣】を貫く。
貫いた糸は、波打つように目にも止まらぬ速さで引き戻される。
そしてまた高速で射出される。
一連の動作が瞬きの間に何度も繰り返され、【心蝕獣】たちはマシンガンの高速弾に蹂躙されたかのように散った。
それだけで、こころの周りにいた【心蝕獣】は全滅。
ナイトクラスを含む対心蝕獣用兵士【心兵】を壊滅に追い込んだ【心蝕獣】が、物の数秒で全滅した。
たった一人の少年によって。
それは英雄的行為に聞こえるが、この光景……無数の肉片が散らかる戦場を見れば、大量虐殺が行われた現場に見えるだろう。
どれもこれも徹底的に引き裂かれ、散らされ、内蔵物を外部に晒している。
頭部を両断され脳を撒き散らす狼型ルーク級【心蝕獣】……まるで動物虐殺。
四肢を切断され、両目と側頭部の複眼が抉りだされている。細切れにされた目玉らしきものもある。ちょろちょろとはみ出す血管らしきものがさらにおぞましさを際立たせた。
ティラノサウルス型のビショップ級【心蝕獣】……は、さらに酷い。
何をどうやったのか鱗と皮をすべて剥がされ、残った肉は細切れにされ荒野にへばり付いている。
そして骨は散らばり血の海に浸っているというあり様。
【心力】で作り出した糸だけで、この惨状を生み出したのだ。御神霊という少年は。
「大丈夫? こころ?」
惨状の中心地に着地し、こころに歩み寄って気遣う霊。
これだけの虐殺を行ったにも関わらず、本人に血のりが付着していない。それはそうだろう。噴水のように吹き上がる血しぶきのかからない高みから攻撃していたのだから。
「レイ、くん……?」
「待ってて。すぐに【殺す】から」
特に表情を表している訳ではない。悦に浸っている訳でも、思い悩んでいる訳でもない。
霊は、当たり前のように【殺す】という言葉を紡いだ。
「残りは128体……か。あれ? おじさんと篤情教官のところはナイトクラスを倒してる……。
これなら528本もいらなかったか……」
呟き、【糸刀】を上に掲げる。
よく見ると、まだ数本の糸が【糸刀】から垂れている。それは四方八方に伸びていて、別の戦闘場所に向かっているようだった。
「心弦曲―――竜巻弦」
突如、戦場のあちこちに竜巻が発生。
【心蝕獣】のみを巻き上げ、竜巻の中でバラバラにされている。
不思議なことに至近距離で戦っていた【心兵】は巻き上がらない。確実に【心蝕獣】だけを屠っていた。
空高く舞い上がった【心蝕獣】の肉片。
赤い体液が霧状に空を漂い、風に流れていく。やがて竜巻が治まると風の流れが絶たれ、戦場から少し離れた地に赤い雨が降り注いだ。
「レイくん……一体、何を?」
「索敵のために這わせていた糸を使って、【心蝕獣】を殺したんだよ」
霊が【心力】で作り出す糸は、聴覚と触覚に相当する感覚を霊に伝える。
極細の糸は自由に伸ばし、そして動かすことができるので、相手に気付かれずに触れさせることができる。
その過程で敵の数を把握。
糸を螺旋状に空へ舞い上げ、糸に絡みつかれていた【心蝕獣】は舞い上がる糸に引き摺られ、引き裂かれ、バラバラに散る。
それが【心弦曲・竜巻弦】。広範囲の敵を一掃する霊の【心技】だ。
「それよりこころ。【感応者】のキミが、どうして前線に出ているの?」
「えっ……」
「【感応者】はビットの遠隔操作に集中するから、自身の守りが疎かになってしまう。だから後方で戦場を把握し、味方に戦況を伝え、援護するのが役目。【感応者】も広義では【心兵】だけど、近接戦には到底向かない。これはどんな優秀な【感応者】でも例外は無いんだ」
こころには実戦経験が無い。入学したばかりでまだ戦闘のイロハを知らない。
ある程度訓練を受けているとはいえ、それはビット型【心器】の扱い方であって、戦術や戦略を勉強していた訳ではない。
そういう意味ではすでに実践を経験しているはずの守鎖之が、こころにそういった指示を出すべきなのだ。
だが守鎖之は、こころを守れると思い上がっていた。
根拠のない自信と、こころの意識を自分に向けてもらいたいがために、【感応者】本来の立ち位置を無視した。
ちなみに、他の小隊では前線に【感応者】を連れているナイトクラスの指揮官は一人もいない。
では守鎖之の小隊員が注意をしなかったのかというと、事前に守鎖之が黙らせていたのだ。
弱者に比べて圧倒的な力をもつ守鎖之は、自分の息のかかった【心兵】を、常に手駒としている。
あり得ない話ではない。それだけの特権を持てるのがナイトクラスなのだから。
「ごめん、なさい……」
「……はぁ。でもこころが無事でよかった」
「ありがとう……霊くん」
「ううん。約束は守るよ。必ず……だから、ここから早く離れて」
「え?」
問いかけるよりも早く、大地が揺れた。
地震かと思ったが……違う。何かが地面から迫り出すような感じだ。
「随分近くで待機していたんだね……こころ、ちょっとごめんね」
「え? えっ?」
座り込むこころを抱っこし、霊は後方へ……都市の方へ跳んだ。
直後、大地が盛り上がり亀裂が走る。
盛り上がり、崩れる大地から……山が、出て来た。
「く、霊くんっ! 一体何が?!」
「この群れのボスが出てくるんだ……ナイトクラス以下を束ねる【心蝕獣】……ジェネラルクラスが」
「ジェネラル……」
現れる山……否、巨人。
荒野の大地を身に纏う山の如き巨大な巨人が、閃羽を飲み込まんと姿を現した。
●御神霊―――――主人公。Fランクの落ち零れとされているが、膨大な【心力】を有する謎の少年。
●純愛こころ―――霊の美少女幼馴染。数少ない【感応者】。
●大和守鎖之―――Sランクにして最年少ナイトクラスの少年。こころの幼馴染。