●1 ミッション・アフター・スクール
「もしもーし、起きてますかあ?」
右隣の席からこちらに身を乗り出している友人、まいちの声が聞こえる。
「テストも楽勝で余裕ってかー?眠り姫」
「うん?起きてるよ」
「ほんとにー?まーいいけどねー」
「うん、ありがと」
今週最後の授業を終わらせるチャイムがようやく鳴り終わる。
眠ろうと思い机にうつ伏せになっていたが眠れなかった。今日は失敗の許されないミッションがあるせいだろうか。
ホームルームの挨拶が終わってすぐ、机の横にかけたスクールバッグを引っぱり上げ、肩に掛けつつ、その手で弾む心を抑えて歩き出す。
「今日は用あるからさ、さき帰るね」と、まいちに一声、駅の向こうの量販店の方へ向かわねばならない。寄り道禁止?バレっこない。
仲の良い友達、まいち、さよ、ひなのに手を振りながら、教室から出て階段を駆け下りる。15分くらいで着く。
校舎から飛び出し早歩き。一番乗りで校門を通過、右に曲がって幹線道路に出てそこを左へ進み、川にまたがる橋を渡って線路を越えて、駅前のデパートビルを脇を通る。
7月初旬といってもやはり暑い。真夏日がしばらくは続く。
落ち着こうと思っても鼓動が早くなる。何事もなければたやすくこなせるはずだ。それはわかっているのだが、それでも緊張する。それ以上に楽しみなのだが。
もうひとつ川を渡り終わってすぐのところ、道幅10メートル程度、200メートル以上続くアーケード街、店に入って買い物を済ませる。順調だ。
予定通り目当ての品を購入し、店の外に出る。そのままアーケード街を進みながら、カバンから水を取り出し喉を潤す。
「ふふっ」
歩みの先に黒い物体が横たわっているのに気付き、笑いが漏れる。上下黒の服をまとった人間の男だ。こんなところに寝転がっていたら蹴られても文句は言えまい。
近付くと、男が右、こちら側を向いてうつ伏せに倒れている。気を失っている…フリをしているのがわかる。
わたしは男のそばに寄りしゃがんで、震えるのを我慢しながらゆっくりと右手を男の右頬に当てる。知らないけれど懐かしい肌ざわり。
「ふっ、もしもし、起きてますか?」
そう声をかけると男は身体を捻って驚いた様子でこちらを見てくる。声も出せないよう。
「ほら、バカみたい」
この人生でこの男と会うのは初めてなのだが、わたしはこの男、三好経治がここでわたしに蹴られるためにわざと倒れていることを知っていた。
そう、わたしは今、2回目の人生を生きているのだ。
一方、男の方も、前回1回目の人生で聞いた話なのだが、もう何万回も人生を繰り返していて、その中でわたしと知り合い、わたしが事故に遭わないようにするために毎回ここで蹴られることによってわたしを足止めしているらしい。
前回は、初対面時は髪も長くてヒゲも生えていたのだが、今回はなぜかさっぱり整えられている。
「あ…えっと、りか…おん?」
男はやっとのことで声を発し、わたしの名を呼んだ。それまではわたしの方も、この男が前回の人生、我々は前世と呼んでいるが、そこで出会った男と同じ記憶を持っているのか確信が持てずドキドキしていたのだが、わたしの名を知っていることから、おそらくわたしと同じく前世の記憶を持っているようだ。
「見てわかるでしょ?」と、わたしは立ち上がり、文字通りの上から目線。
「え、うん。そうだね。その…びっくりした」
「うん、見たらわかるよ。じゃ、行こうか?」
男の経営する雑貨店が近くにあるのでそこへ行くことを促す。前回そうだったから。そこでいろいろ話を聞いた。
「あ…うん」
男が立ち上がったのを横目に、わたしは人もまばらなアーケード街を先へと進む。
「さっさと行くよ」
「…」
前世では立て板に水のごとくしゃべっていた男が、優位性がなくなった途端にこうもおとなしくなるなんて、とても愉快。
少し歩くと男の店、御代史堂という名を冠した雑貨店に辿り着く。店のドアは開いていて、中には統一性のない雑貨類が明るすぎる照明に照らされ無造作に陳列されている。入って右にガラス張りの冷蔵庫、その奥に三和土があり、上がると居住スペースになっている。前世で見た通り。
わたしは前世さながらに、冷蔵庫からドクペ2本を取り出し、靴を脱いで三和土を上がる。冷房の効いた部屋、右にキッチン、左にリビング。すぐ左にある長いソファに座り、テーブルの上で2本の缶を開ける。
男が追ってわたしの左前にある一人用ソファに座ったので、缶を差し出す。
「ほら」
「…えっ?」
「乾杯、しよ?」
「う、あっ、そうだね」
何に?と聞いてきそうなところだが、あっけに取られているのか、男はおどおどしながら缶を受け取る。
「せーの」
「かんぱーい!」/「か…ぁい」
わたしは一気に半分くらい飲んだが、男の方は口をつけていない。
「どうしたの?まだ飲み込めてないの?」
「え、あ…えっと…」
「あのさー、わたしもなんだよ?おそろい!」
「えっと…飲み込めてない?」
「違うって。わたしも人生を繰り返すの!ループって、前世で言ってた」
「あ、え?…えー!?な、何で?」
「知らないよ。そっちだってわけもわからず、でしょ?」
「う、うん」
「自分だけが特別だと思わないことね」
「…はあ…まさか…うーん」
「まだわたしは2回目だけどね。だからさ、こうみえて中身はそのなんていうかおばさん…っていうか。まあそれはいいけど、とにかくさっさと理解して。前世で自分が何て言ってたか覚えてる?」
「…うん。わかった…ってことで…」
完全に理解してはいないよう。かくいうわたしも前世でこの男の言っていることを信じられるようになるまで2日を要した。
「とりあえず話を進めるけどさ、確認だけどよしつね、人生を何回も繰り返してるよね?」
よしつねというのはこの男みよしつねはるの、前世でわたしが勝手に呼んだ、おそらくわたししか呼んでいない呼び名。
「え!?…」
何か泣いているように見える。
「ちょっと聞いてんの?人生を何回も繰り返し、ループしてるよね?」
「あ…はい、そう…です」
「それでさ、前回、一個前の前世ってどんな感じだった?」
上を見ながら思い出すように話し始める男。
「え、あ…うーんと、りかおんとここで逢って、盆踊り行って、トーキョー行って…そう、司法試験受かって、ここの上で開業するってなって…」
「その直前でよしつねがバックれた?」
「バ!?っていうか…その、まあ、死んだ…んだけどね」
前世で聞いた話だと、ループの副作用と思われるが、いきなり意識がなくなったり、死が迫っていると感じたりすることがあり、どちらも助かることもそのまま死ぬこともあるらしいが。
「そっか、あのあと死んじゃったんだ…」
「うん」
「…まっ、それはいいけどさ、いや良くはないけどとりあえず置いといて、その次の人生が今、現世ってことでいい?」
「そうだね」
「ってことはさ、今のところだけどそのループのタイミングというかロットっていうかさ、共通なのかもね」
「…えっと…はい?」
「んあー、よしつねがさ、何回も人生繰り返してる、ループしてるでしょ?」
「うん」
「そんでわたしも繰り返してる。今回初めてだけど」
「…うん」
「仮説だけどね、お互い、同じところで繰り返せるってこと。前回のよしつねがn回目、わたしが1回目の人生として、同じ数を足した人生は同じ世界。今回はよしつねがn+1回目で、わたしが1+1=2回目の人生を同じ世界で送れる、つまりこうやって会える。生まれなかったら飛んじゃうのかもしれないけどね」
「…続き、ってこと?」
「そうだね。例えばさ、わたしの2回目がよしつねのn回目より前だったりして、順番が前後しちゃうと話が通じなくなちゃうけどさ、そういうことはないのかもね」
「…うん、そう…ね」
「とするとさ、人間は同じ人物、同じ個体としての人生を演劇みたいに何度も繰り返していてさ、劇が終わる、つまり死んだら普通は記憶がリセットされちゃうんだけど、よしつねはずっと前から、わたしは今回、リセットされなかった、っていうふうにも考えられるね。そうすると何回目って言い方もおかしいけど。覚えてる中で何回目っていうことかな」
「…うーん」
「まあ、全部わたしが思っているだけだからさ、どうでもいいんだけどさ。とりあえず何が言いたいかっていうと…」
「…」
「前世の…また前みたいにさ、一緒に出かけたり、ごはん食べたりしたいし、それ以外にもさ、いい?」
「えっと…うん、もちろん」
「ほんとに?」
「うん、その…嘘はつかないって」
そうだ。前世で嘘はつかないって約束してくれた。まだ覚えててくれて、まだ守ってくれる。
「ふふっ…やっぱり、よしつねだね」
心からの笑みがこぼれるわたし。
「…うん」
よしつねの方も、驚きの表情は鳴りを潜め、優しく微笑んでいる。
間違いない。また、出逢えたんだ。




