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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

きっと、かなり前から

作者: yaomo
掲載日:2026/05/19

ムーンライトノベルズでも掲載してます!

※R18シーンあり

雨上がりのアスファルトは、夜になると少しだけ匂いが甘くなる。

終電を逃した駅前で、藤崎はコンビニの袋を片手にぼんやり空を見ていた。

五月とはいえ夜風は冷たく、薄いシャツ一枚では少し寒い。


急なトラブルに見舞われ、対応に追われた一日だった。

思いの外時間が掛かってしまったな、とため息をつく。


自分が起こしたトラブルではないし、まだ責任を取る立場でもないので、本来は当事者か上司に任せておけばいいのだ。

しかし当事者である後輩は朝から体調が悪そうで見てられず、「後はやっとくから」と早々に帰してしまった。

自分が請け負った手前他のメンバーや上司は巻き込めず、ひとりで対応を終える頃には終電には間に合わない時間だった。


明日は休みだから帰宅を急ぐ必要もないが、歩くのは少し面倒だ。けれど近い距離をわざわざタクシーで帰るのも贅沢か、とうつらうつら悩んでいると


「……こんな時間まで残ってたんですか」


背後から声がして、藤崎は肩を跳ねさせた。

振り返ると、そこには会社の後輩、橘が立っていた。

相変わらず無愛想な顔。

背が高くて、愛想笑いのひとつもないため、どことなく威圧的な空気を放っている。だが顔は整っており、社内の女性社員の間ではかっこいいと評判らしい。


「お前こそ。帰ったんじゃなかったの」


「財布忘れて、取りに戻ってました」


「あー、財布か。確かに無いと困るな」


橘はそれだけ言って、藤崎の手にある袋を見た。


「またカップ麺ですか」


「別にいいだろ」


「良くないです」


言い方が妙にきっぱりしていて、藤崎は苦笑した。



初めて会った頃は、正直かなり苦手だった。

目は合わないし、会話は続かないし、何考えてるのか分からない。

頼まれた仕事は完璧にやるくせに、打ち上げにも来ない。

「感じ悪いやつだな」が、最初の印象だった。


しかし藤崎が深夜まで残業していれば、橘は何も言わずにコーヒーを置いていく。

重い荷物を持っていれば、無言で半分持っていく。

仕事を多く抱えてると、他の雑務をさりげなく取っていく。

体調を崩しながら仕事をしていた時は、「飯だけ食ってください」と言ってゼリーやスポーツドリンクを置いて帰った。


さりげない優しさに触れるうちに、気がつけば社内で一番親しい後輩となり、橘が近くにいることは当たり前になっていた。

じわりと生活に染み込んでくるみたいに。


「……橘ってさ」


「はい」


「なんでそんなに俺のこと気にするの」


聞いた瞬間、橘の動きが止まった。


コンビニの白い光が、静かに横顔を照らす。


「別に」


「いや絶対別にじゃないだろ」


「藤崎先輩、危なっかしいんで」


「何それ」


「放っとくと、飯食わないし寝ないし、自分のこと雑に扱うから」


淡々とした声だった。


でも、その言葉だけ妙に熱があった。


藤崎は少し困って笑った。


「母親みたい」


すると橘は、珍しく眉を寄せた。


「そういうつもりじゃないです」


その返し方があまりに真剣で、藤崎は一瞬黙る。


夜風が吹いた。


駅前の街路樹が揺れて、濡れた葉が擦れる音がする。


橘はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……先輩、多分、自分が思ってるよりずっと人に好かれますよ」


「は?」


「なんでそんな無防備なんですか」


「いや、急になに」


「今日だって、先輩が責任取る必要ないのに。ミスした本人に全部やらせればよかったじゃないですか」


「や、さすがに体調悪そうな後輩置いて帰れないだろ…。」


「優しいし、ちゃんと人見てるし、無理して笑うし」


ぽつぽつと落ちる声は、独り言みたいだった。

でも藤崎は、その言葉が全部、自分を長く見ていなければ出てこないことに気づいてしまった。


胸の奥が、変にざわつく。


「……お前、俺のこと好きなの」


落ち着かない雰囲気を変えたくて、冗談を言ったつもりだったのに、橘は否定しなかった。


その代わり、諦めたみたいに目を伏せて、


「今さらですか」


とポツリとこぼす。


その瞬間、藤崎は初めて知った。


橘はきっと、かなり前から藤崎を見ていたのだと。

藤崎は、しばらく何も言えなかった。


駅前を走る車の音だけが遠くに聞こえる。

コンビニの自動ドアが開くたび、温かい空気がふわっと漏れてきた。


橘は気まずそうに視線を逸らしたまま、低く呟く。


「……引きました?」

「いや」


藤崎は反射的に答えて、それから困ったように笑った。


「びっくりしただけ」


それは本音だった。

橘が自分を気にかけているのは知っていた。

でもそれを、好意として考えたことはなかった。

というより、考えないようにしていたのかもしれない。


だって橘は、きっと誰に対してもあんな感じだと思ってたから。

無愛想で、不器用で、でも妙におせっかいで。

人を放っておけない優しい奴なのだろうと思っていた。


だから、自分だけが特別だなんて思わなかったのだ。

——思わなかった、はずなのに。


「……先輩」


「ん?」


「困らせたいわけじゃないんです」


橘は珍しく弱った顔をしていた。


「ただ、俺、もう普通の後輩のフリできそうになくて」


その言い方に、藤崎の胸が少し苦しくなる。


橘は多分、ずっと隠していたんだろう。

自分の視線も、独占欲も、全部。

そういうのを上手く出せるタイプじゃない。

むしろ、一人で抱え込んで耐える側の人間だ。


藤崎はコンビニ袋を持ち直しながら、小さく息を吐いた。


「……なんで俺なの」


「は?」


「いや、だって。もっといるだろ。お前モテるし」

「興味ないです」


即答だった。


「先輩以外」


あまりにも迷いがなくて、藤崎は思わず黙る。

橘は淡々としているくせに、こういう時だけ言葉が重い。

逃げ場を塞ぐみたいに真っ直ぐだ。


「俺、先輩が思ってるよりずっと、先輩のこと見てます」


橘の視線がゆっくり上がる。


「自分の方が仕事多いくせに、困ってる人いたら仕事手伝ったりとか。嫌なことあっても笑って誤魔化すとことか。社内の空気悪い時は明るく振る舞うとことか。疲れてる時も絶対態度に出さないし、そのくせ他人の不調にはすぐ気がつくし。」


静かな声だった。

でも、一つ一つがやけに深く刺さる。


「今日だって、先輩も体調悪そうなのに人のミス庇って無理してるし。そういう姿見ると、放っとけなかった」


その言葉に、藤崎は目を見開いた。

そうだ、自分も朝から少し体調が悪かったのだ。


そんなふうに見られていたなんて知らなかった。

いや、多分、気づいていた。

気づいていたのに、見ないふりをしていた。

だって怖かったから。

誰かに自分を深く知られるのは、少し怖い。


「……重」


誤魔化すみたいにそう言うと、橘は少しだけ笑った。


「はい。自覚あります」

「怖ぇよ」

「知ってます」

「否定しろよ」

「無理です」


その返しがあまりに橘らしくて、藤崎はとうとう吹き出した。

笑いながら、胸の奥がじわじわ熱くなる。


ああ、俺、こいつといると楽なんだ。

今さらみたいに、そんなことを思う。


橘はそんな藤崎をじっと見ていた。

静かで、熱っぽい目だった。

まるで長い間、ずっと探していたものを見つけたみたいな顔。


じっと見られるのが、こんなに恥ずかしいなんて。

とうとう視線に耐えきれなくなって、藤崎は小さくぼやく。


「……そんな見るな」

「無理です」

「だから怖いって」

「すみません」


全然悪いと思ってなさそうに言う。


藤崎は困ったように笑って、それから少しだけ逡巡して、


「……今日、うち来る?」


と呟いた。


その瞬間、橘の表情が固まった。


「2つ隣の駅だから。タクシー呼べばすぐだし。」

「それ、どういう意味で」

「どういう意味だと思う?」


少し意地悪く返すと、橘は数秒黙り込み、やがて片手で顔を覆った。

耳が、赤い。

藤崎はその反応を見て、初めて思った。

ああ、こいつ、案外余裕ないんだ。


橘が顔を覆ったまま動かなくなって、藤崎は思わず笑った。


「なにその反応」

「……先輩のせいです」

「俺?」

「そうやって無自覚に煽るの、ほんとやめてください」


低い声だった。

けどどこか切羽詰まっていて、藤崎は胸の奥が妙にざわつく。


今までずっと、橘の方が余裕あると思っていた。

感情を見せないし、冷静だし、何考えてるか分からない。


でも違ったのだ。

こいつはただ、必死に抑えていただけなんだ。


「……来るの、来ないの」


藤崎がそう言うと、橘はゆっくり手を下ろした。

その目が、さっきよりずっと危うい。


「行きます」





藤崎の部屋は、本人の性格そのままみたいな部屋だった。

片付いていて、不要な物は置かないようにしている。

でも本棚の横には読みかけの本が積まれ、机には開きっぱなしの資料、ソファには脱ぎっぱなしのパーカー。


「座って適当にくつろいどいて」


そう言って藤崎はキッチンに向かった。

後ろから視線を感じる。

ものすごく。


「……橘」

「はい」

「見すぎ」

「すみません」


謝りながら全然逸らさない。

藤崎は冷蔵庫を開けながら苦笑した。


「酒飲む?」

「飲みます」

「なんか今日は素直だな」

「余裕ないんで」


またそんなことを真顔で言う。

でも不思議と嫌じゃなかった。


適当に缶を二本持って戻ると、橘はソファに座ったまま藤崎を見上げた。

隣に座ったものの、その目が静かすぎて、藤崎は少し落ち着かなくなる。


「……そんな見られると飲みにくいんだけど」

「すみません」

「絶対思ってないだろ」

「思ってます」

「嘘つけ」


缶を渡すと、橘の指が少しだけ藤崎の手に触れた。

熱い。

その一瞬だけで、変に意識してしまう。


沈黙が落ちた。

気まずいわけじゃない。

むしろ、静かな心地よさがある。

橘は缶を持ったまま、ぽつりと言った。


「先輩」

「ん」

「俺、結構限界です」

「何が」

「ずっと触りたかった」


藤崎の喉が詰まる。

橘は酔っているわけでもないのに、言葉だけが妙に熱っぽかった。


「でも嫌がられたら終わるから、我慢してました」

「……」

「先輩、多分自分で思ってるより無防備ですよ」


その言い方があまりに切実で、藤崎は目を逸らした。

なんでこんなに、自分を欲しがるんだろう。

理解できない。

でも、嬉しい。

誰かにここまで求められることなんて、今までなかった。


「……橘」

「はい」

「お前、俺のこと好きすぎじゃない?」


すると橘は少し黙って、それから静かに笑った。


「今さら気づいたんですか」


その笑い方が、ずっと片想いしていた人の顔で。

藤崎の胸は、痛いくらいに熱くなった。


藤崎は、心臓がうるさいのを誤魔化すみたいに缶を口元へ持っていった。

でも全然味が分からない。

隣にいる橘の熱が近すぎて、それどころじゃなかった。


「先輩、自分がどれだけ人たらしか分かってない」


「人たらし?」


「無意識に優しいし、距離近いし、期待させるし」


「そんなことしてるつもりないけど」

「してます」


即答だった。


橘は少しだけ苦そうに笑う。


「俺、最初ほんと苦手だったんですよ」


「えっ」


「誰にでも優しいから」


その言葉に、藤崎は目を瞬かせた。


橘は視線を落としたまま続ける。


「先輩って、みんなのことちゃんと見てるじゃないですか。困ってたら放っとかないし。誰かが傷ついてたら気づくし」


静かな声だった。


「だから最初、こういう人しんどいって思ってました」


「なんでだよ」


「期待するからです」


その一言が、やけに深く落ちる。


橘は指先で藤崎の手を軽く撫でた。

人から触れられたのは久々で、思わずびくりとする。


橘は止めることなく、触れるか触れないかの優しさで、ゆっくりと手の甲を撫でている。


「でも気づいたら、先輩が笑ってるかとか、ちゃんと飯食ってるかとか、そんなんばっか気にするようになって」


「……」


「俺だけ見てほしいって思うようになった」


あまりにも真っ直ぐな独占欲だった。


ゆっくりと撫でていた手を、強く握られる。


藤崎の喉が小さく鳴った。

こんなふうに求められるの、正直かなりまずい。


嬉しくて、逃げたくて、でももっと聞きたい。

ぐちゃぐちゃになる。


「橘」


「はい」


「お前、そんな熱い告白できる奴だったんだな」


もっと淡白な奴かと思ってた、とこぼすと、橘は少し笑った。


「そうですよ。先輩がどうしても欲しいので」


その返しがずるい。


藤崎は思わず顔を覆った。


恥ずかしい。


なのに橘はそんな藤崎を見て、どうしようもなく愛しいものを見る顔をする。


「……ほんとかわいい」


「うるさい」


「普段あんなちゃんとしてるのに、照れると弱いの反則です」


「お前今日ほんとよく喋るな」


「止まらない」


橘はそう言って、そっと藤崎の髪に触れた。


びっくりするくらい優しい手つきだった。


まるで壊れものみたいに丁寧で、長い間ずっと触れたかったのが伝わってくる。


藤崎は抵抗できなかった。


むしろ、うなじを撫でるその手が気持ちよくて、少し目を細めてしまう。


その瞬間、橘が小さく息を呑む。


「……無理」


「何が」


「かわいすぎる」


「お前語彙それしかないんか」


「先輩が悪い」


橘は困ったように笑いながら、今度はそっと藤崎の頬を撫でた。


親指が肌をなぞる。


触れ方が優しすぎて、胸が苦しくなる。


「大事にしたい」


ぽつりと落ちた声は、独り言みたいだった。


でもその熱だけは、痛いほど伝わった。

藤崎はもう、視線を逸らせなかった。


橘の大事にしたいという声が、やけに静かに胸へ残り、藤崎はしばらく何も言えなかった。


こんなふうに誰かに真っ直ぐ好かれるなんて、想像したこともなかったから。


しかもただ甘やかすだけじゃない。

藤崎の弱さも、不器用さも、自分を見せられない臆病な性格も、多分全部見抜いた上で、それでも欲しいと言ってくれている。


それが、どうしようもなく嬉しかった。


「……なぁ、橘」


「はい」


「いつから俺のこと好きだった?」


橘は少し考えて、それから困ったように笑った。


「もう覚えてないです」


「嘘つけ」


「ほんとです。気づいたらずっと見てました」


そう言って、橘は藤崎の額へそっと触れ、目にかかっていた前髪を優しく払い、じっと見つめてくる。


距離が近い。

でも不思議と怖くない。

むしろ、安心する。


「先輩」


「ん」


「俺、多分かなり執着しますよ」


「知ってる」


「重いですよ」


「それも知ってる」


藤崎が笑うと、橘は少しだけ目を細めた。

その顔が、初めて見るくらい柔らかかった。


「……逃げません?」


「逃げるなら家呼ばないだろ」


その返事を聞いた瞬間、橘の表情が崩れた。

嬉しそうで、苦しそうで、ずっと我慢してた人の顔だった。

次の瞬間、ぐっと抱き寄せられる。


強い腕だった。


でも苦しくないように、ちゃんと力加減してるのが分かる。

藤崎はその胸に額を預けながら、小さく笑う。


「ほんと、お前俺のこと好きすぎ」


「はい」


「即答すな」


「だって事実なんで」


低い声が頭の上から落ちてくる。


心地いい。

橘の鼓動が近い。

こんな安心感、知らなかった。


しばらくそのまま抱きしめられていた藤崎は、ふと小さく呟く。


「……俺も、多分お前のこと好き」


その瞬間、橘の腕に力が入った。


「“多分”?」


「うるさい」


「ちゃんと言ってください」


「めんどくさ……」


「言うまで離しません」


藤崎は思わず吹き出した。

さっきまであんな余裕なさそうだったくせに、こういうところだけ妙に強気だ。


でも、その必死さが愛おしい。


藤崎は少しだけ顔を上げて、照れ隠しみたいに呟いた。


「……好き。これでいい?」


一瞬、橘が固まる。

それから耐えきれないみたいに藤崎の肩へ顔を埋めた。


「やばい」

「何が」

「今、人生で一番幸せかもしれません」

「大げさ」

「先輩のおかげです」


橘はそう言いながら、藤崎の髪を優しく撫でる。

その手は相変わらず、びっくりするくらい丁寧だった。

藤崎は目を閉じる。


ああ、多分。

こういうふうに、誰かに見つけて欲しかったんだと思った。


橘はしばらく藤崎を抱きしめたまま動かなかった。

まるで、離したら消えてしまうみたいに。

藤崎はそんな橘の背中を軽く叩く。


「……苦しい」

「あ、すみません」


慌てて少し腕の力を緩める。

でも離れない。

藤崎は思わず笑った。


「ほんと離れる気ないな」

「ないです」


即答だった。


橘は少しだけ身体を離して、近い距離のまま藤崎を見つめる。

静かな目。

でも、その奥だけひどく熱い。


「先輩」

「ん?」

「キスしてもいいですか」


その聞き方があまりに真面目で、藤崎は吹き出しそうになる。


「律儀かよ」


「大事なんで」


「……今さらだろ」


藤崎が小さくそう返すと、橘の喉がわずかに動いた。

また頬に手が添えられ、耳の輪郭をゆっくりとなぞられ、思わず声が漏れる。


「ん…っ、や、くすぐったい…」


触れ方がひどく優しく繊細で、ささいな刺激を拾って感覚が鋭くなっていくのが分かる。


ずっと欲しかったものに、やっと触れるみたいだった。

橘は一瞬だけ迷うように目を伏せ、それからそっと唇を重ねる。


軽いキスだった。


でも、触れた瞬間、橘の感情が全部流れ込んでくるみたいで、藤崎の胸がぎゅっと苦しくなる。


離れたあとも、額が触れそうなくらい近い。

橘は呼吸を乱したまま、小さく呟いた。


「……やばい」


「何が」


「好きな人とキスできるって、こんな無理なんですね」


「お前ほんと重いな」


「今さらです」


そう言いながら、橘はもう一度、今度は深く唇を合わせてきた。

橘は、二度目のキスのあとも離れず、三度、四度と唇を合わせてくる。


唇が触れ合うたび、抱え込んでいた感情が少しずつ溢れてくるみたいで、呼吸が乱れていく。


藤崎はソファに押し倒される形になりながら、小さく笑った。


「……お前、絶対余裕あるタイプだと思ってた」


すると橘は、額を寄せたまま低く返す。


「あるわけないです」


その声が少し震えていて、藤崎の胸がきゅっとなる。

橘の指が、恐る恐るみたいに藤崎の頬を撫で、シャツのボタンを外しながら鎖骨をたどる。

好きで好きで仕方ないものに触れる時の手だった。


「先輩」

「ん……」

「俺、ずっと我慢してたんです」


唇がまた触れる。

優しいのに、熱が深い。


「触りたいのも、抱きしめたいのも、俺だけ見てほしいのも」


言葉の一つ一つが重い。

でも藤崎は、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ、その執着に包まれていると安心する。

橘は藤崎の髪へ指を通しながら、小さく息を吐く。


「……好きすぎて、ほんと困る」

「知らねぇよ……」


照れ隠しみたいに返すと、橘は少し笑った。

その笑い方が、嬉しさを隠しきれていなくて、藤崎の胸がまた熱くなる。


橘の指先が、ゆっくり藤崎の首筋をなぞる。

そのまま下へとゆっくりと降りていき、

乳首の周りをなぞり、ふいに指先が乳頭に触れた。


触れられた場所から熱が広がっていくみたいで、藤崎は思わず肩を揺らした。

すると橘がぴたりと動きを止める。


「……嫌でした?」

「ちが、そうじゃなくて」


藤崎は耳まで熱くなりながら視線を逸らす。


「…慣れてないだけ」


その瞬間、橘の表情が崩れた。

嬉しそうで、愛しそうで、少し苦しそうな顔。


「かわいい……」

「またそれ」

「だって今の反応、反則です」


橘はそう呟きながら、藤崎をそっと抱き寄せる。

今度は壊れものみたいじゃなかった。

離したくないものを抱える腕だった。


片腕で抱きしめられたまま、背中や腰、脇腹を撫でられ、敏感な部分を探られる。

焦らすようなキスも、耳たぶ、首筋、鎖骨と徐々に際どい部分に降りていき、体の熱ばかりが高まっていく。


「っん、ぁ…」


恥ずかしすぎて、頭がおかしくなりそうだ。

藤崎は快感に耐えるように目をぎゅっと瞑ったまま、このまま最後までするのか、今からでもシャワー浴びた方が…、いやでも雰囲気が、と軽く混乱していると、ふと橘が笑う気配がした。


恐る恐る目を開けると、優しい眼差しで見つめられていた。


「今日は触るだけにしましょう」


「ん、触るだけ…?」


「ほら、色々準備とかあるし。急に挿れても先輩痛い思いしますよ。ゆっくり慣らしていきましょう」


自分の欲望より藤崎を優先してくれるのかと、嬉しさと愛おしさで胸がいっぱいになる。


「………ん、わかった」


照れ臭くてそっけない反応を返すも、おそらく見抜かれているのだろう。

困ったような愛おしいような顔で、瞼やおでこにキスをおとされる。


「ほんと、かわいい」

「…なんか、悔しい。お前の方が年下のくせに」


「先輩、普段は人を甘やかしてばっかじゃないですか。先輩を甘やかせるのは俺だけの特権なんで」


なんでこんなにも優しい言葉をくれるのだろうか。

見つけてもらえた事が嬉しくて、自分を好きになってくれた奇跡に、泣きそうになる。


藤崎はゆっくりと橘の背に腕を回し、ギュッと抱きしめた。


「ありがとな、好きになってくれて。


これからもよろしく」

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