きっと、かなり前から
ムーンライトノベルズでも掲載してます!
※R18シーンあり
雨上がりのアスファルトは、夜になると少しだけ匂いが甘くなる。
終電を逃した駅前で、藤崎はコンビニの袋を片手にぼんやり空を見ていた。
五月とはいえ夜風は冷たく、薄いシャツ一枚では少し寒い。
急なトラブルに見舞われ、対応に追われた一日だった。
思いの外時間が掛かってしまったな、とため息をつく。
自分が起こしたトラブルではないし、まだ責任を取る立場でもないので、本来は当事者か上司に任せておけばいいのだ。
しかし当事者である後輩は朝から体調が悪そうで見てられず、「後はやっとくから」と早々に帰してしまった。
自分が請け負った手前他のメンバーや上司は巻き込めず、ひとりで対応を終える頃には終電には間に合わない時間だった。
明日は休みだから帰宅を急ぐ必要もないが、歩くのは少し面倒だ。けれど近い距離をわざわざタクシーで帰るのも贅沢か、とうつらうつら悩んでいると
「……こんな時間まで残ってたんですか」
背後から声がして、藤崎は肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには会社の後輩、橘が立っていた。
相変わらず無愛想な顔。
背が高くて、愛想笑いのひとつもないため、どことなく威圧的な空気を放っている。だが顔は整っており、社内の女性社員の間ではかっこいいと評判らしい。
「お前こそ。帰ったんじゃなかったの」
「財布忘れて、取りに戻ってました」
「あー、財布か。確かに無いと困るな」
橘はそれだけ言って、藤崎の手にある袋を見た。
「またカップ麺ですか」
「別にいいだろ」
「良くないです」
言い方が妙にきっぱりしていて、藤崎は苦笑した。
初めて会った頃は、正直かなり苦手だった。
目は合わないし、会話は続かないし、何考えてるのか分からない。
頼まれた仕事は完璧にやるくせに、打ち上げにも来ない。
「感じ悪いやつだな」が、最初の印象だった。
しかし藤崎が深夜まで残業していれば、橘は何も言わずにコーヒーを置いていく。
重い荷物を持っていれば、無言で半分持っていく。
仕事を多く抱えてると、他の雑務をさりげなく取っていく。
体調を崩しながら仕事をしていた時は、「飯だけ食ってください」と言ってゼリーやスポーツドリンクを置いて帰った。
さりげない優しさに触れるうちに、気がつけば社内で一番親しい後輩となり、橘が近くにいることは当たり前になっていた。
じわりと生活に染み込んでくるみたいに。
「……橘ってさ」
「はい」
「なんでそんなに俺のこと気にするの」
聞いた瞬間、橘の動きが止まった。
コンビニの白い光が、静かに横顔を照らす。
「別に」
「いや絶対別にじゃないだろ」
「藤崎先輩、危なっかしいんで」
「何それ」
「放っとくと、飯食わないし寝ないし、自分のこと雑に扱うから」
淡々とした声だった。
でも、その言葉だけ妙に熱があった。
藤崎は少し困って笑った。
「母親みたい」
すると橘は、珍しく眉を寄せた。
「そういうつもりじゃないです」
その返し方があまりに真剣で、藤崎は一瞬黙る。
夜風が吹いた。
駅前の街路樹が揺れて、濡れた葉が擦れる音がする。
橘はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……先輩、多分、自分が思ってるよりずっと人に好かれますよ」
「は?」
「なんでそんな無防備なんですか」
「いや、急になに」
「今日だって、先輩が責任取る必要ないのに。ミスした本人に全部やらせればよかったじゃないですか」
「や、さすがに体調悪そうな後輩置いて帰れないだろ…。」
「優しいし、ちゃんと人見てるし、無理して笑うし」
ぽつぽつと落ちる声は、独り言みたいだった。
でも藤崎は、その言葉が全部、自分を長く見ていなければ出てこないことに気づいてしまった。
胸の奥が、変にざわつく。
「……お前、俺のこと好きなの」
落ち着かない雰囲気を変えたくて、冗談を言ったつもりだったのに、橘は否定しなかった。
その代わり、諦めたみたいに目を伏せて、
「今さらですか」
とポツリとこぼす。
その瞬間、藤崎は初めて知った。
橘はきっと、かなり前から藤崎を見ていたのだと。
藤崎は、しばらく何も言えなかった。
駅前を走る車の音だけが遠くに聞こえる。
コンビニの自動ドアが開くたび、温かい空気がふわっと漏れてきた。
橘は気まずそうに視線を逸らしたまま、低く呟く。
「……引きました?」
「いや」
藤崎は反射的に答えて、それから困ったように笑った。
「びっくりしただけ」
それは本音だった。
橘が自分を気にかけているのは知っていた。
でもそれを、好意として考えたことはなかった。
というより、考えないようにしていたのかもしれない。
だって橘は、きっと誰に対してもあんな感じだと思ってたから。
無愛想で、不器用で、でも妙におせっかいで。
人を放っておけない優しい奴なのだろうと思っていた。
だから、自分だけが特別だなんて思わなかったのだ。
——思わなかった、はずなのに。
「……先輩」
「ん?」
「困らせたいわけじゃないんです」
橘は珍しく弱った顔をしていた。
「ただ、俺、もう普通の後輩のフリできそうになくて」
その言い方に、藤崎の胸が少し苦しくなる。
橘は多分、ずっと隠していたんだろう。
自分の視線も、独占欲も、全部。
そういうのを上手く出せるタイプじゃない。
むしろ、一人で抱え込んで耐える側の人間だ。
藤崎はコンビニ袋を持ち直しながら、小さく息を吐いた。
「……なんで俺なの」
「は?」
「いや、だって。もっといるだろ。お前モテるし」
「興味ないです」
即答だった。
「先輩以外」
あまりにも迷いがなくて、藤崎は思わず黙る。
橘は淡々としているくせに、こういう時だけ言葉が重い。
逃げ場を塞ぐみたいに真っ直ぐだ。
「俺、先輩が思ってるよりずっと、先輩のこと見てます」
橘の視線がゆっくり上がる。
「自分の方が仕事多いくせに、困ってる人いたら仕事手伝ったりとか。嫌なことあっても笑って誤魔化すとことか。社内の空気悪い時は明るく振る舞うとことか。疲れてる時も絶対態度に出さないし、そのくせ他人の不調にはすぐ気がつくし。」
静かな声だった。
でも、一つ一つがやけに深く刺さる。
「今日だって、先輩も体調悪そうなのに人のミス庇って無理してるし。そういう姿見ると、放っとけなかった」
その言葉に、藤崎は目を見開いた。
そうだ、自分も朝から少し体調が悪かったのだ。
そんなふうに見られていたなんて知らなかった。
いや、多分、気づいていた。
気づいていたのに、見ないふりをしていた。
だって怖かったから。
誰かに自分を深く知られるのは、少し怖い。
「……重」
誤魔化すみたいにそう言うと、橘は少しだけ笑った。
「はい。自覚あります」
「怖ぇよ」
「知ってます」
「否定しろよ」
「無理です」
その返しがあまりに橘らしくて、藤崎はとうとう吹き出した。
笑いながら、胸の奥がじわじわ熱くなる。
ああ、俺、こいつといると楽なんだ。
今さらみたいに、そんなことを思う。
橘はそんな藤崎をじっと見ていた。
静かで、熱っぽい目だった。
まるで長い間、ずっと探していたものを見つけたみたいな顔。
じっと見られるのが、こんなに恥ずかしいなんて。
とうとう視線に耐えきれなくなって、藤崎は小さくぼやく。
「……そんな見るな」
「無理です」
「だから怖いって」
「すみません」
全然悪いと思ってなさそうに言う。
藤崎は困ったように笑って、それから少しだけ逡巡して、
「……今日、うち来る?」
と呟いた。
その瞬間、橘の表情が固まった。
「2つ隣の駅だから。タクシー呼べばすぐだし。」
「それ、どういう意味で」
「どういう意味だと思う?」
少し意地悪く返すと、橘は数秒黙り込み、やがて片手で顔を覆った。
耳が、赤い。
藤崎はその反応を見て、初めて思った。
ああ、こいつ、案外余裕ないんだ。
橘が顔を覆ったまま動かなくなって、藤崎は思わず笑った。
「なにその反応」
「……先輩のせいです」
「俺?」
「そうやって無自覚に煽るの、ほんとやめてください」
低い声だった。
けどどこか切羽詰まっていて、藤崎は胸の奥が妙にざわつく。
今までずっと、橘の方が余裕あると思っていた。
感情を見せないし、冷静だし、何考えてるか分からない。
でも違ったのだ。
こいつはただ、必死に抑えていただけなんだ。
「……来るの、来ないの」
藤崎がそう言うと、橘はゆっくり手を下ろした。
その目が、さっきよりずっと危うい。
「行きます」
藤崎の部屋は、本人の性格そのままみたいな部屋だった。
片付いていて、不要な物は置かないようにしている。
でも本棚の横には読みかけの本が積まれ、机には開きっぱなしの資料、ソファには脱ぎっぱなしのパーカー。
「座って適当にくつろいどいて」
そう言って藤崎はキッチンに向かった。
後ろから視線を感じる。
ものすごく。
「……橘」
「はい」
「見すぎ」
「すみません」
謝りながら全然逸らさない。
藤崎は冷蔵庫を開けながら苦笑した。
「酒飲む?」
「飲みます」
「なんか今日は素直だな」
「余裕ないんで」
またそんなことを真顔で言う。
でも不思議と嫌じゃなかった。
適当に缶を二本持って戻ると、橘はソファに座ったまま藤崎を見上げた。
隣に座ったものの、その目が静かすぎて、藤崎は少し落ち着かなくなる。
「……そんな見られると飲みにくいんだけど」
「すみません」
「絶対思ってないだろ」
「思ってます」
「嘘つけ」
缶を渡すと、橘の指が少しだけ藤崎の手に触れた。
熱い。
その一瞬だけで、変に意識してしまう。
沈黙が落ちた。
気まずいわけじゃない。
むしろ、静かな心地よさがある。
橘は缶を持ったまま、ぽつりと言った。
「先輩」
「ん」
「俺、結構限界です」
「何が」
「ずっと触りたかった」
藤崎の喉が詰まる。
橘は酔っているわけでもないのに、言葉だけが妙に熱っぽかった。
「でも嫌がられたら終わるから、我慢してました」
「……」
「先輩、多分自分で思ってるより無防備ですよ」
その言い方があまりに切実で、藤崎は目を逸らした。
なんでこんなに、自分を欲しがるんだろう。
理解できない。
でも、嬉しい。
誰かにここまで求められることなんて、今までなかった。
「……橘」
「はい」
「お前、俺のこと好きすぎじゃない?」
すると橘は少し黙って、それから静かに笑った。
「今さら気づいたんですか」
その笑い方が、ずっと片想いしていた人の顔で。
藤崎の胸は、痛いくらいに熱くなった。
藤崎は、心臓がうるさいのを誤魔化すみたいに缶を口元へ持っていった。
でも全然味が分からない。
隣にいる橘の熱が近すぎて、それどころじゃなかった。
「先輩、自分がどれだけ人たらしか分かってない」
「人たらし?」
「無意識に優しいし、距離近いし、期待させるし」
「そんなことしてるつもりないけど」
「してます」
即答だった。
橘は少しだけ苦そうに笑う。
「俺、最初ほんと苦手だったんですよ」
「えっ」
「誰にでも優しいから」
その言葉に、藤崎は目を瞬かせた。
橘は視線を落としたまま続ける。
「先輩って、みんなのことちゃんと見てるじゃないですか。困ってたら放っとかないし。誰かが傷ついてたら気づくし」
静かな声だった。
「だから最初、こういう人しんどいって思ってました」
「なんでだよ」
「期待するからです」
その一言が、やけに深く落ちる。
橘は指先で藤崎の手を軽く撫でた。
人から触れられたのは久々で、思わずびくりとする。
橘は止めることなく、触れるか触れないかの優しさで、ゆっくりと手の甲を撫でている。
「でも気づいたら、先輩が笑ってるかとか、ちゃんと飯食ってるかとか、そんなんばっか気にするようになって」
「……」
「俺だけ見てほしいって思うようになった」
あまりにも真っ直ぐな独占欲だった。
ゆっくりと撫でていた手を、強く握られる。
藤崎の喉が小さく鳴った。
こんなふうに求められるの、正直かなりまずい。
嬉しくて、逃げたくて、でももっと聞きたい。
ぐちゃぐちゃになる。
「橘」
「はい」
「お前、そんな熱い告白できる奴だったんだな」
もっと淡白な奴かと思ってた、とこぼすと、橘は少し笑った。
「そうですよ。先輩がどうしても欲しいので」
その返しがずるい。
藤崎は思わず顔を覆った。
恥ずかしい。
なのに橘はそんな藤崎を見て、どうしようもなく愛しいものを見る顔をする。
「……ほんとかわいい」
「うるさい」
「普段あんなちゃんとしてるのに、照れると弱いの反則です」
「お前今日ほんとよく喋るな」
「止まらない」
橘はそう言って、そっと藤崎の髪に触れた。
びっくりするくらい優しい手つきだった。
まるで壊れものみたいに丁寧で、長い間ずっと触れたかったのが伝わってくる。
藤崎は抵抗できなかった。
むしろ、うなじを撫でるその手が気持ちよくて、少し目を細めてしまう。
その瞬間、橘が小さく息を呑む。
「……無理」
「何が」
「かわいすぎる」
「お前語彙それしかないんか」
「先輩が悪い」
橘は困ったように笑いながら、今度はそっと藤崎の頬を撫でた。
親指が肌をなぞる。
触れ方が優しすぎて、胸が苦しくなる。
「大事にしたい」
ぽつりと落ちた声は、独り言みたいだった。
でもその熱だけは、痛いほど伝わった。
藤崎はもう、視線を逸らせなかった。
橘の大事にしたいという声が、やけに静かに胸へ残り、藤崎はしばらく何も言えなかった。
こんなふうに誰かに真っ直ぐ好かれるなんて、想像したこともなかったから。
しかもただ甘やかすだけじゃない。
藤崎の弱さも、不器用さも、自分を見せられない臆病な性格も、多分全部見抜いた上で、それでも欲しいと言ってくれている。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「……なぁ、橘」
「はい」
「いつから俺のこと好きだった?」
橘は少し考えて、それから困ったように笑った。
「もう覚えてないです」
「嘘つけ」
「ほんとです。気づいたらずっと見てました」
そう言って、橘は藤崎の額へそっと触れ、目にかかっていた前髪を優しく払い、じっと見つめてくる。
距離が近い。
でも不思議と怖くない。
むしろ、安心する。
「先輩」
「ん」
「俺、多分かなり執着しますよ」
「知ってる」
「重いですよ」
「それも知ってる」
藤崎が笑うと、橘は少しだけ目を細めた。
その顔が、初めて見るくらい柔らかかった。
「……逃げません?」
「逃げるなら家呼ばないだろ」
その返事を聞いた瞬間、橘の表情が崩れた。
嬉しそうで、苦しそうで、ずっと我慢してた人の顔だった。
次の瞬間、ぐっと抱き寄せられる。
強い腕だった。
でも苦しくないように、ちゃんと力加減してるのが分かる。
藤崎はその胸に額を預けながら、小さく笑う。
「ほんと、お前俺のこと好きすぎ」
「はい」
「即答すな」
「だって事実なんで」
低い声が頭の上から落ちてくる。
心地いい。
橘の鼓動が近い。
こんな安心感、知らなかった。
しばらくそのまま抱きしめられていた藤崎は、ふと小さく呟く。
「……俺も、多分お前のこと好き」
その瞬間、橘の腕に力が入った。
「“多分”?」
「うるさい」
「ちゃんと言ってください」
「めんどくさ……」
「言うまで離しません」
藤崎は思わず吹き出した。
さっきまであんな余裕なさそうだったくせに、こういうところだけ妙に強気だ。
でも、その必死さが愛おしい。
藤崎は少しだけ顔を上げて、照れ隠しみたいに呟いた。
「……好き。これでいい?」
一瞬、橘が固まる。
それから耐えきれないみたいに藤崎の肩へ顔を埋めた。
「やばい」
「何が」
「今、人生で一番幸せかもしれません」
「大げさ」
「先輩のおかげです」
橘はそう言いながら、藤崎の髪を優しく撫でる。
その手は相変わらず、びっくりするくらい丁寧だった。
藤崎は目を閉じる。
ああ、多分。
こういうふうに、誰かに見つけて欲しかったんだと思った。
橘はしばらく藤崎を抱きしめたまま動かなかった。
まるで、離したら消えてしまうみたいに。
藤崎はそんな橘の背中を軽く叩く。
「……苦しい」
「あ、すみません」
慌てて少し腕の力を緩める。
でも離れない。
藤崎は思わず笑った。
「ほんと離れる気ないな」
「ないです」
即答だった。
橘は少しだけ身体を離して、近い距離のまま藤崎を見つめる。
静かな目。
でも、その奥だけひどく熱い。
「先輩」
「ん?」
「キスしてもいいですか」
その聞き方があまりに真面目で、藤崎は吹き出しそうになる。
「律儀かよ」
「大事なんで」
「……今さらだろ」
藤崎が小さくそう返すと、橘の喉がわずかに動いた。
また頬に手が添えられ、耳の輪郭をゆっくりとなぞられ、思わず声が漏れる。
「ん…っ、や、くすぐったい…」
触れ方がひどく優しく繊細で、ささいな刺激を拾って感覚が鋭くなっていくのが分かる。
ずっと欲しかったものに、やっと触れるみたいだった。
橘は一瞬だけ迷うように目を伏せ、それからそっと唇を重ねる。
軽いキスだった。
でも、触れた瞬間、橘の感情が全部流れ込んでくるみたいで、藤崎の胸がぎゅっと苦しくなる。
離れたあとも、額が触れそうなくらい近い。
橘は呼吸を乱したまま、小さく呟いた。
「……やばい」
「何が」
「好きな人とキスできるって、こんな無理なんですね」
「お前ほんと重いな」
「今さらです」
そう言いながら、橘はもう一度、今度は深く唇を合わせてきた。
橘は、二度目のキスのあとも離れず、三度、四度と唇を合わせてくる。
唇が触れ合うたび、抱え込んでいた感情が少しずつ溢れてくるみたいで、呼吸が乱れていく。
藤崎はソファに押し倒される形になりながら、小さく笑った。
「……お前、絶対余裕あるタイプだと思ってた」
すると橘は、額を寄せたまま低く返す。
「あるわけないです」
その声が少し震えていて、藤崎の胸がきゅっとなる。
橘の指が、恐る恐るみたいに藤崎の頬を撫で、シャツのボタンを外しながら鎖骨をたどる。
好きで好きで仕方ないものに触れる時の手だった。
「先輩」
「ん……」
「俺、ずっと我慢してたんです」
唇がまた触れる。
優しいのに、熱が深い。
「触りたいのも、抱きしめたいのも、俺だけ見てほしいのも」
言葉の一つ一つが重い。
でも藤崎は、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、その執着に包まれていると安心する。
橘は藤崎の髪へ指を通しながら、小さく息を吐く。
「……好きすぎて、ほんと困る」
「知らねぇよ……」
照れ隠しみたいに返すと、橘は少し笑った。
その笑い方が、嬉しさを隠しきれていなくて、藤崎の胸がまた熱くなる。
橘の指先が、ゆっくり藤崎の首筋をなぞる。
そのまま下へとゆっくりと降りていき、
乳首の周りをなぞり、ふいに指先が乳頭に触れた。
触れられた場所から熱が広がっていくみたいで、藤崎は思わず肩を揺らした。
すると橘がぴたりと動きを止める。
「……嫌でした?」
「ちが、そうじゃなくて」
藤崎は耳まで熱くなりながら視線を逸らす。
「…慣れてないだけ」
その瞬間、橘の表情が崩れた。
嬉しそうで、愛しそうで、少し苦しそうな顔。
「かわいい……」
「またそれ」
「だって今の反応、反則です」
橘はそう呟きながら、藤崎をそっと抱き寄せる。
今度は壊れものみたいじゃなかった。
離したくないものを抱える腕だった。
片腕で抱きしめられたまま、背中や腰、脇腹を撫でられ、敏感な部分を探られる。
焦らすようなキスも、耳たぶ、首筋、鎖骨と徐々に際どい部分に降りていき、体の熱ばかりが高まっていく。
「っん、ぁ…」
恥ずかしすぎて、頭がおかしくなりそうだ。
藤崎は快感に耐えるように目をぎゅっと瞑ったまま、このまま最後までするのか、今からでもシャワー浴びた方が…、いやでも雰囲気が、と軽く混乱していると、ふと橘が笑う気配がした。
恐る恐る目を開けると、優しい眼差しで見つめられていた。
「今日は触るだけにしましょう」
「ん、触るだけ…?」
「ほら、色々準備とかあるし。急に挿れても先輩痛い思いしますよ。ゆっくり慣らしていきましょう」
自分の欲望より藤崎を優先してくれるのかと、嬉しさと愛おしさで胸がいっぱいになる。
「………ん、わかった」
照れ臭くてそっけない反応を返すも、おそらく見抜かれているのだろう。
困ったような愛おしいような顔で、瞼やおでこにキスをおとされる。
「ほんと、かわいい」
「…なんか、悔しい。お前の方が年下のくせに」
「先輩、普段は人を甘やかしてばっかじゃないですか。先輩を甘やかせるのは俺だけの特権なんで」
なんでこんなにも優しい言葉をくれるのだろうか。
見つけてもらえた事が嬉しくて、自分を好きになってくれた奇跡に、泣きそうになる。
藤崎はゆっくりと橘の背に腕を回し、ギュッと抱きしめた。
「ありがとな、好きになってくれて。
これからもよろしく」




