刹那が砕いた永遠
死ぬことが恐ろしくないと言えばそれは嘘になります。
ただ、僕が真に恐れるのは死ではありません。
最期の日にあなたは私にそう言いました。
痩せた弱弱しい手で、しかし確かな温もりの宿る手で私の手を握りながら。
出会った頃は幼かったあなたも年を重ねました。
顔には深い皺が刻まれました。
しかし、あなたの優しい目はいささかも変わることはありませんでした。
君はこれからも永遠を生きるのでしょう。これまでと同じように。
その未来を共に生きられないことが悔しい。
君と共に在れないことが何よりも悔しい。
人間は弱い。悠久の時の中では取るに足らない刹那でしかない。
どれだけ願っても、どれだけ想っても、叶わないものがある。
最近、夢を見ます。
僕が死んだ後、君が独り生きる夢です。
僕はそれが悔しくてたまらないのです。
あなたの声は震えていました。しかし、決して涙は流さなかった。
そして、意を決したように私の目を見つめて言いました。
僕という刹那は、君という永遠に、何かを残すことが出来たでしょうか。
あなたは最期にそう言いました。
それから私たちはゆっくりと、色々な話をしました。
これまでに起きたことを確かめるように。
色の変わってしまった本の表紙を優しくめくるように。
長い歳月を経て刻まれた折り目を、一つ一つなぞるように。
出会った時、あなたは小さな子供だった。
よく泣いてよく笑う元気な子だった。
長じてからのあなたは寡黙な人になった。
言葉の数は少ないけれども、その端々には優しさが込められていた。
あなたが怒りを見せるのは、理不尽が他者に向けられるときだった。
それから更に年を重ねてもあなたは変わらなかった。
いえ、年を重ねたあなたは幼い頃のように、再び笑うようになった。
あなたと出会ってからの数十年は、私にとって出会う前の数百年、数千年を幾度繰り返しても到底足りないものでした。
私はあなたと出会って、永遠にも勝る刹那というものを知りました。
私には永遠があった。私には永遠しかなかった。
私にとって、私以外の全ては流れゆく景色と同じものでしかなかった。
何もかもが変わりゆく景色の中で、私だけが変わらずにそこに佇み続ける。
私はいつも独りで置いていかれていた。寂しいという感情も持てなかった。
ただ、そういうものだとしか思えなかった。
そんな私があなたと出会った。あなたを知った。
あなたという刹那を知ってしまった。
あなたという刹那は、私の変わることのない永遠に楔を打ち込んだ。
その楔は私という永遠を砕いてしまった。
あなたは私を、私という永遠がどれだけ続けても、どれだけ求めても決して辿り着けないところにまで連れて行ってくれた。
あなたは私を愛し、私もあなたを愛していた。
それで良いではないですか。それが私たちの全てではないですか。
どれだけの時間、話をしていたでしょうか。
あなたはゆっくりと瞼を下して、眠りました。
もう目を覚ますことはありませんでした。
どこか恥ずかしそうに私の名前を呼ぶことも、私の手を取って並んで歩くこともありません。
私はこれからあなたの居ない永遠を生きます。
あなたと共に生きた記憶を抱いて、取るに足らない刹那に縋って。
その刹那を思えば、残された永遠など余りに短く、儚く、脆い。
あなたという刹那を知って、私の永遠はこんなにも脆くなってしまった。




