7話 すごく疲れた顔してた
十一月五日。
恵理子が達彦のライダースーツを勝手に着て「でかすぎ!」とはしゃいでいるのを微笑ましく思いながら、達彦はそれを炙っていた。
するとそこに咲葵がやってきて、達彦が無事に生きているとわかると、「よかったぁ」と心底安心したように崩れ落ちたので、達彦は「よかったねぇ」とそれを支えた。
「俺、部活サボってきちゃいました」
「おっ! 悪い子じゃーん。俺も学生時代は親友と部活サボっちゃってました。だってさぁ、みんなやる気なくてだりーんだもんね! 君は俺が心配すぎてって感じ? なんか君って優しいよなぁ」
「だって、剣崎さんは……」
熱っぽい視線。
恵理子は「おやおや」と思いながらライダースーツを脱ぎ捨てる。
「このおチビちゃんとどういう関係?」
「ダチっすけど」
「ほんと〜〜〜〜!? ゲヒヒヒヒ、ういうい〜」
「ぶっ飛ばしますよ。します」
「ひぇ~! 暴力的な男は嫌われちゃうんだ〜!」
「屠殺するっす」
「私は牛かい?」
「炙りカルビ」
「気持ちいいこと言うじゃないかこのクソガキ〜〜〜!!」
恵理子は達彦の頭をぐりぐりとやりながら、改めて咲葵を見てみる。目もくりくりとしていて、端正な顔立ち。
坊主頭なので「美しい庵主さん」と言われればそう見える。
しかしおや、小柄ながら筋肉質。
「でかくて細ェ剣崎くんとは真逆だねぇ!!」
「あんたと?」
「え〜〜〜〜!? なにこの感情! 殺意への目覚めッッッ!? 『爆発』に備えろッ」
「いでででで」
咲葵は恵理子を知らなかったので達彦の「趣味」かと思い少したじろいだが、その事を察した恵理子が姿勢を治す。
「そうあえば自己紹介し合ってなかったねぇ! どうも! 私はISPO東北支部長、見袖恵理子っていいまーす! 最近は白鬼一号の胸の石を研究させてもらってます! 年齢は秘密で、実はとってもキュート! 好きな食べ物はピーマンの饅頭でーす」
「ピーマンの饅頭……?」
「美味しいんだよ〜?」
「あっ、俺は籠米咲葵って言います。十七歳で、えっと、野球部で」
「好きな女の子のタイプは〜? 男でもいいよん」
「いつも笑ってる人、です……」
「いいね!」と達彦は合いの手を入れてみる。
そんな奴いるか? と思いながら。
「お家何処? この近く?」
「えっと、北上の……」
「えっ、花巻市外だ」
「はい、すいません」
「え〜謝んなくていいよ〜! 北上っていいよね! あの、ほら、あれあるから。剣崎くん! 北上なにある!?」
「俺ン元カノの家」
「んも〜〜〜〜〜!! バカタレ〜〜〜〜〜〜〜!!」
達彦は恵理子に引っ叩かれた頭を撫で、ブツクサ言いながらモップを持って掃除に向かった。
「あの……」
その背中を見送ってから、咲葵は恵理子に訊ねる。
「あの人、なんかあったんですか?」
「え〜〜〜〜〜? なんで~〜〜〜〜〜?」
「なんか、すごく疲れた顔してた」
「え〜〜〜〜〜〜〜? そうかなぁ? いつも通りの能天気な笑顔に見えたけど。考えすぎじゃない?」
「いや、だって、なんて言えばいいのかわかんないんだけど……あの人なんにも楽しそうじゃないから……」
洋太郎は「ようやくわかるやつが来たなぁ」と思いながら番台の、引き出しの中にあるごく小さな家族写真を取り出した。
父と母と剣崎兄弟が写った写真。
この写真を撮った三日後に、両親は達彦の目の前でカシマという女に巻き込まれ、電車に轢かれて死んだ。
達彦は電車が止まると、近くに落ちていた両親の肉片を掻き集めて、頭を拾い上げて、必死に泣いていたらしい。
「最近は特に疲れてるものなぁ……」
「達彦ォ。今日ここにいる奴等で焼肉行くぞ」
「マジ〜〜〜〜〜!? 兄貴の奢り!?」
「オメェも半分払えや」
「オッケー!!」
コンビニに煙草を買いに行っていた金助が戻ってくると、達彦は金助を焼肉に誘った。「いいのかい」「いいんだぞい」「おともしたい」「やったね」というやりとりを挟んで、当たり前のように咲葵の肩に腕を掛けて、「米と焼肉のタレだけで腹膨らませようぜ」と悪魔の囁き。
そこに、直感が働く。
「出た」
それだけを言って、突如達彦は外に飛び出した。
「あっ、私たちもちょっと焼肉のためにお仕事片付けてくるね。おらおら行くぞ! まっちゃん!!」
「あんたまさか酒飲んだか?」
「ギクゥ!」
「ギクゥやなしに」