6話 笑わずの君へ
それから二日後の十一月四日。
〈鬼人一号〉あるいは単純に〈一号〉として自分が紹介されているのを見ながら、モップがけをしていた達彦は白鬼の正体もそこで知ることになる。やっぱり指名手配犯で、二年前に完全に消息を絶っていたらしい。
新しく剣崎温泉で働くことになった松坂金助はISPO東北支部の特別捜査官である。
〈繰り返します。繰り返します。先日の白鬼一号による犠牲者はこちらとなります。繰り返します。繰り返し、表示します──……〉
金助はある程度〈一号〉になる青年を観察してきたが、この犠牲者放送が流れると必ず一人ずつ名前を小さな声で繰り返す。まるで頭に刻み込んでいるようだった。実際そうなのだろう。
あの男は酒を飲ませてもなかなか記憶を失わない。頭がひどく強固らしい。天才にもいろいろな種類があるのだろう。身近にいるもう一人の高知能を頭に浮かべていた。
恵理子はプライベートを全力でエンジョイできるタイプの人間だが、きっと達彦はそうではないのだろう。いつまでも自分が救えなかった命のことばかり考えている。
「ウヒヒヒ〜〜〜〜〜〜!! 会議クッソつまんなかったから途中で抜けてきちゃったもんね〜〜〜〜〜!! 剣崎くんいる〜!? 映画借りてきたからいまから映画見るぞ!! もちろんラブ・ロマンス! 題名は何だと思う? ジャジャーン! 『犬のチンコ』ッ! 面白そうすぎる!!」
「…………そこにあんたの部下がいるぜ、おバカちゃん」
「きゃあーッ!!」
恵理子が登場したあたりから基地の方に電話をかけており、金助はその電話の奥で怒り心頭に発している戦闘部隊長・椿屋桜梅と恵理子をぶつける。
部下に怒られながらシクシクの顔で頭を下げている恵理子を背景に金助はそのままの流れに乗って、達彦のところに行く。達彦は「犬のチンコ」に興味を示していたらしくあらすじを細目で読んでいた。
「剣崎くん」
「犬のチンコみます?」
「犬のチンコはみないよ」
「えっ、でも犬のチンコっすよ。犬のチンコ」
「犬のチンコは見たことがあるから見ないよ」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!? 一回見た映画は見ないタイプだ〜〜〜〜〜〜コンテンツが廃れちゃうよん! 見袖さん聞いたか!? この人犬のチンコ一回みたことあるから見ないってよ!!」
「はぁ~〜〜〜〜〜〜〜〜!? 犬のチンコだよ!? リピートしなよ!! 犬のチンコ一緒にみようよ!! こうなりゃ頑なに」
犬のチンコは一旦無視して、言いたいことだけを言う事にする。
「君のせいじゃないからな」
「えっ」
「君のせいじゃない」
「…………」
「だからあまり自分を苦しめるな」
「じゃあ、誰のせいなんだよ」
「えっ」
「んーん! そんなことより犬のチンコ観ましょうよ、犬のチンコ! 俺はまっちゃんと犬のチンコ観たいっす。これが性の目覚め?」
「やっぱ剣崎くんあっち系じゃ~ん!」
「やっぱってなんだオイ」
犬のチンコは場面転換に犬のチンコが映るだけで、物語に犬のチンコが関わるということはなく、まぁ、そりゃあ犬のチンコが物語に関わったらただ事ではないので良いとして、犬のチンコとなんら関わりがないよくわからない男女の恋模様を観せられたので犬のチンコを楽しみにしていた達彦と恵理子は萎え萎えだった。
「これは一回観たら二回目以降は苦痛に感じるタイプのアレです」
「返してこいこんな犬のチンコなんて」
「続編は猫のチンコだったよ」
「猫のチンコも〜………イラネ!」
洋太郎は「人の目のある休憩室でなんてもん見てんだ」と思いながら、空に紫煙を吹き上げた。




