2話 夢の中の君へ
「今日は会えて良かったです。数年経っても、貴方はいい人そう」
「良い人って言われるの生まれて初めてかも〜! でも店で働いてると、お客さんに優しいってよく言われまーつ」
「同義語では……?」
「同義語なのぉ?」
学生・籠米咲葵を見送ってから、達彦は一度銭湯に戻る。
「あっ、剣崎くん! 帰ったんじゃないの?」
「あんたがアイス五個くらい食ってんじゃないのかなって」
「ギクゥ!」
「なぁにが『ギクゥ!』だ! ばーか! ぽんぽん痛くなっても明日お仕事休ませねぇぞ!!」
「私は支部長だから自由に休めるんですぅ!」
「はぁ~!? それ部下さん達に迷惑かけてね〜!?」
「支部長だからいいんです〜! ウヒヒヒヒ」
「上司がうんこだと部下って苦しいんだぜ……?」
達彦はマフラーを緩めながら携帯電話を取り出して、ISPO東北支部に電話をかけ、「剣崎です。またですよ」と言うだけで、受付の職員はため息をついて「またですか」と言い、迎えを寄越した。
「じゃあね〜」
「ムッキー!! ムキになりました! 貴様をISPO東北支部の特別捜査官にスカウトしまう! これは見袖恵理子としてではなく、ISPO東北支部長としての命令ですので覆せませーん」
「バカヤロッ!」
「もともと警察官志望でしょ〜! 具合がいいってもんだ。防衛組織の支部長の手を炙ってこのくらいで済むなら上等だよ! へへへ」
「兄貴に泣きつきます!!」
兄がいる番頭を見る。
達彦の兄、剣崎洋太郎は「働き手を取られちゃ困るなぁ」と恵理子に言う。
「お兄さんもスカウトします」
「無敵かこいつ……?」
「私は! 無敵です!」
「えェ〜〜〜〜〜!? ホントかなぁ!」
恵理子は「いいから帰りますよ」と部下たちに連れて行かれた。ようやく静かになったところで、洋太郎は達彦に「どうだった」と訊ねる。
「どうって? アッ!! あの学生の事だろ!! どうもねがった! いたって元気って感じ〜。でもさぁ、それがなによりじゃん!」
「ずっと心配してたものな」
「ウップス! バレてたにゃんねぇ!」
達彦は笑いながら銭湯をあとにした。
その日の晩のこと。達彦の夢に黒い鬼が現れた。とても大きく、目が赤い。それは「羅刹鬼」と呼ばれる地球外生命体だった。達彦は「でっけーなぁ」と思いながらそれを見上げた。
羅刹鬼は言う。
「立ち上がれ、達彦」
「えっ?」
途端にものすごいエネルギーがぶつかり、衝撃が発生した。目を覚ますとすでに朝になっており、達彦は寝汗でビシャビシャになっていた背中を掻きながら、枕元を見る。
「なんだァ〜!? この石!!」
今日は午後からの出勤という事にする旨の電話を洋太郎にかけて、部屋の中に有った色々な道具でその石のことをみると、とても小さくとても細かい文字が刻まれていることがわかった。
それは少なくとも一六八〇年代の言葉遣いだったが、その時代に顕微鏡でようやく読み取れる文字を刻む技術などというのは存在しないはずである。
「迷いが発生! イマジナリーフレンド召喚!」
「わー! わー!」
「ここに書いてある文字は、ちょっと気取った現代風に言い直すと、『人を苦しめた悪しき鬼、今こそ人の為世の為に、人の子を戦士に変えし時』とかだね!」
「わー! わー! でも、この一文以外は全部同じ文字に見えるー!」
「よくぞお気づきで! これはおそらく一六八〇年代より以前の盛岡にあった大昔の集落に伝わっていた『変身』を意味する言葉だねェ! ン!?」
変身と言うと、その文字が一瞬赤く光った。
「なるほど……こりゃあの羅刹鬼が俺に与えた力に違いないね〜! よし! イマジナリーフレンド気持ち悪いから消えろ!」
イマジナリーフレンドを消してから、道具箱から丁度いい紐を出すと、石包み。この編み方は数か月前に女子小学生が親の形見のネックレスを壊してしまったと泣いている時に泣き止んでもらうために一度やっているものだからやり方は身体に染み付いていた。
「できた〜〜〜〜〜〜!!」
壁をドンと叩かれる。
「お前ずっと一人でうるせぇよ!!」
「ごめんね〜!」
「もうちょっと静かにしろ!!」
「は~〜〜〜〜〜い!!」




