第5章:写本の秘密
扉の隙間から覗いた光景に、エミリーは驚愕した。昼間は互いに対立しているように見えた三人の修道士が、深夜の図書館で密会している。しかも、彼らが囲んでいるのは、普通の宗教文書ではなく、明らかに秘教的な書物だった。
「計画は順調に進んでいる」
ブルーノ副院長の声が、昼間の厳格な調子とは全く異なって聞こえた。
「しかし、マルクスの件で状況が複雑になった」
「あの若造が余計な詮索をするからだ」
ギヨーム医務長が苛立ったように言った。
「我々の秘密に気づかれるところだった」
「だからこそ、あのような手段を取らざるを得なかったのです」
ベルナールの声には、後悔の色があった。
「しかし、これで我々の活動が露見する危険性が高まりました」
エミリーは震え上がった。彼らが話しているのは、明らかにマルクスの殺害についてだった。そして、彼らこそが犯人だったのだ。
「問題は、あの新参者エミリウスだ」
ブルーノが続けた。
「あいつの調査能力は異常すぎる。まるで未来から来た探偵のようだ」
エミリーの心臓が止まりそうになった。自分の正体に疑いを持たれている。
「神の啓示という説明も怪しいものです」
ギヨームが同意した。
「あの知識は、どこから得たものなのか」
「いずれにせよ、我々の計画にとって危険な存在であることは確かです」
ベルナールが立ち上がった。
「しかし、今はエミリウスのことよりも、『遺産』の発見を急ぐべきです。マルクスが暗号の一部を解読していた可能性もあります」
『遺産』——それは暗号で語られていた『ソロモンの遺産』のことだった。彼らもまた、地下神殿に隠された何かを探していたのだ。
「地下への入り口は特定できたのか?」
ブルーノが尋ねた。
「ええ。アンセルムの協力により、古い地図を入手しました」
ギヨームが答えた。
「明日の夜、ついに地下神殿に入ることができるでしょう」
エミリーは息を呑んだ。アンセルムも彼らの仲間だったのか。自分が信頼していた書記長が、実は秘密結社の一員だった。
「アンセルムはどこにいるのですか?」
ベルナールが尋ねた。
「彼は別の仕事を担当している。エミリウスの監視と、必要に応じて彼を排除する準備だ」
ブルーノの冷酷な言葉に、エミリーは恐怖を覚えた。自分の命が危険にさらされている。
「しかし、エミリウスを殺すのは危険すぎます」
ギヨームが反対した。
「院長や他の修道士たちが疑いを持つでしょう」
「だからこそ、慎重に行わなければならない」
ブルーノが答えた。
「事故に見せかけるか、あるいは彼が自ら修道院を去るよう仕向けるか」
エミリーは充分に聞いた。これ以上ここにいては危険だった。静かにその場を離れ、自分の部屋に戻った。
部屋に戻ったエミリーは、状況の深刻さを理解した。マルクスを殺害したのは、修道院内の秘密結社だった。そして、その結社にはブルーノ副院長、ギヨーム医務長、ベルナール、そしてアンセルム書記長も含まれている。
彼らの目的は『ソロモンの遺産』——地下神殿に隠された古代の宝物や知識を手に入れることだった。マルクスはその秘密に気づいてしまったために殺された。
そして今、エミリーも同じ危険にさらされている。
しかし、エミリーは諦めなかった。現代の知識と技術を駆使して、必ずや真実を明らかにし、正義を実現してみせる。
まず、信頼できる協力者を見つける必要があった。リシャールならば、純粋な心を持っているので信頼できるかもしれない。そして、ペトルス院長は秘密結社のメンバーではないようだった。
翌朝、エミリーはリシャールを呼び出した。
「リシャール、君に相談したいことがある」
「何でしょうか、エミリウス殿?」
「昨夜、神から新たな啓示を受けた。この修道院に、悪しき者たちの集まりが存在するという啓示だ」
リシャールの表情が曇った。
「悪しき者たちですか?」
「彼らは表向きは敬虔な修道士を装っているが、実際は異端の教えを信奉し、古代の禁断の知識を追求している」
エミリーは慎重に説明した。
「そして、マルクスはその秘密に気づいたために殺されたのだ」
「そんな……まさか、この聖なる修道院に」
「神は嘘をつかない。我々は真実を明らかにし、正義を実現しなければならない」
リシャールは長い間沈黙していたが、やがて決意を込めて頷いた。
「分かりました。僕にできることがあれば、何でもします」
「ありがとう。しかし、これは非常に危険な任務だ。相手は我々を排除することも辞さないだろう」
リシャールの顔が青ざめたが、それでも決意は揺らがなかった。
「正義のためなら、危険を恐れません」
次に、エミリーはペトルス院長に報告する必要があった。しかし、秘密結社のメンバーに察知されないよう、細心の注意を払わなければならない。
午前中の祈りの後、エミリーは院長に個人的な面談を求めた。
「院長様、神からの重要な啓示を受けました。緊急にお話しする必要があります」
ペトルス院長は、エミリーの深刻な表情を見て頷いた。
「分かった。私の執務室に来なさい」
院長の執務室で、エミリーは慎重に真実を明かした。もちろん、「神の啓示」という形で包装しながらだったが。
「院長様、この修道院内に異端者の集まりが存在します。彼らはマルクスを殺害し、今度は私を狙っています」
院長の表情が厳しくなった。
「それは重大な告発だ。証拠はあるのか?」
「昨夜、神が私に幻視を示されました。ブルーノ副院長、ギヨーム医務長、ベルナール、そしてアンセルム書記長が秘密の会合を開いている姿を」
院長は衝撃を受けた様子だった。
「ブルーノが? アンセルムが? 信じられない……」
「彼らは地下神殿に隠された古代の宝物を狙っています。そのために、邪魔になったマルクスを殺害したのです」
エミリーは暗号解読の結果と、地下神殿についての調査結果を説明した。
「我々は今夜、彼らが地下神殿に向かうのを阻止しなければなりません」
院長は長い間考え込んでいたが、やがて決断した。
「分かった。しかし、これほど重大な件を一人で背負わせるわけにはいかない。信頼できる修道士を数名選んで、今夜の行動に備えよう」
「ありがとうございます、院長様」
しかし、その時、執務室のドアがノックされた。
「院長様、失礼いたします」
入ってきたのは、アンセルム書記長だった。
エミリーは緊張した。アンセルムが秘密結社のメンバーだと知っているが、それを院長に伝える時間がなかった。
「アンセルム、どうした?」
「エミリウスの調査について、ご報告することがあります」
アンセルムはエミリーを見つめた。その視線には、明らかに警戒心があった。
「実は、彼の調査方法にいくつか疑問点があるのです」
「どのような疑問点だ?」
「彼の知識は、確かに驚くべきものです。しかし、あまりにも具体的すぎるのです。まるで事前に全てを知っていたかのような……」
エミリーの心臓が激しく鼓動した。アンセルムは自分の正体を疑っている。
「アンセルム」
院長が口を開いた。
「お前はエミリウスが嘘をついていると言うのか?」
「そうではありませんが……」
アンセルムは慎重に言葉を選んだ。
「神の啓示という説明には、いささか無理があるように思われます」
緊張した沈黙が執務室を支配した。
エミリーは決断した。このままでは、アンセルムによって全てが台無しにされてしまう。
「院長様」
エミリーは立ち上がった。
「実は、アンセルム書記長についても神から啓示を受けております」
アンセルムの表情が変わった。
「彼もまた、秘密結社の一員なのです」
執務室の空気が凍りついた。
「エミリウス、お前は何を言っているのだ」
院長が困惑した。
「アンセルムが異端者だというのか?」
「そうです。昨夜の幻視で、はっきりと確認いたしました」
アンセルムは冷静さを装いながら反論した。
「院長様、これは明らかに彼の妄想です。私が異端者だなどという根拠は何もありません」
「根拠はあります」
エミリーは毅然として答えた。
「神が示された幻視の中で、あなたは他の共謀者たちと共に、禁断の書物を読み、邪悪な計画を練っていました」
アンセルムの目が細くなった。
「エミリウス、お前は一体何者なのだ? その知識は、どこから得たものなのか?」
ついに、正体を問い詰められた。エミリーは覚悟を決めた。
「私は神の使いです。この修道院の邪悪を暴くために、天から遣わされたのです」
アンセルムは嘲笑した。
「神の使いだと? ばかばかしい。お前の正体は分からないが、何らかの目的でこの修道院に潜入した間者に違いない」
「それは違います!」
エミリーは強く否定した。
「私は真実を語っています」
その時、院長が立ち上がった。
「やめろ、二人とも」
院長の威厳ある声が執務室に響いた。
「アンセルム、お前がエミリウスを疑うのも理解できる。しかし、彼の調査によって、実際にマルクスの死の手がかりが得られているのも事実だ」
院長はエミリーを見つめた。
「エミリウス、お前の正体が何であれ、真実を明らかにすることが最も重要だ。今夜の件について、詳しく説明してくれ」
エミリーは深呼吸をして、地下神殿での秘密結社の計画について詳しく説明した。もちろん、昨夜の盗み聞きについては「神の幻視」として説明したが。
院長は全てを聞き終えると、重々しく頷いた。
「分かった。今夜、地下神殿を調査しよう。真実がそこにあるのなら、必ず明らかにしなければならない」
アンセルムは焦りを隠せない様子だった。
「院長様、それは危険すぎます。古い地下構造は不安定で、崩落の危険性もあります」
「それでも行かなければならない」
院長の決意は固かった。
「リシャールと、他に信頼できる修道士を数名選んで、今夜の調査隊を編成する」
アンセルムは渋々頷いたが、その表情には明らかに動揺があった。
執務室を出た後、エミリーは一人で考え込んだ。今夜の調査で、ついに真実が明らかになるだろう。しかし、秘密結社のメンバーたちも必死になって抵抗してくるはずだ。
危険な夜になりそうだった。




