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第13章:古代遺跡に眠る時間移動装置

 エミリーが祈りの言葉を唱え始めた瞬間、地下室に異変が起きた。


 古代の祭壇が淡い光を放ち始め、壁に刻まれた魔術的なシンボルが次々と発光していく。戦闘を続けていた全員が、この超自然的な現象に驚いて動きを止めた。


「これは……何事だ?」


 マルクス・デ・フィレンツェが困惑した表情を見せたが、その目には恐怖よりも興味深さが宿っていた。


「まさか……これが我々の求めていた『真の力』なのか?」


 エミリーの周りの空気が震え、古代の言語による声が地下室に響き渡った。それは、クリュニー修道院の地下神殿で体験したのと同じ現象だった。


*「偽りの叡智を捨て、真の知識の道に立ち戻れ。権力による支配ではなく、愛による調和を選べ」*


 しかし、マルクスは簡単には屈服しなかった。


「待て!」


 彼は剣を構えたまま叫んだ。


「これが神の力だというなら、なぜ我々の理想を否定するのか! 我々は人類の幸福のために行動しているのだ!」


 光の中で、エミリーはマルクスの真摯な表情を見た。彼の目には、確かに理想への信念があった。これは単純な悪人ではない。歪んでいるとはいえ、人類への愛情から行動している人物だった。


「マルクス・デ・フィレンツェ」


 エミリーは戦闘を止めて、彼と向き合った。


「あなたの理想は理解できます。しかし、その手段は間違っています」


「間違っている?」


 マルクスの声に怒りが込められた。


「我々は数百年にわたって、愚かな民衆を啓蒙しようと努力してきた! しかし、彼らは真理を理解しようとしない! だからこそ、強制的にでも正しい道に導く必要があるのだ!」


「それは傲慢です」


 エミリーは毅然として答えた。


「人々を『愚か』と決めつけ、自分たちだけが『賢い』と考える——それこそが最大の愚かさです」


「では、どうしろというのか!」


 マルクスが声を荒げた。


「このまま人々を無知のまま放置し、戦争と貧困を繰り返させろというのか!」


「違います」


 エミリーは一歩前に出た。


「教育です。強制ではなく、機会を与えることです」


「教育? ばかな! 我々は何度も試みた! しかし、民衆は学ぼうとしないのだ!」


「それは、あなた方の教育方法が間違っていたからです」


 エミリーは現代の教育学知識を総動員して説明した。


「知識を上から押し付けるのではなく、人々の好奇心を刺激し、自ら学びたいと思わせることが重要なのです」


 マルクスは困惑した表情を見せた。


「好奇心を刺激? どのようにして?」


「まず、生活に直結する実用的な知識から始めるのです」


 エミリーは具体例を挙げた。


「読み書きを覚えれば商売に役立つ、計算ができれば騙されにくくなる、薬草の知識があれば家族の病気を治せる——そうやって学ぶことの価値を実感してもらうのです」


 マルクスの表情に、微かな興味が浮かんだ。


「それは……確かに我々が試したことのない方法だ」


「そして、知識を独占するのではなく、学んだ人がさらに他の人に教える仕組みを作る」


 エミリーは続けた。


「知識は分かち合うことで増え、独占することで腐敗するのです」


 その時、地下室の光がさらに強くなった。古代の文献が浮かび上がり、空中に舞った。


 しかし、マルクスはまだ完全には納得していなかった。


「しかし、エミリウス……いや、エミリー様」


 彼は苦悩した表情を見せた。


「あなたの方法では時間がかかりすぎる。その間にも、無数の人々が無知と迷信の犠牲になるのです」


「急激な変化は、しばしば大きな混乱と犠牲をもたらします」


 エミリーは歴史の知識を踏まえて反論した。


「フランス革命、ロシア革命——理想を急激に実現しようとした結果、何が起きたでしょうか」


 マルクスは言葉に詰まった。彼は未来の歴史を知らないが、エミリーの言葉に不吉な響きを感じ取った。


「それでも……」


 マルクスが迷いを見せた時、『永遠の叡智の守護者』の他のメンバーたちが口を開いた。


「マルクス様」


 一人の中年男性が進み出た。


「私は……疑問を感じていました。我々の行動が本当に正しいのかどうか」


「何を言っているのだ、ベルトラン!」


 マルクスが驚いた。


「マルクスとトマの殺害は必要だったのでしょうか?」


 ベルトランが勇気を振り絞って言った。


「彼らは確かに我々の秘密を知りましたが、悪人ではありませんでした。話し合いで解決する方法もあったのではないでしょうか」


 他のメンバーたちも、次々と疑問を口にし始めた。


「十字軍を利用するという計画も、あまりにも多くの犠牲を伴います」


「本当に我々の理想が実現したとして、その世界は幸福なものなのでしょうか?」


 マルクスは仲間たちの言葉に動揺した。長年信頼してきた部下たちが、自分への疑いを抱いているのだ。


「お前たちまで……」


 マルクスの声に絶望が混じった。


「我々の理想を疑うというのか?」


「理想そのものではありません」


 ベルトランが必死に説明した。


「ただ、手段が……あまりにも残酷すぎるのです」


 エミリーは、マルクスの孤立を感じ取った。今こそ、決定的な説得を行う時だった。


「マルクス殿」


 エミリーは歩み寄った。


「あなたの理想は素晴らしいものです。人類の幸福を願う心は、間違いなく尊いものです」


 マルクスは驚いた表情でエミリーを見つめた。


「しかし、その理想を実現する過程で、あなた自身が最も憎むべき存在——独裁者——になってしまっているのです」


「独裁者? 私が?」


「そうです」


 エミリーは厳しく指摘した。


「人々の意思を無視し、自分たちの価値観を強制し、反対者を排除する——それは独裁者の行動そのものです」


 マルクスは愕然とした。確かに、自分たちの行動を冷静に振り返ると、理想的な指導者というより、専制君主に近い行動を取っていた。


「では……では、我々は何のために戦ってきたのか?」


 マルクスの声が震えた。


「理想のためではなく、権力のためだったというのか?」


「最初は理想のためだったでしょう」


 エミリーは優しく答えた。


「しかし、いつの間にか手段が目的化してしまったのです。権力を握ることが、理想の実現よりも重要になってしまった」


 光の中で、地下室に保管されていた古代の文献が開かれ、その内容が空中に浮かび上がった。それは、古代の賢者たちが残した知恵の言葉だった。


*「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」*


*「真の指導者とは、民衆を支配する者ではなく、民衆に仕える者である」*


*「知識は分かち合うことで光となり、独占することで闇となる」*


 マルクスは、これらの言葉を読みながら、自分たちの行動を振り返った。


 確かに、組織が大きくなるにつれて、理想よりも組織の維持が重要になっていた。そして、権力を持つにつれて、民衆を「導く」ことよりも「支配する」ことに喜びを感じるようになっていた。


「我々は……道を誤ったのですね」


 マルクスの声に深い後悔が込められた。


「いつから、我々は民衆の幸福よりも、自分たちの権力を優先するようになったのでしょうか」


 エミリーは、マルクスの心境の変化を感じ取った。これは本当の悔悟だった。


「気づくことができただけでも、素晴らしいことです」


 エミリーは励ました。


「まだ遅くはありません。真の理想を取り戻しましょう」


 しかし、マルクスの苦悩は続いた。


「しかし、我々は多くの罪を犯しました」


 彼は膝をついた。


「マルクスとトマを殺害し、聖なる資金を盗用し、戦争を利用しようとした……どうやって償えばよいのでしょうか」


「まず、真実を認めることから始めましょう」


 エミリーが提案した。


「そして、被害を受けた人々への償いを行う。組織を根本的に改革し、今度こそ真の人類の幸福のために活動する」


「具体的には、どのようにすればよいのでしょうか?」


 マルクスが真剣に尋ねた。


「ここに保管されている知識を、正しい目的のために使うことです」


 エミリーが文献を指差した。


「大学や修道院に寄贈し、多くの学者が研究できるようにする。そして、『永遠の叡智の守護者』を、知識の独占組織ではなく、知識の普及組織に変革するのです」


 マルクスは長い間考えていた。数百年続いた組織の根本的な変革は、簡単なことではない。しかし、このまま間違った道を歩み続けることもできない。


「分かりました」


 マルクスはついに決断した。


「我々は組織を根本的に改革します。今度こそ、真の理想のために」


 他のメンバーたちも、次々と同意の意を表した。


 ロベルトゥス特使と騎士団も、この心境の変化に深い感動を覚えていた。


「マルクス殿」


 ロベルトゥスが歩み寄った。


「教皇庁としても、あなた方の真の改心を信じます。共に、より良い世界を築いていきましょう」


 こうして、地下室での対決は、武力ではなく心の変革によって解決された。


 しかし、エミリーには別の発見があった。


 地下室の奥に、さらに古い時代の遺跡が隠されていることに気づいたのだ。石の配置や建築様式から判断すると、それはローマ時代よりもさらに古い、先史時代の遺跡のようだった。


「マルクス殿」


 エミリーが尋ねた。


「この地下室の奥に、何かありませんか?」


「ああ、あれですか」


 マルクスが振り返った。彼の表情には、もはや敵意はなく、純粋な学者としての好奇心があった。


「我々も詳しくは調べていませんが、さらに古い時代の遺跡があるようです。危険かもしれないので、立ち入り禁止にしていました」


 エミリーは古文書学者としての好奇心を抑えきれなかった。先史時代の遺跡が現存しているなら、それは人類史における貴重な発見になる可能性があった。


「調査させていただけませんか?」


 エミリーがマルクスに提案した。


「私は考古学の知識もあります。安全に調査することができるでしょう」


 マルクスは迷わず同意した。


「もちろんです。あなたのような専門知識のある方に調査していただけるなら、我々としても知識を得られます」


 ロベルトゥス特使は心配そうな表情を見せた。


「エミリー様、今日は既に十分危険な目に遭われました。これ以上の冒険は……」


「でも、これは千載一遇の機会です」


 エミリーは情熱的に説得した。


「もしかすると、人類の歴史を書き換えるような発見があるかもしれません」


 結局、エミリー、リシャール、ロベルトゥス、そしてマルクスの四人で、奥の遺跡を探索することになった。


 地下室の奥の壁には、巨大な石の扉があった。表面には、古代エジプトのヒエログリフとも、シュメール文字とも異なる、未知の文字が刻まれている。


「これは……見たことのない文字体系ですね」


 マルクスが感嘆した。彼の学者としての興味が、完全に蘇っていた。


「しかし、エミリーには、その文字が理解できた。地下神殿での体験以来、古代の言語に対する理解力が飛躍的に向上していたのだ」


「『時の守護者の間。真理を求む者のみ入るべし』と書かれています」


 エミリーが翻訳すると、一同は驚いた。


「どうしてそんな古い文字が読めるのですか?」


 リシャールが尋ねた。


「恐らく、神の恵みによるものでしょう」


 エミリーは苦笑した。実際には、超自然的な力の影響だと思われたが、説明が困難だった。


 石の扉は重く、四人がかりでようやく押し開けることができた。扉の向こうには、さらに深い地下空間が続いていた。


 松明の光で照らしながら進むと、やがて円形の大きな部屋に出た。天井は高く、壁一面に古代の壁画が描かれている。


 しかし、最も驚くべきは、部屋の中央にある装置だった。


 それは、金属と水晶で作られた複雑な機械のようなもので、明らかにこの時代の技術レベルを超越していた。表面には無数の文字と図形が刻まれ、一部は微かに発光している。


「これは一体……」


 ロベルトゥスが息を呑んだ。


「この時代にこのような装置が存在していたとは」


 マルクスも学者としての興奮を隠せなかった。


「我々の組織が数百年にわたって探し求めていた『究極の知識』とは、これのことだったのかもしれません」


 エミリーは装置を詳しく調べた。現代の技術者としての知識と、古文書学者としての経験を総動員して分析した結果、驚くべき結論に達した。


「これは……時間移動装置です」


「時間移動?」


 マルクスが困惑した。


「そんなことが可能なのですか?」


「この装置を作った古代文明は、現代よりもはるかに高度な技術を持っていたようです」


 エミリーは壁画を調べながら説明した。


「この壁画によると、彼らは時間の流れを理解し、必要に応じて特定の時代に『守護者』を送る技術を開発していました」


 壁画には、様々な時代の人物が描かれていた。古代エジプト、古代ギリシア、ローマ帝国、そして中世ヨーロッパ——それぞれの時代に、星のシンボルを持つ人物が描かれている。


「まさか……」


 エミリーは自分の推理に戦慄した。


「私だけではなく、歴史上の様々な時代に、『守護者』が送られていたのかもしれません」


「それは何のためですか?」


 リシャールが尋ねた。


「恐らく、人類の歴史が間違った方向に向かいそうになった時に、軌道修正を行うためです」


 エミリーは壁画の物語を読み解いた。


「古代の賢者たちは、人類が破滅的な道を歩む可能性を予見していました。そこで、重要な分岐点で適切な人物を送り込み、歴史を正しい方向に導こうとしたのです」


 その時、装置の一部が明るく光り始めた。エミリーが近づくと、文字が浮かび上がってきた。


*「使命完了。帰還準備開始」*


 エミリーの心臓が高鳴った。これは、元の時代に戻るチャンスなのかもしれない。


 しかし、同時に複雑な感情も湧いてきた。この時代で築いた友情、経験してきた冒険、そして果たしてきた使命——全てを置いて帰ることができるのだろうか。


「エミリー様?」


 リシャールが心配そうに声をかけた。


「何か問題がありますか?」


「いえ……ただ、重要な選択を迫られているようです」


 エミリーは装置の表示を見つめた。


 帰還のための手順が、古代文字で詳しく説明されている。しかし、一度帰還すれば、二度とこの時代に戻ることはできないようだった。


 マルクスが理解のある表情を見せた。


「エミリー様、これがあなたの本来いるべき場所への扉なのですね」


「そのようです」


 エミリーは複雑な心境で答えた。


「しかし、決断は容易ではありません」


 四人は、この重大な選択について、深夜まで語り合うことになった。


 エミリーの運命の分岐点が、ついに訪れていた。



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