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指先の殺人の代償で得た、究極の復讐を

作者: 一色 良薬

 嘘をついた人間は地獄に落ちて舌を抜かれる。子供の時に聞いたその言葉は慌てて口元を塞ぐほどに恐ろしかったのに、大人になった今では「なんて安い罪刑なのだろう」と情状酌量さえ感じていた。

 死後に話したいことなどもない。だったらとびきりの嘘をついて、避難され、堕ちた先で代償を払う罪人でいい。

 四位ほのかは薄暗い部屋でモニターを眺める。ぼんやりと見つめる先には複数のSNSのアカウントが表示され、そのどれもが麗しい姿をした女が忌々しく笑っていた。

 市井星乃。歌手。女優。声優。マルチに活躍する、今をときめく流行の星である芸能人。表向きは精力的な活動をする清純派。裏を返せば仕事に貪欲でどの業界にも、自分を残さないとやっていけない卑しい女。もちろんそれはほのかが勝手に想像している“市井星乃”の人物像にすぎない。しかしこうしてネットストーカーじみている行為に、もっともらしい理由付けをする以上。ほのかは無理にでも嫌な人物像を作り、憎しみを抱かなければならなかった。

 市井星乃は両親が離婚するきっかけとなった女だ。正確にはほのかの父が勝手にガチ恋勢になってしまっただけだ。それでも何十年と続いていた四位家の平穏を、たった活動歴五年程度の女に壊されるのは我慢ならなかった。

 母はくだらない、しかし“恋”という愚かさを武器に取られた以上、離婚に応じるしかなかった。父の心は寄り添い苦楽を共にした“母”の元から、流れるように麗しい誰のものでもない“女”へと吸い込まれてしまった。──そんな男と生活、ましては再構築などできるはずもない。

 母がテレビを見られなくなったことをほのかは気付いていた。テレビが生活の一部だと言わんばかりにラジオ同然で垂れ流していたのに、今ではそこに映るものは全て自分の幸福を脅かす悪魔だと思っている。母は父を責めることなく、自分に非があるとない罪を背負っていた。「お母さんがあの人に恋を教えてしまったの」と。

 そんなわけあるか。

 ほのかはモニターを睨んで指を噛む。

 悪いのはお父さんに決まっている。

 画面の向こう側にいる住人を、異星人を、同種族だと思い、報われると勝手に勘違いして捨てていった。いや本当に悪いのは──そんな父を誘惑した、この悪魔に違いない。

 息遣い荒くほのかは指先を素早く動かす。新しく表示されたポストに、ストーリーに、投稿に、己の感情をリプライしていく。

「死ね。死んでくれ。お前がいるせいでこっちは不幸なんだよ。とっとと死ね悪魔」

「こいつパパ活であさりまくっているんだよな~。ファンの連中騙されてて乙」

「なんか市井星乃に似ているAV女優見つけた。実はAVデビューしてた?笑」

 逆恨み? そんなものは上等だとほのかはひたすたら嘘の情報と誹謗中傷を書き込んでいく。

どれでもいい。投げた石が、悪意が、殺意が、市井星乃に刺さってくれればいい。そして私のついた嘘が叶って、馬鹿みたいに恋をした父が絶望して、母がまたテレビを見て笑ってくれたらいい。

 開示請求されて罪状を突きつけられても、地獄で舌を抜かれたとしても、四位ほのかは自身の復讐のために星乃への怒りの矛先を緩めなかった。

 そして市井星乃が本当に死んでしまった時──ようやくほのかの悪意が立ち止まった。

 喜びに震えると同時に、そこまで迫りくる裁きに薄ら笑いを浮かべていた。

 覚悟はできている。断頭台にあがってでもいいから教えてほしい。

 父が愛した女の死の理由が、実の娘だった時の絶望を、ほのかは待ち侘びている。

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