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4 あの日・・・

単刀直入に言うと、俺は小学生のとき、薫にいじめられていた。


薫は誰もが認めるヨイコチャンだった。

礼儀正しくて、仲間想いで、マジメで、運動も勉強もできて、それはそれは模範囚、いや、模範生だった。


しかし、ある日彼女は本性をむき出しにした。


俺たちの通う小学校は、掃除の時間に三角巾を着用するルールがあった。

そして俺はその日、その三角巾を家に忘れてしまった。

忘れると先生に怒られる。

俺は怒られたくなかった! 

だから、給食のときに使うランチョンマットを二つに折って、三角巾に偽装して装備したのだ。


作戦は完璧だった。

先生すら、俺の偽装工作に気づかなかった。


しかし――。


「五月くんが、給食のランチョンマットを三角巾にしていました。汚いと思います」


薫のやつ、帰りの会の「委員会からのお知らせ」の時間を利用して、俺の完璧な偽装を暴露したのだ!


クラスメイトたちは、俺のことを「うわぁ汚ねぇ」「五月くん、揚げパンの粉こぼしてたよね。それをかぶるなんて……」「なんとも稚拙な策なり」などとそしった。


とうぜん俺は憤慨した。

帰りの会の最中は拳を握りしめて耐えていたけど、帰り道、 俺は薫の前に立ちはだかって抗議した。


「お前! よくも俺をコケにしたな!」


「あなたが悪いんでしょ? 忘れたならきちんと忘れたって言わないとダメ」


「いい子ぶってんじゃねー!」


俺は我を失ってマジでバーサーク。

心の中のザ・ビーストが鮮血を求めていた。

俺は拳を振り上げ、駆け出した。

相手は女の子だとか、割と逆ギレだとか、そんなモラルや常識は吹き飛んでいた。


「オラぁぁぁぁぁぁ!」


俺は渾身の右ストレートを放った。


が、しかし――。


拳は空を切った。


「はぇ!?」


薫は紙一重で拳をかわし、俺の背中に名状しがたいチョップのようなパンチのような掌底しょうていのような謎攻撃を食らわしてきた。


俺は倒れた。

完敗だった。


うつ伏せの状態で見上げると、薫が絶対零度の冷たい目で俺を見下ろしていた。

あれは人間の目じゃなかった。


「レディ相手に殴りかかってくるなんて、五月くん、男としてどうなの?」


俺はなにも言い返せなかった。


「もし五月くんがこんなことする人だってみんなが知ったら、どうなるかな?」


「まさか、また帰りの会で言いふらす気か!?」


「それは五月くん次第しだいかなあ」


悪魔を見た。

この日、俺は、悪魔を、見た。


「お願いだ、言わないでくれ! なんでもするから!」


「なんでも?」


「なんでも!」


薫は頬に手をあてて、首を傾げ、しばらく考え込んでいた。

きっと脳内では「死刑」「拷問」「強制労働」「島流し」「羞恥プレイ」といったワードが次々と生まれては消え、生まれては消えしていたに違いない。


「じゃあ五月くんさぁ、どんなお願いでも一回聞いてくれるチケットちょうだい。今はお願いしたくなくて、また後でお願いがしたいの」


「……イエッサー」


俺はランドセルの中から学習ノートを取り出して、ページをちぎった。そこに必要事項を明記のうえ、彼女に手渡した。

それが「なんでも言うこと聞くチケット」だ。


その日以降、薫は何度も「チケット使う」と言って、俺を体育館裏だとか公園だとか自宅だとかに呼び出した。

でも、いつも最終的に「やっぱりいいや。また今度にする」と言って終わるのだった。


俺は日々ビクビクしていた。

いつ「全裸で町長を表敬訪問」と言われるかも分からない状態で、落ち着いて生活できるはずがない。


薫はことあるごとにげ足をとってきた。

そのたびに俺はクラスの笑いものになった。

薫は満足そうだった。俺が嘲笑されるのを見て、ニヤニヤとデビルスマイルを浮かべていた。


授業中もよく目が合った。

彼女は「さて次はどんな風にしてイジめてやろうかな?」みたいな目をしていた。 

その度に俺は戦慄したものだ。


そして大学三年生になった今でも「なんでも言うこと聞くチケット」は使用されていない。


そんなこんなで、俺は完全に薫恐怖症になってしまっている。

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