2 嘘
俺は次の日も、その次の日も、公園で彼女に会うことになった。
たわいないお喋りをして、近くのコンビニでアイスを買って食べて、彼女が授業で上手くできないというサッカーの練習をした。楽しく過ごした。
しかし日を追うごとに、罪悪感は膨れ上がっていった。 初めは、俺の方がからかわれているのだと思っていた。オフザケがまだ続いているのだと思っていた。
オフザケの延長線の延長戦で、彼女は俺をからかっている。そう思っていた。
しかし甘かった。少女はどうやらマジで、俺が未来から来た旦那さんだと思っているような のだ。
純粋無垢なんて言葉じゃ到底収まりきらないほどのイノセントを、彼女は持っていた。
早くあれは嘘だったと言わなければ――。
「未来の旦那さんなら、お兄さんって呼ぶのはやめますね。五月くんって呼んでもいいですか?」
「もちろんさ」
ちくしょう、俺はどこまで彼女を騙し続けるんだ!
でも、はにかんだ笑顔を浮かべた彼女に「五月くんって呼んでもいいですか?」なんて言われてみろ。YESと返すしかない。これは日本中の五月くんに共感してもらえるはずである。
「五月くんも私のことは名前で呼んで下さい。私、白羽ミチルっていいます。 ミチル、って、呼んでもらってもいいですか?」
「もちろんさ」
俺はクズだ、大罪人だ、打ち首獄門だ。でも、ちょっと頬を赤らめてモジモジしている彼女に「ミチルって呼んでもらってもいいですか?」なんて言われてみろ。YESと返すしかない。これは世界中のホモサピエンスに共感してもらえるはずである。
ああ、どうしよう。この人本気だよ……。なんでこんな話を信じるんだよ。いったい今までどんな教育を受けてきたんだよ……。
「ミチルは、サンタクロースって信じてる?」
「サンタさんはお父さんかお母さんですよ。五月くんは信じているのですか?」
サンタクロースは信じていないらしい。未来人の方がよほど胡散臭いと思うのだが……。
そんなこんなで一週間が経ってしまった。
俺が未来人なんていう設定は、冷静に考えれば、いや冷静に考えなくても矛盾だらけであることが分かる。なのにミチルは一切疑わない。俺の言葉をすっかり信じ込んでいる。
俺は葛藤に葛藤を重ねて葛藤ミルフィーユを作り上げ、その重みに耐えきれなくなってしまった。
だからヘルプを呼ぶことにした。自分一人の力では、この局面を乗り切れないと判断した。もう猫の手に握られた藁にでも縋りたい気分だった。
宮沢俊吾と夏目玲は、俺の数少ない友人だ。
宮沢俊吾――コイツは頭がいい。なぜ俺と同じ大学にいるのか時折分からなくなるくらいに。
見た目の特徴としては、かなり背が高い。俺は俊吾と立ち話をするときは見上げる必要がある。俊吾の長身を見慣れているせいか、スカイツリーを間近で見ても高いと感じなかった。
銀縁メガネの奥で光る切れ長の目は、いかにも出来るやつって印象を与える。しかしなかなか彼女はできないという。
夏目玲――コイツは頭が悪い。なぜ俺と同じ大学にいるのか時折分からなくなるくらいに。
ルックスはミラクルビューティフルで、アイドルグループに混じって踊っていても違和感を覚えないだろう。小柄な体格で、カッコイイというよりカワイイという印象を与える男である。大学祭で女装を披露した際には、客のスケベ野郎共から次々と交際を申し込まれた豪の者だ。
しかしなかなか彼女はできないという。きっと頭が悪いせいだろう。
「五月よ。貴様の言い分は理解した。僕は協力するにやぶさかでない」
「オイラも、まぁ、協力してやらないこともないぜぇ。とりあえずケーキもう一個くれよ」
俺は、黙って自分用のケーキを玲に差し出した。
「あ、ずるいぞ! 僕にも半分よこせ!」
「イチゴはオイラのだぜぇ!?」
どうやら二人はとてつもなく腹が減っているらしい。コイツらは貧乏なので、平生より食費を極限まで節約しているのだ。
そしてかく言う俺も、貧乏である。
ショートケーキを三つも購入するなんて、もう就職するまでないと思う。