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影の主の正体

千尋が鏡を通り過ぎて、ツクモは、突如として周囲の空気が変わるのを感じた。静寂だった部屋に冷たい風が流れ込み、黒い霧の中から低く唸る音が響き始める。


「……来たわね。」


ツクモは一呼吸して、鏡を背にして構えた。その瞳は冷静そのもので、彼女の赤い着物が風に揺れるたびに、その艶やかな姿が不気味な闇を際立たせる。


黒い霧は形を変えながらゆっくりと広がり、やがて巨大な影のような姿を成した。その中心には、赤い光を宿す目のようなものが輝いている。


「あなたが、この鏡を守る番人かしら?」


ツクモは冷ややかに微笑み、指先をゆっくりと持ち上げる。その瞬間、彼女の周囲に薄紅色の霧が立ち込め始めた。それはまるで生き物のように蠢きながら、ツクモを守るように取り囲む。


黒い霧は低い唸り声をあげながら、触手のような黒い影をツクモに向かって繰り出した。ツクモはその攻撃を軽やかにかわし、片手を上げて一閃する。紅い霧が黒い影を切り裂き、その部分が蒸発するように消えた。


「そんな程度で私を試すつもり? もっと本気を出してもらわないと、つまらないわ。」


ツクモの声には余裕があり、その動きには一切の迷いがない。黒い霧はさらに激しく動き出し、影の刃や鎖のような形を作り出してツクモを囲み始めた。しかし、彼女は冷静だった。


「ふふ、いいわね。その力、少し借りてあげる。」


彼女は手をかざし、紅い霧が一瞬で凝縮されるとともに、彼女の手元に長い鞭のような形を成した。その鞭を振り下ろすと、黒い霧の一部が切り裂かれ、響き渡る悲鳴のような音が部屋中にこだました。


戦いは次第に激しさを増し、鏡の部屋全体が揺れるような気配がした。しかし、ツクモの動きは常にしなやかで、どこか美しささえ感じさせる。黒い霧の攻撃をかわしつつ、彼女は少しずつその中心へと迫っていく。


「さあ、どうするの? ただの霧がこの鏡を守る理由、教えてくれる?」


黒い霧は最後の力を振り絞るかのように、巨大な腕のような形を作り出してツクモに襲いかかった。しかし、その瞬間、ツクモの鞭が鋭く閃き、黒い霧の中心に叩き込まれた。


「終わりよ。」


ツクモの言葉とともに、黒い霧はゆっくりと消え去り、部屋には再び静寂が訪れた。

ツクモは鏡の表面に指先を軽く触れながら、静かに息を吐いた。鏡を通り抜けた千尋が無事であるかどうか、彼女自身も分からない。ただ、この異様な鏡に秘められた力が、何らかの危険を孕んでいることだけは確かだった。


「やれやれ、先に進むのはあの子の役目とはいえ、私も手をこまねいているわけにはいかないわね。」


ツクモは自嘲気味に微笑みながら、その場に腰を下ろした。長い黒髪が肩から流れ落ち、赤い着物の襟元がわずかに乱れる。その姿は、まるで絵画から抜け出してきたように艶やかで、同時に危険な妖艶さを放っている。


彼女の指が何気なく自分の髪を梳いたその瞬間、鏡の表面が波紋のように揺れた。ツクモは鋭い視線を鏡に向ける。


「おや……ただの観察者でいろというわけでもなさそうね。」


鏡の表面には、かすかに千尋の影が映り込んでいた。彼は暗い回廊のような場所を歩いているようだが、その表情には不安と緊張が色濃く浮かんでいる。ツクモはそれを見て、小さく笑った。


「ほんの少しの時間で、ずいぶんと成長したものね。」


彼女は立ち上がり、鏡の前でゆっくりと一回転した。着物の裾がふわりと広がり、彼女の足首が一瞬だけ覗く。その所作の一つ一つが計算されたように美しい。


「さて、私にできることと言えば……あなたがこちらに戻るまでの間、この鏡の謎を解くことくらいかしら。」


ツクモは鏡の周囲を丹念に調べ始めた。鏡の縁に施された装飾には、奇妙な文字や記号が彫り込まれている。それらを見つめる彼女の瞳には、好奇心と探究心が混ざり合った光が宿っていた。



鏡の向こう側で、千尋は少女と暗い回廊を一歩ずつ進んでいた。その足元には細かい亀裂が走り、かつての繁栄を思わせる装飾が崩れ落ちた跡が見える。


「影の主は、この村を救おうとして失敗した人。だけど、その失敗が呪いになってしまったの。」


少女の先ほどのこの言葉には哀しみが込められていた。千尋はその声に耳を傾けながら、彼女の言葉の意味を探ろうとした。


「村を救うつもりだったのに、それが呪いになった……?」


少女は静かに頷き、周囲の暗闇が彼女を包み込むように動き出す。


「主の想いは、力に飲み込まれた。そして、その力はこの村を呪いで覆い尽くしたの。」


千尋は少女の言葉に衝撃を受けつつも、彼女に問いかけた。


「じゃあ、その呪いを解く方法は?」


少女は一瞬だけ悲しげに目を伏せたが、やがて千尋を見つめ返した。


「呪いを解くには、主が残した最後の想いに触れること。でも、その先には……危険が待っている。」


千尋は拳を握りしめた。彼は自分がその危険を乗り越えるべきだと直感していた。



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